第18話





 男は風見山を力の限り走り続けていた。

 もはや、自分がどの方向に進んでいるのかも分からない。

 ただ、ひたすら逃げていた。

 彼はアドルフ教団の一員で風見市で教団で開発された新型の魔法薬の実験を行っていた。

 初めは管理局の目を上手く掻い潜っていたが、炎龍寺総真が動き出した事で事態は急変した。

 流石に男も炎龍寺家を相手にする気はなく、データもある程度は揃っていた為、実験を切り上げて風見市から逃げる事を決めた。

 しかし、管理局の目を盗んで逃亡しようとすると、男は風見山まで辿り付いた。

 そこで初めて自分がそこまで誘導されていた事を悟った。

 だが、すでに遅かった。

 

「くそ!」


 男は躓きそうになりながらも蒼い炎から逃げる。

 この風見市で動くに辺り、最も警戒すべき魔導師は緋村真理で、真理は蒼い炎を使う。

 男も自分を追って来ているのが真理だと言う事は分かり、それが男を焦らせる。

 男も魔法はそこいらの一般魔導師に遅れを取る事は無いと自負しいるが、相手が悪すぎる。

 蒼い炎から必死に逃げていたが、木の根に足を取られて転倒する。

 それでも男は懸命に逃げ続ける。

 ここで捕まれば重い罪で服役する事になるだろう。

 情報と引き換えに減刑を望もうにも男は魔法薬の実験結果のデータもすでに幹部に送り、自身は結果については殆ど理解していない。

 捕まる訳にはいかないと這いずってでも逃げようとするが、後ろからは僅かな希望をも打ち砕く声がする。


「もう鬼ごっこは終わり? ずいぶんとだらしがないわね」


 そこには火の神器ヴェスタを手に真理がゆっくりと歩いて来る。

 

「せっかく、手加減をして上げているんだから、少しは根性を見せなさい」


 真理はヴェスタを振るうと蒼い炎が広がる。

 必死に逃げ道を探すと一方向になら何とか逃げる事が出来そうだった。

 男がその方向に逃げようとすると、ある事が頭をよぎる。

 真理程の魔導師が何故、完全に包囲する事もなく、逃げ道が残されているのか。

 真理が見落としていないのだとすると、答えは一つだ。

 その気になれば逃げられないようにする事が出来たが、あえて逃げ道を用意したと言う事だ。

 男にはその理由は分からないが、真理は男をただ逮捕する気は無く、逮捕の前に可能な限り恐怖を与えようと言うつもりだった。

 それだけ今回の一件は真理の怒りを買ったのだろう。

 真理が意図的に逃げ道を作っていた事に気が付いた男の心は折れた。

 これ以上、逃げたところで真理は合法的に自分をいたぶるのだろう。

 

「……もう終わりだ」

「……そう」


 違法魔導師に対して管理局の魔導師は相手を逮捕する事が原則で殺す事までは許可されていない。

 ここで諦めて投降すれば命までは取られる事は無い。

 男は逃げる気力も無くなり、大人しく投降しようと諦めた。

 真理も男が諦めた事に気づき、ゆっくりと近づいて来る。

 

「……総真? 違うわね。 誰?」


 真理は足を止める。

 近くに誰かの気配を感じ取ったからだ。

 始めは後で合流する手筈だった総真とも思ったが、直感的に総真ではないと感じた。

 同時に他の局員は風見山の出入り口を中心に監視させている為、ここに来るとは思えない。

 

「流石は緋村真理と言ったところか」


 真理は周囲を警戒していると上の方から声が聞こえて来る。

 声は変成器か何かで変えられているような声だ。

 真理は警戒を解く事無く、声の方を向く。

 そこには黒い仮面で顔を隠し、黒いマントをなびかせている男が宙に浮いていた。


(真理)

(分かってる。コイツ……相当ヤバい)


 真理は表情を変える事は無いが、仮面の男の実力が相当な物だと見抜いていた。

 自分の実力に絶対的な自信を持つ真理ですら仮面の男の実力は自分と同等かそれ以上だと思わせる程だ。


「ずいぶんと面白い恰好をしているけど、何者?」

「答える必要はないな」


 仮面の男はマントから何かを出す素振りをすると、真理は警戒を強める。

 仮面の男が手にしていたのは、一本の太刀だ。

 

(馬鹿な! あり得ん!)


