第28話

 翌朝、松葉杖をついて会社の食堂に行くと、ソラノとミズキが仲良く朝食をとっていた。

 食堂は白を基調としたお洒落な造りになっていて、下手をするとその辺りの高いレストランよりも綺麗なのではないかと思えるほどだ。またそこに座っている制服の二人が意外なことに雰囲気に馴染んでいた。

 「おはよー」

 「リョウ!」

 リョウがいつも通りの挨拶をすると、ソラノは食堂中に響く程の声で言った。

 「なんだ!?それは…!」

 ソラノはリョウの足と松葉杖を見て言っていた。眉間にしわを寄せている。

 「昨日やっちゃってさ…あはは。大丈―――」

 「ミズキ!だから私は言っただろう!?リョウを連れ戻して、私と同じとこに居させろと!」

 ソラノはすごい剣幕でミズキに言う。ソラノは怒っても声を張ったりはしない。さっきの名前を言った時といい、珍しい事だ。

 「…あははぁ。だってぇ」

 ミズキはニコニコしながら困っている。

 「ソラノ、これは俺が悪いんだよ」

 ソラノは勢いよく振り向く。音でもしたんじゃないかと思った。綺麗な髪が後を追ってなびく。

 「俺が昨日マシンフレームを思いっきり蹴ってさ…。がつーんって感じで…」

 「マシンフレーム!?マシンフレームの相手をしたのか!?ミズキ!」

 ソラノはまたミズキの方に振り向く。長い髪がリョウの鼻をかすめた。いい匂いだと不謹慎にも思ってしまう。ついでにそんなに回るとスカートもふわっとしますよ、ふわっと。

 「なんでそんなことになる!」

 「いやぁ…あはは…」

 「あの…ソラノ…」

 ミズキのニコニコが引き攣っている。そして、一瞬リョウを見た。「これ以上何も言うな」という目だ…。それでもここを治めるために続ける。

 「俺が大人しくしてればよかったんだよ、俺が向かって行ったから…」

 「…」

 ソラノはリョウの言葉を聞くと口を【へ】の字にして自分が座っていた席に座った。

 「あたし、何か取ってくるよぉ。稲葉リョぉは座って待っててぇ…あはは」

 ミズキは逃げるように席を立つ。バイキング形式だから取ってきてくれるのはありがたい。

 リョウはソラノの前の席に座る。

 「…きみが戦っていたなんて聞いていなかった…」

 ソラノはぶすくれてプチトマトを頬張った。

 「俺が逃げなかったから悪かったんだよ。我ながら情けないと思ってる…。ソラノは昨日どこにいたんだ?」

 話を逸らそう頑張ってみる。

 「…昨日はあの男が来てからすぐに別のラボに退避した…。ここには深夜に戻って来たんだ、きみのことは何も聞いてなかった」

 「別のラボ?そんなんあるの?」

 「正確に言うと今度移動予定だったラボに行ったんだ。いつまでも会社のラボにいたら今回のように襲撃されかねないからな…」

 「たしかに…毎日襲ってきてもおかしくないもんな…場所が分かってたら…。って、俺だったら毎日は無理でもしょっちゅう仕掛けると思うけど…。そんなに頻繁に襲われないよね?なんで?」

 「ここがESSユニットだから」

 ソラノはリョウをジッと見て言った。何か付いているんだろうか?

 「ん?どゆこと?」

 「ESSユニットはオーコックス・インダストリーがメインで作っている。うちは元々何の会社だ?」

 「…兵器会社だよな」

 「そうだ、無許可の機動兵器や戦闘ヘリ、戦闘機なんかがこのESSに近付いたりしてみろ、一気にゴミになる。そういうセキュリティは万全なんだ」

 「でも、昨日はマシンフレームに襲われたけど?」

 「…」

 ソラノは黙ってしまう。

 問い詰めるようなつもりはなかったのだが、嫌な空気になってしまった。物事を考えずに喋る癖をやめたいほんとに。

 「個人所有だったのよぉ」

 そこにミズキがリョウの朝食を持って帰ってきた。

 「尋問したらぁ、あのレヴォルベルは個人所有のバリバリの許可有り機体だったわぁ。武器とかは改造したんだってぇ。お待たせぇ!」

 ミズキはリョウの前にドカッと料理を置いた。明らかに三人前はある。自分の食べる量が人の平均だと思っているようだ。

 「じゃあさ、雷姫みたいなナノマシン持ちは?前は普通にESSに来てたじゃん。どうするんだ?」

 リョウはそう言い、山盛りのスクランブルエッグを崩しにかかった。多すぎる。

 「ナノマシンによる個人識別を擬装するナノマシンというのもあるが、調べればわかる。それに、ESSでは色々な場所で顔を識別しているから、侵入する場合はかなりの前準備を要する」

