第66話

 間を置かず、空を切る音がした。クレンジルグは右腕を左肩に躊躇なく振ってくる。

 「っ!!」

 リョウは肩から飛び降りる。さっきまで立っていた左肩に容赦なく拳が叩きつけられた。これまた凄まじい音がした。

 「バーカっ!!」

 そう言いながら少し離れたところに着地する。

 クレンジルグは歪な音を立てて立ち上がる。音から察するに先程の高高度からの一撃はかなりのダメージを与えられているのだろう。するとクレンジルグは垂れ下がる左腕をおもむろに右腕で掴むと、無理矢理ブチブチと音を立てて引っ張り始めた。そして外部スピーカーに切り替えたのか、クラウンの声が発せられた。

 「ほんとに……。クレンジルグがここまでやられるとは予想外でした」

 そう言いながら、クレンジルグは自身の左腕を引き千切った。その様子は金属のシリンダーやパイプに混ざって人工筋肉繊維を使っているため、ややグロテスクに見えた。

 アモルは遠くへ逃げきれただろうか?ちらりと空を見上げるが、それらしき姿は認められない。もしかするとクレンジルグの高さからは見えている、もしくはレーダーなんかで捕捉しているかもしれない。今クレンジルグとリョウが立っているこの場所は上から見た時は小さな空き地程度だと思っていたのだが、いざ地上に降りてみるとサッカーコートほどの広さがあった。周りは上からの瓦礫がたまに降ってくる音がする以外は思いのほか静かで、今相対している機械の巨人がひと際異様に見えた。片腕を自分で引き千切ってそれをまだ持っている姿は本当に不気味だ。

 「なぜここまでする?」

 クレンジルグ、いや、クラウンの問いは状況に似合わず落ち着いた声のトーンだ。それにその問いも少しずれているような気がした。 

 「……」

 リョウはいつでも動けるよう少し腰を落として無言を返事とした。

 「僕のクレンジルグがこうなったんだ、その動機が知りたくなるのは当然だろう?」

 「はぁ?何言ってんだ。お前……」

 相手に聞こえるかわからないが、そう口にした。こうなる動機?そうなったのはアモルを、ソラノを攫おうとしたからだろ?

 「あぁ、申し訳ない、質問が悪かった。なんでこうまでして幻実のアプリエイターを助けようとする?先程の落下も下手をすれば自分が死んでいたはずだ」

 「助けようとする理由……?」

 「奪命も無事、君にはそれほど幻実に命を懸けると思わなかった。それほどの関係性が君たちにあったのか?」

 さっきからコイツは何を言っているんだ。アモルに命を懸ける?当たり前だろ。そんなの。マルナさんはシュルムさんを失って後悔している。アモルは必死にマルナさんの事を想っている。そんな親子を引き剥がせるのか?

 「幻実もこちらでした方が幸せになれる。彼女のお姉さんも待っている。そちら側にいるより何倍もマシなはずだ」

 「うるせえ……」

 そんなことどうだっていい、こいつはあんな方法で、あんな子供に別れる諦めを決めさせたんだぞ。ソラノさえも連れ去ろうとしたんだぞ。そんな奴らのところに行って幸せになれる?マシ?笑わせるな。 

 「まぁ。それを聞いたところで君を許したくはないんだが……」

 「うるせぇ」

 アモルの覚悟、マルナさんの想い、思うことはたくさんあった。でも、それはうまく言葉にできないし、言葉にできたとしても語ってやる気もない。何でこんな、こんなことを聞くやつに、俺の想いなんかを言わなきゃならないんだ。話をしてくるなら時間稼ぎにでも利用しようかと思ったが、そんなのどうでもいい。

 「俺はお前が嫌い!!!!それだけだ!!!!」

 「……」

 クラウンは押し黙る。しかしながら、微動だにしないあの鉄の巨人からは存在感というか、気配のようなものが増した気がした。これが殺気というものなのだろうか?

