第16話
林間学校も終わり、風見ヶ岡学園魔法科でも林間学校での出来事が無かったかのように通常の授業が始まっていた。
生徒達の大半は斗真たちE班が遭難しただけだと言う説明を受けて、爆発を初めとして色々と納得が行かない部分もあったが、学園側からの説明を受け入れていた。
当事者の斗真たちもあそこで起きた事は口止めされて、鷹虎の過去に関係して来る為、斗真たちも無暗に誰かに話す気にもなれなかった。
この一件で負傷した鷹虎だが、傷の方は見た目程酷くは無く、元々傷の治癒も普通の人間よりも早い為、次の日には傷もほぼ完治する程だ。
美雪も目立った傷は無かったが、念の為に実家の病院に検査入院する事となったが、検査でも体には異常は見られなく数日で退院する事が出来そうとの事だ。
「しっかし、氷川がここのお嬢様だったとはな」
班を代表して斗真と結愛が美雪の見舞いに来た帰りに結愛が不意にそう言う。
結愛も風見市の生まれである為、氷川病院の事は知っていたが、同じ氷川姓を持つ美雪が病院の院長の娘だったとは気付いていなかった。
「俺も話しには聞いていたがこの病院って無茶苦茶デカいな」
一方の斗真も氷川病院の大きさに驚いていた。
氷川病院は斗真の知る一般的な病院よりも一回り以上大きい。
患者の入院スペースだけでなく、魔法医療の研究施設も併設されている事も要因の一つだろう。
元々はそこまで大きな病院ではなかったが、美雪の父である総次郎の代になってから急激に成長し、今では魔法医療に関しては国内ではトップクラスとすら言われている。
そこまで急激な成長を遂げた大きな要因は炎龍寺家との繋がりだと噂されているが、真相は闇の中だ。
「結愛が居なかったら迷子になってたな」
「まぁ……ここにはアタシも少し詳しくてな」
院内には案内表示があったものの土地勘のない斗真では美雪の病室まで辿り付くには時間がかかったが、一緒に来ていた結愛の案内があって迷う事無く二人は美雪の病室まで行く事が
出来た。
斗真には結愛は病院とは無縁な気もしたが、余り突っ込んで聞いて欲しくはないと言う雰囲気がした為、斗真も余り深くは聞かない。
「ん?」
歩いているとふと結愛が立ち止まる。
「どうした?」
「いや……気のせいか。あの人がこんなところにいる訳もないか」
結愛は視線の端に真理を見たような気がしたが、周囲を見渡しても真理の姿はどこにも無く、結愛も真理が病院とは無縁な印象を持っていた為、気のせいだと思った。
「何でもないって。それよりも早く帰ろうぜ。今日も炎龍寺に練習相手を頼んでいるしな」
こんなところに真理がいる訳もないと判断して、結愛もすぐに斗真の方へと歩いて行く。
今はそんな事を気にしているよりも見舞いも済ませた為、早いところ学園に戻りもはや日課となっている総真との模擬戦の事を考えていた。
結愛が真理を見たのは見間違いでもなんでもなかった。
風見山での一件の事後処理を済ませた真理は氷川総次郎から以前に総真を経由して依頼した薬の鑑定の結果が出たと知られた。
今回も総真に頼もうとしたが、総真は拒否して渋々自分で聞きに来た。
世間話すらせずに真理は早々に結果だけ来て足早に病院から立ち去ろうとしたところを偶然、結愛が見かけた。
真理は結愛に気づく事も無く、病院を出ると車を止めている駐車場に向かう。
止めている車には真理の神器であるヴェスタと総真が待っていた。
真理が結果を聞きに行っている間は二人きりだが、真理の予想では二人の間には一切の会話は無かっただろう。
ヴェスタは人の姿をしているが、総真は昔からヴェスタの事は人としては扱わず、あくまでも師が所有している武器として扱っている。
ヴェスタ自身はそんな総真の扱いに不満はないが、昔からヴェスタも性格的に総真は生意気だと毛嫌いしている。
