第50話
5月30日 23:08
リョウは翔子との稽古が終わった後、オーコックス・インダストリーの自室に戻ったのだが、ソラノから呼び出しを受けて、13階の会議室に向かった。
面倒な手続きをした後、部屋に入る。すでに消灯時間だった為、会議室の灯りが眩しく感じた。部屋にはすでに、ソラノ、リン、ヤマト、ミズキ、それと初めて顔を見る男女3人がいた。リョウが部屋に入ったのを確認すると、リンが口を開いた。
「揃ったわね。じゃあ早速状況を説明するわ」
何やらあまりいい雰囲気ではない。
「今日、アモルが自分のナノマシンについての詳細を知ってしまったわ。それと同時に姉がいることも」
アモルは大丈夫なのだろうか?そう思っていると、顔に出ていたのだろう、リンはリョウに頷いて続けた。
「アモルは現在マルナと一緒にいます。しかし、興奮と不安からのナノマシン活性化が見られているの」
「つまりぃ、また暴走してぇ暴れちゃうかもしれないってことぉ?」
「それが、ナノマシンは活性化しているんだけれども、ナノマシンの活動は全く見られないのよ。おそらく理性的な部分でギリギリ暴走しないように耐えているのね。そのせいで、身体に多大な負荷がかかっているわ」
「自分のナノマシンの力を知ったおかげかもしれないな……何もわからない時よりは力の使い方というか、動かし方はなんとなくわかるから……」
ソラノは自分の事に置き換えて言っているのだろう。辛い表情をして自分の腕を抱いた。ソラノの奪命のナノマシンは他人が思っている以上に抑え込むのが大変なのかもしれない。
リンは続ける。
「そうね……なので、その負荷を軽減するためにアモルには薬で眠ってもらっているわ。恐らく明日の昼までは目を覚まさない」
「……」
その場の全員が押し黙る。アモルの為を想えば仕方のないことなんだろう。
「でも、今回集まってもらった理由はここからなの。アモルが自分の情報を知るきっかけは、ネットワークの奥に隠してロックされているはずのデータが何者かに開けられていたからだった」
「あそこはネットワークから切り離されていたフロアだろ。外部からハッキングは難しくないか」
ヤマトが強めの語気で言う。いつもよりヤマトも少しイラついているように見えた。
「そうね。だから、まだ意識があったアモルから話を聞いたわ……。昨日の夜、侵入者が居たらしいわ、でもその形跡はなかった。おかしかった事と言えば、その時刻、誰も地下A階にいなかったこと」
「それありえなくなぁい?」
ミズキはつまらなそうに言う。
「普通ならそうね、さっき当時警護についていた3人に話を聞いたけれども、みんな何も不審な点はなかった」
ここにいる知らない3人は警護のフィッシュボウルだったようだ。心なしか落ち込んでいるように見える。
「ただ共通するのは、何かしらの不審に思わないような急用が入って、巧妙に予定がずらされていたということなの。だから誰も警護が全員いなくなるなんて考えていなかった。そして侵入を許した。その侵入者は厳重であるはずのうちのネットワークをハッキングして、地下A階に侵入。アモルについてのデータを見たようね」
「データは抜かれたんじゃないのぉ?」
「見ただけみたいね……。アモルのことは知っているんでしょう。そして、アモルはその侵入者と話をしているの」
それを聞いたその場の人間はざわつく。
「明後日迎えに来る。つまり明日ね」
「明日ぁ……何かしらの襲撃があるかもしれないってことねぇ……。準備しとこっとぉ。でもぉ、なんでその時にアモルを連れ去らわなかったのかなぁ」
「他に何か目的がある……ということじゃないか?それとも明日じゃないといけない理由……」
ソラノが言うと全員が頷き考え込む。
「関連することが少なすぎる……。他に何がある明日、何か特別なことでもあったか?」
ヤマトがそう言うと、リョウは一つ思い出した。
「水族館のプレオープン……」
それを言うとソラノとミズキはじっとりとした目でこちらを見てきた。ソラノに関しては罪人を見るような目だ。
「リョウ。真面目に考えてくれ……」
「すみません」
しかし、他に考えても何も浮かばず、皆もそのようだった。リンは一つため息を吐いて口を開く。
「とりあえずそれは気になるけども……。一応今の状況をざっと説明したわ。何か質問はある?」
リンはそう言うとリョウと目が合った。なので遠慮なく質問する。
「あの、その侵入者については何もわかってないんですか?」
「わかっていないわ。でも最近の出来事を総合的に鑑みるにイヴ製薬関連、そしてマシンフレームが関与するのは間違いないと思う。そのため、一足先にガルムにはマシンフレームでここの防衛をするように手配してる」
「マシンフレーム……」
以前のマシンフレーム戦で骨を折った自分が役に立てるのか。翔子と稽古は重ねてきたが、マシンフレームに決定的に勝てる確証を得たわけじゃない。
「とりあえず、ミズキたちは明日のプランを考えて」
「はぁ~い」
「ソラノは万一の事もあるから、この前の新ラボに行ける?」
今後移動予定だと言っている新しいラボのことだろう。しかし、ソラノは首を縦に振らなかった。
「リン、私はここのラボにいる。あれを早く完成させたい」
そう言いながらリョウを見た。
リンは少し困ったようにしていたが、しょうがないという風に肩を落とした。
「わかった。私も手伝うわ。このあと少し仮眠をとったらすぐに取り掛かりましょう」
「ありがとう」
「あの…俺は……」
「稲葉リョぉはぁ、あたしが指示出すからぁ、とりあえず寝といて」
ミズキは口調はいつもの調子だが真剣な顔で言う。しかし、こいつ、今気が付いたが、急いで会議室に来たらしくロングTシャツしか着ていない。生脚に目を持っていかれる。
「ショーパン穿いてるわよぉ?」
ミズキはにひひと笑いつつシャツを捲った。
「別に気にしてねーよ!ってか、それでいいのかよ俺は寝てて」
「あんたはぁ体力ないと話にならないでしょおが。とりあえずぅ、アモルの方につけると思うからぁ。室内での対人戦ならこの中じゃぁ、一番適任」
「お、おう……」
そう評価されると少し嬉しくなってしまう。
「リョウ、こっちも例の物が準備出来次第持っていくから」
ソラノもよく見るとTシャツショーパンの上に白衣を着ていた。
「わ、わかった」
「んじゃぁ、フィッシュボウルはぁプランが決まったら指示するからぁ~、それまでに準備しといてねぇ」
ミズキのその怠い言葉をきっかけに皆解散していった。もしかして、真国さんって結構偉い?
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