 ソラノがそう言うとミズキが口を開く。

 「それにぃ、雷姫レベルのナノマシン持ちは国境越えるのも大変なのよぉ、日本とかいろんな国で指名手配になってたりするしぃ、日本に来るんなら普通の手段じゃぁまず入国は無理ねぇ」

 「じゃあどうするんだよ?」

 「そうねぇ…潜水艦とか相当なコネを使って高速飛行機チャーターしたりとかぁ?」

 「密入国だろそれ…。っていうか、お金どんだけかかるんだよ」

 リョウは「はは…」と笑いながらカリカリのベーコンを口にする。ホントにタダだとは思えない程美味しい。

 「それだけのことをしてでもソラノの奪命が欲しいって事なのよ…。それに雷姫が戦場で稼いでた額はあんたの想像なんか超えてるわよ」

 ミズキはいつもののん気さを消して言った。

 「いくらくらい…?」

 「さぁ?働くのも馬鹿らしくなるんじゃなぁい?」

 あまり教える気はないようだ。

 「……だいたい、なんで奪命が欲しいんだ?そんなの持ってても…」

 リョウは口をつぐんだ「めんどくさい」と言おうとしたからだ。実際、ソラノのナノマシンは触れたモノのエネルギーを吸いとってしまうというものだ。それは人間の生きる生命エネルギーも例外ではない。今、ミズキがソラノに触れれば段々とエネルギーを吸収され、座っていることも出来なくなる。リョウは何故か自分のナノマシンのおかげでエネルギーを吸われる事は無いが。

 「…」

 ソラノは俯いて黙ってしまった。

 「ごめん」

 「いや、いい…。私は元々、アマテルにいたんだ」

 「…」

 リョウは驚いたが、黙って聞いてみることにした。

 「だから連れ戻したいんだよ。奴らには私を使った計画があるらしいからな…。それ以外にもアプリエイターには、やはり色々ながある。手に入れられるなら何人でも手に入れたいはずだ」

 「そんなもんかねぇ…。俺は雷姫みたいなナノマシンだけでも十分だと思ったけど」

 確かに以前戦った、ナノマシン雷姫を持つ女、エールは強かった。オーコックス・インダストリーの中でもトップクラスと言われるミズキとヤマト、それに戦闘ヘリまでが全力で向かったのに刃が立たなかったのだ。ギリギリでリョウのナノマシンが謎の力を発揮したおかげで退けることができた。