事あるごとに総真に突っかかるも総真は全く相手にしない。
それが昔から変わらない総真とヴェスタの関係だ。
「結果は?」
真理が戻り車を走らせると総真が開口一番そう切り出す。
ヴェスタは総真と二人だけだった事で未だに機嫌が悪く、話しに興味を示さない。
「中々面白い事になって来たわ」
真理は少し冗談交じりに言うが、後部座席に座る総真とバックミラーでちらりと見ると、総真と鏡越しで目が合う。
その目は冗談を言わずにさっさと結果を話せと物語っており真理も軽くため息をついて話し出す。
「……服用者の魔力を増強させる魔法薬よ。当然、未認可のね」
魔法薬とは一般的な薬と大差はないが、生成に魔法が使われているか、魔法に関係する類の薬の総称だ。
魔法薬は通常の薬よりも遥かに厳しく制限がかけられている。
それは魔法薬に限らず魔法の医療分野へと関わりそのものが厳しく制限されている。
魔法を医療分野に応用すれば、多大な成果を上げられるとされているが、魔法管理局はそれを良しとはしていない。
単純に傷や病気の治りを良くする程度なら問題はないが、魔法の医療分野への関わりの究極は人が死ななくなるか、死んでも生き返らせる事が出来るかだろう。
それだけなら人が理不尽に命を落とす事を回避できるかも知れないが、それが当たり前になってしまうと命の尊さが失われてしまう危険性を危惧しての事だ。
その為、魔法薬を含めた医療への魔法の関わりは魔法管理局が厳しく制限していると言う訳だ。
「出所は?」
「それが分かれば苦労なないわ」
真理もこの薬の出所は調べているが、それが分かっていればとっくに叩き潰している。
「まぁ……この手の犯罪は大抵教団が関わっていると見て良いでしょうね」
「教団か……」
真理も出所は分かっていないが、ばら撒いている相手には心当たりがあった。
真理の言う教団とはアドルフ教団であると言う事は総真も一々確認はしない。
アドルフ教団は始まりの魔法使いであるアドルフ・アークライトを絶対的な神として崇めている集団だ。
その最大の特徴は魔法は自由であるべきだと言う所にある。
魔法は誰もが自由に使う事が許されて、魔導師は制限されるべきではないと主張している。
それは魔法や魔導師を徹底的に管理している魔法管理局とは対極の存在と言える。
現在は多くの教団員を抱え、管理局と対立している組織の中では最大級だ。
教団の教祖はアドルフ・アークライトの血を受け継ぐ者だと言われているが、管理局でも教団の幹部は数名判明しているものの教祖に関しては未だに情報を掴めていない。
魔法至上主義者の集まりである教団ならば独自に魔法の源である魔力を増強させる薬を開発し、実験としてばら撒くと言う事もやりかねない。
「これのヤバいところは魔導師でなくても魔力さえ持っていれば効果が出るって事よ」
真理は珍しく真剣な表情をしている。
それだけこの薬がヤバい代物だと言う事だ。
魔力は人が誰しも持っている物だ。
真理や総真を初めとして魔導師は一般人よりも生まれつきや鍛錬により多くの魔力を持ち、それを扱う。
だが、この薬を飲めばそれだけである程度のレベルの魔導師と対等の魔力を持つ事が可能となる。
魔導師は日々の鍛練で自身の魔力をコントロールする術を学んでいるが、碌にコントロールのやり方を知らない者がこの薬を飲んで魔力を増強させればとんでもない事になる。
自身の魔力を制御しきれずに暴走させて周囲に多大な被害を出すか、魔力を完全に使い切るかが起きり得る可能性としては高い。
魔力を暴走させる事も危険だが、魔力を完全に使い切ると言うのも危険性が高い事だ。
魔力は未だに研究途中ではあるが、一般的に生命エネルギーのような物だと言うのが学者たちの共通意識だ。
それにより魔導師は一般人よりも身体能力が高い事も珍しくはない。
