第61話

 リョウはガラスが割れたところからそのまま外に出た。

 出るとちょうどソラノは籠から飛んでいて、一瞬ふわりと浮いているように錯覚した。それくらい、ソラノの表情が

 ソラノの真下に行って、綺麗に受け止める。ちょうどお姫様抱っこの様な状態になった。受け止めた瞬間、目が合う。近くで見るとその表情はさっきまで籠に入れられて連れ去られそうになっていた人のものとは思えなかった。

 籠とアームが地面に落ち、甲高い鉄の音を響かせる。

 「心配したぞ、リョウ」

 「ごめん」

 それだけ交わすと、抱っこしたままバックステップで社屋の方へ入る。

 「リョウお兄ちゃん!!」

 アモルが未だクレンジルグに掴まれたまま叫ぶ。さっき見たが、アモルを落としそうになっていたが体勢を立て直し、掴み直していた。

 「待ってろ!アモル!今助けるから!!」

 そう言ってソラノを降ろし、構える。電流を身体に流し始めた。

 「時間切れです」

 すると、別にヤマトに狙撃されたことも、ソラノに逃げられたことも、リョウが現れたことも気にも留めないようなクラウンの声が返ってきた。

 「は?」

 少し拍子抜けして声に出してしまう。

 すると次の瞬間。

 右腕をリョウたちとは反対方向のビル群に向けた。たぶんそっちはヤマトがいるはずの方向。右腕の袖の部分が少し開くと、内蔵されている機関砲が露出する。

 乱射。

 とんでもない轟音が響いた。建物の中に入ったせいで余計にうるさい。

 リョウとソラノ、さらに掴まれているアモルも耳を塞いだ。今あれがこちらに向かれると対応できない。何とか音を堪えて、ソラノの腕を掴んで陰になる様な所へ連れて行く。

 乱射は5秒位で終わった。音が止むが、耳が慣れておらず、まだ何処かで音がしているような感覚に襲われた。

 「アモル!」

 リョウは駆け寄るが、間もなくクレンジルグはアモルを掴んだまま跳んだ。

 「うわっっ」

 跳んだ風圧にたじろいでいると、その間に、会社の敷地外に着地した。

 逃げられた。

 「くっそっ!!!!!!」

 リョウは身体を加速させ、走り出す。逃がすわけにはいかない。

 「リョウ!」

 後ろの方でソラノが呼ぶが、今止まれば見失う。

 会社前の大通り出ると、クレンジルグは道路を走っていた。少なくとも100メートルは先、もうかなり離されている。

 全力疾走。手足が千切れんばかりに振り切る。

 自分でも笑えるくらい速く走れている。

 今は人や車などが規制されている区画だが、あんなものが一般人のいるところで暴れたら、いろいろヤバい。止めないと。

 歯を食いしばって走る。息を歯の隙間からしているのか、鼻でしているのかよくわからない。離されてはいない。まさか走って追われているとは思っていないのか、端から気にしていないのか、建物に隠れたり、曲がったりはしていない。

 しかし、とうとう来てしまった。

 この規制区画の終わりが。

 クレンジルグの先に区画を封鎖する3メートルの高さのセパレーターが見えてきた、それを見たからなのか少し減速した。距離が縮まる。

 「よしっ!」

 だが、5メートルのマシンフレームにはそんなもの飛び越えればいい話だ。軽いジャンプで飛び越えて行った。

 「ぬぅぅぅぅぅぅ!!!!!」

 ここで止まってまた離されるわけにはいかない。

 さらに加速させる。

 セパレーターの手前。道路の脇には少し車高が高い車があった。ちなみに値段も高そう。

 「持ち主さんごめんなさいぃぃぃ!」

 流れるようにボンネットに足をかけ、車の上に乗る。そして、屋根で踏み切る。身体を加速させたのもあり、屋根は低い音を立てて凹んだ。

 少しの滞空を経て、セパレーターにギリギリ手がかかり、跳び箱の要領で越える。

 セパレーターを越えると、落下が待っている。幸い、下に人などはいなかったが、着地の事を考えていなかった。

 「あ~~~~~!!!」

 情けない声を出しながら着地、衝撃の力を逃がすようにワザと滑らかに転がって、すぐ立ち上がり、走り出す。脚に若干の痺れを覚えたが、うまくいった。もしかしたら、翔子との稽古で着地が上手くなっているのかもしれない。

 まだ全然クレンジルグに離されていない、むしろ少し遅くなっていて、ジワジワと距離を縮めている。次第にマシンフレームの足音が鮮明に聞こえる。日常にあり得ない音だ。

 人も増えてきて、悲鳴がそこかしこで上がり始めた。

 「無茶……苦茶なっ!」

 走っていて言葉を話すのもきついが言わずにはいられなかった。

 向こうから白い車が走ってくる。確認できたのはそれだけだ。それしか確認できなかった。

 次の瞬間には蹴り上げられていたから。

 まさしく車の衝突音がすると、斜め上に飛ばされ、道路沿いに並ぶ建物の2階に突き刺さった。

 「……っ!」

 胸糞の悪い状況を作りながら、クレンジルグは尚も走り続ける。何も知らずに来る車はブレーキ音を響かせて、避けたり止まったりしている。それでも進行上にあるものは容赦なく踏みつぶしたり蹴り飛ばしたりして走り続ける。これで3台目だ……。避ける素振りは全くない。

