第17話

総真と共に父親に重傷を負わせた相手を探す為に町に出た結愛は手始めに、顔見知りを締め上げる事にした。

 風見ヶ岡学園に入学する事が決まってからは一切の連絡を切っていたかつての仲間だが、行動パターンは以前と変わる事も無く、結愛はすぐに見つける事が出来た。

 彼らにとっても結愛は仲間から抜けたいわば裏切り者でもある為、声をかけた結愛に対してもお世辞にも友好的とは言えず、中には明らかな敵意を向ける者もいた。

 結愛も始めからすんなりと情報を聞き出せるとは思っていない為、実力行使に出る事となった。

 数分後、辺りには不良たちが転がっていた。

 元々腕っぷしには自信があり、学園で総真を相手にして来た結愛にとっては不良が数人程度では魔法を使う必要すらない。


「たく……こっちはゆっくりする気は無いってのに」


 結愛は近くでまだ意識のある不良の襟元を掴んで立たせる。

 手も足も出せずに伸された不良は明らかに怯えている。


「もう一度聞くが、今日、この辺りで起きたって暴力事件にアイツは関わってんのか?」

「……そうっすよ。リーダーは自慢気に話してました! 警察の野郎と病院送りにしたって!」


 問い詰めらた不良は半ば自棄になって叫ぶ。

 ここまでやられてまで庇い建てするほどの仲間内での繋がりは深くはないのだろう。


「そうかい……」


 目的の情報を聞き出した結愛は掴んでいた手を離すと不良たちは一目散に逃げていく。

 それを結愛は追う事も無く、同行している総真も気にした様子はない。


「炎龍寺。いきなりビンゴだったよ」

「そうか」


 総真は短く答える。

 結愛も心当たりを片っ端から当たる気だったが、運が良かったのか知りたい情報はすぐに掴む事が出来た。


「それで奴らの頭の居場所は分かるのか?」

「まぁな」


 目的の相手は結愛も良く知っている相手で、恐らくは今でもたむろしている場所も変わってはいないだろう。

 結愛は総真と共に目的の場所を目指して歩きはじめる。


「……何でこんな事になったんだろうな」


 目的地への道中、結愛はポツリとこぼす。


「アタシの家さ、父親は警察官で母親は管理局に勤めてるんだよ。つっても炎龍寺のところとは違って父さんは交番勤務で、母さんは事務員なんだけどさ」


 総真は母親が魔導師の名門一族である炎龍寺家の現当主である事は有名だが、炎龍寺家当主の夫、つまりは総真の父親は代々警察の幹部を排出している家の出だ。

 現在は総真の父も警察の上層部であり、結愛と同じ警察関係者の父と管理局勤務の母を持つが、その立場は雲泥の差だ。


「それでもアタシは小さい頃は父さんの事がカッコよく見えて、両親もアタシはゆくゆくは警察か管理局で活躍する事を期待してた」


 両親は魔導師となり得る魔力を持っていなかったが、結愛は風見ヶ岡学園に入学できるだけあった、幼少期は同年代の子供達よりも魔力の量は多かった。

 基本的には魔導師としての素質は総真のように名門一族のように親から受け継ぐ事が多いが、両親が平凡な家庭でも子供がそれなりの魔力を持って生まれて来る事は珍しくはない。

 魔導師としての素質を持って生まれた結愛は両親にとっては自慢の娘で将来に大きな期待を抱くのも当然の事だった。


「小さい頃から厳しく育てられてさ……いつの間にか両親の期待がアタシの中では重荷になって来たんだよ」


 平凡な両親から魔導師になり得る素質を持った娘。

 親がそんな結愛に期待を持つ事は当然の事で、結愛自身もその期待に応えようとするのも当然の事だった。

 

「それに加えて、アタシには弟がいるんだよ。その弟は無駄に頑丈なアタシとは違って生まれつき体が弱くてさ。両親は弟には甘かった。で……それを見ていたアタシは見事にグレたって訳」