魔導師が魔力を消耗した場合、体力が著しく低下し、完全に使い切った場合、衰弱し最悪の場合、死に至る事も確認されている。
だからこそ、魔導師は自身の魔力の総量を正しく把握し、使える魔法と使用時に減少する魔力量等を体で覚え込む。
「すでにこの薬を服用した悪ガキどもが暴れて被害が出たって報告もないっているわ。人様に迷惑をかける悪ガキとはいえ、これ以上の被害者と出す訳には行かないわ」
普段の真理は仕事こそきちんとこなすが、基本的にまじめには見えない。
だが、被害者に子供が絡んで来ると普段よりも真剣になる。
その理由は総真も聞いた事は無いが、今回も薬が町の不良を中心に出回っている事から真理もやる気に満ちている。
「教団と言えばアンタ、エルヴィナとやり合ったのよね?」
「アンタもだろ」
「そうね。その時に何か言ってなかった? エルヴィナの雇い主は今は教団の関係者らしいし」
教団が違法魔法薬をばら撒き、同じ町で教団に雇われているエルヴィナがいたと言う事は少なからず関係している可能性はある。
真理は交戦したと言っても、すぐに逃げられている。
「さぁな。あの女が雇い主や重要な情報を易々とは漏らすとは思えんな」
「まぁね」
真理もエルヴィナが重要な情報をうっかり総真に漏らしている可能性はさほど考えてはいないのか余り落胆した様子はない。
「彼女は八神雛菊が作った生体兵器を連れてたんでしょ?」
「ああ」
「確かアンタのところよね。その違法部隊を潰したのは?」
真理も直接かかわっていた訳ではないが、当時の資料は一通り目を通している。
八神雛菊は管理局の職員としての立場を利用して、身寄りのない子供を集めては人体実験を行っていた。
それにより生み出された生体兵器を特殊部隊として運用していた。
だが、それも内定調査を行っていた炎龍寺家により発覚して、壊滅させられた。
「ああ」
「で、残った生体兵器は回収してたんでしょ?」
「その筈だったが、俺の方で調べた限り、保護していた一部が上がって来た報告とは違い行方を暗ませていた。今回、遭遇したのはそんな奴らだろうな」
炎龍寺家は生体兵器へと改造された被害者の子供達を保護して今後の生活の補助を行っている。
同時に再び違法組織等に属して犯罪やテロに加担しないように監視を続けていた。
今回、本来は監視中の筈の澪や雄志が居た事から総真も定期的に報告されている情報を調べたところ、報告の一部が虚偽であり元聖獣騎士団の何人かが行方知れずとなっていた事が分
かった。
そして、それらを報告していた管理局局員を調べたところ、その局員の行方も分からない。
「内部に情報操作をしていた奴がいるって訳ね。まぁ、管理局も大きいからスパイが入り込む事を阻止する事は無理だしね」
魔法管理局の内部にも教団のシンパは少なからず入り込んでいる。
内部調査を行っているが、完全に排除しきれないのが現実だ。
「確か総真の学園にもいたわよね?」
「大神鷹虎と鳳香羽か」
元聖獣騎士団のメンバーの何人かが行方を暗ませている。
現在確実に所在を確認できる中には総真の通う風見ヶ岡学園の生徒が二人。
一人は総真と同じ魔法科の一年生である鷹虎ともう一人。
総真たちの2つ上である魔法科三年生である鳳香羽だ。
「その二人には最近怪しい動きはないな」
少なくとも風見ヶ岡学園に入学してから総真は二人の動きに関しては全て把握している。
総真が知る限りでは二人に怪しい行動は見られない。
「そっか……まぁアンタがそう言うなら確かでしょうね」
真理も総真の言う事であればそれは確実なのだと疑う気はない。
「けどさ。彼らがどれだけ束になってもアンタを殺れるだけの力があるとは到底思わないけど、幻獣騎士団の元メンバーが独自に動いているとなると気を付けた方が良いんじゃない?
