第5話
高岡ヤマトは走っていた。自分たちの護衛対象【ソーラーノーム】が護送中に襲撃を受け、連れ去られたのだ。その知らせを聞いたヤマト達は、待機していたラボから飛び出た。現在、ソーラーノームを連れ去った黒いワゴンが、ゲーセンの入り口に突っ込んだ事故現場だ。
ヤマトに通信が入る。ナノマシンが骨伝導で伝える音を聞くため、周りからは一人で喋っているように見える。
『ヤマトぉ?』
状況と全く正反対な雰囲気の、のんびりとした声が耳に伝わってくる。
「ミズキか!黒いワゴンが事故を起こしていた。ソーラーはいない…そっちは!?」
『敵はぁ、見つかったわねぇ』
ミズキのゆっくりとした声がこういう場面では正直イラつく。
「敵!?大丈夫なのか?」
『余裕よ。ていうか、なんであんたがあたしより遅いのよ?一番に飛び出して行ったくせに』
「事故現場を調べてたんだよ!そっちに行く!お前、今どこに?」
『お前って言うな!』
通信が切れた。
「…あいつ…」
ヤマトはやれやれという風に首を振り、走り出す。そして、腰のホルダーに差していた大口径の拳銃、テンペストイーグルにロングバレルを手際よく装着する。
すると、ミズキからまた通信が入った。
『ごめんごめん…。つい…あはは』
「で?どこに行けばいい?」
ヤマトは交差点にさしかかる。
『その交差点を左折ね』
「了解」
ヤマトは全力疾走で横断歩道を渡る。先を見ると、半分予想外の光景が広がっていた。
真っ暗だった。街灯、店の電子看板、あらゆる灯りが消えていた。そして、その真っ暗な一帯の先はまた明るくなっている。どうやらこの一帯だけ、灯りとなる物が破壊されているようだ。
「なんだこれ…」
「おぉ~。ヤマトぉ」
もう半分は予想通りだった。
真っ暗でよくわからなかったが、歩道の脇には数台のセダンが、廃車の様にぺしゃんこになっていた。そして、その隣には制服を着たボブヘアーの女子高生が立っている。この暑い中、ブレザーを着ている。
「ミズキ…お前…」
「お前って言うな!」
ミズキと呼ばれた女子高生は、鬼の形相で睨む。いつものことなのでヤマトは気にせず続けた。
「これ全部、ミズキがやったのか?」
「え?あぁ…明かりのこと?あたしじゃないわよぉ。ここに来たときにはもう真っ暗だったぁ。いくらあたしでも壊さないように気を付けるわよぉ。あはは」
ミズキは井戸端会議を楽しむ主婦のように、笑って「やーねぇ」と手を振る。
「んま、あたしも今終わったとこなんだけどねぇ…」
ミズキは足元を見る。そこにはスーツを着た男たちが何人も倒れていた。
「全部相手したのか…殺してないよな…?」
「やーねぇ。大丈夫よ」
ミズキはニコニコと笑う。
「こっちの穴だらけの車はわからないけど」
ミズキは親指で車を指した。確かに穴だらけだ。そして何より。
「…焦げてるのか」
真っ黒に焦げていた。チリチリと煙も上がっている。
「誰がやったんだ…?」
「さぁ?ちなみに来た時にはこれもこうなってたわよ?」
ミズキは腕を組んで言う。
「…とりあえず、あとは処理班に任せて、先を急ぐぞ」
「はいはぁい。んじゃこっちぃ」
ミズキはいきなり走り出した。ヤマトも慌ててついて行く。
「ソーラーの行先わかるのか?」
「わかるわよぉ!あの子、一瞬リミッターを外したみたいで、痕跡がまだ残ってるのよぉ。だいぶ薄くなってきてるけど…」
「だから車が事故ってたのか…。無茶やりやがって…」
「まぁソーラーのことだからねぇ…あはは」
「っていうかそれ早く言え!」
「あはは…ごみん」
話ながらしばらく走ると、ミズキは迷わず駅ビルの中に入って行った。
駅に入るとまだ人で混雑しており、辺りを見渡してソーラーを探す。
「あ~ダメ、ここら辺で反応消えたわぁ…。こっからは探し回るしかないわねぇ…」
ミズキはひとつため息をついた。
ソーラーはピンクがかった長い髪に黒の特徴的な服だ。かなり目立つはずだが全く見当たらない。
