第51話

 31日 7:33 オーコックス・インダストリー会議室



 「ミズキ」

 椅子で仮眠していたミズキの肩を叩いて起こしたのは、リンだった。

 「うにゃ……」 

 目を覚ますと髪を束ねていて、苦そうにアツアツのブラックコーヒーを飲んでいた。

 「おはよぉぉぉ……。何かあった?」

 時計を見ると2時間ほど寝ていたようだ。

 「数分前にロシア方面から小型輸送機がこちらに向かっているのが観測されたわ」

 そう言いながらリンは電子ペーパーをミズキに見せた。

 「ふむぅ……。このタイプだとマシンフレーム4機はぁ輸送できるよねぇ……」

 「そうね……こっちで準備出来てるのは2機、まぁESS自体がこの前から色んなとこに要請して、今98機、戦闘用マシンフレームが待機しているらしいけど」

 「この様子じゃぁ上から降りてくるわよねぇ……」

 「そうすると、こっちまで来るのに時間かかるだろうし、2機で対応するしかないわね」

 「あたしもいるでしょお?ヤマトもいるしぃこっちも4機よぉ」

 ミズキはにんまりと笑って椅子を立った。

 「顔を洗ってくるぅ。あと、あっちの到着時間がわかったら教えてぇ」

 ミズキはひらひらと手を振りながら会議室を出た。



 ※※


 

 リョウは独り食堂にいた。リンに起こされ、準備するように言われたのだ。昨日はなかなか眠れなかったが、眠りにつくと自分でも呆れるほどぐっすり眠ってしまった。もきゅもきゅと朝カツカレーをキメていると、ミズキからチャットが入った。


 [ミズキちゃん♥]

 5分後にブリーフィングを行います。13階会議室へ集合。

 [リョウ]

 了解

 

 相変わらず文字だと一体誰なのかわからない。今の状況だと偽物かと疑うレベル。

 「5分後って結構急だな……」

 何か状況が進展したのだろう。急いでカレーをかき込み、会議室へ向かう。

 エレベーターを待っていると後ろから会議室にいた3人のうちの1人が来た。金髪の小柄な女性だが、装備はゴテゴテとしていて迫力があった。手にはこれまた大きなマシンガンのようなものを持っていた。

 「レナ・グッドスピードだ。今週からアモルの担当をしていマス」

 声から察するに、外国人で年齢はリョウと変わらなそうだ。

 「稲葉リョウです……。ソラノ……の、担当?をしてます」

 そういえば自分でもこの会社での担当がなんなのかよくわかっていなかった。頭を捻りながら言っているとレナはくすりと笑った。

 「君はミズキとヤマト、ガルムに護衛されてる側ダロ」

 「やっぱそうなのか……」

 少しガッカリしていると、エレベーターの扉が開いた。2人で中に入り、13階のボタンを押す。先ほどは斜め後ろに立っていたから気が付かなかったが、隣に立たれるとかなり身長が低いのがわかった。翔子の頭のお団子を入れたくらいの身長だ。

 「アモルの件は本当にすまないと思ってイル……正直悔しい」

 レナは小さく言った。それが独り言ではないのはわかったのでリョウもあまり声を張らずに返事をした。

 「別に俺が怒る筋合いはないですよ。侵入された時点で連れ去らわれなかっただけよかったじゃないですか」

 「そうダナ……。君は緊張していないのカ?」

 「緊張はしてますけど、やれることをやるだけです」

 そう言いながらリョウは胸の前でグッと拳を握って、あからさまな笑顔を作った。

 「君は変な奴だと聞いていタガ、本当に変ダナ」

 レナはそれまで強張っていた表情を崩して笑った。

 「え?変って誰から?」

 「色々ダ」

 「ちょっと気になる……。レナさん?詳しく教えていただけます?」

 そう言っているとエレベーターは13階に着き、扉が開いてしまった。

 「その話はこの作戦ミッションが終わってからナ。あと敬語もいらないし、レナでいい」

 「……」

 2人は会議室に向かっていく。

 「えーっと、レナ?」

 「日本に来てどのくらい?」

 レナはきょとんとした顔でリョウを見る。

 「半年……だガ?」

 「なるほど……1つ教えとくよ」

 リョウは人差し指をビシリ!と立てた。

 「そういうの死亡フラグって言うんだよ」



 8:02 地下3階

 

 

 アモルは地下3階のラボに移されていた。このフロアは通路が一本で枝分かれもしていない。アモルの部屋に入るためにはリョウが配置されているこの一本道の通路を通らなければならないのだ。

 ブリーフィングの内容は簡単だった。

 現在、ロシア方面からマシンフレームを載せたと思われる小型輸送機がこちらに向かって来ているということ。それを迎え撃つ為にフィッシュボウルの面々は作戦をミズキから指示された。

 敵機の降下地点をホークアイで予測できるミズキは速攻をかける為、屋外で待機。ヤマトは狙撃ポイントである付近の高層ビル。ガルムはマシンフレームに搭乗している。アモルのフィッシュボウルもタカシ・カタギリという男がマシンフレームに搭乗して、社屋ではレナともう1人、キール・マイルという男が待機。