 結愛の両親は体の弱かった弟に対しては結愛のように厳しく躾ける事もなかった。

 それを見ていた結愛は次第に自分よりも弟の方が大事なのではないかと思うようになり、そして不良グループとつるむようになって行った。

 

「仲間と好き勝手にやってる時はさ……嫌な事を全部忘れられて気分も良かった。だけど、アタシ達は調子に乗り出した。アタシは少し魔法も使えたから一度だけ喧嘩で魔法を使った事があるんだよ。そしたら凄いのなんのって数時間後には真理さんに捕まってた」


 不良グループとつるむようになり、元々腕っぷしの強かった結愛はグループの中でも中心的な立場を得た。

 結愛も喧嘩では魔法を使う事もなかったが、ある日結愛は喧嘩で魔法を使ってしまった。

 魔法管理法には魔導師が非魔導師に対して魔法を使った場合、いかなる理由があっても正当防衛が認められていない。

 不良同士の喧嘩であろうと、魔法を使った結愛はすぐさま真理によって捕まった。


「その時に父さんに初めて殴られた。今までどんなに厳しくされても殴られた事は一度もなかったのに。アタシも喧嘩で殴られる事は何度もあって慣れているつもりだったけど、父さんに殴られた時が一番痛かった事を今でも覚えてる」


 両親は結愛を捕まえた真理に何度も頭を下げていた。

 その時は結愛も未成年で初犯と言う事や、相手の怪我も大した事は無かった事もあって、大事にはならずに済んだ。


「それがきっかけでアタシも少しは真面目になろうとして、風見ヶ岡学園の魔法科を受験する事にした。けど……父さんはそれに対して何も言わずに受験の費用とかを用意するだけでさ……その時、思ったんだよ。もう父さんはアタシに何も期待してくれないんだって」


 その時、結愛は自分のしてきた事の重さを思い知った。

 結愛がした事は魔法の不正使用だけではなく、今まで自分に対して期待してくれていた両親の信頼すらも裏切ったという事をだ。

 

「今なら昔のアタシがどんだけ馬鹿だったか良く分かる。だから、アタシが罰を受けるのは仕方が無い! けど、父さんは関係ない! 父さんはクソ真面目に働いていただけなのに! 何で!」


 結愛は感情を爆発させて、総真に問い詰める。

 一方の総真は相変わらず表情を全く変える事無く、ただ結愛の話しを聞いているだけだ。

 それが、結愛の感情を逆なでする。


「それは違うな」


 不意に総真が口を開く。


「お前は確かに過去に過ちを犯した。だが、お前の罪は裁かれやり直すチャンスを得た。お前も過去の過ちに気が付き、悔いて罰を受けて償おうとしている。だからお前がこれ以上、罰のは不当だ」

「……んだよ。真面目に返しやがって」


 結愛は少し気恥ずかしくなりそっぽを向く。

 ここまでの事は斗真たちにも話した事は無い。

 自分でも何故、総真にここまでの事を話したのかは分からない。

 

「そして、お前は間違えたからこそ、それで失うものの大きさを知っている。それは誰もが知っている訳ではない」


 結愛は道を踏み外した。

 それで失ったものは大きいが、それ故に間違いを犯した時に失うものがどれだけ大きいか分かっている。

 だからこそ、将来的に魔法管理局で働くにあたり、道を踏み外したものや外そうとしている者に親身になる事も出来るだろう。

 それは間違えたからこそ出来る事だ。

 そう言う意味では結愛が間違いを犯した事にも意味があると言えた。


「少なくとも、常に正しく完璧である事を求められている俺には一生得る事の出来ない事だ」


 炎龍寺総真は天才だ。

 それは誰もが認める事で自分でも分かっているだろう。

 そして、炎龍寺家は世界を動かす程の力を持っている。

 炎龍寺家の跡取りである総真はその才能が故に多くの事を期待されているのだろう。

 その期待は結愛の比ではない。

 総真は幼少期から周囲の期待を一身に受けて、その期待を裏切らずに応えて来たのだろう。

 これからも炎龍寺家次期当主と言う生まれながらに敷かれたレールの上を寸分違わずに走り続けると言うのが総真の人生なのだろう。


(そりゃ強ぇ訳だよ)