 その太刀を見たヴェスタが声を荒げる。

 真理も思わず自分が持っているヴェスタに視線を向ける。

 仮面の男が持つ太刀はボロボロになっているが、真理が持つヴェスタと同じ物だ。

 神器は世界に一つしか存在していない。

 火の神器ヴェスタは自分が持っている以上、同じ物は存在しない筈だ。

 見た目だけを精巧にコピーした物である可能性もあったが、ヴェスタには分かる。

 あれもまた自分と同じ火の神器ヴェスタなのだと。

 仮面の男はそんなヴェスタの動揺には構う事も無く、ヴェスタを天高らかに掲げる。

 すると、ヴェスタの先に膨大な魔力が集まり、ヴェスタが炎を纏う。 

 一瞬の内に仮面の男の上には巨大な炎の塊が形成される。


「っ! アレは流石に不味いでしょ! ヴェスタ!」


 仮面の男がヴェスタを振るうと巨大な炎の塊が落ちて来る。

 真理はとっさに最大火力の蒼い炎で自身の周りを覆う。


「やってくれたわね……」


 炎は辺り一帯を覆う。

 仮面の男の狙いは真理を始末するだけではなく、薬の売人の男をも始末する事だと言う事には気づきながらも、仮面の男の攻撃に対して自身を守るだけが精一杯だった。

 炎が収まり、真理も自身の蒼い炎を消す。

 周囲は仮面の男の炎により焼野原と化している。

 

「ほう……」


 仮面の男の一撃に自分の身を守る事を優先し、売人の男を見捨てた真理だが、蒼い炎を消すと、そこには自分以外にも売人の男が生きたまま座り込んでいた。

 売人の男は放心状態である為、自分の魔法で何とかした訳ではないだろう。

 そもそも、これほどの魔法から瞬時に自分の身を守れる程の実力があれば、ここまで追い詰められたりはしない。

 自分でもましてや仮面の男でもなければ、これほどの攻撃から売人の男を守れるのは一人しかいなかった。


「コイツをお前に殺させる訳には行かない」

「ずいぶんとゆっくりエスコートして来たじゃない。総真」

 

 売人を守ったのは結愛を病院まで連れて行った総真だった。

 総真は十字架を模した銃型の魔導機も持って来ているようだ。


「アンタにそう言われたんでな」


 総真はそう言うと仮面の男の方を向く。


「話しには聞いていたがな」

「知ってるの?」


 総真は仮面の男に付いてある程度の情報を持っているようだ。


「教団の幹部の一人に仮面とマントで素顔を見せない奴がいると聞いた。主な任務は内部の裏切り者やスパイの始末」


 総真も全てを知っている訳ではないが、独自の情報ルートから仕入れた情報には、アドルフ教団の幹部の一人は常に仮面とマントで姿を隠している人物で目の前の男と特徴が一致して