ヤマトは仲間の一人、ガルムに連絡を取った。
「俺だ。そっちはどうだ?」
ガルムは息を切らせていた。相当動き回ったのだろう。
『こっちは…。すまん見つけられていない…』
「ミズキがソーラーの痕跡を見つけて駅に来ている。お前もこっちに来い」
『駅!?ミズキのやつ、何も言わなかったぞ…!くっそ…今から戻る!』
「ミズキ…ガルムにもソーラーの痕跡のこと、言わなかっただろ?」
ヤマトはミズキに投げかけるが、姿がなかった。
「…いないのかよ…。おい…」
通信をかけてみるが返答がない。
「ちっ」
舌打ちをしつつ、地下街へ降りるエスカレーターを見つけた。ヤマトはそれに乗る。
ヤマトの正面の壁には巨大なモニターがあり、そこにはアイドルの
そのときだ。翼で黒くなった部分が鏡のように自分を映した。そして、自分の背後にスーツを着た男がいた。
男は切れ長の目で笑い、拳銃を片手で構えた。
「…?!」
ヤマトは反射的にエスカレーターを跳んだ。
落下しながら振り返り、ホルスターから先ほどのテンペストイーグルを抜き構えた。
切れ長の目の男は発砲。この人ごみを全く気にせず撃ってきた。
弾は前を偶然通ったサラリーマンの肩に当たるが弾はそのまま貫通。ヤマトの足をかすってモニターに突き刺さる。弾を見ると短い矢の様になっていた。これは発砲後も加速する多層型加速弾だ。
「加速弾!?」
間を置いて、それを目の当たりにした人たちが悲鳴を上げた。
エスカレーターを一気に跳んで降りたヤマトは上を見る。切れ長の目の男は、銃を構えながらリズムよくエスカレーターを降り始めた。エスカレーターに乗っている人たちは避けてしまうので、ヤマトと男に隔てるものは何もない。
発砲。
ヤマトは咄嗟に避ける。
反撃。発砲する。
もう一般人は我先にと逃げ出している。下にいた人間は地下街へ、上にいた人間は駅の方へ。
男は軽く横に飛んで弾を避ける。手すりが大口径の弾を受けて砕ける。
男が発砲。ヤマトは身体をローリングさせて避け、地下街へ飛び込む。
男はエスカレーターの半ばから飛ぶ。着地と同時に発砲。
「っと!」
ヤマトは難なく回避。弾が後ろの逃げていた女子高生の肩に当たる。そして、そこからまた女子高生が壁に飛ばされ打ち付けられる。
「ぁぅ…!」
女子高生が小さく呻きをあげる。
これが加速弾の怖さだ。手当てをしてあげたいが近づくと巻き込んでしまう。逃げるしかなかった。
地下街のメインストリートに転げ出る。男がゆっくりと追いかけてきた。
ヤマトが発砲。男の胸に命中。奥に吹っ飛んだ。大口径の弾を受けて吹っ飛ぶという事は貫通していないということだ。
「防弾か?準備がいいな…」
ヤマトはメインストリートを駆けた。いきなりの銃撃戦を見た人たちは悲鳴をあげ、奥の方へと逃げていく。奥はサクラシティだ。
男はのっそりと立ち上がり、メインストリートに出てきた。
ヤマトは有無を言わさず発砲。男の額に命中。頭から勢いよく床に倒れる。しかし、すぐに起き上がった。血は流れていたが、男が血を拭くと傷が少しついていた程度で、もう血は流れなかった。
銃弾を受けても致命傷にならない…。
「肉体強化型。厄介過ぎる…!」
男が発砲。
ヤマトは手前にあった店に飛びこんで回避。
店の棚に隠れて様子を見る。加速弾を乱れ撃てば物は吹き飛ぶか貫通してくるから隠れること自体にあまり意味もない。だが、向こうも弾を温存したいのか撃ってこなかった。
「よくも邪魔してくれたねェ…。外の仲間はほとんど女の子にやられちゃったみたいィ」
男が口を開いた。意外に低いが、さわやかに抜けるような声だった。
一般人はだいぶ向こうまで逃げて声が響くほど地下街は静かになっていた。
「だいたいソーラーノームは俺らの物だろおォ?ハハッ!」
発砲。すぐ近くの本棚が吹き飛んだ。
特徴的な喋り方がカンに触る。ヤマトも移動しながら口を開く。
「今は俺らのだ!奪うなら奪い返す!」