 「クッソ……」

 だいぶ距離が縮まり、アモルの様子が見えるようになった。アモルはずっとリョウの姿を捉えていたようだった。

 「リョウお兄ちゃああああんっ!!」

 「待ってろ!うわっ」

 クレンジルグを辛うじて避けた車がすり抜けてこっちに突っ込んできた。

 これは飛び越える。

 飛び越えると、後ろの方で衝突音がした。振り返れないが、建物か何かにぶつかったんだろう。

 あとクレンジルグまで10メートルもないところまで来た。

 しかし、もうさすがにキツい。いくら加速させてるとはいえ、ずっとはもたない。

 全力を出して一気に飛びつくか……。今も全力だけど。

 そう思って息を大きく吸い、体勢を整える。

 すると後ろから、声をかけられた。

 「おい」

 「ふぇ!?」

 ヤマトの声だ。驚き、全力疾走中で後ろを振り返られず、横を見る。すると、じわじわ視界に黒いバイクが入ってきて、ノーヘルのヤマトの顔が見えてきた。バイクの音がほとんど聞こえない。

 「乗れ!」

 バイクは確かに二人乗りは余裕でできそうな作りだ。ていうか、走ってる人に走ってるバイクに乗れって無茶苦茶な。

 少し減速して、バイクの後ろにつく、そして、座席を掴む。

 「ほっ!」

 腕で引き寄せるようにして跳んで座る。バイクは特にバランスを崩すことなく走る。

 「生きてたのか!?お前ヘルメットは!?」

 「あの掃射から逃げるのが精一杯で、してる暇なかった!!お前聞くことそれかよ!!とにかく、お前はこれ以上体力使うな!俺が追いかける!」

 そう言うと、バイクは減速し始めた。

 「って、遅くなってんじゃん!」

 「大丈夫だ!追跡はできてる!」

 てことは別に俺が全速力で追いかける必要なかったんですかね?これ。複雑な気持ちでだんだん遠くなっていくクレンジルグを見る。

 「お前は後ろのアレに乗れ!」

 そう言われて後ろを見ると、シルバーの中型トラックが迫ってきていた。トラックと相対速度を合わせていく。

 「そういえばさ」

 「んだよ」

 ヤマトさんはとっても機嫌が悪そう。まぁそうだろうけど。俺も少しイライラはしてる。ちょっと言うのやめようかなと思ったが、続けた。

 「さっきのソラノ、助かった」

 さっきの、とは籠のアームを撃ち抜いたことだ。あれがなければたぶんソラノも連れて行かれていただろう。

 「あぁ、あれな。ミズキに感謝してくれ」

 ヤマトは鼻で笑いながら言った。

 もう少しどういうことか聞きたかったが、隣にトラックが来て、荷台の部分についているスライドドアが開いた。そこにはソラノが待っていた。

 「リョウ、こっちに!」

 「行け!」

 またヤマトさんは走っているバイクから走っている車に移れとか無茶言う……。

 速度をぴったりと合わせてくれてるので片足を車にかけることができた。視線を上げると、ソラノが手を伸ばしていた。

 リョウはそれを掴んで、車内に入った。

 「ありがと」

 ソラノはこくりと頷く。

 ヤマトの方を見ると、一気に加速して、クレンジルグを追いかけて行った。

 車内を見ると、荷台の部分は部屋のようになっていて、いろいろな端末や機器がギッシリ詰まって移動研究室といった感じだ。

 自動運転だとこの状況は機能しないので誰が運転しているのか運転席を見ると、運転しているのはリンで、助手席にはマルナが座っていた。一瞬マルナと目が合う。

 「……すみません」

 「いえ、私も一緒にいてこの有様だし……仕方がないわ」

 マルナは前を向いてしまったので、どういう表情で言っているのかはわからなかった。

 「リョウ、いいか」

 ソラノはリョウの袖をちょいちょい、と引っ張って部屋の中に入るよう促した。リョウは促されるまま奥に行く。

 「さっきは部屋から出られなくなって焦った」

 「あぁ、奴のナノマシンでセキュリティを掌握されていたんだ。うちのスタッフで一斉にハッキング攻撃して取り戻した」

 「ナノマシンでセキュリティを……」

 「簡単に言うと触れた端末にナノマシンを送り込んで、思考するだけで遠隔操作するんだ。そのおかげでみんなの通信内容も改変されていたし、自爆したG-1も遠隔操作されていたんだろう。いいようにかく乱されたんだ」

 ソラノは実に悔しそうに言った。最初に逢った頃の虎の目をしている。そして、そんなトラノさんは冷静なお声でこう続けた。

 「リョウ、とりあえず下、脱いでくれ」

 「ふぇ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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