 「でも、やっぱりアプリエイターのあんたが倒したでしょぉ?そういう事よん」

 ミズキがそう言って、リョウの皿に盛ってあるポテトを摘まんだ。

 「もう行こう。遅刻してしまう」

 話を切上げたかったのか、そう言ってソラノは立ち上がった。長い髪と若干短いスカートが眩しい。

 「そうねぇ」

 ミズキはゆっくりと立ち上がった。

 「ちょっと待て!まだ俺は…!」

 ミズキが山盛りにした朝食を半分も食べられていない。

 「今日はヤマトが待ってくれるから大丈夫よぉ~」

 ミズキがのん気に言って、二人は食堂を出て行った。



 ソラノとミズキは二人で通学路を歩いていた。ミズキはソラノ一人を守ればいいのでニコニコして隣を歩いている。

 「ソーラぁ」

 ミズキはソラノと二人の時は、ソラノのことを「ソーラぁ」と呼んでいる。

 「なんだ、ミズキ」

 ソラノは背筋を伸ばして綺麗に歩いている。ミズキもスタイルがいいので二人で歩くとその場の雰囲気も変わって見える。

 「昨日のことなんだけどさぁ…」

 「リョウに怪我をさせたことか?」

 ソラノは嫌味ったらしく言う。まだ根に持っているようだ。

 「あっはは…あれはごめんってぇ…。まさか突っ込んでいくとは思わなかったんだよぉ。そうじゃなくてぇ…」

 ミズキはそう言いながら手を合わせた。ソラノはそれを見てため息を吐く。

 「じゃあ何の件だ?」

 「…うん。昨日の襲撃してきた奴らなんだけどぉ…。イヴ製薬に雇われた奴らなんだよぉ」

 「イヴ製薬…。女性用の薬とか化粧品の大手の製薬会社だな」

 よく依頼主の情報を漏らしたものだ。ミズキがどんな尋問をしたのか気になる。

 「雇われた奴らだから何が目的かわからないのよぉ」

 確かにそうだ。今までオーコックス・インダストリーに襲撃を仕掛けて来ていたのは兵器会社や、何かしらの武装組織、そうでなくてもアマテルの息がかかった少し裏がありそうなものばかりだった。しかし、イヴ製薬はかなりの大手、黒い噂のようなものも全く聞かないし、全世界に自社の薬を展開している。そんな会社が襲ってくるとは思ってもみなかった。

 ソラノはミズキを見る。

 「狙われていたのは…やはり幻実げんじつのアプリエイターか…?」

 「そだねぇ…うちにいるのは奪命か幻実、雷命だからねぇ」

 ミズキは頭に両手を置いて何かつまらなそうな口をする。

 「こんな言い方おかしいけれど…なんで私じゃないんだろう?」

 「…あたしが思うにぃ今回はアマテルじゃないと思うのよぉ」

 「そうだな…。アマテルだったら確実に私がターゲットになるわけだからな…」

 「とりあえず、イヴ製薬に調べを入れてみるわぁ」

 ソラノは頷く。

 「幻実はどうしているんだ?」

 「マルナと一緒に地下で大人しくしてもらってるわぁ」

 「そうか…ある程度解決するまではそうしてもらうしかないな」

 「そうねぇ」

 ミズキがそう言うと二人は黙ってしまった。ソラノはだいたい、よく喋る方ではないので平気なようだが、ミズキは居心地が悪そうにきょろきょろしている。もちろん警戒の意味合いもあるが。

 「おはよう!ソラノちゃん!ミズキ!」

 昨日とデジャヴしたように元気な声で挨拶をしてきたのは雪羽だった。今日は髪をアップにしている。

 「おぉ~、雪羽ぁ。おはよぉ、かわいい~」

 ミズキが軽く髪を撫でる。

 「えへへ~ありがと」

 雪羽は猫のようにして喜ぶ。

 「おはよう、雪羽。髪を上げるだけでイメージは変わるものだな」

 ソラノはソラノなりに褒める。それだけ雪羽はかわいく似合っていた。

 「ソラノちゃんもやってみなよ!似合うと思うなぁ」

 「…そう?…か?」

 ソラノはそう言って自分の髪を撫でる。やってみようかな?と思ってしまう。

 「今日はなんで気合い入ってるのぉ?」

 ミズキが変態のような目で雪羽をじろじろ見る。

 「い、いや…別に…あはは…」

 雪羽は手をブンブン振って笑う。あからさまに怪しい。

 「よく見ると、少しメイクも…」

 ソラノが追い打ち。

 「そ、ソラノちゃんもファンデくらい塗ってるでしょ!?い、一緒だよ!」

 「私はそんなもの塗ったことないぞ?」

 「…ほぇ」

 雪羽は間抜けな声を出す。

 「そんなに白くてツルツルしてて…塗ってない…?は?」

 雪羽は驚愕の表情だ。まるで目の前で人が消えたような。そんな表情。しかも少し口が悪くなった。

 「でぇ…?なんで気合い入ってるのぉ?」

 ミズキが改めて聞く。

 「あはは…」

 雪羽は笑ったままあとずさった。

 「あ、逃げるぞミズキ」

 ソラノは真顔で言う。雪羽には「逃すな捕まえろ」に聞こえた。

 「先に学校行くね!」

 雪羽はそのまま逃げて行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る