第62話
トラノさん、いや、ソラノさんの声はあまりにも清々しく、まっすぐで迷いがなかった。もうほんと、それ意訳で実は「正義を執行する」とかそういうやつなんじゃないか?と思うほどだ。
「下?脱ぐ?え?」
リョウが聞き返すとソラノは1秒ほど止まった後、さも当たり前のような表情で口を開いた。
「そうだ、下を脱げ、靴下も」
ソラノは靴下まで追加オーダーすると、部屋の中央にある台に乗っている銀色の物体を指さした。
「そして、あれを履くんだ」
「履く?」
「きみはさっきから復唱ばっかりだな。早くしろ」
ソラノは小さくため息をついて、呆れた様子。部屋に備え付けられている座席に座ってしまった。
とりあえず台の上にある銀色の物体を見る。全体的にかくかくとしていて履くものには見えない。よく見ると隣に、前に試着したインナーが畳まれて置いてあった。
「あぁ、これか……」
とりあえず今履いているズボンと靴下を脱いで、インナーを手に取り広げる。前と特に変わった様子はない。
ソラノが見ている運転席、そこから外が見えた。車がクレンジルグを避けて道路脇に停まっていたり、歩道なんかに突っ込んで事故を起こしたりしていた。人も倒れている姿が見える。
「ひっど……。これ、どこに向かってんだ?」
「……。中央にまっすぐ向かってるな」
「中央……」
何かを忘れているような……。
「履けたのか?」
思い出そうと唸っていたが、ソラノのその声で思い出せずに終わった。ちょうど履き終わったので、前回のようにベルトのバックルに付いているパネルを触る。すると、一瞬で縮み、ぴっちりとフィットした。黒いTシャツに白い半袖Yシャツそれで、このぴっちりフィット、いや、ここはタイツと呼ぼう。変態に見えないですかね?
「一応」
「ん、じゃあ説明をする」
ソラノは立ち上がり、こちらを見るが、特に気にする風ではなかった。そのまま傍まで来る。そして、銀色の物体が乗った台の縁に手を置いた。
「これは脚部への負荷を軽減するサポートアーマーだ。履いてみろ」
「あ、これ履くものだったのか」
言われるがままにサポートアーマーとやらを持つ。確かに言われてみれば大きめのブーツの形だ。大きめと言っても2メートルくらいの身長の人が履きそうな大きさだ。足のサイズ35cmくらいはあるんじゃなかろうか?
「軽っ」
見た目は金属の塊のようだったのでそれなりに重いと思ったが、軽すぎて変な声が出てしまった。それを床に置く。上から見ると足を入れる穴がちゃんとあって、そこに足を入れる。膝まですっぽりと入ると、さっきのタイツのようにサイズが調整された。
「表面の銀色の板は最新のマシンフレームにも使われている軽くて丈夫な装甲だ。その下に、衝撃熱変換材が詰め込まれてる」
「それって懐炉とかの?」
「そうだ、だが、普通のじゃない。これのおかげで衝撃を熱に変換して外に逃がすことができる。つまりきみはマシンフレームを蹴っても骨が折れる事がない」
ソラノは腰に手を置いて、得意げに言う。
「マジか!これを作ってくれてたんだな!!」
リョウは嬉しくなって軽くローキックの素振りをしたりする。
「毎度毎度きみはボロボロになるからな……。あんまり怪我されるとこっちも気が気じゃないんだ」
「ごめん。ありがと」
「……」
ソラノはムッとしたような表情でリョウをしばし見たが、機嫌が悪いんじゃなく本当に心配してくれているんだろう。
「気をつけるよ」
「は……どうだかな」
ソラノはしょうがない、という意味なのか小さく溜息を吐いた。そして続ける。
「それでだ。注意事項がある」
ソラノは人差し指をぴんと立てた。
「衝撃を受けられる場所は足裏含めて銀色の部分全部。それと脛の辺りに排熱口がある。一回本気で蹴ったくらいならそんなに排熱されないだろうが、短い期間に衝撃を受け続けると排熱が間に合わなくなって高温になってくる。インナーは耐熱性があるから大丈夫だが、手とかで絶対に排熱口や熱気に触れるな」
リョウは頷く。ソラノは真剣にこちらを見て話してくれている。さすがに「何℃くらいの熱が出るの?」なんて聞けない。
「膝のアーマーの裏にゲージがあるのわかるか?」
「わかる」
膝の部分はよくアニメに出てくるロボットの様な少し尖った膝当てがあって、裏側には確かにゲージがあった。
「これが中の熱変換材の温度を表している。ゲージが一番上まで溜まると熱変換の限界が来て、安全の為にその足のアーマーは自動的に
「わかった」
「何か質問は?」
「色々聞きたいけど、とりあえず最大どのくらいの衝撃に耐えられるの?」
「最大……」
それがわからなければどこまでやっていいかがわからない。使う上で一番大事なことだ。