声がすると位置がバレる。向かいの薬局に飛び込む。今さっき隠れていた棚が派手に吹き飛んだ。そしてヤマトを追うように足元が派手に砕ける。
「おぉ!その考え方は素晴らしィ!」
男の周囲に白いもやの様なものが漂い始めた。そしてもう一丁拳銃を取り出した。
「じゃァ…俺らも奪い返すよォ!」
発砲。
陳列されてある薬品をぶちまけながらヤマトのそばに着弾。どうやら加速弾ではないようだ。
床が薬品などの液体で濡れている。これで走り回ると位置がバレる。ゆっくりと屈みながら歩いた。
「…!?」
動けない。
ヤマトが足元を見ると、液体が全て凍っていた。足が床から外れない。男がこちらへ歩いてくる。
「あるェ?もしかして動けないィ?俺の身体にはねェ…フロストってナノマシンが入ってるのよォ…凍っちゃうよォ!」
コツコツと足音を立てて男が向かってくる。ヤマトはもがく。
「死んじゃおうねェ!」
氷から足が外れた。ヤマトは何も考えずメインストリートの方へ飛ぶ。
男が発砲。
ヤマトが今までもがいていた場所に無数の加速弾と通常弾がぶち込まれた。
反撃。発砲。
たいして狙いをつけていたわけではなかったが加速弾を撃っていた拳銃に命中。手から弾け飛んだ。男は笑いながらもう一方の拳銃を向け発砲。着弾する度にそこの床が凍る。
「やるねェ!ハッハァ!かするだけで壊死するよォ!怖いねェ!怖いねェ!」
一発でも当たれない。走りながら考えた。
大口径の弾丸を頭に撃ちこんでも無駄。ナノマシンも、まだその能力の全部はわからない、でも使用制限はあるはず。無限には撃てないだろう。
「厄介だな…」
メインストリートを走る。時に店の中へ飛びこみ、隠れ、また走る。少しずつ距離をとって行った。男は撃たれても構わないからか、ゆっくりと歩いている。
「逃げるのォ?戦おうよォ」
笑みを浮かべながら拳銃を構え、発砲。
ヤマトもうまく避けながら距離をとっていく。
恐らくあいつの銃弾を受けてもダメージがない身体は、意識している間だけ身体が強化されるはずだ。あれだけの強化を無意識の間もやっていたとしたらナノマシンもさすがにオーバーヒートを起こす。つまり、無意識からの攻撃、奇襲なら銃弾も通る。
ヤマトはそう結論付けて、背中に隠していたホルダーから小型ライフルのアグニを抜き取る。こいつは見た目こそ拳銃より少し大きいだけの小型ライフルだが、弾丸は対機動兵器ライフルに使われる15ミリ弾だ。これなら十分すぎる威力。ちなみに自分もちゃんとした準備をして撃たないと、腕が使い物にならなくなる。
「つまんねぇよォ!」
男は拳銃を連射。着弾した床はみるみる凍る。
男は痺れを切らし、走り出した。
「ガルム!」
ヤマトは叫ぶ。それと同時に、駅のエスカレーターからガルムが飛び込んできた。通信は繋がったままだったのだ。男の背後を取った。ガルムはアサルトライフルを連射。
男の背中にほぼ全てが命中。
「バァァァカァ!」
男は振り返りガルムに発砲。
「不意打ちだろォ?確かに不意打ちされれば俺は撃ち抜かれるねェ。でもさ、不意打ちが来るのがわかってればさァ。そっちの方もカチカチにしておけば良いんだよねェ!教えてあげるゥ!俺のもう一つのナノマシン、アイギスはねェ最大連続稼動時間300秒!最新型だよォ!」
男は喋る間もガルムに発砲。ガルムはその大きな身体を必死にローリングさせ、洋服屋に飛び込む。男が歩み寄る。
「バカはお前だろ」
ヤマトは数百メートル先でアグニを構えていた。
発砲。
まるで大砲のような爆音を地下街に響かせて、15ミリ弾が一直線に男へ向かう。
「…!?」
音を聞いてから反応したならもう遅い。
「げバギャアァァァァ!」
弾が命中。男は奇声を発して地下街の奥の大きな柱まで吹っ飛び、叩き付けられた。
「…うし…」
ヤマトはガルムに通信で話し掛けた。
「大丈夫か?」
『あぁ…』
銀色の髪のガルムが洋服屋から出てきた。
「そっちに行く、一応生死を確認しないと」
『俺が見に行こう』