 周囲からの期待を全てに応じ敷かれたレールを走り続ける。

 それをこれかも続けていくのだろう。

 それこそが炎龍寺総真の強さなのだ。


「何をしている。行くぞ」

「ああ! 今行く!」


 結愛は頭を切り替えて総真を追いかける。











 二人は風見市の中でも珍しく古い倉庫街に来ていた。

 繁華街からは余り距離はないが、今では余り使われていないのか不良のたまり場となっている。

 結愛も昔はこの辺りを仲間と共に根城にしていた。

 人気も無く、古い倉庫に色々な物を持ち込んで小さいながらも自分達の城としていたのは今では懐かしく感じる。

 だが、そんな感傷に浸っている場合ではない。


「本郷。この中にいるか?」

「……いねぇな」


 二人の前には大勢の不良がいた。

 結愛も目的の人物を探すに辺り、目立たずに探そうと考えていたが、総真がこの程度の相手なら隠密行動を取る必要はないと言った。

 不良の中には結愛も見知った顔も多いが、顔の知らない者も多い。

 軽く見ただけだと目的の人物はいない。


「結愛さんじゃないっすか。どうしたんですか? こんなイケメンを連れ込んで」

「もっと奥に行けばナニしても誰も聞かれませんよ!」


 向こうも結愛の事は知っているらしく、当時とは変わらない声をかけて来る。

 あの時とは違い、今は彼らの言葉が酷く鬱陶しく思える。


「そうか。こいつらの処理は俺がやる。お前は目的の相手を見つけて蹴りを付けて来い」


 総真は彼らの言葉等全く聞いていないのか、一切相手にする事は無く、結愛にそう言う。


「良いのかよ? お前ひとりで?」

「問題ない。この程度の奴らなら何人束になろうと魔法を使う事もない」

「あっそ」


 彼らは魔法を使えない一般人だ。

 そんな相手に魔法を使って応戦すれば、総真は一発で魔法管理局逮捕される。

 総真の強さは結愛は身を持って体験しているが、魔法が使えないとはいえ、これだけの数の不良を相手にするのは厳しいとも思ったが、どうやら何も問題はないらしい。

 結愛もここで総真と議論す時間も惜しい為、その場は総真に任せて奥へと走り出す。


「全く……あの人も警察の方に借りを作っておきたいからと面倒を頼む」


 総真はそう呟きながら、ゆっくりと不良たちの方へと歩き出す。

 一方の不良たちの方は状況を余り呑み込めてはいない。


「だが……どの道相手は屑どもだ。問題はないか」

「あ?」


 不良たちも状況は呑み込めないが、総真が自分達に喧嘩を売っている事は何となく理解した。


「来い。お前達屑どもに時間を使うのも惜しい」


 それが決定的な引き金となり、不良たちは普段の喧嘩で使っている武器を取りだす。

 そして、不良たちは一斉に総真に襲い掛かる。

 不良たちの誰もがその時点では武器を持たず一人である総真を一方的にタコ殴りにすると思っていた。

 しかし、その数分後には全員が地に伏せる事となる。









 総真に後を任せた結愛は走り続けた。

 目的地はリーダーだった男が自分の専用の部屋に使っていた場所だ。

 ここまで来ても結愛は嘘であって欲しいと言う気持ちが残されている。

 かつての仲間が自分の父親に大けがを負わせたと思いたくはない。

 だが、結愛の希望も打ち砕かれた。

 

「……悟なんだよな」

 

