第63話

 「ぬおおおおおああああ!!!!」

 リョウはクレンジルグの左手に必死にしがみつき、叫んだ。

 クレンジルグが行きついた場所は水族館【かいくうかん】だった。到着するなり屋根の上に飛びつき、右腕についている剣を展開して赤く加熱させた。そして、それを屋根に突き立てたのだ。そこで後から到着したリョウが左手に飛びついたところで、屋根が崩壊した。

 クレンジルグとともに落下する。気持ちの悪い浮遊感を覚えながら叫んだ。

 大量の瓦礫が落ちる中、着地。ずしんと鈍い音を響かせる。

 衝撃で落とされそうになるが、なんとか踏ん張った。

 「リョウお兄ちゃん!!!もういいから!」

 アモルが掴まれている手から何とかしようともがきながら言う。

 「もういいわけねぇだろ!!」

 クレンジルグは勝手に振り落とされるとでも思っているのだろうか、こちらに見向きもせずにまた剣を赤熱させる。

 「あっつ!あっつ!!」

 反対側の腕だが、熱は熱風となってリョウを襲う。

 「この手をどうにかしないと……」

 周囲を見ると逃げ遅れた人たちが瓦礫でケガをしたり、足を潰されて周囲の人が助けようとしていた。更には割れた水槽から大量の魚やら何やらが床にぶち撒けられていて、ぴちぴちと跳ねていた。

 クレンジルグは再び剣を振りかぶり、床に刺す。今度はすぐにぐずぐずに溶けだしてヒビが入り始めた。

 リョウは崩壊を覚悟し、しがみつく。

 クレンジルグがそこから剣を横にずらすと簡単に崩壊。

 崩壊すると今度のフロアは吹き抜けになっていて、一気に2階分落下する。先程よりもたくさん人がいる。

 また瓦礫とともにクレンジルグは着地。その音とともに悲鳴があがった。それはそうだろう、天井からこんな悪魔のような真っ黒色の巨大な機体が落ちてくれば。

 「うわっ」

 着地の衝撃に耐えられず左手から離れてしまった。床に落ちてしまうが何とか受け身をとってすぐに起き上がる。

 入館口がある。どうやらここは1階のようだ。多くの人が逃げ惑う。悲鳴や怒号が飛び交う。

 後方、入り口の方から突然、爆発的な発砲音が響く。

 恐らくヤマトのアグニだ。

 その瞬間、クレンジルグは器用に前転をして、弾丸を避けていた。おかげで行き場を失った弾丸は壁を深く抉った。

 しかも前転をしたせいで誰かが巻き込まれているのが見えた。何もできなかった。下手に攻撃をすると避けられて悲惨なことになる。

 「無茶苦茶……っ!」

 クレンジルグは再加熱が終わった剣をまた床に突き立てた。

 「ちっくしょぉ!!」

 リョウは加速してジャンプ。左腕に掴まる。ぐるりと周囲を円形に切ると同時に床が崩壊。落下する。

 次のフロアも相当に高い。しっかりと掴まらないと手を離してしまう。

 「こいつ……ここの構造わかってて……っ!」

 先程一瞬だったが、ここの案内図のパネルが見えた。中層から最下層までを貫く筒状という事は知っていたが、その間に大型水槽や吹き抜けが中心には存在していた。それをわかっていて床をぶち抜いて行っている。恐らく、最後は最下層にある天空大水槽とやらをぶち抜いてESSの下に出るつもりなのだ。

 着地。事態をよくわかっていない客たちが悲鳴を上げる。全身で踏ん張ったので今度は振り落とされることはなかった。ふと横を見ると巨大な水槽があり、ゆったりと大型の魚やらが泳いでいて、この緊迫した現状との違和感を際立たせた。