いる。



「成程ね」

「コイツもここで仕留める」


 総真は仮面の男に銃を向ける。

 真理も総真の攻撃に仮面の男がどう対応するかを見極めようとする。


「……今はお前と戦う時ではない」


 仮面の男がそう言うと男は炎に包まれてた。


「俺の名はディスペア。炎龍寺総真。いずれお前が全てに絶望した時再び会いまみえる事になるだろう」


 ディスペアと名乗った仮面の男は炎と共に姿を消した。


「逃げたの?」

「そのようだな」


 近くには人の気配を感じない。

 総真も真理もディスペアが二人を相手にする事もなく逃げたのだと判断した。

 総真は何事もなかったかのように、薬の売人の方に歩いて行く。


「助かったのか……」


 放心状態だった男は仮面の男が去った事で命の危険が去ったのだと思い一息つく。

 もはや男には逃げるだけの気力もない。

 その上、教団の幹部が自分を始末しに来た。

 このまま管理局に捕まれば、管理局も自分を仮面のむざむざ殺させるような真似はない。

 多少は重い罰を受けようとも、殺されるよりはマシだと男は思っていた。

 しかし、男の思考はそこで終わった。


「相変わらず容赦ないわね」


 真理は事の次第を全て見ていた。

 ディスペアが去り命が助かったと安堵した男の頭部を総真は何の躊躇いもなく撃ち抜いて殺した。

 総真がディスペアから男を守ったのは、自身の手で男を始末するからに過ぎなかった。

 真理も真理で、総真が男を殺す気だと言う事を気づいた上で、何もしなかった。

 いたぶっていたのは単に男に恐怖を与えるだけでなく、総真と合流する時間を稼ぐ為でもあった。


「そう教えたのはアンタだろう。正義は非情でなければならないと」


 それは総真が真理から初めて教えられた事だ。

 正義を背負う立場にある総真は常に情に流される事なく物事を判断しなければならない。

 犯罪を犯した人間にどんな理由があろうとも、情で流されてはいけないと。

 もしも、同情すべき理由があり、罪を軽くしてしまうと、事情があれば罪を犯しても良い事になり兼ねない。

 それは将来的には炎龍寺家を背負う総真にはあってはならない事だ。

 だからこそ、常に非情になり、例え親兄弟恋人だろうとも犯罪を犯した相手を決して許す事無く裁かねばならないと教え込んだ。


「まぁね」


 男を総真が射殺し、真理も満足した様子だ。


(とはいえ……あの男、一体何者なの?)


 売人が死亡した事で今回の一件は一応の終結を迎えたが、アドルフ教団の幹部である仮面の男、ディスペア。

 圧倒的な力を持つだけではなく、本来ありえない筈の火の神器を持つ男。

 その口ぶりやアドルフ教団に属している事からいずれ総真とは再び遭遇する事もあるだろう。

 だが、総真にとっては関係のない事だ。

 相手がどんな力を持っていようとそれが「悪」ならば自身の炎で焼き尽くすだけだ。

 風見市に流されていた違法魔法薬の売人は始末した。

 後は警察や魔法管理局が出回っている魔法薬を回収して行けばいずれは収まるだろう。

 そこから先は総真の仕事ではない。

 仕事を終えた総真は何事もなかったかのように山を下りていく。

 

「まぁ……今はコレの後始末の方が面倒そうね」


 風見山に追い込めばある程度は派手に魔法を使う事が出来る。

 しかし、真理もここまでの魔法を使う気は無かった。

 それに関しては総真は手伝う気は無いだろう。

 真理はため息をついて魔法管理局の風見支部の方に連絡を入れて事後処理の指示を出す。

 











 かつての仲間達のリーダーであった悟を殴り飛ばして意識を失った結愛は病院のベットの上で目が覚めた。

 窓からは日が差し込んでおり、あれから夜が明けたのだと結愛はぼんやりと思っていた。

 次第に意識がはっきりし、夜の出来事を思い出して来る。

 結愛は勢いよく上半身を起こすが、頭がズキリと痛み無意識の内に片手で頭を押さえる。


「っ……ここは……」

「病院だ」


 結愛が寝ていたベットの横には総真が椅子に座っていた。

 

「あれからどうなった?」

「あの場に居た連中は全員警察に逮捕された」

「そっか……」


 あそこでたむろしていた不良たちは叩けば幾らでも埃は出るだろう。

 昔の仲間とはいえ、自分達の行いで警察に逮捕された為、同情はしないがどこか虚しさは感じていた。


「悟は?」

「お前が倒した奴は管理局の方で逮捕された。今回の事件で魔法を使っての殺人未遂は一件だけで、被害者も重傷を負ったとはいえ日常生活には支障のないレベルの怪我だ。そこまで大


きな罪に問われる事もないだろう」


 総真もその被害者が結愛の父親で、日常生活には支障はないとはいえ激しい運動は出来ず警察官としては致命的だと言う事は分かっているはずだ。

 それでも尚、総真はただ淡々と事実を述べている。

 今の結愛にとっては起こった事を冷静に受け止めるにはかえって良かった。


「お前も今日は公欠扱いになっているが、怪我の方は大した事は無いから目が覚めたらさっさと寮に戻るんだな」

 

 結愛は何度も悟の攻撃を受けていたが、怪我自体は大して事も無く入院の必要もないらしい。

 

「まぁ……アタシは氷川と違って体は無駄に頑丈に出来ているからな」

「俺は先に帰る」


 結愛が意識を取り戻した事を確認した総真は立ち上がると病室から出て行く。

 結愛が意識を取り戻しても顔色一つ変えなかったが、結愛は何となく総真は結愛の意識が戻るまで病室に付いていたのだと思っている。

 総真を見送り結愛は病院着から壁にかけられていた制服に着替えると病室から出る。

 すでに周囲には総真の姿はない。

 結愛は病院の外ではなく、父親の病室の方に向かって歩きはじめる。

 