 「ねぇ、思ったんだけど飛んできてるんだったら、撃ち落とせないの?」

 リョウは貰った通信機でミズキに聞く。

 「今ぁ地上20kmくらい上空を飛んでるからレールガンとかぁミサイルとか使わないと狙えないしぃ、もし撃ち落としたら下にいる人達死ぬでしょお?流石にESSの外だとでも処理しきれないわよぉ。まぁ内側でも死なれたらキツいけど」

 「なるほど……」

 以前、雷姫らいひめの件で色々な被害があった時も、ESS内で起きたことだったからなるべく穏便に処理できていたのか。流石ESSを建造したメーカーというところだろうか。

 そんなことを考えていると、後ろのアモルとマルナがいる部屋の扉が開いた。

 「アモルのお迎えとやらはここに向かっているの?」

 マルナが立っていた。心労からだろうか、若々しく感じられていた顔は暗く、一気に数年分歳を取ったのではないかと感じた。話しぶりからして今日の状況をあまり解っていないのかもしれない。

 「今、敵が空からこっちに来ています。俺はここを……アモルを護れと言われています」

 「……」

 マルナは閉まった扉にもたれた。

 「マルナさん?」

 「あなたの言うとおりだったかもしれないわね。あの子は、自分の力、自分のやってしまったことを知って、暴走を抑えられている……。何も教えないというのは間違っていたのね」

 マルナは自嘲気味にそう言いながら眉間のあたりに手を当てている。

 「何が正解だったの?私は何もかも間違いだったの?」

 「正解なんか俺はわかりません。でも、アモルは自分を知っても自分を抑えることが出来た。あなたが思っているよりずっと強くて賢い子です」

 マルナはそれを聞くと涙をひとつ零した。

 「私は、自分の研究を進めるためにシュルムを産んだの……。シュルムは私と夫と暮らしたわ。そして、シュルムに遺伝したナノマシンは何も変貌をせずに普通の子として育ったの。そのせいで私の研究は進まなかった」

 「……もしかして……。アプリエイターを作ろうとしたんですか……」

 「そうね。私はナノマシンによる臓器や、欠損した人体の複製を研究していたの。現代の細胞を培養させる方法では時間もかかれば費用も掛かる。でもナノマシンではさすがに複雑な人の身体を再現させることはできなかった。だからアプリエイターに賭けたわ。でも産まれたシュルムは普通の子供だった。失望したわ。シュルムが6歳の頃にアモルを産んだ……。もう一度私が望むアプリエイターとして……。そしたら今度はどう!?アモルは周囲の物質を取り込み化け物に変身してしまうアプリエイター!アモルは今では普通に生活しているけれど、物心つくまで突然ナノマシンが暴走するような状態だった……。そのせいで研究者ではなかった夫は私とアモルに恐怖して、シュルムを連れて消えた」

 マルナは俯いてしまい、どんな表情をしているのかうかがい知ることはできなかった。

 「アモルも大きくなって、この会社で隔離して生活することで暴走することはなくなったわ……。そんな折にシュルムが拉致されて夫が殺されたという知らせが入ったの」

 リョウは何も返事が出来なかった。壮絶すぎる、17年しか生きていない人間がどんな言葉を並べたとしても解ってあげることも、慰めることも、叱ることもできないだろう。

 「夫が遺した物を調べたわ……。私にしかわからないように細工がされて隠されたデータには医療機関の報告書があった」

 「シュルムさんが……ナノマシン群体ということ……」

 マルナは頷いた。

 「そこからは稲葉君の知っての通りよ……。シュルムは人間ですらなかった…!私はそれどころか!こんなことになって……アモルの親である資格もない!」

 そう言ってマルナは膝から崩れ、項垂うなだれて静かに泣き始めた。

 「マルナさん……。確かにシュルムさんとアモルが産まれた経緯は……。その、酷いかもしれないけど」

 言葉を必死に紡ぐ、どう言ったらいいのかわからないが、言わないといけないと思った。

 「アモルはマルナさんの事、親だと思っているし、何よりお母さんのことが大好きです……。親である資格はあんたが決めることじゃないと思う。アモルが……決めることだと思います。シュルムさんも確かにあんたが産んだんでしょ!?そしたら人間であるかどうか関係なくて、生きているんなら、あんたは親だし、アモルはシュルムさんの妹なんですよ」

 マルナは声を漏らし、せきを切った様に泣き始める。もっと言いたいこと、伝えたいこと、文句がある。でもそれは今の自分にはうまく言葉にすることが出来ず、これが精いっぱいだった。

 「輸送機よりマシンフレーム降下っ!!」

 リンの声が通信機から聞こえた。それが聞こえたのか、マルナも気持ちを落ち着かせたようだ。

 「マルナさんはアモルの傍に居てあげてください」

 リョウがそう声をかけると、マルナは立ち上がり、部屋に入って行った。

 「稲葉君……。ありがとう」

 扉を閉める前にマルナは言った。顔は涙でぐしゃぐしゃだったが何故かさっきより明るい印象だ。

 「アモルは絶対護ります」

 

  

 

 

 

 



 

 

  

 


 

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