 結愛はグループのリーダーだった男、悟を見て動揺を隠せなかった。

 部屋の中には確かにリーダーの悟がいるが、雰囲気が違っていた。

 結愛が居た頃は悟は喧嘩っ早いが、自分達のように家や学校で馴染めなかった連中のリーダーとして面倒見の良い兄貴分だったが、今ではその面影もない。


「よぉ……結愛。コイツはすげぇな」


 悟からは明らかに魔力を感じる。

 結愛の知る限り、悟は腕っぷしは強かったが、あくまでも一般人で比べるとで魔力は魔導師になれる程ではなかった。

 だが、目の前の悟は明らかに自分と同等かそれ以上の魔力を感じる。

 

「アンタが警察官をボコったって聞いて来た」

「ああ……どうだったかな? けどよ。この力なら警察だろうと怖くねぇな」

「そうかよ」


 結愛にはそれだけで十分だった。

 結愛は拳を握り構える。

 それが自分と戦う気だと言う事は悟も気づきにやりを笑う。

 

「これ以上、罪を重ねる前にアタシがアンタを止める」

「止める? クッククック……おもしれぇ! お前もぶっ壊してやる」


 悟は持っていた錠剤を口に含むとバリバリと噛み砕く。

 それと同時に悟の魔力が一気に跳ね上がる。


「んな物にまで手を出してたのかよ!」


 結愛は悟が飲んだ薬がどういう物なのかは知らない。

 だが、結愛たちはつるんで悪さをしていたが、薬物にまで手を出す事は禁じられていた。

 非行に走っていた結愛たちでも薬物のヤバさは理解していたからだ。

 しかし、その一線も悟は超えていた。


「これがあれば何も怖くねぇ! サツだろうと親だろうとぶっ壊せるんだからな!」


 悟は近くに置いていた鉄パイプを掴む。

 先に仕掛けたのは結愛だった。

 一気に距離を詰めて拳に火を纏わせて殴りかかる。


「おせぇな」


 結愛の先制攻撃はあっさりと悟の持つ鉄パイプで受け止められた。


「そして軽いな」


 軽々と結愛の攻撃を受け止めた悟は結愛の腹を思い切り蹴り飛ばす。


「ぐっ!」


 蹴り飛ばされた結愛は壁に叩き付けられる。

 何とか息を整える結愛に悟が追撃の蹴りを繰り出すが、結愛はギリギリのところでかわす。

 悟の蹴りは壁を粉砕する。

 あのまままともに受けていれば結愛も一溜りは無かった。


「なぁ……結愛。この力を得て分かったんだよ。お前……実は弱かったんだな」

「……知ってるよ」


 当時の結愛は魔法を使わずとも周囲の不良を相手に喧嘩では負け知らずだった。

 それで自分は強いと思っていたが、その強さも意味はないと思い知らされた。

 

「アタシ等はただ気に入らない物をただ否定するだけで向き合う事も逃げる事もしなかった。だから弱いんだよ」


 今だからこそわかった事がある。

 かつての結愛は親からの期待に対して、正面から向き合う事はなかった。

 同時に逃げる事もしなかった。

 本当に期待が重圧ならそれが嫌なのだと親に言って期待から逃げる事も出来たが、どうせ無理だと逃げる事もなくただ否定していた。

 それが理不尽だと思っていたが、本当の意味での理不尽は自分ではどうしようもない事だ。

 自分では関わる事も出来ない場所で勝手に決められて、それ従うしかない。

 そんな理不尽に比べれば自分の行動次第でどうにも出来る事など理不尽でもなんでもない。


「……変わったな。いや、違うか……変わったのはアタシの方か……だからアタシは負ける訳にはいかねぇんだよ」

 

 結愛は再び悟に向かって行く。

 結愛の攻撃は悟の鉄パイプで攻撃を受け止めて、蹴り上げる。

 その攻撃を結愛は何とか防ぐが、そこから鉄パイプで何とも殴りつけて来る。

 

