第64話
リョウは落下していた。
一瞬叫んだりはしたが、状況を把握してしまうと歯を食いしばってしまって、口が上手く開かなかった。
周囲にはいくつもの水の塊と巻き込まれた大きめの魚が並走して落下している。風の音か何の音かよくわからないがそれしか聞こえない。
「…………っ!」
不意に左を見ると、クレンジルグが少し離れたところにいた。左手にはアモル。
少しほっとしたが、自分の置かれている状況が全くほっとできない!
身体をくるりと反転させ、下を見る。眼下には青々とした森と川が見える。意外と高さがまだあった、しかし、命綱も何もなしで落下しているという事実。すでに気が遠くなりそうだ。
手足をジタバタさせていると人工太陽光が反射して銀色に輝くサポートアーマーが見えた。
「ソラノ……」
リョウは少し落ち着き、首をぶんぶんと振ってクレンジルグを見る。バランスをとっているらしく、手足を広げ細かく動かしている。
自分もゲームや映画なんかで見た知識で体勢を作る。風というか空気抵抗を上手く掴むとすぐさまに身体が移動した。
「ぶわっ!」
思いの外、速く動いて一気にクレンジルグに接近する。ブレーキがよくわからずジタバタするが、左手にぶつかる形で止まった。
「リョウお兄ちゃん!」
アモルは叫ぶ。見ると長い髪が逆上がって乱れている。大きな眼からは大粒の涙が上に昇っていった。
何とか体勢を立て直し、左手に掴まる。
「このままじゃリョウお兄ちゃん……死んじゃう」
「ははっ!死なないから!!」
リョウは苦笑気味の笑顔で無理矢理そう言った。ほんとは頭でも撫でてあげたいのだが、片手でも外せば吹っ飛ばされそうだ。
いくらソラノから貰ったサポートアーマーの性能が凄いからって、この高さからの着地は無理だろう……どう見ても200メートル以上ある。そういえばカントーESS は最新で一番高いかなんかでギネスブックに載っていたような。
みるみるうちに森が迫ってきている。
下を見てただ激突を待つわけにはいかない。アモルを見ると、俯いて涙を流している。その涙は小さな珠になって上に昇ってゆく。こんな状況ではなければ幻想的で芸術にも見えただろう。
「さっき聞けなかった」
リョウがそう言うとアモルは顔を上げた。
「アモルはどうしたい?」
「……アモルは……」
アモルがぼそりと言った。
一拍間を置いて、アモルは口を開いた。先ほどまでの涙はなく目は真っ赤に腫らせているが、リョウをまっすぐと見据えていた。
「アモルは、お姉ちゃんに会いたい。でも!ママと一緒じゃないと嫌だ……。アモルはママと一緒にお姉ちゃんと会いたい!!バケモノでもそれでも!僕は!ママといたいよ!」
アモルは目を見開いて叫んだ。
それを聞いてリョウは思わずニヤけた。こんな状況だが嬉しくなった。
「アモルはバケモンなんかじゃない!だってそうだろ!変身できるんだぞ!」
「……変身……」
「アモルはバケモンになるんじゃない!好きな姿に変われる
「好きな姿に……」
「二人で助かろう!!!だからっ!」
そこまで言ったところで、クレンジルグの腕が動いた。
気付かれた。
クレンジルグは腕を胸の方に引き寄せた。また手から引き剥がすつもりだ。
「アモル!
「でも!」
「アモルならできるっ!」
リョウがそう言ったと同時にクレンジルグは勢いよく腕を外側に振った。竜巻に巻き込まれたかのような音と風に襲われ、掴まっていた手から耐えきれず引き剥がされる。
「リョウお兄ちゃん!!」
その声がかすかに聞こえたのが最後、上も下も右も左もわからなくなるくらいに滅茶苦茶に回転しながら空中に放り出された。
※※
「リョウお兄ちゃぁぁぁぁぁああん!!」
リョウは瞬く間に斜め上へ放られた。
「……っ!?」
アモルが掴まれているクレンジルグの左腕の袖の部分、そこから機関砲が露出。すぐにリョウを撃つためだと分かった。小刻みに角度を調整している。
アモルに考える暇はなかった。いや、それしか考えることができなかった。答えはそれしかない。
怖い。自分が自分じゃなくなるのかもしれないと思うと。ママを傷付けたようにリョウお兄ちゃんも傷付けてしまうんじゃないかと。
でも、今やらなかったら後悔する。今、明確にこの機関砲の狙う先の命が消えてしまう。
「ダメえぇぇぇぇぇぇぇえええぇぇえええええ!!!」
アモルは叫んだ。
自分の知覚が倍以上に膨らむ感覚。クレンジルグの手がナノマシンによる分解で溶け始める。表面がジワジワと炙られた砂糖菓子のようになっていく。
「もっと!」
知覚と溶ける範囲はすぐに機関砲まで届き、溶かしていく。
「もっとぉ!!」
アモルが叫ぶたびに分解する速度は早まっていき、身体をしっかりと掴んでいた指は形を維持できなくなり自壊した。
それと同時にアモルは空中に投げ出された。
「――――あ」
一瞬息が止まったかと思った。周囲は何も支えるものがなく、身体は一気に落下していく。下には木々が広がり、そのまま落ちれば死が待っている。
「……」
アモルは黙ってその光景を見ていた。上には巨大な人工物のある空。そして周囲には珠のようになって一緒に落ちていく水。下には広がる森。リョウが何とか体勢を立て直して、こちらを見ているのもわかった。アモルは自分でも驚くほど落ち着いていて、さらに、微笑んでさえいた。
「好きな姿に変われる……」
そう小さく言った。その言葉は自分に沁みこんでいく。こんな状況なのに暖かい気持ちになるのがわかった。
「ありがとう、リョウお兄ちゃん」
アモルは想像した。
好きな姿を。
この状況を突破できる姿を。
自分にとってもうその姿は出来上がっていた。
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