第35話
※※オーコックス・インダストリー、食堂※※
リョウとソラノは、アモルとの面会が終わった後、朝から何も食べていなかったので食堂に来ていた。
リョウはカレーライスを大盛りで頼み、ソラノは見た目に似合わず大盛りの天ぷらうどんを頼んでいた。しかも、鶏ご飯セット。もしかしたら、いつも一緒にいるミズキが大飯食らい過ぎるせいで気が付かなかったが、ソラノも結構食べるのではなかろうか?
とりあえずテーブルに向かい合って座る。
「そういえば真国は?」
リョウはカレーにスプーンを突っ込んでそう言う。
「今日は来られないんじゃないのか?」
「なんで?」
「昨日の破壊活動の始末書と報告書を書かされているはずだ」
ソラノの破壊活動という言葉に相当の嫌味がこもっているのを感じた。どんだけやったんだ。
「そんなにやったの?」
「見てみるか?」
ソラノは表情を変えずに言う。冗談のつもりだろう。
「いや…その台詞で分かった」
「そうか」
そう言うとソラノは麺を勢いよくすすった。
「ソラノ、うどん好きだったの?」
「気分だ。出来るだけいろいろな物を食べるようにしている」
「ふーん」
「変か……?」
ソラノは少し固まる。
「全然。変じゃないよ」
「…よかった……」
ソラノは胸を撫で下ろす。
しばらく学校の事や、配信されたばかりの曲の事など他愛のない会話と食事が続く。そういえば、最近ソラノと二人っきりという事があまりなかった。だいたいミズキかヤマト、ガルムのどれかが必ずついて来る。護衛だからそれはあたりまえな事だが。
「なんか二人だけで話すのって久しぶりだよな?」
「そうだな……」
ソラノはそう言ってリョウを見た。ソラノは相変わらず薄い桃色の髪に白い肌で、貴族を思わせる面持ちをしている。自分などと食事をするような身分では到底ないように思えてしまう。
「私は、こういうのも楽しいと思っている……」
「…ん?」
「二度も言わせるなっ」
ソラノは少し早口で言って。上品にうどんのスープをれんげで飲んだ。
「怒るなって、俺も楽しい」
リョウは心から溢れて来た笑顔で言う。
「聞いているじゃないかっ」
「ごめんごめん。ホント久しぶりにこんな感じに話せたから嬉しくて。あはは……」
「……」
ソラノは頬を膨らませて、うどんを食べる。
ソラノはしばらくもぐもぐとしていると、急に何かを思い出したのかそのまま喋り出した。
「ほうだリョウ」
「一回飲み込めよ……」
「そうふる」
ソラノはゴクリと音を立てて、うどんを喉に流し込んだ。
「きみの格闘術、何と言ったか…なんとか天空…拳?」
「しょうこてんくうけん」
リョウはわかりやすいようにゆっくり言ってやった。半分わざとわからないフリをしているのだろう。
「あぁ…その天空翔子拳は足技が一番強いのか?」
「え?なんで?」
ソラノがそんなことを聞いてくるとは意外だった。
「私が見ている中で、きみがここ最近よく使っているのが足技だからだ」
「そうだっけ?」
「そうだ、だから一番威力があって強いのかと思った」
そんなところを見ているとは……。そう思いながら口を開く。
「うーん……。俺の場合って身体に電流を流して無理矢理に攻撃するから、普通の生身の状態でも一番威力がある蹴りが強いんだよ。でも、完璧に技は習得していないから、本当の威力は出せていないと思う。普通の状態で蹴ったりしても、師匠程の威力は出ないよ。むしろ師匠は蹴り技あんまり使ってないと思うし…」
「師匠?」
「え?…あー、筑紫翔子のこと」
「マメ頭の事か……。ふんっ」
ソラノはムスッとした顔で言う。ソラノもなかなか翔子の事が嫌いなようだ。そして、気を取り直して続けた。
「つまりリョウは過電圧加速状態で蹴ったりしているから威力があるだけで、技の中で最も威力があるわけじゃないんだな?」
「か、かでんあ……?ま、まぁ翔子天空拳で一番強い技が何かとかはまだ聞いた事ないから、わかんないなぁ……。でも俺の中ではやっぱり一番威力が出せるのは蹴りだと思う」
「そうか蹴りだな……」
「なんでそんなこと聞くの?」
「秘密だ」
ソラノは楽しそうに微笑んだ。
「……?」
「あぁそうだ。リョウ、リンがきみのケータイを準備してくれているそうだ。取りに行くといい。昨日壊されただろう?」
「え?マジ?やっぱ壊されてたのか……。これで何個目なんだろ……」
「能力を使った時に雷命以外のナノマシンが全部壊れるせいで通信用ナノマシンも入れられないなんて、本当に不便だな……」
「まぁ、慣れてるけど、毎回ケータイを準備してくれるのにはホント申し訳ないよ……」
「気にするな、好きに壊しているわけではないんだから。私も似たようなものだからな」
「うん……ありがとう」
