第46話

 ※※オーコックス・インダストリー地下A階※※


 

 クラウンの目の前には、幻実のアプリエイターがいる部屋のドアがあった。時刻は23時。通常なら常駐の社員が2名、護衛のフィッシュボウルが2名いるはずだが、マリオネットサーカスの能力で総ての人員のシフトをずらし、ずらせない人間は、移動しなければならない理由を作ってこのフロアには誰もいない状況にした。もちろん監視カメラは掌握済み。一番厄介なホークアイのミズキ・マグニだが、彼女は別棟に行っている。

 「……」

 クラウンはただ黙って立っているわけではなく、マリオネットサーカスで最後のドアのセキュリティにハッキングをかけている。本来なら作戦実行前にここまで目標に近付く必要はないのだが、幻実のアプリエイターの暴走によってそれまでいたフロアが破壊され、目標が地下7階から他のネットワークから情報が遮断されている、このA階へ移動してしまったせいで、中の構造や状態などが全くわからず足を運ばねばならなくなったのだ。

 「ふぅ……完了」

 意外と手間取った。あまり時間をかけていると離れている社員が戻ってくる。

 スライドドアが開く。中に入るとガラス張りの部屋があり、その部屋の真ん中にあるベッドには少女――目標である幻実のアプリエイターが眠っていた。

 「フロア自体は他のフロアと同じようなものか……。さて……」

 クラウンは目を瞑る。マリオネットサーカスでガラス張りの部屋のロックを解除できるか試してみる。このフロアのセキュリティはかなり堅牢でまさか自分もここまで手間取るとは思っていなかった。あまり時間がかかるようであれば、あきらめて作戦時に別の方法を実行するしかない。

 しかし、この小さな部屋自体は即席で作られた部屋のようで、クラウンにとってはセキュリティは無いにも等しく、すぐロックを解除する事ができた。

 ぷしゅうという音を立てて扉が開く。

 「う……ん……?」

 眠りが浅かったのかアモルは目を覚ましてしまった。

 クラウンは慌てる素振りも見せず、ガラス張りの部屋へ入る。

 「君は……誰だい?」

 アモルは上体を起こし、眠そうに半目を開けクラウンに問うた。

 「あなたのお姉さんに頼まれたお迎えの者です」

 クラウンは少し屈み、笑顔を作って言った。

 「……おねぇさん……?」

 アモルはその言葉を噛みしめると身体に染み込んで行ったのか大きく目を見開いた。

 「アモルにおねぇさんが……いるのかい?」

 教えてもらっていないのか、それとも覚えていないのか。少し意外だったがクラウンは続けた。

 「はい。あなたのお姉さん、シュルム・ベールアンヘルさんです」

 「シュルム……」

 まだ信じられないようでアモルは少し俯き小さく呟いた。

 「シュルムさんは悪い会社に捕まっていましたが、私が助け出しました」

 「本当かい!?今どこにいるんだい!?」

 アモルはキョロキョロと部屋を見回す。

 「今シュルムさんは私たちが安全な場所で保護しております。それで、あなたもそこへ連れて来てくれとお願いされているんです」

 「うん!アモルも会いたい!」

 「明後日、土曜日にお迎えに参ります。それまで待っていただけますか?」

 「大丈夫だよ。そのくらい待てる!あ……それはママも知っているのかい?」

 「お母さんはお仕事が忙しいのでまだ知らせてません。でも、明日には伝えるのでそれまでお母さんや、他のみんなには黙っておいてもらえますか?」

 無論、アモルが黙っていることが出来ずに明日喋ってしまっても作戦内容はあまり変わらない。

 「うん!わかった。楽しみだなぁ……」

 アモルは胸に手を当ててまるで演劇でもしているかのように言った。しかし、何かを思い出したようにして、また俯いてしまった。

 「でも……なんでアモルにおねぇさんがいることを教えてくれなかったんだろう……誰も」

 「うーん。あまり不安な気持ちにさせてしまうと、また力が暴走してしまうからかもしれませんね」

 記録によると、サプサーンの襲撃による不安が、精神の不安定を呼びナノマシンが暴走したということになっていた。

 「暴走……」

 アモルはその言葉も噛みしめるように言った。

 クラウンはさらに言葉を続けようとしたが、掌握している監視カメラが、用事を作り他の場所へ移動させていた社員がここへ戻ってくるのを捉えた。話を終わらせてこの部屋を元の状態に戻し、出ていかねばならない。

 「とりあえず、今日はここまで。明後日迎えに来ます。お母さん達には黙っておいてくださいね」

 クラウンはそう言い、立ち上がった。アモルはベッドの上で少し不安げな表情をしていたが、コクリと頷いた。

 それを確認したクラウンはガラス張りの部屋を出て、ロックをかけ、この部屋を後にする。出る間際にアモルを見ると小さく手を振っていた。クラウンも笑顔で手を振り、ドアが閉まる。

 「ふん……」

 クラウンは自嘲気味に笑って、アモルに振った手を見たのだった。


 

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