第56話
時間をすこし遡ってオーコックス・インダストリー社屋地下3階
リョウは通信機に耳を澄ませて立っていた。
今、ミズキたちがマシンフレームを倒して、ホルスがいるという隔離棟に入って行っている。
ホルスがまだ近くにいたということには驚いた。それに、それを教えてくれなかったことに少し気持ち悪さを覚えた。ソラノは知っていたのだろうか?ソラノに通信機を使って聞いてみたくはあったが、今は非常事態。さすがに
今回の、近くにまだいたということでそれがまた思い出されてしまった。あいつは完全にいなくなってしまわないと、この不安は拭えないんだろう。
では、殺すか?
リョウは首をぶんぶんと振る。そんなわけないだろ。
「独りでいると変なこと考えてしまうな……」
そう小さく呟く。
「稲葉リョぉは何も異常なしぃ?」
不意にミズキから通信が入った。
「あ、うん。なんもない」
咄嗟に答えて、我ながら変な声で言ってしまった。
「ふぅん……。んま、気を抜かないでねぇ」
ミズキらしくない返事。普通ならもう少しいじってくるのだが……。と思ったが、今は非常事態。忘れるところだった。それとも、さっきの独り言が聞かれたか?
「わかってる」
気を持ち直して落ち着いた感じで返事をする。するとそれ以降は何も返ってこなかった。独りでこの真っ白なところにいるの結構辛いんですよ?スルーはやめてよスルーは……。
外では一番ヤバそうな機体のパイロットが出てこないため、コックピットを開ける作業をしているらしい。あんなものをほぼ生身で倒してしまえるミズキは本当にとんでもない。自分も一度マシンフレームと対峙して何とか倒せたことはあるが、同時に骨折……。フィッシュボウルのメンバーに命令飛ばすのも納得だ。
そんなことを考えながら、軽い運動をしたり、腕組みをしたりして待機していると、ミズキからの「生存者なし、逃げられている」という通信を聞いた。
人が死んでいるという事も十分気が滅入りそうだったが、それよりもホルスが逃げているという事が重くのしかかった。吐き気がするようだ。ソラノの方は大丈夫なのだろうか?いろんな心配事が生まれ、一気に溢れ決壊する。
ミズキはそれでもなお、いつもの口調で通信をしている。そんな会話もほとんど何を言っているかわからず真正面を呆然と見ていた。
すると、数十メートルほど先のエレベーターの階数表示が動き出した。白の壁に白系の照明を使っているせいで、余計にまぶしく見えるが、確かに動いている。
「……?」
いや、動き出すのは不思議ではないのだが、リョウがここに配置されてから動いているのを見たことがない。動くものが階数表示しかないない中、ネガティブな感覚が違和感を伝えてくる。
リョウはエレベーターへゆっくりと歩きだす。エレベーターの階数表示は地下1階から2階に変わった。3階に変わってそのまま通り過ぎてくれたらそれで終わりなのだがそんな気が全然しなかった。通信機に手をかける。
「リンさん、今エレベーターが動いているんですけど……大丈夫ですよね?」
焦って言葉が半分くらいしか出なかったが、リンは意図をくみ取ってくれたようだ。
「今!?」
返ってきた言葉は想像したより語気の強いものだった。それだけで何かがおかしいということが伝わり、全身に寒気が走り、筋肉が硬直したのがわかる。エレベーターの階数表示は地下3階を示した。エレベーターの扉まで20メートルほど。
「稲葉リョ……」
ミズキの叫ぶ声を聞いた瞬間だ、音は不自然に搔き消され、エレベーターは到着した。そして扉は不気味に開いた。
リョウは息を止めた。状況の把握に全身を注ぎ込んだから、扉が数センチ開いた先に知らない男―クラウン―が立っていた。眼鏡をしていて表情がわかりずらかったが、笑わず、まさに無表情。
扉が半分開いたころにはリンや、ミズキの声の雰囲気から察して身体が動いていた。
リョウは走る。残り10メートルを一気に縮める。
「おぉ」
クラウンは少し驚いたような声を出し、扉で見えなかった腕で持っていた拳銃を構えた。
リョウはそれを確認した刹那。身体に電流を流し、加速する。
発砲。容赦なく連続で二発。
クラウンが撃った頃、すでにリョウは飛んでいた。銃弾は床に傷を付け、跳弾した。
リョウは緩い弧を描き飛び、距離を詰め、クラウンに掌底を打つ。しかし、クラウンは最低限の移動で避ける。掌底は空を切り、一瞬風が吹く音がする。
リョウと入れ替わるようにクラウンはエレベーターから出る。
「君に判断力があるのは予想外だった」
クラウンは半笑いで言う。どういう意味ですかね!
