第7話

 「ソラノォ!」

 リョウはソラノの名前を水上ステージで叫んだ。周りの目など気にしていられない。

 ソラノとはぐれてからサクラシティの1階を探し回った。サクラシティの出口は地下を除けば2階以上には存在しない。あのモデルのような目立つ女の子を見落とすわけがない。

 「もういないのか…ここには…」

 上を見上げる。周りの人間がリョウを見ている。大声を上げたのだから仕方がない。3階の連中も4階も5階も、6階ともなると人も小さなフィギュアのように見えてしまう。

 なんで手を離したんだ。自分から約束したくせに。自分をぶん殴りたくなる。

 「くっそ…」

 ソラノの手の感覚が消えないよう、手を強く握りしめる。

 沈黙。水の音、人が歩く音だけが聞こえる。

 「…っ!」

 今、ソラノの声で、小さく【リョウ】と聞こえた気がした。

 リョウは周りを見渡す。周りはリョウのことを見ている。

 「ソ…」

 リョウは叫びかける。すると水上ステージの端に目が行った。一組のカップルが上を向いて指を差している。リョウも見上げた。

 辛うじて人が判別できる6階に人がいて、そこの手すりから身体を乗り出していた。

 「リョォ!」

 ソラノの声だ。ソラノが叫んだのだ。そのあとすぐに中に引っ張られたのか、ソラノの姿は見えなくなる。

 「ソラノォ!」

 リョウは両手を強く強く握りしめる。全身に一瞬、青白い電流が走った。身体が軽くなっていくのを感じる。

 一気にリョウは走り出した。

 2階へのエスカレーターを三段跳びで駆け上がる。

「もっと加速…!」

 リョウは更に加速。次のエスカレーターを数歩で昇り、その次を更に加速させて一瞬のうちに昇った。

 「もっと加速っ!」

 次のエスカレーターには人がいたが、構わず手すりに足をかけて一気に跳躍。5階にたどり着く。そして、7階へのエスカレーターに目をやると、グローブのような手と太陽のようなオレンジ色の髪の青年が、こちらを無表情に見下ろしていた。ソラノを連れて行った奴だ。

 「ホルス!お前…!」

 ソラノの声が聞こえる。ホルス…この男の名前だと直感した。

 ホルスはグローブのような手の平をリョウに向ける。

 「…?」

 何かをしてくる気だ。ホルスが口元だけで笑い、手の平の中心が光る。すると目の前の空間がぐにゃりと歪んだ。その瞬間、【何か】に縛られたようにリョウの身体が締め付けられる。

 「え…!?」

 そして、浮いた。勢いよく天井辺りまで身体が上がり、一気に床に叩きつけられる。

 「がぁっ!」

 リョウは激しく全身を打ちつける。息が詰まる。

 ホルスがジャンプ。6階へ飛び降りてくる。滞空時間がおかしい。ふわりと着地と同時にリョウに手の平をかざす。

 またリョウの身体は縛り付けられ、浮き上がった。リョウはまだ息が整わない。

 「…っ!」

 「リョウ!」

 ソラノが昇りのエスカレーターを一気に駆け下りて、ホルスのかざした腕を掴もうとする。

 「…!」

 ホルスは咄嗟に腕を掴まれないように避けた。

 リョウはその腕の動きと同じ方向に投げられ、店のショーウィンドウへ飛ばされる。激しい音と共にガラスが粉になって割れる。中にいた女性スタッフが悲鳴を上げ、周りの野次馬は一斉に逃げ出す。

