第36話

 ※※イヴ製薬本社15階会議室※※



 「まずは、依頼を引き受けてくれて感謝をする」

 ロシア北部までの長旅に少々だるさを覚えているクラウンの前に座り、そう言ったのはイヴ製薬の重役、コラール・ヴァダヴァロートだった。重役らしく体格がよく、髭面も似合っている。クラウンがコラールに直接手を出せないようにという事か、二人の間には無駄に長いテーブルが置かれていた。

 「…僕もこの金額と御社という大変力のある会社へコネクションを持てるというチャンス。みすみす逃すわけありませんので」

 眼鏡を中指で上げて営業スマイルでクラウンは言う。本当はすでに自分へ依頼が来るのは織り込み済みだった。しかし、この金額は予想外な多さだ。桁が一つ多い。そして、もう一つ計画外だった事がある。

 「内容の優先目標…先日捕虜として捕まってしまったあなたの息子。第二、同施設にいると推測される人物の拉致…?」

 そう、計画外だったのはすでにアモル・ベールアンヘル拉致を実行してしまい、あろうことかそれに失敗、コラールの息子が捕まっているという事だ。計画としては自分が呼ばれ、そして、アモルを拉致する…そういう算段だった。

 「そうだ…。私の息子、サプサーンは少々急ぎ過ぎるところがあってな…、我が社のある物が強奪され、それに代わる物を―――」

 なにを今さら隠している…。クラウンは苛立ちを覚えて口を開く。

 「演命のアプリエイターに脱走された為、人工臓器どころか、御社のほとんどの製品の【原料】が調達できなくなってしまった。そこで突然入ってきた幻実のアプリエイターの情報…。その情報を上層部だけに止めておいたはずなのに、あなたの息子が知ってしまった。あなた曰くの少々急ぎ過ぎる息子、サプサーンさんはこの会社の危機を救おう、それとも、危機を利用して出世しよう。そう思ったかはわかりませんが、自分で幻実のアプリエイターの拉致を計画、実行してしまった。そして、捕まった。こんなところですか?」

 クラウンはさらりさらりとまるで演劇のセリフの様に身振りを加えて言う。

 「…何故…知っている?」

 コラールは静かに言ったが動揺を隠せずにいるようだ。全身の細かな動きからそれがわかる。

 「隠し事はやめましょう?」

 クラウンはニヤリといやらしく笑った。前髪と眼鏡で目元が見えにくく、コラールにとっては不気味だろう。

 「何故知っている…と聞いている。…………おい」

 その言葉を合図に会議室の扉が開き、スーツを着た男たちが3名入ってくる。

 「脅しているつもりですか?やめた方がよろしいかと?別に調べた結果ですよ。僕の情報収集力を舐めないで頂きたい。それにこれくらいやってのけなければ仕事も出来ませんよ」

 実際はほとんどアマテルからの情報、最初から仕組まれていることだ。この茶番が今一番時間の無駄で面倒。

 このままただ依頼を受けた側として仕事をしても面倒だ…。方針を変える。

 「質問に答えろ…」

 「答える必要はないと思いますが?」

 「そのことを知っている部外者をタダで済ませるわけにはいかん!!」

 コラールの我慢の限界か、大きく目を見開いた。それを察したスーツの男の一人がこちらに向かって歩いて来た。

 「…率直に申し上げます…」

 会議室はクラウンのその言葉と同時に爆音とご瓦礫で満たされた。

 「アガッ」

 スーツの男が一瞬悲鳴を上げて、突如部屋を突き破って入ってきた白い巨大なモノに潰される。その巨大なモノがクラウンとコラールを隔てた。

コラールがその巨大なモノがマシンフレームの腕だと気付くのにそれほど時間はかからなかった。そのマシンフレームの腕越しにコラールが叫ぶ。

 「ど!どうやって…!」

 「ハァイ?」

 「ここは!基地に隣接する施設なんだぞ!!近付きでもしたら探知されて、撃墜されているはず!!!」

 「光学迷彩と電磁不干渉コートを施した機体ですよ。僕の機体は三世代は先を行っています」

 「…」

 マシンフレームは腕を引き抜く。いろいろな物を巻き込む音がして、コラールの血の気が引いた顔が見えた。

 「このご依頼は受けさせて頂きます。その代わりですが、僕の好きにさせて頂きます」

 「何を今更!こんなことをして、ふざけたことを!」

 「こうなりたくはないでしょう?」

 クラウンは無表情になり、周囲を見渡した。

 コラールは少し考え周囲を見渡す…。

 「…」

 コラールは床と壁にこびり付いた血液と身体のどの部分だったかもわからない肉片に目を止める。そして、口を開く。

 「…わかった…。よ、よろしく頼む」

 もう口が勝手に動いている、という感じだ。

 「フフ…。こちらこそ、よろしくお願いします。とりあえず計画を立てますのでまたご連絡いたします」

 クラウンが笑うと、またマシンフレームの腕が部屋へ入ってきた。今度は先程よりも優しく。手の平を上に広げている。

 「ひっ」

 コラールとスーツの男たちは、また潰されるのかと情けない声をあげる。

 「あ、そうそう」

 そう言ってクラウンはマシンフレームの手の平に飛び乗る。

 「建物の修理費用はご依頼の金額から引いておいてもらって構いません。その上でご入金を」

 クラウンはもう一度営業スマイル。そして、そのまま引き抜かれた腕と共に消えて行く。

 マシンフレームは器用にクラウンをコクピットへ入れると、ビルから離れ自由落下。その機体は白、青、赤、黄色のトリコロールカラーで何かのアニメの主人公の機体を容易に想像させた。そして、機体の色もさることながら色々と角ばった部分が多く、ヒーローというのが一番よく言い表せた表現だった。

 大穴の開いた会議室からは堂々と軍基地横の道路を走って行く機体が見えた。そして、光学迷彩がかかり、周囲に溶けていき、見えなくなる。今さら軍が気付いたのか基地中にマシンフレームやヘリが出ていた。

 「ここは15階だぞ…。音もなしにここに跳びついたのか…?」

現行のマシンフレームは跳べてもせいぜい、ビル5階分。スラスターなどの上昇装置を着けてやっとこの階へ届く。しかし、その場合は爆音が響くはずだ。仮にずっとこの階に張り付いていたにしても、かなり高度な迷彩機能がないと気付かれてしまう。三世代先という言葉は信じなければならないだろう。

 「…はぁ…」

 コラールはため息を吐き、クラウンに仕事を依頼したことを少し後悔した。依頼人から力づくで依頼を受ける者など居るだろうか?クラウンに依頼しろと言ってきたのは、社長だった。何か得体の知れないモノに恐怖を覚えた。

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