「……父さん」


 結愛は父親の病室の前で足を止めた。

 まだ面と向かって話せるだけの踏ん切りは付いていなかった。

 それでも結愛はここに来た。


「父さんを病院送りにした犯人は管理局が捕まえたらしい」

 

 結愛は病室の扉に向かって話し始める。

 中の父親が起きているのか、聞いているのは分からない。

 それでも結愛は話す事を止めない。


「アタシは色々と迷惑とかかけて期待を裏切ったりもした……今では凄い馬鹿な事をして来たって思う。幾ら謝っても許して貰えるとは思ってない……風見ヶ岡学園に入って思い知った


よ。アタシにはスバ抜けた能力は無い。けどさ……そんなアタシにだってこの町を守る事くらいは出来ると思う。父さんの代わりにさ。だから……父さんは十分にこの町を守って来たよ


。それはアタシが良く知っている。後はアタシに任せて父さんはゆっくりと休みなよ」


 結愛はゆっくりだが、そう父に告げる。

 聞いているのか分からないが、自分の思いが否定されないかと不安で少し震えている。

 今まで散々好き勝手にやって来て、両親には色々と迷惑をかけて来た。

 今更許して貰えるかは分からないが、父の代わりに自分の生まれた風見市を守りたいと言う言葉に嘘偽りはない。

 自分の思いを告げて少しする。

 

「そうか」


 中からはその一言だけが帰って来た。

 たった一言だが、それでも結愛にとっては自分の思いを肯定して貰えた気がした。

 初めて親孝行ができたような気がして、泣きそうになるが結愛は必死に堪えた。


「結愛? どうしたの? こんなところで?」


 必死に堪えていると母親がやって来る。

 結愛は零れ掛けていた涙を拭う。


「母さんこそ。こんな朝早くに」

「今朝、連絡があってね。炎龍寺管理官から」


 自分の病室を出る時に時間を見たが、見舞いに来るには少し早い時間だった。

 それでも母親が父親のところに来た理由を聞いて結愛は思わず走りだした。












 結愛の意識が取り戻した事を確認した総真が病院から出て来る。

 少し歩くと病院の敷地内のベンチに真理が座っていた。

 総真は真理を一瞥すると立ち止まる。


「昨日はご苦労さん」

「俺は俺の仕事をしたに過ぎない。それよりも事後処理の方はどうなっている?」


 真理は一応総真を労うが総真には不要なようだ。

 

「問題ないわ。それよりもまた面倒なのに目を付けられたようね」


 真理の言う面倒だと言うのは昨夜遭遇したアドルフ教団の幹部の仮面をつけた男、ディスペルの事だろう。


「総真の交友関係は全うな人間が少ないけど、アレはマジでヤバいわよ」

「その筆頭はアンタだけどな」

「これは結構真面目は話しよ。ディスペル……絶望を名乗るだけあって私や総真とも対等に戦えるわ」


 直接対峙したからこそ、ディスペルの実力を真理はそう判断した。

 自分や総真の実力を色眼鏡なしで判断してもディスペルの力はそれに匹敵する。

 それだけの力を持った魔導師は世界にも早々いない。


「関係ないな。奴がどれけの力を持っていようとも奴は悪だ。ならばいずれ俺の炎で焼き尽くすだけだ」


 総真はそう言い切る。

 

「ほんと頼もしいわね。でもディスペルが絶望ならアンタは希望よ。分かっているでしょ。皆がアンタに期待して希望を託す。アンタはそれらを全て自分一人で背負わないといけない。