 「リョぉ!お前…」

 ソラノがホルスを明確な敵意を持って睨む。

 「フィナル…今のは君が悪い…。ぼ、僕の腕を掴もうとするから」

 ホルスがソラノの腕を掴む。

 「もう行こう!」

 ホルスの目がどこを見ているかわからなかった。ソラノは得体の知れない不気味さを感じた。それに、ホルスの先ほどの避けた行動に違和感を覚えた。

 「いってぇ…」

 ガラスの粉の中からリョウが起き上がる。

 額から血が流れている。

 「リョウ!」

 ソラノはリョウに駆け寄ろうとする。

 「…!放せ!」

 ホルスが手を離さない。それを引き剥がそうとソラノは、ホルスの腕を掴もうとする。

 「…!」

 ホルスは掴んでいた手を離し、ソラノを突き飛ばす。

 「…フィナルはそこで待っていろ!」

 ホルスは自分のしたことに驚いたのか、動揺を隠せずに言い放った。

 ソラノは尻餅をついたまま、冷静にホルスを見る。違和感の正体がわかった。ホルスは本当の意味でソラノに触れることが出来ないのだ。

 「僕にこんなことさせるなんて…貴様ッ!」

 ホルスが手の平をかざした。手の中心が光りだす。【何か】が作用しているんだろう。

 「…あんた、ソラノに何やってんだよっ…」

 リョウはホルスに怒鳴りつける。

 「ソラノ…?誰だ?それェ!」

 その声と同時に粉になったガラスがどっと浮き上がった。リョウを中心にしてまるで雲のようにぐるぐると渦巻き始める。

 「なにこれ…」

 このままだとヤバそうだと直感した。リョウは拳を握りしめた。また身体に電流が走り、加速の準備が整う。

 「…ハッ!潰れろぉぉぉッ!」

 ホルスは前にかざしていた手をグッと握りしめる。それと同時に渦巻いていたガラスの粉の雲が、リョウを捕らえようと集束。

 「…クッ!」

 リョウもそれと同時に床を蹴り、ガラスの雲を突き破って出てきた。リョウの背後で雪を踏み固めるような音が聞こえる。

 リョウはガラスの粉まみれになりながら床に転げた。

 「リョウ!」

 ソラノがリョウに駆け寄る。

 「…っ!なんで!?フィナル!」

 ホルスが【何か】を選り分ける様に手を宙で掻いた。ソラノの長身がふわりと浮かぶ。

 「え!?」

 そして、ソラノはリョウと引き離されるように飛ばされ、背中から壁に打ち付けられた。

 「…ぅ!」

 ソラノは小さく呻き声を上げる。ホルスがその不可思議な能力でやったのは明白だ。

 「ソラ…!」

 リョウはソラノに駆け寄ろうとしたがやめた。おそらくまた、ソラノに危害が及ぶかも知れないから。ホルスを睨みつけた。

 ホルスは自分の手の平を見ながらぶつぶつと呟き、震えている。

 「ソラノに何やってんだよって!さっきから!言ってんだろぉがっ!」

 リョウはいつでも加速させられるようにしていた。身体に電流が迸ると、全力で床を蹴る。その衝撃で床のパネルが砕ける。

 一直線にホルスへ突進、拳を構える。

 「うぅおおぉぉぉぉらあぁぁぁ!」

 「素人の…!」

 ホルスが身構えようとした瞬間には、リョウの拳が目の前にあった。

 リョウの全体重に加速の威力が乗ったパンチが、ホルスの頬にぶち込まれる。それと同時にリョウの拳からは激痛と骨が折れたであろう音が、直に伝わった。

 「ガワァッ!」

 ホルスもこれほどの威力と想定できなかったようで、落下防止用の柵にぶっ飛ばされた。声にならないほどの痛みがホルスを襲い、苦悶の表情を浮かべる。

 「っつぁ!」

 リョウは殴った右手を押さえる。拳は折れてしまっているようで、血がポタポタと滴っている。

 「うぅ…ん…?」

 ソラノが後頭部を押さえながらリョウの姿に気が付く。

 「…!リョウッ!」

 ホルスはヨロヨロと立ち上がる。ダメージは確実に入っているらしい。

 「貴様っ!キサマァ!殺す!殺すからなァッ!」

 ホルスは絶叫し、急に上から吊られているかのように浮き上がった。もちろん、上から吊られているのではない、確実に浮いている。

 「言い忘れてたねぇ!僕はアマテルのホルス・ソルウォールっ!フィナルの手を引く者だっ!僕のナノマシン。テリトリアルはねぇ!自分の領地にした周辺空間を自由に操ることが出来るだよぉっ!」

 ソラノは転びそうになりながらもリョウに駆け寄る。

 「大丈夫か!?リョウ…!」

 ソラノはリョウの折れた方の腕を優しく触る。そして、本当に心配しているのだろう、自分が怪我をしているかのように辛そうな表情で、リョウに問いかけていた。

 「ソラノ…いいから…!俺から離れ―――」

 「―――リョ!?」

 リョウはソラノを突き飛ばした。ホルスが浮いた状態で手の平をこちらに向けたのがわかったからだ。そして、その直後にリョウの身体は、車に轢かれた様に後ろに吹き飛んで強かに壁へ打ち付けられた。

