第37話

 ※※オーコックス・インダストリー社員寮※※



 翌朝。リョウは目覚めたと同時に大事な事に気が付いた。

 「あ、湯野原さんに……。返事しないと……」

 そう、雪羽に水族館デートのお誘いの返事を今週中にしないといけなかった。

 「…完全に忘れてた…」

 悩んですらいなかった。

 リョウは頭を抱える。

 「うおおおおおお!どうするよぉ!?」

 自分に問いかけるように叫ぶが答えは出ない。

 断る?行く?どうする!?それほど優柔不断な方ではないと思っているのだが、何故か答えが出ない。

 「……」

 一気に冷静になって時計を見る。

 6時30分。

 もうそろそろソラノの部屋の前へ行く時間だ。今日と恐らく明日まではソラノの護衛として働かなくてはならない。

 「少し寝坊したかな…急ご……」

 リョウは気を取り直し、せかせかと顔を洗う。

 昨日はいつ眠りについたのかよく覚えていないくらい翔子の最後のセリフに悩まされていた。

 「殺されるのかな…」

 まだ身体は大丈夫じゃないとか言っておけばよかったと激しく後悔する。今日は悩み事でいっぱいだ。

 一通り身支度をすると、部屋を出て、急いでソラノの部屋の前へ。

 「真国っていつも迎えに行ってるんだよな…?」

 あんなキャラだが、仕事はいつも真面目で感心する。

 ソラノの部屋は社員寮にはなく、研究施設がある地下3階だ。

 社屋へ行き、地下へ階段を使って降りると、制服姿のソラノは部屋の前で本を読みながら立っていた。

 「お、おはよう!」

 「おはよう、少し遅かったな」

 いつもはエントランスで集合して挨拶をするのだが、部屋まで迎えに行って挨拶をすると何だか少し照れ臭い。ソラノはそうでもなさそうだが。

 「ごめんごめん。んじゃ、食堂行こうぜ」

 「……」

 ソラノは黙って本を閉じ、カバンの中に入れて歩き出した。



 朝食が終わって、学校へ向かい始める。

 ソラノの朝食は至って普通の和食だった。量も普通。

 「そうすると、昼と夜か…」

 「どうした?」

 「いや、なんでもない」

 「今日は様子がおかしいぞ……」

 リョウがソラノの食事について深く考察していると、隣を歩くソラノがこちらをジト目で見てくる。

 「そう?」

 「あぁ……朝食の時も黙って私を睨んでいたし。今も上の空だった」

 「そ、そう……?」

 「あぁ、そうだ」

 「護衛をしっかりとしないといけないから、いつもと意識が違うとかじゃないかな?」

 「…そういう……ものか?」

 「た、たぶん?」

 確かに意識は違っている。いつも一緒であるミズキも、どこかで見ているであろうヤマトもいない。自分の監視役さんとリョウ一人がソラノの盾なのだ。

 「頑張ってソラノを護るよ」

 リョウはソラノを見て言う。自分への気合も入れる。

 「……よ、よろしく頼む……」

 ソラノは少しびっくりした表情でリョウを見て、前を向いた。

 「そういえば、リョウ」

 「ん?」

 「ミズキが出かける前に、「返事は考えたのか?」と言っていたぞ?何のことだ?」

 「ぶッ」

 思わず吹き出してしまった。真国さん余計な事を……。だが、思い出せた。忘れていた。あぶねぇ。

 「心当たりがあるのか?リョウ?」

 「ま、まぁ…ね」

 しかし、この状況はヤバい。

 「何か困っているなら、私が相談に乗るぞ?」

 「いや、いいよ」

 即答。リョウの笑顔が引き攣る。

 「そうか」

 ソラノは少ししょんぼりとして可愛かったが、こればかりは言えない。いつ返事を聞かれてもいいように、学校に着くまでに返事を決めなければ……。



 ※※



 着いてしまった。ソラノはそそくさと教室に入って行ってしまう。

 「おはよう!ソラノちゃん!昨日は大丈夫だった!?」

 すると入っていくなり、雪羽がソラノに寄って行く。

 「おはよう……ん?何がだ?」

 「昨日具合とか悪いんじゃなかったのー?」

 「うん。そうだ、な。大丈夫。心配してくれてありがとう」

 ソラノが少したどたどしい、ソラノも自分が昨日休んでいたことを忘れていたようだ。そして、リョウも意を決して教室へ入る。

 一瞬で雪羽と目があった。

 「稲葉くん!オハヨ!」

 雪羽の声が妙に教室に響く。

 「おう、はよ…湯野原さん……元気だね」

 「う、うん!ていうか、稲葉くんも大丈夫!?ソラノちゃんとミズキ、高岡くんに稲葉くんが同時に休んじゃったから心配してたんだよ!?」

 確かにそうだ、これだけの人数が同時に休んだら何か起きたのかと思ってしまう。リョウはただでさえ湯野原への返事でフル稼働している脳を働かせた。

 「あ、あぁ…。なんかいろいろあって…でも、もう大丈夫だよ、ありがと」

 「ほんとに?」

 そんな上目遣いで聞かれると心が痛む。

 「……ほんとに……」

 「……うん、そっか」

 よかった。乗り切れた……。なんか納得してくれたようだ。すると雪羽は姿勢をさっと戻して。

 「あれ?ミズキは?」

 「あぁ、真国はなんか用事があるらしくて休んだみたいだよ。高岡もそうっぽい」

 「そっかぁ~。ミズキも特に具合悪いとかじゃないんだねぇ~、良かった良かった。てっきり稲葉くんの方は怪我が悪化して、何かあったのかと思ったよぉ」

 雪羽はそう言ってホッとする。その仕草と表情が本当にかわいい。