 リョウはを予感し、身体に電流を流した。

 風で木々が揺れる音、鳥の鳴く声、何かが落ちる音。

 そして、クレンジルグの何処かが軋む音。

 「―――――ッ!!!!」

 リョウはそれを合図に地面を蹴った。加速させた身体は一気にクレンジルグへと向かう。

 一瞬遅れてクレンジルグが持っていた左腕を轟音をたてて投げつける。

 しかし、投げつけた位置にはもうリョウはおらず、左腕は音を立てて転がった。

 「オオオオオオオおぉぉぉぉおああああああ!!!」

 リョウは勢いをつけたまま接近、跳躍、回転。

 回転、回る、回る。ソラノにアドバイスを貰った新しい方の……。

 「〝ソラノ式!!!嵐天!!!〟」

 クレンジルグの腰の高さまで上がると、そのまま回転の乗った蹴りを打ち込む。

 「〝突風!!!〟」

 クレンジルグの左ももに嵐天・突風がぶち込まれた。リョウのアーマーは排熱がなされ、クレンジルグは腰を小突かれたように揺れる。

 リョウもこれで倒せるとは思っていない、そのまま着地し、すかさず地面を蹴り、足元を離れる。

 すぐさま着地地点に踏みつける脚が落とされた。勢いは殺す気満々で、風圧というか、振動がそれを物語っていた。

 「あっぶ!」

 そう言いながらも、加速した身体をそのまま走らせ距離をとるようにする。

 駆動音が聞こえ、見るとクレンジルグはこちらに振り返り、右腕の機関砲を向けていた。

 動きが速い、どうにか倒す手立てか、逃げる算段を考えないとすぐにしのぎ切れなくなる。

 機関砲が容赦なく発砲。

 リョウは切り返し、蛇行しながら一気に接近する。リョウの動きを追うように地面が弾丸によって抉れていく。

 何度も〝嵐天・突風〟を狙うわけもいかない。太もも辺りを狙っても大したダメージになっていなかった。不意打ちで食らわせた首はきれいに折れ曲がっているが……。

 股を全速力で潜る。

 だからといって首を狙う為にジャンプするのは空中で狙われてしまう。翔子との稽古が思い出される。師匠さっすがっ!

 張り付いて出力最大の電流を流すのも考えた。だが、ミズキが言っていたことも思い出した……「人間相手ならまだわかるけど、マシンフレーム相手に通じると思う?仮に通じたとしても力使い切っちゃって眠っちゃうわよぉ?」とか言っていた。あの時はムカついたがその通りだ。もし通じなかったらアウトだ。試すとしても通じそうな場所を狙わないと……。というか、クレンジルグに対応するためにライジングモードも今までにないくらいの出力で身体を加速させていて悠長に躱してばっかりいても電池切れを起こしてしまう。

 クレンジルグは瞬時に転換こちらを振り向き、右腕に収納されていた剣を展開させる。見たところ、色が黒く、先程のようにモノを溶断できるような状態ではないようだ。それをすさまじい速度で振り下ろす。

 リョウも剣を赤熱させるまで待ってから仕掛けてくるとは思ってはいない。剣を展開した瞬間から横に回避していた。

 「―――――ック!!!!」

 紙一重で巨大な殺意の塊を回避する。完全に潰そうしたのだろう、剣の腹の部分で地面を抉っていた。ゾッとして気絶しそうになるが、それを飲み込む。

 そして、剣の腹に足をかける。加熱されているのがわかる。ぐずぐずしていると近付いただけで焼き殺されてしまう。

 「おおおおおぉぉぉぉオオオ!!!!」

 剣を伝って一気に走る。

 クレンジルグは身動ぎするが、左腕がない。右腕を振り上げるが対応が一歩遅れた。リョウはすでに腕を走り、その勢いを脚の回転にしていた。

 そして、頭部に辿り着いたと同時に。

 「〝嵐天・突風!!!〟」

 渾身の右脚を顔面にぶち込んだ。

 前のめりになっていたクレンジルグの首は今度は後ろに持っていかれ、完全に千切れて飛んだ。

 アーマーからは蒸気の音を立てて排熱がなされる。

 「っあ……ガッ!!!!」

 気が付けなかった。その時にはリョウは中空に弾かれていた。

 クレンジルグが右腕をやけくそ気味に振り回したのが直撃したのだ。辛うじて左脚のサポートアーマーに当たって防げたがゲージが一気に上がり、限界寸前だ。衝撃も強すぎて息が止まった。

 「かッ……クッ!!」

 辛うじて目を開き、状況を確認する。

 右腕の機関砲がリョウを狙っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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