第15話




 鷹虎を美雪を守った真理はエルヴィナの方を向く。

 エルヴィナも真理を前には警戒心を強めていた。


「ずいぶんと久しぶりね。エルヴィナ」

「そうね。それよりも何でここにいるのかしら? 真理」


 対峙する二人は久しぶりにあった友人同士のような会話を交わすが、二人の間には緊張感が漂っている。


「私の今の勤務先は風見支部なのよ」

「相変わらずね」


 エルヴィナのそう言う意味で言った訳ではない。

 現在の風見山は外界との連絡を絶っている。

 時間が経てばここで起きている事が知れて管理局の人間が来る事は想定している事だが、余りにも早い。

 

「貴女もね。王族に生まれながらも己の実力を磨く為に国を飛び出したんだって? 馬鹿じゃないの」

「余計なお世話よ」


 エルヴィナにとっては生まれた家の事は触れられたくはない事だ。

 真理もそれを知っていながら、あえてその事を出している。

 エルヴィナと真理は付き合いは長いが、昔から相手を馬鹿にするような言動は気に入らない。


「まぁ良いわ。で、どういう状況? どう見てもコレ、貴女が幼気な子供を虐めているようにしか見えないわね」

「それが子供? 真理もずいぶんと歳を取ったのね」


 エルヴィナの視線は鷹虎を向いている。

 異形の姿をしている今の鷹虎を幼気な子供と表現するには無理がある。


「私はまだ若いつもりよ。少なくともウチの馬鹿よりかは可愛げはあるわね。それよりも続きをやるなら私が相手になるわよ」


 真理はヴェスタをエルヴィナに向ける。

 表情は普段の真理だが、目は明らかに殺意を持っている。

 エルヴィナもこれ以上、真理が話しに付き合う気は無いと陀腹剣を構える。


「そうね!」


 エルヴィナは陀腹剣を振るう。

 雷によって繋がられている刃は真理たちよりも前で落ちて地面を抉る。

 それにより土煙が上がり同時に刃同士を連結させている雷により閃光が起きてエルヴィナの姿を覆い隠す。


「それが答えね。エルヴィナ」


 真理もヴェスタを振るうと、蒼い炎が土煙を吹き飛ばす。

 土煙が吹き飛ばされるとすでにエルヴィナの姿はそこにはなかった。

 

「……逃げたのか?」

「まぁ妥当なところよね。ここでやり合ってもお互い無事じゃ済まないもの」


 真理も土煙を上げて目暗ましをした時点でエルヴィナが戦わずに逃げた事には気づいていた。


「追わないのか?」


 エルヴィナが居なくなったところで、太刀の姿となっていたヴェスタが蒼い炎と共に人の姿となる。


「無理言わないでよ。彼女が本気で逃げたら私じゃ追いつけないわ」


 エルヴィナと正面から戦えば真理も負ける気は無い。

 だが、雷の魔法を使うエルヴィナは機動力に長けている。

 そんなエルヴィナが戦う事を避けて本気で逃げようとした場合、真理では追いつく事は難しい。

 少なくとも今はそこまで無理をして彼女を追い理由もない。


「取り換えず風の神器を守っただけで、私の仕事としては十分よ」

「そうだな。全く、我が妹ながら面倒をかける」


 ヴェスタは一人でウンウンを頷く。

 神器は作られた順番で人間で言う兄弟のように順番が付けられている。

 ヴェスタはその中でも2番目に作られており、何かと神器の中では姉ぶろうとする傾向が強い。

 

「氷川! 大神! 大丈夫か!」


 エルヴィナが引き一段落したところで、ようやくアウラに案内された斗真たちが鷹虎と合流した。


「真理さん! 何で真理さんがここに?」

「ちょっとね」


 鷹虎が真理の事をアウラ経由で斗真たちには伝えていない為、結愛は驚いているが、真理は適当にあしらっている。


「久しぶりね。アウラ。この前は良くも逃げてくれたわね」

「……やっぱりいたんだ」


 ヴェスタもヴェスタで先日、姿を消して逃げたアウラを問い詰めている。

 

(後はそっちの仕事よ。総真)


 騒々しい中、真理はエルヴィナが逃げた方を見ていた。














 真理を撒いたエルヴィナは高速で移動していた。

 真理でも追いつくのは難しいとされるエルヴィナは常人なら目で追う事すらも出来ない速度で移動している。

 ある程度逃げたところで真理が追撃して来ない事を確認すると止まる。


「炎龍寺総真と言い、真理と言い厄介な相手ばかり出て来る……」


 エルヴィナにとってはどちらも無視したり、簡単に始末出来る相手ではない。

 片方でも面倒な相手だと言うのに、同時になど相手をする事は無理だ。


「エルヴィナさん」

「澪。貴女は無事だったようね」


 物陰から澪が出て来る。

 澪とも昨日から顔を合わせていないが、総真の相手をさせた時点で死んだものと思っていた。


「うん」

「そう……でも、貴女もここで処分するわ」


 エルヴィナはそう言い蛇腹剣を抜く。

 この状況で冗談を言っている訳ではないと澪もすぐに悟る。


「何で……」

「もう必要ないのよ。貴女達は……だからここで始末しておくのよ。余計な事を話される前にね」


 エルヴィナにとっては雄志も澪も自身の手足であり、都合よく動いてくれる道具に過ぎない。

 この施設を破棄する事を決めた時点で情報の漏洩を防ぐ為に二人の処分を決めて、彼女の属している組織もまたそれを認めた。

 