彼らにとっては炎龍寺家の中でも最も憎い相手の筈だしね。なにせ彼らの団長を殺したのはアンタなんだから」
真理も当時の事件資料は見ている。
その中には意図的に隠されている情報も多い。
それらも含めて真理もある程度の情報は知っているようだ。
総真は真理に対して何も言わない。
総真が何も言わないと言う事はどんな手を使っても話す気が無いと言う事を真理は嫌と言う程知っている。
真理もそれ以上は何も言わずにただ車を走らせる。
総真が真理と会っている頃、鷹虎は風見市内の公園のベンチで一人ボーっとしていた。
鷹虎自身ぼんやりと何もしない時間は好きだが、普段は寮の屋上でしているが、今日はわざわざ公園まで出向いている。
尤も気分転換や何となく公園まで来た訳ではなく、人と会う約束をしており、今はその相手を待っている。
「久しぶり。鷹虎」
ボーっとしていた鷹虎に一人の女が声をかけて来る。
鷹虎よりも少し年上で、鷹虎も声をかけられて驚いた様子もない。
鷹虎が会う約束をしていた相手こそ、奇しくも総真と真理の会話に出て来ていたもう一人の元幻獣騎士団のメンバーである鳳香羽であった。
鷹虎と香羽は騎士団の解散後も連絡を取り合っていた。
風見ヶ岡学園に入学してからは連絡を取る事もなかったが、今回は鷹虎から香羽に連絡を入れた。
香羽も鷹虎と同じ魔法科で寮で生活しているが、流石に鷹虎も上級生の寮に出向く訳にも、内容的に学園内で話す事も出来ず、香羽を近所の公園に呼び出した。
「久しぶり。香羽ちゃん」
「今は先輩と呼んで頂戴」
香羽はどこからともなく取りだした鉄扇で鷹虎を軽く小突く。
このやり取りも久しぶりだと、小突かれたところを擦りながら苦笑いをする。
「で、鷹虎が入学してから結構経つよね? 何で今まで全く連絡が無かったのかしらね?」
香羽に指摘されて鷹虎は少し視線を逸らす。
香羽の言うように鷹虎は入学してから一度も香羽に連絡を入れていない。
一方の香羽も自分から連絡を入れたり合いに行くのも癪な気がして、自分からは動こうとはしていない。
「いや……まぁ。面倒だったし」
香羽も何となくそんな気はしていた為、怒る気もなかった。
「そう言う所は相変わらずね……それでそんな鷹虎が私に連絡を寄越して会いたいって言って来たのには何か理由があるのよね?」
詳しい理由は聞いてはいなかったが、今まで連絡を寄越さなかった鷹虎が、いきなり連絡をして来て呼び出したと言う事は直接会って話したい事があるからだと香羽は考えていた。
そして、それは当たりで鷹虎は先日の林間学校で起きた事を香羽に話した。
「……そっか。雄志も死んじゃったのか」
香羽は鷹虎の目の前でエルヴィナにより雄志が殺された事を告げた。
香羽は記憶の中の雄志の事を思い出して空を見上げる。
雄志よはそこまで仲が良かった訳ではないが、仲間の死は堪えているようだ。
この一件では雄志だけではなく、かつての仲間の一人である澪が総真によって遺体すら残さずに死んでいるが、その事は鷹虎も知らない。
「多分、どこかの非合法組織だとは思う」
「まぁ……私達は普通じゃないからね」
鷹虎も香羽も見た目こそは普通の高校生だが、その体は人為的に改造されている。
その為、どんなに普通を装おうと自分は普通ではないのだと心のどこかでは思っている。
香羽も学園に入学してから友人は何人もいるが、実習で実戦を共に切り抜けている仲ではあっても、自身の過去や体に付いては何も話してはいない。
どんなに仲を深めてもそこまでの事を全て話せる程の相手はまだいない。