 「よかったわね~。雪羽~」

 そうニヤニヤして言うのは、雪羽の友達のアキナだ。相変わらずこの子は大人っぽい。最近彼氏が出来たらしく。更に大人っぽさが増している。

 「な、なに?アキナ!」

 雪羽がアキナに意識が行っているうちに自分の席へ。雪羽への返事を考えなければ……。

 「ふぅ……」

 「稲葉ぁ!」

 席に座るなり、すぐに山田竜次が声をかけてきた。

 「何」

 「お前冷たいなぁ」

 今は無駄に元気な竜次がウザい。いや、だいたいウザいか…。

 「湯野原さん、プレオープン、誰と行くのかなぁ~」

 竜次はニヤニヤと嬉しそうに言う。

 その話題か……。

 今一番振って欲しくなく、且つホットな話題。リョウは聞いたフリをしながら返事を熟考した。



 ※※



 [リョウ]

 俺の月末の予定って何かある?

 [ミズキちゃん♥]

 特にありません。ヤマト達も護衛に復帰しているだろうし、強いて言えば…というかチャットでそういう確認をしないでください。

 [リョウ]

 わかった。ごめん。ありがと。

 [ミズキちゃん♥]

 あまり文章では送れないけど、とりあえず予定がないだけですのでそれだけはわかっていてください。



 これは授業中にミズキとやり取りしたチャットだ。文面だけ見ると、口調が違い過ぎて一体相手が誰なのか全くわからない。

 「予定はない…んだよな?」

 最後の文面の意味が解らない。

 「どうかしたの?」

 となりの席の雪羽が不意に声をかける。授業中は結構真面目にしている方だったはずだが、最近よく話しかけてくる。

 「え、あ、いや、なんでもない」

 「チャット?」

 「まぁ…」

 「稲葉くん、ころころケータイ変わってるよね?それにいつも古いタイプ…」

 リョウのケータイは通話アプリ、それにネットが見られるだけの簡単なものだ。普通ならゲームやらナノマシンの操作端末など色々な機能が付いているのだがリョウのケータイにはそれが無い。

 答えは簡単。電撃ですぐに壊してしまうから、そんな高い物買っても意味がないのだ。

 「よく落とすからね……。い、今何ページ?」

 話題がいつデートの話になるかわからないので話題を関係のない方向。あわよくばここで話を切りたい。

 「今ね、21ページだよ」

 そう言ってリョウの教科書をペラペラとめくって、21ページにしてくれる。その時に雪羽の頭が至近距離に来て、非常にいい匂いがした。しかも少し前のめりになっているせいで、シャツの隙間から胸がチラります。ボタン開けすぎじゃないですか!!

 「……」

 「ん?ココだよ?」

 雪羽は気が付きもせずリョウに優しく教科書のどの行かを教えてくれた。

 ごちそうさまです。

 心の中でお礼を言う。

 「稲葉くん……」

 急に二人にしか聞こえないような声で喋り出す。

 「ん?」

 「プレオープンどうする?行ける?」

 「ひぇ?」

 不意打ち過ぎておかしな声が出た。

 「えっと……」

 「…うん……」

 雪羽がまるで何かの当落を聞くような目をしてこちらを見る。見つめる。よく見たら目がうるうるしている。泣くのか…?俺が泣きそう!

 「いや、月末は……」

 「…ダメ……かな?」

 雪羽はもう泣いているんじゃないか?というくらい目が潤んでいる。

 ダメだ。女の子がこんな顔をしているのは耐えられない。

 「大丈夫だと……思…う」

 絞り出すような声で言う。

 「ホントッ!?」

 雪羽が満面の笑顔。とっても嬉しそうだ……。

 「湯野原っ!静かに!」

 国語の男性教師が少し声を荒げて言う。

 「すみません」

 雪羽はびくりと首をすくめて謝る。あまり怒られ慣れていないのか、本当にびっくりした様子だ。しかし、口元はとっても緩んでいた。

 「…あはは……」

 リョウは渇いた笑い。泣きそうな顔を見ると何故か断れなかった。我ながらに情けない。

 そのまま授業が終わるまで雪羽は気分が良さそうにしていた。



 ※※



 「稲葉くん」

 授業が終わると雪羽が即、話しかけてきた。

 「……」

 「あの、稲葉くん?」

 「うっし!なに?」

 流れに乗せられないように気合を入れて会話に臨む。すでに流れは決まっているようなものだが。

 「ど、どうしたの?」

 「なんでもないよ!それで?」

 「あ、うん…。あのね?今度遊びに行くならさ、待ち合わせとかしないといけないから…ケータイのIDとか教えてもらえたらな…って」

 雪羽は上目使いで見つめてくる。

 「……う、うん。それはしとかないとね……いいよ」

 一瞬ソラノの方を見る。ソラノは授業用の端末を使って何かをしていてこっちに興味がなさそうにしていた。直接触れる事ができないので、専用のペンでツンツンしている。リョウはササッと自分のIDを紙に書いて手渡す。

 「ありがとう!」

 雪羽は早速自分のケータイにIDを入力していく。

 「送った!」

 ケータイのチャット画面を見ると[ゆきは♪]という名前からチャットが入っていた。


 [ゆきは♪]

 よろしくね!


 この至近距離からチャット……。

 とりあえずよろしくと返しておいた。

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