 「かはっ!」

 リョウはまるで壁に重力があるように壁に貼り付けられる。

 「死ね死ね死ねぇぇっ!潰れろぉぉ!」

 ホルスは手を宙で、物を押さえつけるようにする。

 「…ぐ…うぅぅ…」

 リョウは壁に貼り付けられたまま呻く。

 「リョウ!…ホルス!もうやめろっ!ついていく!アマテルに行くから!…やめろ…」

 ソラノはホルスに今にも泣きそうな顔で言った。

 「…うるさい!僕はもうこいつを許せないっ!殺すまで許さないっ!殺しても許さないっ!」

 ホルスは握りつぶすような挙動を取る。

 「…ッッッううぅぅ!」

 リョウの身体が悲鳴を上げられないくらいに締め付けられる。

 死ぬ。そう思った。何でこんな目に遭ってるんだ?とも思った。今日初めて会った女の子をちょっと助けただけで、なんで死ぬまでに追い詰められてるんだ?

 「もう…やめろ!」

 ソラノはホルスに駆け寄り、腕を掴もうとする。

 「そこで見てろっ!」

 ホルスはソラノを触れられるギリギリのところで吹き飛ばした。ソラノは床に転げる。

 「ぁうっ!」

 「…ソ…」

 リョウは貼り付けられて何をすることも出来ない。

 「…ろ…めろ…や…めて…。やめてぇぇェェェェ!」

 ソラノは立ち上がろうにも、立ち上がる力も入らず、その場で力の限り叫ぶ。ソラノはポロポロと大粒の涙をひとつ、ふたつと零しはじめた。

 ソラノが泣いている…俺の為に。今日、さっき初めて知り合っただけの俺の為に。こんなにボロボロになりながら。

 ソラノは最後の力を振り絞って立ち上がった。そして、リョウのもとへと走ろうと挙動する。

 「だから!フィナルっ!」

 ホルスはそう悲鳴のように言って、空いていた左の手の平をソラノにかざした。

 「っ…!」

 するとソラノは【何か】に上から押さえ付けられたように床に貼り付けられる。

 「…ぁぁぁぅぅう…」

 「クッソ!…お…前…」

 リョウは無理矢理に口を開いた。押し付けられていようが関係あるか。自分の為に泣いている女の子がいて、その子は今必死に苦痛に耐えている。

 「おま…え…。ソラノに手ぇ出してんじゃねぇ…!」

 この子をこんな男のもとに行かせたくない。そう思った。

 「貴様ッ!黙れェッ!」

 「…ソラノの手を引く?!お前は違うっ!」

 リョウは渾身の力を籠めて叫んだ。

 「さっきからソラノソラノってェッ!フィナルだ!名前も知らない奴が!」

 「ふっざけんな!ソラノはァ!ソラノだっ!アアァァァァァァ!」

 リョウは拳を握りしめて叫ぶ。そして、バチッという音が弾けると、リョウの身体に電流が駆け巡った。電流は身体からも溢れてリョウを押さえ付ける【何か】にも流れる。そこから黒煙が上がった。