 「離れて!リョウお兄ちゃんが死んじゃう!」

 「今離れたらもう追いつけなくなるんだよ!!」

 この速さでESSを一気に下に降りる方法は限られてくる。今諦めれば、逃げ切られてしまう。

 上の階の割れた水槽からなのか雨のように水が降ってきて、アモルもリョウもずぶ濡れだ。

 「お母さんに会えなくていいのか!!!」

 「……ママはアモルがいない方が幸せなの!!」

 クレンジルグは再び剣を突き立てた。床の素材がずぶずぶに溶ける音と、水が剣に当たって蒸発する音がする。

 またすぐに落下してしまう。

 「勝手に決めんな!!それはマルナさんが決めることだ!!」

 「……」

 「アモルがいなくて幸せなら!マルナさんはここまで追いかけてきてない!今まで一緒になんかいない!!お姉さんがいなくなって、アモルがいなくなって!一人ぼっちにしていいのかよ!!……うわっ!!!」

 クレンジルグが周囲の床を紙のように切る。床が崩壊。落下する。

 今度は1フロア分の高さで、すぐに着地した。が、魚や動物とふれあいができるコーナーだったらしく、プールになっていた。水しぶきが着地の衝撃で上がる。

 クレンジルグはさらに遠慮なく剣を突き立てた。

 リョウはなんとかアモルのもとへ行き、身体を引っ張ろうとするが、指の部分は人間のように柔らかい素材でできており、器用に身体を握られていて抜け出せそうにない。

 「アモルは、バケモノになるんだよ……」

 アモルは俯き、言った。

 「だから危ないって?お母さんの近くにいちゃいけないって?」

 アモルはこくりこくりと頷く。

 床の崩壊が始まった。水があるせいで時間がかかっているが、じきに落下するだろう。周囲は蒸発した海水のせいでサウナのような状況だ。

 リョウはなるべくアモルの近くでしがみついた。

 「ソラノはそれでもここにいたいって思ってくれた。俺も、ソラノにどこかに行ってほしくないって思った」

 詳しく言わなくてもアモルはこれでわかるだろう。そばにいるだけで狙われていたり、奪命の力のせいでみんなを危険な目に遭わせるかもしれない。ソラノも似た境遇だ。

 気味が悪い音を立てて床が抜けた。その下は今までで一番の高さだ。

 「アモルは!どうしたいんだ!!!!」

 「アモルは……」

 アモルの声は落下の風の音で掻き消される。よく聞こうと顔を近付けようとした。

 「おおおわ!!!」

 クレンジルグは腕を振った。この高さで手から引き剥がして落とそうというのだろう。

 「クッソ!!!!」

 必死にしがみつくが、さすがに掴むところもそんなになく呆気なく引き剥がされ、中空に放り出された。

 「リョウお兄ちゃん!!!!」

 高さはざっと見て数十メートル。筒状になった吹き抜けで、壁側に通路があり水槽が展示されている。うまく壁側に行けば手すりに摑まれるかもしれない。

 しかし、クレンジルグを見ると、剣はすでに赤熱している。このまま着地して床をすぐ抜いてしまう。ここで手すりなんかに摑まったら逃げられてしまう。

 「……!」

 そうだ。さっき、車に乗っていた時のソラノの話だと200メートルの高さから落ちても大丈夫だと言っていた。

 「どう見ても200メートルはない!!」

 このまま落下を決意する。

 「たぶん!!!!」

 気を抜くと気絶しそうになる。生きた心地がしないとはこういう事なんだろう。

 ここからでも数メートル下のアモルの長い髪が風に弄られているのが見える。

 クレンジルグが着地。思っていた通り、剣をすぐさま床に突き刺した。

 そして。

 「んんんんんんん!!!!!!!」

 リョウも態勢を足から落ちるようにして着地。

 甲高い金属がぶつかる音がしたあと、ぷしゅうと音を立てて、排熱口から熱気が排出された。落下した衝撃は全くなく、呆気なさ過ぎて、バランスを少し崩したほどだ。

 「すっげ……。あの高さから落ちてこれか……」

 膝アーマーのゲージを見ると5分の1まで目盛が来ていた。

 「これで5分の1くらいか……」

 感心しているとクレンジルグは周りの床を切断し終わっていて、もう床が崩壊しかけていた。

 「待てっ!!」

 リョウは加速し、走るが待ってくれるはずもなく落下していった。

 「くっそ!」

 リョウも追いかけて空けられた穴に飛び込む。

 そこは今までと違って広いドーム状になっていた。そして、その床には水が、水槽が広がっていて、さらにその向こうにはESSの下。地上の森が見えた。まだドーム内には人が残っている。