「計算なら200メートルくらいの高さから落ちても大丈夫なはずだ。その代わり、排熱が凄いことになるから危険だな」
「なんかよくわからないんだけど……」
「きみが戦ってすぐに限界が来る作りはしていない!安心しろ」
そう言ってソラノはリョウの肩を軽く
「……おう」
小さく返事をすると、ソラノは運転席の方へと行って準備が完了したことをリンたちに伝えた。すると車は加速していく。
「あれは結局どこに向かってるんだ?」
リョウは服をどうにか下半身に合う風にならないかシャツを入れたり出したりしながら聞く。
「もうセンターユニットの中層に入ってるわね。ヤマトくんからの連絡だと新しくできる水族館が見えてきていて、そこに向かってるようにしか見えないって」
マルナが端末を操作しながら答える。
「水族館!?」
リョウは声を荒げてしまう。よりによって雪羽と約束していた水族館に!?いや、雪羽だけじゃなく竜次もいる。そういえば今日行けそうにないことも連絡できてない!なんかいろいろ混ざって切羽詰まってきた。
「あの、ソラノ」
ソラノはマルナに水族館周辺の地図を表示してもらってあれこれ考察していた。
「なんだ」
ソラノはこちらを向かずに言う。
「水族館に湯之原さんがいる」
それを聞いてソラノはこっちを二度見した。
「本当か?それは!?連絡は?」
「いや、ケータイ持ってきてないし今思い出したからできてない」
「私のがそこにあるから、それを使って連絡しろ!」
「わかった」
なんで水族館に雪羽がいる事を知っているのか聞いて来なかった。よかった。ソラノの携帯端末を見つけるとロックが掛かっているので、ソラノに解除してもらうために渡す。
「雪羽と水族館デートできなくて残念だったな」
こわっ!めっちゃ低い声でボソッと言いましたよこの人。
「……。やっぱ。バレてました?」
「普通に考えたらわかる。別にいいけど」
そう言ってソラノはロック解除して端末を渡した。目はとっても座っていて、チベットスナギツネに見えた。怒ってますね。
「怒ってるよね」
そう言ってとりあえず端末に耳を当てる。
「怒ってない!私は!こんな状況で!」
「あー!ごめんごめん!わかったから!今度二人でどこか行こう!今呼び出してるから!」
言うと急に静かになって、ソラノを見るとさっきまでの目ではなく、何故か小さく何度も頷いていた。
※※
10:00 センターユニット中層・水族館【かいくうかん】
「それでは、【かいくうかん】オープンです!」
女性司会者の声が会場に響き渡り、盛大にファンファーレが鳴る。
雪羽はプレオープンセレモニーの会場から少し遠い場所で小さく拍手をしていた。
「稲葉くん……。何かあったのかな」
先程からチャットを送ったり通話をかけたりしているのだが、全く反応がない。外は外だが、中層なので直射日光もないし、温度も調節されているので長く待てないわけでもないが、来られないなら来られないと連絡が欲しいものである。
「あれ?湯之原さん?」
突然雪羽を呼ぶ声が聞こえた。反射的にリョウだと思ったが、声は違ったし、振り返ると山田竜次が変な引きつった笑顔で立っていた。
「あぁ、山田君」
「どうしたの?湯之原さんもプレオープン?」
え。
「あ、うん。そんなとこ」
「偶然!俺もなんだよ!」
どうしよう、これで稲葉くん来ちゃったら。
「へー」
「私服も湯之原さん可愛いなぁ」
「あ、ありがとう……」
それもそうだ、今日の為にこのノースリーブのロングワンピースを買ったんだから。太ももの上の方までスリットが入っててちょっとセクシーだけど頑張って着て来た。
「誰かと……待ち合わせ?」
竜次はスリットの方に目を吸い寄せられながら言う。とりあえず、リョウと待ち合わせとはなんとなく言えない。
「ううん!」
「え、そそうなの?ふーん」
しまった。親と待ち合わせとかそういう風に言えばよかった。
「だったらさ、おりぇも」
「おりぇ……?」
雪羽が聞き返すと竜次は自分の頬をビンタして言い直した。
「俺もさ、待ち合わせしてる奴が来ないんだよ。だから、い、一緒に中入らない?」
「え?でも待ち合わせしてる人はいいの?」
「いいのいいの!全然!むしろ来ない方がいいし!」
「えぇ……」
「行こ行こ!天空大水槽ってやつのショーもあるらしいしさ!」
竜次が思いのほか押しが強く、断る理由が上手く思い浮かばなかった。クラスメイトだし、あまり強く言って断ることもできず流される。
「う、うん……」
雪羽は仕方なく竜次にエスコートされ中に入って行く。プレオープンなので行列しているわけでもなくすんなり入れてしまった。
「はぁ……」
雪羽は気持ちを切り替える意味で大きめの溜息を吐いた。