 「んなっ…!」

 リョウを押さえ付ける力がフッと消える。煙がホルスの前方を覆った。

 「…」

 リョウは何も言わず。電撃の花びらを散らしながら突進。煙を突き破っていきなりホルスの前に出る。

 「…っくっ!」

 リョウは折れていない左腕で殴りかかる。

 「もう食らうかよっ!」

 ホルスはその拳を易々と受け止めて、リョウの頭を乱暴に掴む。

 「…握り潰してやる!」

 「…っ!」

 リョウは頭を掴むホルスの腕を、折れた手で掴む。激痛がリョウを襲う。それでもリョウはニィッと笑った。

 「一気に流すっ!」

 「…ハァ?」

 ホルスがそう言うや否や、リョウの身体が電撃の青白いオーラに包まれる。

 「一気に流あぁぁぁすッ!」

 そして、それはホルスに文字通り一気に流れ込んだ。

 「ァハッ!アアァァァァァァ!」

 ホルスが身体を細かく痙攣させて絶叫。周囲の照明も激しく明滅する。

 ホルスはリョウの頭と拳から手を離した。リョウの折れた手にはホルスにしがみつく力はなく、その場に着地する。

 「…はぁ…はぁ…。バカ野郎が…」

 リョウはそう呟く。ホルスは浮いていることが出来ず、身体中から黒煙を出しながら崩れ落ちた。

 「リョウっ!」

 ソラノはリョウに駆け寄る。

 「大丈夫か…」

 「…あんまり大丈夫じゃないかも…」

 リョウはぎこちない笑顔で言う。

 「きみは…バカだ…」

 ソラノは涙を零してそう言った。

 「…れろ…」

 「「…!?」」

 ホルスはむくりと立ち上がる。そして、もう一度その言葉を言った。

 「…潰れろ!全部っ!」

 ホルスは二人に手を向ける。

 「ソラノがいるんだぞ!」

 「消えろォォッ!くそったれェェェェ!」

 ホルスは再び浮き上がり、手も激しく輝く。

 「バカ野郎ォォォォッ!」

 リョウは拳を握りしめ、電流を身体に流す。そして、その瞬間に加速。床を蹴った。

 「リョウ!」

 ソラノがそう叫んだときには、リョウはホルスに突進をぶちかましていた。ホルスは浮いていた為、二人は手すりを越え、そのまま外に放り出される。水上ステージが真下に小さく見える。ちょうど8階まで届く噴水が上がり、ステージを囲んだ。

 「ごはっ…!死ぬ気か!?」

 「ソラノを巻き込めるか!」

 落下。

 一気にステージへ落ちてい中、ホルスの手が激しく輝く。

 【何か】の力で落下の速度が緩んだ。

 「お前だけ落ちろォォォォォッ!」

 ホルスはリョウの頭を掴み、身体を引き剥がそうとする。

 ソラノが手すりから顔を出す。

 「リョウ!」

 中空で二人が掴み合う。

 「もっかい!一気に流すッッッ!」

 リョウを通じて電撃がホルスに流れ込む。

 「ガアァァァァアアァァァ!」

 ホルスは悲鳴をあげた。そして、二人の落下を支える【何か】にも通電し、黒煙が上がる。電流の広がり方から、その支える【何か】がかなり広範囲だということがわかった。

 支えを失った2人は一気に落ちていく。しかし、落下の軌道はずれた。

落下先は水上ステージ脇の人工運河。

 それでもリョウは電撃を流し続ける。

 着水。高らかに水柱と水飛沫をぶち上げる。

 「リョぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 ソラノは名を叫び、下へ降りる為に駆け出す。

 「ぶはぁっ!」

 リョウが水面に顔を出した。水上ステージの縁に掴まる。もう力が入らず、上がることが出来ない。

 「やっべ…。力入らねぇ…」

 ホルスは気絶しているのか、仰向けで浮いていた。一応運河の為、ゆっくりと流れている。

 「…バカ野郎…」

 リョウは一瞥して、そう呟く。そして、リョウは目を閉じた。もう限界だった。身体の感覚が無くなって、身体が言うことを聞いてくれない。

 そして、意識も無くなる。

 「…」

 辛うじて縁に掴まっていた腕も外れ、身体が水中に浮いた。何事も無かったかのように噴水がまた8階の高さまで上がる。

 「う…」

 呻きを上げたのはホルスだった。横を見るとリョウは眠る様に浮いていた。

 「…こいつ…!」

 ホルスは震えながらステージに上がる。そして、そこから手をかざした。手の中心が光り始める。野次馬が見ていようが気にしていない。

 「ね~え」

 と、いきなり場違いな雰囲気の声がすぐ後ろで聞こえてきた。

 「あんた何やってんのぉ…?」

 そこにはホルスの知らない二人組が立っていた。

 ミズキとヤマトだ。ミズキは片目を大きく見開いて腕組みをしている。

 「なんだ…お前ら?」

 ホルスの手が光る。おかしな二人がいようと関係無い。

 しかし、ホルスはミズキから目を放せなかった。腕組みをしているミズキの目が殺気を帯びていたからだ。

 「ヤマトぉ…あの男の子引き上げといて…」

 「…あ…あぁ…」

 ヤマトはミズキが「お前」と呼ばれたことにキレているのが分かったし、そこに浮いているのが同じクラスメイトの稲葉リョウだという事もわかった。なんで稲葉リョウがここにいるのかを考える前に、さっさと引き上げることにした。

 「ふぅー」

 一つ息を吐いて、ミズキはおもむろに背中に手を回す。そして、見えない何かを握った…ミョルニルだ。

 「お前ってぇ――――!」

 ミョルニルの光学迷彩を解く。その姿を現した。ミズキはジェットを点火し、高らかに跳躍。ジャンプの頂点に来た時、もう一度ジェットを点火。一気に隕石のように叩きにかかった。