 「最下層……!」

 クレンジルグは鈍い音を立ててドームの中心に着地。相当に頑丈な水槽のようで割れることはなかった。

 「よっと!」

 リョウも着地する。やはり衝撃はなく、排熱が行われた。ゲージを見ると、先程の5分の1の目盛が少し上がっているだけだった。

 クレンジルグを見ると剣を加熱させて突き刺そうとしていた。あれが突き刺されば下手をすると一気に床が崩壊する……!

 「稲葉くん!?」

 不意に聞き覚えのある声がリョウを呼んだ。

 声の方を向くと、上から降ってきた海水でびしょびしょに濡れた雪羽が床にへたり込んでいた。

 「湯之原さん!?」

 どういう反応したらいいのかわからないが、とりあえず駆け寄る。床が崩壊すればひとたまりもない。

 「稲葉くん……」

 雪羽はリョウの顔を見ると今にも泣きだしそうな目で言葉を零した。

 「ごめん、約束破って」

 それしか思いつかなかった。雪羽は黙って何度も首を振った。許してくれているのだろうか、その意図は今はよくわからない。

 背後で氷を割る音が10倍になったような音がした。クレンジルグが剣を突き立てたのだ。水槽は一気に割れるようなことはなかったが、中の海水が一気に沸騰しているのだろう。亀裂からものすごい量の蒸気を出している。

 「湯之原さん!ここはやばいから!逃げて!」

 「ちょっと……腰が……」

 雪羽は、あはは……と苦笑いしながらリョウを見た。あざと可愛いが、今はそんなこと言ってる場合じゃない。腰が抜けて立てないようだ。

 すぐさまにリョウは雪羽をお姫様のように抱える。水で濡れているせいで少し重かい。

 「やっ……私……重いから……」

 そういう発言はこの際無視して走る。加速させるともしかすると感電させるかもしれないから何も力を使わず。

 幸い上に上がる順路が向こうにあった。

 「ほんとごめん」

 「稲葉くん来てたじゃん。だから約束破ってないよ」

 「……」

 雪羽は精一杯の笑顔で言ってくれたが何も返せなかった。

 「さ、行って」

 雪羽を通路の中へ入れてあげる。雪羽は手すりに掴まりながらなんとか立っていた。

 「稲葉くんは!?」

 「まだ用事があるんだ」

 なるべく笑って言って見せた。

 「危ないよ!」

 雪羽は震えながらも言ってくれる。

 そうこうしていると、とうとうバリバリと嫌な音を立てて水槽にヒビが入り始めた。

 「行って!!!」

 リョウが怒鳴ると、雪羽は肩をびくりとさせた。その罪悪感を残したままリョウはクレンジルグへ走り出す。

 水槽の床を中心へ走る。

 やっと半分まで辿り着いた瞬間、クレンジルグは剣で周囲の床を滑らかに切った。一瞬で床がすべて細かいヒビで真っ白になるのがわかった。

 「!!」

 リョウは構えた瞬間には床は粉々に割れて無くなり、水槽に身体が投げ出された。

 クレンジルグもアモルも水中に。

 リョウは目を開くも、水中なのでよく見えない。

 しかし、耳で聞こえた。

 が。

 水中でもはっきり何かが爆発したと分かる音だった。

 その直後から下に向かっての水流が生まれ、リョウもそれになすすべもなく引き込まれていく。

 何がどうなっているのかわからない。大きめの魚やらにべちべちと当たりながら下へ下へと引きずり込まれる。

 



 ※※

 



 急に水から脱した。

 リョウは息をいっぱいに吸う。

 地上の喜びをかみしめ、眼を見開くと目の前には、機械が歪に集まり、太陽光と同じ光を発するパネルが敷き詰められたESSが広がっていた。

 中心にはぽっかりと穴が空いている。

 そしてリョウは地上数百メートルを落下していた。

 「うおああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」

 


 


 

 

 

 

 

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