ソラノの笑顔に助けられる。リョウはため息を吐いて、カレーを口にした。ずっと喋っていたせいか、すっかり冷めてしまっていた。
そのあと、ソラノは鼻息を荒くして仕事があると言い、ラボへ行ってしまった。リョウはさっき言われた通り、リンが用意してくれたケータイを取りに行く途中、1階のエントランスを通ってみた。
戦闘があった現場はホログラムスクリーンで見えないようにされていた。社員は別に何も気にすることなく、誘導に従って歩いている。あとで聞いたのだが、オーコックス・インダストリーの社員はこういうことはある程度説明されていて、もし危害が及んだ場合、高額な保険が用意されているとのこと。しかも新入社員でも給料はかなりの高額。誰も文句を言わないそうだ。
リョウはケータイを受け取って、筋トレをしたり、ガオウバインのアニメを観ていると、あっという間に時間は過ぎて、気が付くと19時を越えていた。
「あ……」
そして、ガオウバインを観ていて、死に直結しかねない重大な事に気が付いた。
「師匠……」
また稽古をすっぽかしてしまった。殺される。何というか、突然吐き気までしてきた。
「やべぇ…こんな事ならちょっと学校行って話しとくべきだった……」
リョウは自室であわあわと狼狽えていると、ケータイが鳴った。
「ひっ」
リョウはあまりのタイミングの良さに小さく悲鳴を上げたが、翔子にはケータイの番号は教えていなかったことに気が付く。画面にはミズキの名前が表示されていた。ホッとして電話に出る。
「なんだよ…びっくりしたじゃねぇか」
「なんだよぉ!?あんたねぇ、もうちょっと喜んだ方がいいわよ?あたしから電話貰える男子なんていないんだからぁ」
「学校の話だろ」
「まぁそうなんだけどねぇ」
「で、なに?」
まさか「電話してみたかっただけぇ」とかではないだろう。ミズキは無駄な事はしない人間だ。
「少しは会話というものを楽しみなさいよねぇ?つまんないわねぇ……。まぁいいわ。あんたの家にお客さんが来てるわよぉ」
家とは一応住んでいるという事にしている元々の家だろう。
「え?誰?」
「筑紫翔子ぉ。監視カメラに映っててインターホンを56回押してぇ、今、48回ノックしてるわぁ、次はドア蹴りそうよね。どうするぅ?」
「…どうするって……家には行けないだろ?」
誰に見張られているかわからない為、家には近付いてはいけないことになっている。
「あんたあの子の番号とかIDはぁ?」
「知らない……」
「はぁ!?あんなに仲良くしてるくせにぃ?」
「別に仲良くは……」
「アレが仲良くないんだったら、何が仲良いのかわからないわぁ。とにかくぅIDとか電話番号ならうちのデータにあるけどぉ?」
さらっと怖い事を言う……。なんだろう、この人は人のパンツの柄くらい余裕で知ってそうな気がした。
「じゃあそれに電話かける……。教えてくれ」
「ほいほいぃ。今メールで送ったわぁ。あ、なんで番号を知ってるかとかはぁ、適当に誤魔化しときなさいよぉ?色々めんどくなるからぁ。あとこの後会うとかそう言う話になっても、やめときなさい」
ミズキは最後だけ声を低くした。念押しだろう。
「わかった、ありがとう」
「んじゃ、よろしくぅ」
そこで電話が切れる。
リョウは画面を確認するとメールが来ていて、それには翔子の電話番号が書かれていた。早速電話をかける。
「……」
4コール程鳴らすと応答した。しかし、何も言わない。知らない相手からかかってきているのだ、仕方ない。
「師匠?俺だけ――――」
「あんた大丈夫なの?休んだって聞いたけど」
「…うん。まぁ大丈夫」
翔子の声が意外に落ち着いていたので安心した。一時は怒鳴り散らしてくるんじゃないかと思っていた。
「ありがとう」
「で?あんた何で出てこないの?もう少しでドアに双天・烈突打ち込むところだったわよ?」
ドアに蹴りよりもタチが悪かった。
「いや、実は病院にいてさ……。だから家にはいないんだ。つーか、よく家がわかったね?」
「大丈夫じゃないじゃない!?」
声が音割れするほどの大声。思わず電話を遠ざけた。
「何があったの!?また襲われたの!?」
「いや、違うよ!何もないから、心配すんなって!」
「あんたねぇ……。今からそっちに行くから!病院教えてよ!」
ミズキの言う通りの展開。流石だ。
「いや、もう明日には学校行くからさ!ほんと気にしないで!」
「本当に大丈夫なのね?」
翔子の声色が変わった。落ち着いてくれたか?
「……うん」
「なら……。明日の稽古…楽しみね」
電話が切られる。
「……」
明日は殺されるかもしれない…。
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