 「言うなぁぁぁぁぁぁ!」

 「―――ッ!」

 慌ててホルスはそれを受け止める為に手をかざす。ミョルニルとかざした手の間に【何か】が作用して辛うじてミョルニルを受け止める。ジェットの轟音が全ての音を掻き消した。ヤマトは必死に踏ん張って爆風に身体とリョウの身体を持っていかれない様にするしかなかった。

 ホルスはじりじりと手をずらし、ミョルニルをいなして後ろに跳んだ。受け止める対象が無くなったせいでそのままステージにハンマーが撃ち込まれる。

 「ちぃ!」

 ステージに鈍い音が響き渡り、遅れて皿が割れる様に砕けた。運河の水が派手にぶち上がる。

 「おい!ミズキ!殺したら調べられない!」

 ヤマトが叫ぶ。普通に今の一撃がホルスに当たっていたら、血の水柱が上がっていただろう。

 「わかってる!けどこいつ、銃は効かないわよ!だから、これで一回黙らせる!の…よ!」

ミズキは飛び石を飛ぶ様にステージの残骸の上を行き、ホルスを追いかける。

おそらく、先ほどの地下街の戦いもミズキがすぐに参加していれば即、終わっていただろう。そうヤマトは思った。

 ステージの端に追いやられたホルスは手を前に出した。目の前に立ちふさがったミズキは高々とハンマーを振り上げた。

 「投降しなさい!あんたぁ!わかってんのよ。もうその力!残ってないだろ!」

 ミズキはジェットを吹かしてアイドリング。

 ホルスの手が光る。

 「僕はフィナルを守るだけだ!お前にはか―――」

 ジェット噴射。

 一気にフルスイング。ギリギリのところでホルスは回避、逆噴射してハンマーの勢いを止める。水蒸気が上がり、視界を遮る。

 「見ず知らずの奴があたしの事ぉ!お前って言うなぁぁぁぁ!」

 ミズキはハンマーを思いきり横に振る。風圧で水蒸気の霧が晴れる。

ホルスが手を前に構えていた。

 「お前何者だ!いきなりこんな事して――――」

 「……潰れろ!」

 ミズキは上段から一気にハンマーを落とす。

 ホルスが両手を前に出し、受け止める。手がこれまでに無いほど輝く。

 「くっそ…もう残ってない…!」

 ホルスは運河へ大きく跳躍。

 そのままハンマーは運河に叩きこまれた。巨大な水柱が立つ。

 「ちぃ!」

 水柱が消えると、ホルスの姿も消えていた。

 「…クソ!逃げられたぁ!」

 ミズキは悔しそうに声をあげ、ミョルニルに光学迷彩をかける。そして見えないそれを担ぐ。

 「ヤマトぉ、男の子は引き上げたぁ?」

 ヤマトの方を見ると、すでに男の子―リョウを壊れていないステージの上に引き上げた状態だった。

 「…命に別状はない…気絶してるだけだ…」

 「そっかぁ…。ん?どしたの?」

 ヤマトは浮かない顔をしていた。

 「こいつ…俺のクラスの人間だ…」

 「あんたの高校のぉ?」

 ミズキは特に驚くわけでもなく、口を少し尖らせて感心しているだけだ。そして、何かを思い出したかのように口を開く。

 「あ…もういいわよぉ!ソーラー!」

 「?」

 ヤマトはわけがわからない。

 「リョウ!」

 近くの柱に隠れていたのか、ソラノはそこから飛び出してきて一目散にリョウに駆け寄る。

 ミズキがソラノのそばに寄り、声をかける。

 「ソーラー…とりあえずここを離れるわよ。今連絡が入ったんだけど…ガルムと処理班がやられたらしいわ。ヤマト達が倒した男も逃げたらしいし…」

 「え…」

 ヤマトが続きを言う。

 「応援に駆け付けた班と処理班の無事だった奴の報告だと、電撃を操る女だったそうだ…こちらに向かってると思う」

 「それって…」

 「あぁ…雷姫らいひめだ…」

 ヤマトの表情が凍り付いていた。

 「さぁさっさと行くわよぉ!」

 ミズキは二人に言う。声は普通だったがやはり表情は凍り付いていた。

 「ミズキッ!リョウも連れて行って!」

 「当たり前でしょ。ヤマト!」

 「あぁ…ソーラー、行こう」

 ヤマトはリョウを米俵のように抱えて言う。二人は出口へ向かう。

 「ありがとう…」

 ソラノは小さくそう言って二人のあとを追った。

 ソラノたちが去った後には、運河の水の音しか聞こえなかった。

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