「はっ! 大層な事を言ってもその程度か! 壊し甲斐がねぇぞ」


 悟の蹴りをガードするが、結愛はガードしきれずに吹き飛ばされて地面に叩き付けられる。


「ってぇ……」


 何とか立ち上がるも、ダメージは確実に蓄積して視界が歪んでいる。


(流石にこれ以上は不味い……)

「どうした? 終わりか? 結愛」

「うっせぇな……」


 ボロボロになりながらも、結愛には心のどこかではまだ余裕が残されていた。

 風見ヶ岡学園で結愛も実戦を経験している。

 攻撃の通らない得体の知れない相手、元管理局の特殊部隊の相手。

 そして、圧倒的な力を持つ相手。

 それらに比べるとただ気に入らない物を壊すだけでの今の悟の事は大したことは無いように見えるからだ。

 とはいえ、このままではその程度の相手にすら勝てない。

 一瞬、総真の増援も考えたが、それをすぐに払う。

 総真なら悟を相手にしても、いつも通りの無表情で軽く倒すのだろうが、ここで総真を頼ってしまえばこれから先も危なくなると総真を頼ってしまいそうだ。


(考えろ……アタシがあそこでやって来た事は無駄じゃなかった筈だ)


 風見ヶ岡学園に入学してからの事を思い出す。

 まだ1か月程度だが、結愛の自信を打ち砕く事ばかりだ。

 それでも、その経験は結愛にとっては無意味な時間ではなかった。


(やるしかないよな)


 結愛は立ち上がり拳を握る。

 結愛には戦闘中に作戦を立てる程の頭もなければ経験もない。 

 出来る事は今までの経験をここで出すだけだ。

 覚悟を決めて結愛は悟へと突っ込んで行く。


「はっ! ぶっ壊れろ!」


 悟は突っ込んで来る結愛に目掛けて鉄パイプを振り下ろす。

 それを結愛は避ける事も受け止める事もなかった。

 振り下ろされた鉄パイプは結愛の顔面を捕えた。

 攻撃が綺麗に決まり、悟はにやりとする。


「っ……」

「なっ!」


 だが、よろけたのは悟の方だった。

 結愛は悟の攻撃を敢えて受けた。

 同時に左の拳を悟の脇腹に打ち込んだのだ。

 これは総真との戦いを自分なりに真似ての事だった。

 総真じゃ相手の攻撃を最低限の動きでいなして同時に攻撃を打ち込む。

 結愛にはそんな器用な真似は出来ない為、攻撃を受ける覚悟で同じ事と行った。

 当然、結愛にもダメージはあるが、受ける覚悟は出来ていた結愛よりも攻撃をした悟の方がよろけた。


「悟……歯ぁ食いしばれぇぇぇぇ!」


 結愛はこの最大のチャンスを逃がす事は無かった。

 右の拳に魔力を最大限に集めると、悟の顔面を目掛けて最後の一撃を繰り出す。

 想定外の攻撃を受けた悟には、すぐに立て直す事は出来ない。

 結愛の拳は悟の顔面を捕える。


「がぁぁぁぁぁ!」


 結愛は力の限り拳を振り抜き、悟を殴り飛ばす。

 悟は回転しながら部屋に持ち込んだ机の上に叩き付けられて机は跡形もなく粉砕される。


「これで少しは懲りただろ」


 悟は完全に気絶しており、立ち上がる気配はない。

 悟が立ち上がらない事を確認した結愛だが、次第に視界が暗くなる。

 受ける覚悟を決めていたとはいえ、悟の攻撃を顔面で受け止めているのだ、結愛のダメージは相当な物で最後の一撃は完全に気合で意識を保っていた。

 悟に勝利して緊張の糸が切れた結愛は膝から崩れ落ちて倒れそうになる。

 だが、それをいつの間にか部屋に入っていた総真が受け止める。


「良くやった」

 