その点、鷹虎は入学してから間もなく、偶然とはいえ全てを知った上で仲間だと言って貰える相手と言って貰える仲間に出会えたのは幸運だったのかも知れない。
自分達が普通の人間ではないと必要以上に意識してしまえば、騎士団が解散して年相応の普通の生活に馴染めずにその力を発揮する事の出来る非合法の組織に入っても不思議ではない
。
「それか復讐の為……」
「姉さんのか……」
騎士団が解散となった最後の任務の時に鷹虎たちの誰もが姉のように慕っていた騎士団長は殉職している。
その際の状況は一部しか知らされてはいない。
最年長で誰よりも強かった団長の殉職には疑問を持つ者も少なからずいた。
更には団長は卑劣な罠に嵌められて死んだと主張し、殺した相手に復讐をすると声高に叫ぶ者までもいた。
雄志とは連絡を取ってはいなかったが、団長の復讐の為に行動する仲間が居てもおかしくはない。
そんな連中に誘われた可能性もあるが、雄志が死んだ今となっては確かめる術は無い。
「それと装甲形態の姿がね……」
かつての幻獣騎士団の中でも装甲形態を相手や作戦で変化させる者は何人かはいた。
だが、どれも共通して自身の装甲形態のモデルとなった生物までは変わらない。
鷹虎のようにモデルとなった生物まで変わると言うケースは香羽も初めて聞く。
「私達の力は私達でも全て分かっている訳でもないしね」
鷹虎たちの装甲魔法は後付である為、鷹虎たち自身でも全てを把握して使っている訳ではない。
実戦は訓練の中で手さぐりで把握して来た。
中には自身の能力を把握できずに自滅した仲間もいた。
「どちらにせよ。私達は普通に生きる事が出来るんだから普通に学校に通って卒業して生きていけばいいのよ」
「……確かにそれが良いのかもな」
最終的にはそれで落ち着いた。
雄志がどんな経緯でそこにいたのかは分からない。
雄志の死を悼むが、それ以上踏み込む事はしない。
少なくとも鷹虎も香羽も普通に生きていく事が許されているのだから。
真理と別れた総真はもはや日課になっている結愛の訓練の相手を務めている。
結愛の攻撃を総真は軽くいなしている。
何度も相手をする中で、結愛も攻撃のパターン等を変えるも総真は顔色一つ変えずに対応する。
それの繰り返しだ。
今日の結愛の攻めは普段よりも積極的だが、一方で攻撃的過ぎて総真の反撃を考えてはいない。
結愛の攻撃を弾いて総真の拳が結愛の顔の前で止まる。
「どうした? 何をそんなに焦っている?」
「うっせぇ」
総真に図星を刺されて結愛はあからさまに機嫌が悪くなる。
総真に指摘されたように、結愛は最近焦りを感じていた。
入学する前は喧嘩で他の生徒よりも実践慣れしていると自負していた。
だが、入学して見ると名門一族の出である総真や穂乃火や、同じ班でも大剣を軽々と扱うライラやAランクの魔法具を持つ斗真、神器と契約し元特殊部隊の鷹虎と自分よりも実力者が
何人も集まっていた。
そして、この前の林間学校での戦闘で思い知られた。
自分が今までやって来た喧嘩とは違う本当の命のやり取りと言うものを。
自身の実力を思い知ったからこそ、強くなろうと焦っている。
「今日のところはこのくらいで止めておこう。今のお前では訓練の意味はない。少し頭を冷やして考えろ。自分が何故力を欲しているのをな」
はっきりと言われて結愛は返す言葉もない。
今日の訓練は焦る余り、戦いが雑になっていた。
結愛自身、守るよりも攻める方が性に合っていると自負しているが、攻める戦い方と守りを疎かにする雑な戦いは違う。