リョウはくるりとターンし、エレベーターを出ようとするが、扉がすでに閉まりかけていた。
「んなっ!んで!」
ギリギリのところで手を入れてセンサーを反応させて開かせる。
扉が半分開くと、すでにクラウンは少し下がっていて、銃を構えていた。それを認めた瞬間には発砲。リョウは慌てて扉の陰に隠れる。
壁に弾が二発着弾。それを見てゾッとしていると、また扉が閉まりかけていた。
「だから!!」
今度はボタンを押して扉を開かせる。半分開きかかるのを待つとまた発砲。四発だ。それを確認すると一気に身体を加速させ、エレベーターを飛び出す。
クラウンはもうすでに通路の半分を行っていて、弾倉を替えながら走っていた。しかし、加速したリョウは一気に追いつく。拳銃をこちらに構えた頃には、自分の間合いに捉えていた。
「待て!って!」
言いつつ、腰を低く構え掌底。
クラウンはすれすれで避ける。しかし、それを見越して、リョウは裏回し蹴りを繰り出す。加速の乗った一撃。
「……っ!」
辛うじてクラウンは腕で受けるが詰まった声をあげて壁に叩きつけられる。その音は通路中に響いた。
危なかった。そう思ってクラウンを見る。
見た瞬間。目の前には拳銃をこちらに向ける腕が見えた。
一か八か首を傾ける。拳銃がリョウの鼻先を擦れ、視界から見えなくなった瞬間に発砲音がした。こいつは違う。本当の本当に最短で殺しにかかってきている。前に戦ったアイギスや雷姫のように会話もない、本当の殺意。
リョウは
「んがっ……くっ」
拳銃で殴られていた。目がチカチカする中、勘で思い切り蹴り上げる。クラウンも予想していなかったのか、足をすくい上げるようになり転倒。
転倒したが、拳銃はこちらを向いた。その手を思い切り叩き落す。拳銃は床に転げた。
それを見て、安心してしまった。
クラウンは、カポエイラのように回転しながらリョウの脇腹に勢いを乗せた蹴りを入れていた。下から打ち上げられ、リョウの身体は軽く浮く。翔子に本気で蹴られた時並みに痛い。
「……クっそ……」
何とか体勢を立て直し、距離をとる。
「意外とやりますね」
そう言いながら少しずつ後ずさる。さっきから予想外とか意外とか何なんだよ。ていうか、何で眼鏡がズレないんだ!!
リョウは身体を加速させ、走る。
それを確認したクラウンは落とした拳銃に手を伸ばす。
「やらせる……かッ!」
床を思い切り蹴り、一気に接近し殴りつける。
これはまた避けられ、拳は空を切り、リョウが奥に位置取る。拳銃を思いっきり蹴とばしてやった。いや、避けすぎだろ。
クラウンを見るとこっちに向かってくるかと思いきや、拳銃を奪われたせいかくるりと振り返ってエレベーターへ走って行った。完全に背中を見せている。
「え?おい」
なんか拍子抜けする。しかし、逃がすわけにはいかないから、駆け出す。
エレベーターの階数表示を見ると動いていた。今地下2階。上がっているのかと思ったが違う。戦ってる間に上に行って、誰かを乗せ、このフロアに向かっているのだ。
エレベーターは到着する。同時にクラウンは扉の陰に隠れるように立った。
扉が開く。数センチ開くと何者かが乗っているのはわかった。
「あっ……」
それは金髪の小柄な、ゴテゴテした装備を着た女性。会議室に行くときに少し話をしたレナ・グッドスピードだった。銃を構え、コチラを見据えている。その目は少女の眼ではない、戦場のプロの目だ。リョウの姿を確認して安堵するわけでもなく、このフロアの異常を確認しに来た。それだけだ。
しかし、彼女の死角には、クラウンが立っている。
「レナ!!!」
何でこういう時、名前しか出ないのだろうか?もっと言うべき言葉があるはずなのに……。
だが、レナはリョウのその表情と声で察しがついたのか、ハッとした表情をし、少し下がった。
それすらも見えているかのように、クラウンは開ききっていない扉に手を突っ込み、レナがもっていたアサルトライフルを掴んだ。
「アッ……」
レナは一瞬、狼狽える。堪えようとしたが、次の瞬間にはエレベーターから引っ張り出され。顔が出てきたと同時にクラウンは躊躇なく顔面に掌底を斜め下から顎目がけて打ち込んだ。
「あぐっ!」
レナは反応できず顎に打ち込まれる。そして、口を切ったのか出血させ、エレベーターの扉に頭を激しく打ち付ける。その胸糞悪い光景と音はリョウに飛び込んだ。クラウンは素早くアサルトライフルを持ち直し、ぐったりとした小柄なレナの首を腕でホールド、人質を取るようにした。
「レナ!」
リョウは叫ぶが、クラウンは有無を言わさず発砲を開始、連射する。
「ちくしょっ!!!!」
動きを読まれないように左右に揺れながら後退。狭い通路の壁や床に着弾し、無茶苦茶に抉れて銃声が響く。通路がまっすぐ一本道なのが仇になった、このまま後退しても避けきれなくなって撃ち殺される。ギリギリ手はないわけでもないが、不安しかない。数十メートル何とか弾を避けながら後退すると、横目で誰も居ない部屋のスライドドアが開いたのがわかった。そこに飛び込む。
飛び込むとそこは何かの機材が等間隔に置かれているだけのものだった。通路の方を見るとドアが閉まり、銃声もなくなった。
扉を開けて銃を撃ち込んでくる。
そう思った瞬間には急いでドアの横に隠れた。出てきた瞬間に一気にケリをつける。
息を潜めて待機していると、微かに足音が聞こえる。レナをまだ掴んでいるのか少し不規則な足音だ。だんだんと近づいてくる……。
そして、扉の前まで来た。リョウは構えた。
しかし、足音は尚も続き、通り過ぎて行った。
「ハァ!?」
すぐにドアの前に立つ。しかし、何も反応せず、開かない。
「マジか!おい!」
何度かドアを叩いたり蹴ったりするがビクともしない。手動用のパネルに触ると、ドアがロックされている状態を示した。
「何で……。クソっ!」
足音はそのままアモル達がいる部屋へ向かっていった。
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