 総真はそう言うが、結愛は完全に気を失っており総真の言葉は聞こえていない。

 気を失った結愛を総真が背負う。

 遠くからはサイレンの音が近づいている。

 総真が部屋から出るとそこには真理が立っていた。


「首尾は?」


 総真は驚く事もなかった。

 元々、総真が結愛に同行したのは真理の指示があったからだ。

 管理局よりも元仲間の結愛の方が犯人グループの居場所を特定しやすいとの判断からだ。

 そのもくろみ通り、結愛はここまですぐに辿り付いた。

 それを総真は結愛に気づかれないように真理に伝えていた。


「上々よ。アンタが動いてくれたおかげで向こうは慌てて手を引いてくれようとしたのは見事だけど、相当焦っていたみたい」

「そうか」


 総真が結愛に同行した事で、悟に薬を撃っていた売人はすぐに逃亡しよう動き出した。

 今までは管理局や警察の目を欺けばよかったが、炎龍寺家の跡取りである総真が動けば最悪、炎龍寺家を相手にしなければならない。

 向こうも流石に炎龍寺家を相手にする気は無いと言う事だ。

 更にはそこまでの相手が出て来る事自体が想定外だったのか、今まで尻尾を殆ど見せなかったが、管理局の方でも補足する事が出来た。


「この中の奴はこちらで確保する。その他の連中は向こうで寝ている。そいつらは警察に引き渡すのだろう?」

「まぁね。多少は警察にも借りは作っておきたいからね」


 警察と魔法管理局はどちらも犯罪者を追い逮捕する事には変わりはないが、両者は余り仲は良くはない。

 上層部では持ちつ持たれつの関係を築いているが、現場ではトラブルも起きている。

 魔法管理法により魔法の関わる事件は全て魔法管理局の管轄と決められている。

 警察からすれば自分達の捜査している事件を魔法が関わっていると言うだけで、管理局に持っていかれて自分達が捜査から外されるのだ。

 管理局の事を良く思わないのは当然の事だ。

 中にはそれを避ける為に自分達で事件を解決する為に魔法が関わっている事を意図的に隠して捜査したり、捜査から外されても不当な圧力には屈しないと独自に捜査を続ける者も少なからずいる。

 それは管理局からすれば情報を秘匿されて、状況が悪化する危険性や捜査の邪魔になる為、良く思わない。

 そう言った事が重なり、現場では互いに敵視する事は少なからず起きている。

 特に今回は警察官が被害者である為、警察としては躍起になって犯人を追っている。

 だからこそ、真理は魔法を使った悟だけは自分達で確保して、彼の仲間のグループは警察に逮捕させる手段を取った。

 主犯こそは逮捕出来ないが、犯人グループを逮捕させる事で警察の方でも最低限の面子は保たれるのと同時に、犯人グループの逮捕を譲ったとして真理は警察に対して借りを作る事になり、今後の捜査をやり易くする事も狙いだ。


「連中は叩けば幾らでも埃は出るだろうし」

「そんな事は後だ。売人の方はどうなっている?」

「風見市から逃げる気だったみたいだから、風見山に追い込んでいるわ。あそこなら多少の無茶も聞くわ」

 

 捜査を総真と結愛に任せている為、管理局は薬を売りさばいていた売人を追い詰める事に力を入れる事が出来た。

 検問等を駆使すれば、売人の逃亡ルートを操作して風見山まで追い込んだ。

 風見山なら多少の戦闘行為を行っても被害は少ない。

 それを見越しての事だ。


「俺はコイツを病院に連れて行く。アンタは先に風見山に向かって追い詰めて置いてくれ」

「はいはい。だけど、なるべくゆっくりで良いからね。それまでは私が好きにさせて貰うから」

「了解した。可能な限り早急に合流する」


 後の展開はすでに総真と真理の中では打ち合わせ済みだ。

 総真と真理は分かれ、総真は悟との戦闘で負傷した結愛を病院まで連れて行き、真理は結愛に倒された悟を確保して風見山に向かう。

 その後、総真の通報により到着した警察により、総真に伸された不良たちは警察に補導され、違法魔法薬を巡る騒動は最終局面へと移行する。

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