これ以上の訓練は結愛にとっても得る物はない無意味な時間でしかなく、今必要なのは頭を冷やして考える事なのだろう。
訓練が中断され、ふと結愛は自分の携帯に母親から着信が何件も入っている事に気が付いた。
一時期非行に走っていた事から両親との折り合いは余り良く無く、入学してからは連絡も殆どしていない親から短い期間に何度も電話をかけて来ると言う事は余程の理由があるのだろ
うと思い、結愛の方から母親に電話を掛ける。
「もしもし。アタシだけど……何か用?」
久しぶりの電話で少し緊張気味だったが、母親から告げられた内容に緊張どころではなくなった。
話しを聞いた結愛はすぐさまつい先ほどまで斗真と共に美雪の見舞いに行っていた氷川病院まで走る。
「母さん!」
病院に到着し、結愛は病室の前で待っていた母親のところに駆け寄る。
「どういう事なんだよ! 何で父さんが!」
結愛が母から聞いた内容は父親が重傷を負い病院に搬送されたと言う事だ。
結愛は母から事の次第を聞かされた。
結愛の父親は交番勤務の警察官で、巡回の最中に不良に絡まれている学生を見つけて助けようとして返り討ちにあったと言う事だ。
父は魔法が使えないが、警察官と言う事もあり、不良に遅れを取るとは思えなかったが、相手の不良は魔法を使ったと言う。
幾ら体を鍛えようとも、魔導師と魔法の使えない人間では圧倒的な差がある事は常識だ。
「で父さんは?」
「一命は取り留めたんだけど……怪我の後遺症で日常生活には問題はないけど余り激しい運動は……」
「んだよそれ……」
幸いにも父親の命は助かった。
だが、警察官にとっては激しい運動が出来なくなると致命的だ。
父は出世には縁は無かったが、真面目だけが取り柄と言う人物で、交番勤務だろうと警察官と言う仕事に誇りを持っていた。
(父さんがやられた辺りは……まさかアイツ等か)
母から父が重症を負われた場所は結愛が非行に走っていたころの仲間達が縄張りにしているところに近い。
今では完全に関係を切ってはいるが、まだその辺りを縄張りにしているとなれば、父に重傷を負わせたのは、そいつらの可能性が高い。
(ふざけんなよ……)
その可能性に思い立った結愛は完全に頭に血が昇っていた。
「結愛?」
「悪い。母さん。アタシは少しやる事が出来たから」
自分でも驚く程、落ち着いて言葉を出せた。
母もそんな結愛の様子がおかしいと思うが、そんな事はどうでも良かった。
「父親の仇でも取るつもりか?」
病院から出ると総真が結愛の前に立ちはだかる。
総真が何故、ここにいるのか、何故父親の事を知っているのかはどうでも良かった。
「どけよ。邪魔するならぶっ飛ばす」
結愛は怒りを抑える事も無く、総真を睨み飛ばすが総真は全く怯む様子はなくいつも通りの無表情だ。
それが舐められているような気がして、結愛の感情を逆なでする。
「どの道止めても無駄だろう。俺もも同行しよう」
「は?」
総真の答えは結愛の想像とは真逆の物だった。
結愛自身、自分でもどうしたいのかまだ完全には決めてはいないが、少なくとも総真は自分を止めようとすると思っていた。
「どうした? いかないのか?」
総真はまるで自分が一緒に行く事がすでに決まっているかのようだ。
先ほどまで怒りで頭に血が昇っていた結愛も予想外の出来事に毒気が抜かれている。
「勝手にしろ! けどな、アタシの邪魔だけはするなよ!」
結愛は背一杯の強がりを返す。
結愛と総真は共に結愛の父親に重傷を負わせた相手を探す事となった。
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