そして、それを背負い続けないといけない。覚えておきなさい。希望ってのは簡単に絶望にもなるって」


 炎龍寺家の跡取りとして総真は頭角を現している。

 そんな総真に周囲は多大な期待を寄せている。

 総真が居れば大丈夫。

 総真が居れは炎龍寺家は安泰。

 総真が居れば世界の平和は約束されている。

 様々な期待を総真は背負っている。

 ディスペルが絶望だと言うのであれば、総真は対極の希望だと真理は言う。

 だからこそ、総真が一度でも失敗してしまうと、総真に寄せていた希望は一気に絶望へと変わる。

 総真にはそれだけの物を背負わされている。

 一度背負った以上は、総真はそれらを一生背負い続けなければならない。

 背負う事を止める事も背負った物を下す事もまた、総真に希望を託した者達への裏切りへとなるからだ。


「今更、言われずとも分かっている。それがアンタ達の望みなんだろう」

「そうね。それが私達がそう育てたのだから心配はしていないわ。まぁ精々頑張りなさいな」


 真理はそう言って駐車場の方に向かって行く。

 総真も何事もなかったかのように歩き出そうとする。


「炎龍寺!」


 すると後ろから結愛が大声で総真と呼びとめる。

 総真は歩き出そうとしていたが、足を止めて振り返る。

 走って来た為、結愛は息を荒くしており、少したって息を整える。


「お前の親父さんから母さんのところに連絡があった」

「そうか」


 総真は結愛の言葉に相変わらず表情を変える事もない。

 今朝早く結愛の実家に総真の父親から連絡が来た。

 総真の父は警察の上層部で、交番勤務の結愛の父とは何も親交もない。

 結愛の母も何事かも思ったが、その内容に驚きこんな時間に父の元まで来て結愛と会った。


「親父さんから直々に父さんが退院後に警察学校の方で教鞭を執って欲しいってさ」


 電話の内容を要約するとそう言う事だった。

 怪我により激しい動きが出来なくなった結愛の父は警察官としては致命的で警察を退職せざる負えない。

 だが、総真の父は結愛の父を警察学校で教官になって欲しいと打診して来た。

 

「そうか」

「お前だろ? 父さんの事を親父さんに言ったのは」


 父親同士は一切の親交は無い。

 ただの交番勤務である結愛の父が事件に巻き込まれて怪我を負ったところで、総真の父には事件で警察官が一人負傷したと言う程度の事しか伝わらないだろう。

 にも関わらず、総真の父が直接連絡を入れて来たとなれば、間に総真が入ったとしか考えられない。


「ああ。お前の父君の勤務態度を調べた結果、このまま退職させるには惜しいと判断して父に伝えた。父の方でも俺と同意見だったのだろうな」


 総真は結愛が意識を取り戻す間に色々と調べた。

 結愛の父親は大事件を解決するなどの輝かしい功績を残している訳ではないが、勤務態度は非常にまじめで同僚や勤務している交番付近の住人からの評判も悪くは無かった。

 それらを考慮した結果、それらを次世代の警察官に教える事は必要な事だと総真は判断して、父にその事を伝えた。

 そして、総真の父親もその事を認めて警察学校の方に教官として推薦したいと今朝連絡をした。


「なんで……ウチの父さんはお前の所とは違って真面目だけが取り柄なのに」

「勘違いするなよ。俺は別に憐みや同情で父に伝えた訳ではない。お前の父親にはまだ使い道があると判断したに過ぎない」


 これが本当に何の取り柄も無く、ただ交番に勤務しているだけの警察官であれば総真は何の躊躇いも無く不要な存在として何一つ行動を起こす事もない。

 少なくとも、結愛の言うように真面目だけが取り柄である父のこれまでやって来た事を必要だと思ったからこその行動であって、そこに総真の個人的な感情は含まれてはいない。


「けど! どんなに頑張って来ても誰も見ていてくれなければ報われない事だってあるんだ。だから……アタシの父さんのやって来た事が無駄じゃなかったって警察のお偉いさんにも認


めて貰えたのはお前のお陰なんだよ」


 総真にとっては当たり前の事かも知れない。

 それでも今まで地味で大して認められる事のなかった父親が警察官としてして来た事がようやく認められた。

 結愛にとっては父親がして来た事が無意味ではなかったとされた事は十分に意味のある事だ。


「だからアタシからも礼を言わせて欲しい。サンキューな」


 結愛は深々と総真に頭を下げる。

 

「んじゃ。帰るか。アタシも色々とやらなきゃいけない事もあるしな」


 結愛は頭を上げる。

 

「お前もそんなところで突っ立ってないで帰ろうぜ。アタシ達の寮へさ……総真」


 結愛は総真を追い抜いて総真もそれに続く。

 総真の先を歩く結愛はどこか晴れ晴れとしていた。

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