【かいくうかん】の中に入ると、天井が高くて全てスクリーンになっており、そこに空が映し出されていた。入ってすぐの場所にはラッコのプールが設置されていて暇そうにぷかぷか浮いている。
確かに、ラッコは可愛い。しかし、何で独りで見ているんだろうか。また小さくため息が出てしまった。
「湯之原さん!」
竜次が元気よく声をかけてくる。何も言わず振り向くだけでどうしたのか問うてみる。
「天空大水槽のショー、もう少しで始まるからまずそっち行こう!エレベーター使って最下層まで行かないといけないし、時間かかるからさ!」
「うん……わかった」
確かに観たかったショーなので断る理由もない。もう入ってしまったんだし。
本来なら順路を使って色々見ながら歩き、最下層が折り返し地点になるのだが、これが結構時間がかかりそうなのだ。ショーが始まるまで時間もないので、中層から最下層までを貫く高速エレベーターを利用するしかない。それは他の客も同じなようで、乗り口にはそれなりの行列が形成されていた。
並んでいる間、竜次はあれこれパンフレットを読みながら話してくれていた。5分くらいで順番が回ってくるとかなりぎゅうぎゅうに押し込められた。高速エレベーターなので1分も経たずに降りられたが、密着してしまった竜次が何でもないような顔をしつつ口がニヤけていた。
最下層の天空大水槽がある区画に来てみると、そこは薄暗く、安全灯が足元にちらほらあるだけだ。全体がわからないが、音の響き方から相当広い空間であることはわかった。
ふと、リョウから連絡が来てないか携帯端末の画面を見た。薄暗かったので画面の明かりが眩しい。
「ソラノ?」
着信はあったが、ソラノからと表示されていた。おそらく、エレベーターに乗っていた時にかかって来ていたのだろう。気が付かなかった。他に何かないか調べると、これもソラノからチャットが来ていた。内容は……。
「そこから逃げろ?」
雪羽は首を捻って意味を考えていると、ゆっくりと周囲が明るくなってきた。そして、先程の女性司会者の声が室内に響く。
「ここは、かいくうかん最大の目玉!天空大水槽!」
全体が明るくなると空間の全貌が明らかとなった。足元に巨大な水槽が広がっており、魚達が泳いでいたのだ。
「わぁ……すごっ」
思わず声が出てしまう。水槽になっている床の縁や中心部などは手すりが付いた島のようになっていて下が見えないようになっているが、フロア全体がほぼ水の上を歩いているような感じだ。
怖がって島になっているところの手すりに摑まる女性や、雪羽と同じくらいの年頃のカップルがはしゃいでいる。みんな水槽に夢中で司会者の話など聞いていない。
「そして、天空大水槽はこれで完成です!ドーム!オープン!」
その声と同時にゆっくりと下の水槽の底の部分が割れ始める。
「湯之原さん!うおーーー!すごい!」
竜次がこちらをチラチラ見ながら楽しそうに言う。そういえば居たっけ……。
改めて下を見るとドームが半分以上展開され、水槽の向こう側にはるか下の青々とした森が見えた。
「これって、ESSの下が見えてるってこと……!?」
ESSの下を上から見る事なんて滅多になく、この光景には少し雪羽も足が竦んで近くにある手すりを掴んだ。なるほどこういう時の為の手すりか。竜次は「すげー」とか言いながら走り回っている。
何で独りでこれを見てるんだろう。
そう思いながら目下に広がる空中に浮かぶ海を泳ぐサメを眺めた。
すると、先程の女性司会者の声が聞こえた。しかし、今度は少し緊張感のある声だった。自ずと耳を傾ける。
「これにて、かいくうかん、天空大水槽ドームオープンショーは終了させていただきます。お客様の安全の為メンテナンスを行いますため、退室をお願いいたします」
そのアナウンスにここにいる全員がザワついた。しかし、言う事を聞かないわけにもいかないので、スタッフの指示に従い順路へ誘導されたり、エレベーターに乗ったりして、フロアを出ていく。少し混雑しているので、人が少なくなってからエレベーターに乗ることにする。
あ、今竜次が流れに流されてエレベーターに乗ってしまった。
「ふふ……」
それが少しおかしくて笑っていると、微かに振動を感じた。
「……?」
フロアに残っている人たちも感じたらしく「揺れてない?」など一緒に来ている人に確認していた。
「あっ……」
次は微かではなかった一回ドシンと大きめの振動があった。上からだ。
「なに……?」
その時、忘れていたソラノからのチャットを思い出した。
「そこから逃げろって……。っ!」
順路へと駆け出そうとした時、雪羽にさっきよりも大きな振動が、いや、このフロア全体に衝撃が襲った。
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