第3話
ゲーセンを出るともう既に外は暗くなっており、時計を見ると20時を過ぎていた。
「仕方ない…。帰るか」
リョウはひとつため息を吐いて歩き出した。
「今日の晩飯は何にしようかな…」
そんなことを呟きながら少し歩くと、リョウのすぐ左の道路を向こう側から走ってきた黒いワゴンが、急にバランスを崩し、すれ違って行った。
「え?」
リョウは反射的に振り返る。
ワゴンは片側二車線の道路を猛スピードで蛇行しながら前の車に追突し、さっきまでいたゲーセンの入り口に突っ込んだ。
激しくガラスが割れ、激しい音が耳に響く。女性が悲鳴を上げる。
「…マジ?」
リョウも走ってその現場に向かった。歩き出してすぐだったので、その惨状はすぐ目の前に広がり、リョウは息を呑んだ。
ワゴンからは炎が上がり、通行人が何人か車に轢かれ倒れていた。
リョウの手は震えていた。これほど凄惨な場面を生で見たことがなかったからだ。
サラリーマンの男性が倒れた男子高校生に声をかけている。
ケータイで何かを話している女性。
その場で座り込む女子高生。
車の運転席を開けようとする大柄な男。
写真を撮りだした学生もいる。
リョウはただ見ているだけで、あ然としていた。
するとワゴンの後部座席のドアが開き、白い脚が伸びた。
「大丈夫ですか!?」
現場を取り囲んでいた男子学生の一人が駆け寄った。学生は車の中に身体を入れる。すると、何かを引っ張りあげた。
学生が握っていたのは白く綺麗な腕だった。その腕に続いて黒いライダースーツのような服を着た、髪の長い女が車から出て来た。
女は少しバランスを崩して学生にもたれかかる。学生と比較すると身長は女性にしては高い方だとわかった。学生は少し躊躇し、女の身体を抱き上げようとしたその瞬間、学生の身体が痙攣し、膝から崩れ落ちる。女は一人で立ち、咄嗟に学生が頭から倒れないように支えた。そしてゆっくりと寝かせる。
「…止まらない…」
女はそう独り言を言った。
人が倒れ、炎が上がり、壊れた車、黒衣の女。まるで地獄に魔女が舞い降りたかのような不気味な光景に、リョウは恐怖を覚えた。
中年の女性が女に近寄って声をかける。
「大丈夫?怪我はない?」
女性はハンカチで顔を拭いてあげようとした。女は遠慮するように女性の手を避けるが、女性は無理矢理女の手を取る。その瞬間に、女性も痙攣、糸の切れた人形のようにその場に倒れた。
女は唖然として、女性に触れようとしたが手を引っ込める。
「ごめんなさい…」
また独り言を小さく言った。
女はリョウの方を向いて歩き出した。ツカツカとこちらに向かってくる。顔を見ると、まだ少女だということが分かったが、誰もが美しいと言うだろう。そして、会ったことはないが貴族のような品があった。その脚はよく見ると裸足だ。
「だ、大丈夫?」
リョウは、すれ違おうとした瞬間に、少女の肩を掴んだ。
「…私に構うなっ!」
少女は声を荒げ、乱暴にそれを振りほどく。
「…」
少女は何故か驚愕した表情でこちらを見る。
「…大丈夫…ですか?」
リョウは恐る恐る聞く。
「私に、近づくな」
少女はそう言い置くと、そのまま歩いて行った。すれ違う時に少女の長い髪が、リョウの頬をくすぐって行った。
リョウはしばらくその後ろ姿を見つめる…。
少女の姿が段々と小さくなっていくのを見ながら、リョウは何かが引っかかった。
「放っておけるわけないだろって…!」
リョウは走り出した。
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