ガルムは男が叩き付けられた柱に向かう。ガルムは長身のロシア人だ。少し離れたヤマトからもその姿が確認できる。
『くっ!』
「どうした!?」
ガルムはバックステップでその場を離れる。
発砲音。
『こいつ…まだ生きてる!くぁ!』
ガルムは肩に銃弾を受けた。被弾部が凍っていき、膝から崩れ落ちた。
男がゆっくりと立ち上がった。着ていたスーツは胸のあたりに大穴が開いていたが、身体は無傷だった。
「くっそ!」
ヤマトは急ぎ、ガルムのもとへ走る。
「言っただろォ?不意打ちが来るのはわかってるってェ!でも、こんなおっきいのが来るとは思わなかったよォ…死ぬかと思ったァ」
男は不気味に笑った。ガルムに銃口を向ける。
「死ねよォ!」
「ガルムッ!頭下げて!」
ミズキの声が突然響く。
「うぉっ!」
ガルムは咄嗟に頭を下げた。
「どぉぉぉん!」
この地下街でジェット機が飛び立つかのような爆音が轟く。
「ぎっ!」
その声と同時に男は【何か】に叩き付けられ、柱にめり込んだ。
粉が煙となって舞い柱辺りの様子が分からなくなる。
「…さっきもソレ使ったのか…」
ヤマトは走りながら呟いた。
煙が晴れてくると、柱の脇に巨大なハンマーを肩に担いだミズキが立っていた。
ミズキが持っているソレは、ハンマーにジェット噴射器を付け、そのジェットの勢いで対象を粉砕する対機動兵器用ハンマー…カタパルトハンマー・ミョルニルだ。ジェットを使用するため腕力が威力には反映しない、それよりも繊細な操作を行える技術が必要な武器である。ただ、人間に使用する物ではない。あくまで対機動兵器用だ。これで先ほどのぺしゃんこになった車も納得いく。
「ミズキッ!」
ヤマトが駆け寄る。
「終わったわよん」
ミズキはニコニコと笑って言った。
男は柱から剥がれ落ちるように倒れた、ピクリとも動かない。気絶しているようだ。
「お前さ…」
「お前って言うな!」
ミズキは鬼の形相。ヤマトは構わず続けた。
「ミズキさ…今までどこにいたんだよ?」
「あたしはずっとエスカレーターのところで見てたわよ?」
「…そんなもん持ってんだから最初から援護しろよ…」
「嫌よ…あたしの仕事は情報収集なんだからぁ…」
ミズキは自慢のアヒル口で言う。そういうセリフは持っている物を片付けてからにしてほしいものである。
ヤマトはガルムに声をかけた。
「ガルム、大丈夫か?」
「…あぁ…腕の方はヤバそうだけどな…」
ガルムは立ち上がる。肩の傷は血が流れず凍っていた。このままでは壊死してしまう。
「じきに処理班がここにも来る…お前は一緒に撤退しろ」
「了解した…すまん」
ヤマトはミズキの様子をうかがう。
「…って!お前何してんだ!?」
ミズキはミョルニルを高々と持ち上げていた。
「お前って言うな!こいつ動けないくらいに潰しとこうかなぁ~って思ってぇ。危ないじゃん?また暴れだしたら」
歯を見せ、笑って言う。
「いや、普通に手錠か何かで拘束しとけばいいだろ…」
「…むぅ…」
「残念そうな顔するな」
「せっかくミョルニルの実験台になってもらえそうな奴だったのにぃ」
ミズキは仕方なくポケットから手錠を取り出して手際よく男の手足に手錠をかける。
「じゃあガルム…俺とミズキはソーラーを追いかける。こいつのこと頼むぞ…。何かあったら連絡しろ」
ガルムは頷く。
「お前も気をつけろよ」
「あぁ」
「じゃあねぇ。ガルム」
ミズキはミョルニルの持ち手部分にあるボタンを操作。少し頭の部分が小さくなったあと、透明化する。光学迷彩だ。
「いいわよん」
ミズキがそう言うと、ヤマトはミズキのスカートを引っ張ってサクラシティに向かった。
「ちょおっ!パンツ見えるぅ!」
「お前のパンツとか知らん」
「お前って言うな!」
ヤマトとミズキの会話が地下街にいつまでも響いていた。
ガルムはため息を吐いた。
「…大丈夫か…?」
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