第60話

 9:40 オーコックス・インダストリー、通路


 ソラノはラボを出てアモルの元へと向かっている。なるべく時間が稼げるように普通に歩く、おそらく、ゆっくり歩けばそれはそれでさっさと撤退されてしまうだろう。

 通路にはソラノの靴の音だけが響く。

 アモルがあそこにいるという事はリョウが心配だ。リンが調べてくれたが、監視カメラにはリョウが映っているが呼びかけた時の反応と返事がおかしかった。何か違う映像をという事はわかったから、リンにそのあたりの解決を任せてきた。

 エレベーターに乗り、エントランスへ降りるボタンを押す。

 私を直接拉致せず、あのような方法をとったのはネットワークが遮断されているラボにいたから場所が特定できなかったからだろう。この社屋には何個かそういった区画がある。

 「……」

 エレベーターがエントランスに到着する。少し向こうのガラス張りの出入口を見ると、外ではマシンフレームがアモルを掴んで待っていた。その光景はひどく現実感がなかった。エントランスには10人くらい戦闘員が駆けつけていて、銃を構えていた。が、マシンフレームにどうすることもできないのだろう、何か作戦があるというわけではなさそうだ。誰も動かないせいでエントランスにはソラノの足音だけが響いた。

 少しずつ近づいていく。向こうもこちらを確認したようで、後ろの腰のあたりから細めのアームに繋がった籠のようなものが現れた。アームや、籠はそのマシンフレームのデザインとまったく趣が違うものだ。あの籠に入れられれば連れ去られるだろう。リンには止められた。しかし、あのままアモルを攫われるわけにもいかない。

 こうするしかなかった……。

 リョウは大丈夫なのだろうか?連絡も取れない……。最悪の事態を考えてしまおうとする自分がいた。心臓が苦しくなって、叫びそうになる。

 「リョウ……」

 それでも深呼吸して、思考を跳ね除ける。今時間を稼げるのは自分だけ。

 出入り口のスライドドアの前に立つ。用意された籠は、近くで見ると大人一人がすっぽり入れる、大昔に使われていたようなデザインの鳥籠だった。

 スライドドアが開くや否や。

 「このケージに入ってください」

 マシンフレームから声が聞こえると同時に、アモルをグイと近づけてきた。恐らくは奪命のリミッター解除をさせない為だろう。この距離だとアモルを巻き込んでしまう。

 「アモル、大丈夫か!?」

 「ソラノ!だめだよ!一緒に行ったら!リョウお兄ちゃんはソラノがいなきゃダメなんだよ!?」

 「……。あぁ……そうだな」

 「だったら!ダメじゃないか!!」

 アモルの目はまっすぐにソラノを見つめていた。こんなにこの子は強い目をしていただろうか?リョウの影響なんだろうか?リョウは人をこうやって変えるのだろうか?

 そうだったなら……。

 「でも、あのままアモルを行かせたら、私はリョウに顔向けできない!」

 「ソラノ……。わぁ!」

 マシンフレームはグイと更にアモルを近づけてきた。

 「早くしてください」

 「……」

 籠の扉は開いており、ソラノはなるべくゆっくり中に入った。すると、マシンフレームは閉まるのを確認するわけでもなく立ち上がった。籠もそれに合わせて高度が上がる。ソラノはバランスを取りながらそこらへんに掴まった。

 籠に繋がれたアームを見ると、相当古い油圧式のもので機体に無理矢理接続している。確かにこれならアームを伝ってエネルギーを吸収することができない。そしてアモルも近くにいれば、リミッター解除もできなくなる。

 「なるほどな……」

 敵ながら感心してしまった。

 マシンフレームが器用にアモルを籠に入れようとする。

 何か手は……。このまま連れて行かれるしかないのか。

 その時、頭の中で何かが弾けた。誰かの声が聞こえたから。

 「ソラノぉぉ!!!!!」

 いや、誰かじゃない。すぐにわかった。

 「リョウッ!!!」

 リョウだ。リョウがエントランスを全速力で走ってきていた。

 そして次の瞬間。

 マシンフレームが少し手を緩めていた瞬間。

 籠の扉が大きく開いていた瞬間。

 アームの関節部分が鈍い音を立てて

 何かが貫通して、スライドドアにもぶち当たり、ガラスを勢いよく派手に割った。

 弾けてぶっ壊れたアームは籠を保持していられるわけはなく、落下する。

 ソラノは何が起こったかすぐにわかった。ヤマトの狙撃だ。そして、籠から飛んだ。3メートル近くの高さにあったが大丈夫。

 リョウがいるから。 

 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る