第59話
9:28 エレベーター
「下ろしてくれ」
アモルは俯いたまま、ぽそりと言った。
クラウンは少しどうしようかと躊躇していると。
「逃げないから」
また小さな声でぽそりと言った。その声からは全く生気が感じられず、まるで人形を抱えているようだった。するりと力を抜いて下ろすと、ちゃんと足を着いて立った。
「これからどうするんだい……?」
意外な質問だった。まだ声に力はないが、しょんぼりとされて居られるよりマシだ。
「ソーラーノームも連れていきます」
「え?」
「彼女もここから助けないといけないんですよ」
「ダメだよ!」
いきなりアモルは声を張り上げた。それと同時にエレベーターは1階のエントランスに着く。
「リョウお兄ちゃんは、ソラノがいないとダメなんだよ!言ってた!俺はソラノのことが必要だよ!!って!!」
エレベーターの扉が開く。少し声が漏れ、エントランスに小さく木霊した。
アモルを見るとさっきまで生きる気を失くしたようだったのに、涙目になって必死に言っていた。
「とにかく少し協力してもらいます」
「協力……?嫌だよ!アモルは!ソラノは関係ないじゃないか!」
クラウンはアモルの腕を掴んでエントランスを出口へ進む。アモルが裸足のせいで、非戦闘員は避難をして誰もいないエントランスにはぺちぺちと足音が響く。
先ほどからアモルの様子を見ているが、暴走は起きなさそうだ。事前にああやって自分の能力の事、暴走事故の事を知らせておいてよかった。ナノマシン能力者、特にアプリエイターの暴走は精神の未成熟か、未知であるが故のものらしい。暴走するかどちらかの賭けだったが、暴走したときは予定を繰り上げればいいだけだった。
「アモルだけでいいじゃないか……っ!」
「すぐ終わりますから」
出入り口を通る。もちろんセキュリティはあるが、ここも掌握しており、何事もなくドアは開いた。数十メートル先に倒れたマシンフレーム、ヅェイⅡに群がる数人の作業員、それを倒した不格好なシルエットのグロスハートが立っていた。オーコックスの出す機体はあまり好きではない。
「さて……」
少し邪念が入ったが気を取り直す。アモルも作業員に助けを求める様子もなく、また、まだ誰もこちらに気が付いていないようだ。
「……」
しばし黙っていると、アモルが怪訝な顔をしてクラウンを見る。
すると、少し遠くで何かがぶつかる様な音がした。
向こうの作業員も音に気が付いたようで、手を止めてざわついている。
そして、一拍置いた後、クラウンたちと作業員たちの
が地響きを立てて降りた。なぜ何かなのか?それは光学迷彩で姿を隠していて何も見えないからだ。しかし、マシンフレームの足音はする。それがグロスハートの方へと向かっているのもわかる。作業員たちはなんとなく事態を察したのか、急いで退避を始める。が、その瞬間にはその何かから銃弾が発射された。1、2秒掃射されて、けたたましい音と光が終わると一瞬で作業員たちは吹き飛んで消えていた。
グロスハートも素早く反応していたが、すでにこちらの方を向いた時には右腕が切り落とされ、地面に落ちた。一瞬動きが止まったが体勢を立て直そうとバックステップするが、ステップ中少し浮いたくらいのところで、腰から上半身と下半身が真っ二つにされていた。グロスハートの上半身はあたふたとするが情けなく、ずしんと音を立てて落ちた。
落ちた時の振動が辺り一帯に響き渡る。爆発するかと思ったが、電流が2、3度切断部を走っただけでそのまま動かなくなった。
辺りがシンと静まり返ると、音が近付いてくる。何かがこちらに歩いてきている。
アモルは少し後ずさりするが、クラウンは優しく諭す。
「大丈夫です」
何かが目の前までに来ると、空間がぐにゃりと一瞬捻じれて、ちりちりと音を立て、水面から出てくるようにマシンフレームが空間から姿を現した。機体は基本灰色をしており、肘や膝など尖った部分が黒くなっていた。頭部はトサカの様なものが付いていてそれだけは黄色い。額には小さめのV字の角が付いている。身体のシルエットは先程倒されたグロスハートに比べるとスッキリしていた。
「紹介しますよ。アモルさん。これが僕の愛機クレンジルグです」
「……」
アモルは今の戦闘で怯えてしまったのか、ただクラウンを不安げに見るだけだった。怯えた表情を見ると少し良心が傷んだ。
クレンジルグはゆっくり音もなしに
「少し待っていてください」
クラウンはそう言うとクレンジルグの機体を器用によじ登って、コクピットに入る。少し操作するとハッチが閉まり、まるで息を吹き返したかのように二つの目がギラリと光った。
「失礼」
クレンジルグからクラウンの声が聞こえると、腕がゆっくりとアモルへ伸びる。
「え……」
アモルが驚き、動けないでいると、クレンジルグに人形を持つように掴まれた。
そして、それをどこかに見せつけるように前に掲げ、立ち上がる。
アモルの髪が風に揺れる。
「聞こえますか。見えていますよね?」
クラウンの声が響く。誰かに話しかけているようだ。
「アモル・ベールアンヘルはこのようにこちらで確保しています。ソーラーノームも回収したいので、出てきてはくれませんでしょうか?」
それはアモルすら驚く内容だった。少しの間沈黙。そして、しばし待った後クラウンは続けた。
「出てこないのはわかっていますが、こちらも色々と差し迫っています。お返事がないようでしたら、このまま連れて行きます」
また沈黙が落ちてくる。掴まれて人質にされているアモルには、沈黙のせいで外の音がいやに耳に入った。遠くで何かが走ったり、風が吹いたり、そんな音。
10秒ほど経っただろうか、コクピットで待つクラウンに返答が返ってきた。それを確認すると、外へ聞こえるスピーカーを切る。声だけの返答だが、声の主はソーラーノームだと分かった。
「わかった。今から出てくる。だから、アモルを降ろしてあげてくれないか」
「そんなことするわけないでしょう。時間を稼ぐようならもう行きますが?」
「……。わかった」
ソーラーノームが時間をかけて言うと通信が切れた。
今、向こうでリン・ライル・ランファンが必死に仲間に通信をしている。しかし、それも無駄。こちらで通信内容を変えている。ナノマシンでの通信は骨伝導。その骨を振動させる時点を干渉することで違う会話をさせている。今リンには仲間が応援に来る返事が入って、その相手のミズキや高岡ヤマト達にはリンが状況を聞いているだけになっている。実際は、ヤマトはミズキの救出に向かっていて、誰もこちらの様子はわからない。アナログな通信機を使う稲葉リョウさえ遮断してしまえば簡単に状況を操れる。
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