「そう……でも私はまだ死ねない」


 自分が切り捨てられた事にショックを受けるが、今は落ち込んでいる場合ではない。

 澪は戦闘態勢を取る。


「……魔道装甲」


 澪はケルベロスの力を持つ装甲形態に変わる。

 そして、距離を取って攻撃しようと獣の顔をしている上を突き出す。

 だが、澪が攻撃しようとした時、澪は自分の片腕が無い事に気が付いた。


「え?」


 澪は自分の片腕がエルヴィナによって切り落とされている事に気がづくのに少し時間がかかった。

 エルヴィナは自分から戦う事は余り無かった為、澪も知らなかった。

 すでに自分がエルヴィナの間合いに入っており、エルヴィナは自分よりも遥かに実力者であると言う事をだ。

 片腕を切り落とされて澪は膝をつく。

 傷口を装甲で覆う事で出血を抑える。


「どうして? と言う顔をしているわね。寧ろ、私の方がどうしてと聞きたいわ。どうして貴女達は自分が私より強いと思いあがっていたの?」


 エルヴィナに澪は何も言い返さない。

 確かに澪も雄志もエルヴィナが自分達よりも強いとは全く思ってはいなかった。

 実際に戦った事もないと言うのに。


「私は貴女達が生まれた頃から剣を振るって来た。そんな私が自分の力でも無く植え付けられた力を使うだけの貴女達に劣る理由はないじゃない」


 エルヴィナは陀腹剣を構える。

 エルヴィナは10年以上もの間、己の技術を高める為に剣を振るい戦いを求めて来た。

 そんなエルヴィナにとって、澪たちは与えられた力を振るうだけで、実力は自分の足元にも及ばないと自負している。

 

「それで自分達は普通じゃない人間だと思っているのは滑稽ね。貴女達は所詮は人に使われる為に作られた哀れな獣に過ぎない」


 エルヴィナの振るう蛇腹剣は今度は澪の残っている腕を切り落とす。

 澪は反応すら出来ない。


「っ……」


 澪は再び傷を装甲で塞いで止血する。

 その様子をエルヴィナはただ憐みの目で見ていた。

 ただ利用される為に体を改造されて普通の人ではなくなり、生体兵器として利用されて来た。

 それから解放されても尚、利用され続け最後には組織に切り捨てられた。

 それでも生きようとするのは生物としての本能だろうが、生きる意味すら持たずに本能のままに生きようとするその様はただ哀れでしかなかった。


「だから……もう死んでおきなさい」


 エルヴィナが止めの一撃で腹部を狙い蛇腹剣を振るう。

 すでに澪には避ける事も抵抗する事も出来るだけの力は残されてはいない。

 後はただ腹部の魔導石を破壊されて死を待つだけだった。

 だが、エルヴィナの刃が澪を貫く前に刃に炎の弾が当たり軌道を反らした。


「そこまでだ」

「……生きていたのね」


 そこには十字架を模した銃を構えている総真が立っていた。

 八神雛菊の研究施設を廃棄する際の自爆に巻き込まれた総真だったが、無傷でそこにいた。

 エルヴィナも総真を自爆に巻き込んだ時点で総真を高確率で始末したと予測していた。

 最低でも重症を負わせるか、崩壊する施設に閉じ込めて動きを封じるだけは可能だと思っていたが、その予想は大きく外れて総真は傷一つ負う事は無かった。

 そして、総真は今まで結愛との組手を初めとして学園の実技の授業では一度も魔導具を使ってはいないが、エルヴィナ相手では魔導具なしで戦わずに自身の魔導具を持って来ている。


「それを駆除するのは俺の仕事だ。エルヴィナ・エクレール・ブリックス」


 エルヴィナの攻撃を防いだのは澪を守る為ではなく、総真自身が澪を仕留める為のようだ。

 澪は自身に対する新たな脅威に警戒するが、すでに澪には戦闘能力は残されてはいない。

 幸いな事にエルヴィナと総真は共闘する気はない。


「こちらとしても情報の漏洩を防ぐ為にそっちに引き渡す気は無いわね」


 二人の間に緊張が走る。

 先に動いたのはエルヴィナだった。

 エルヴィナは蛇腹剣を振るう。

 不規則な機動を描きながら総真を狙う刃を総真は炎弾で撃ち落す。

 一度目は防がれたが、それでは終わらず何度も狙うが、総真は顔色一つ変えずに全て防ぎ切った。

 

「……成程。流石は炎龍寺家の跡取りにしてあの真理が育て上げた最も完璧に近い魔導師」


 エルヴィナも実際に戦った事は初めてだが、噂程度では総真の事は知っていた。

 一般的には炎龍寺家の跡取り息子として天才的な素質を持っている程度だが、一部では管理局の最強の魔導師の一人とされている緋村真理が唯一弟子として魔法の戦闘技術を叩き込み


、敵には情け容赦なく叩き潰す無慈悲な戦闘マシン。

 エルヴィナも噂に尾びれが付いていると思っていたが、実際に対峙して見て噂は事実であると確信していた。


「こういう状況でなければどちらかが死ぬまで心行くままに戦って見たかったわ」


 エルヴィナ自身は自らの技術を高める為に立場を捨てている。

 一回り近く年下ではあるが、総真は全力で戦うに値する相手だが、今は雇われの身である為、そこまで羽目を外して戦う事は出来ない。


「それは無理だな。アンタを殺す訳には行かない。アンタは拘束して引き渡さないといけないからな」

「そう言う所は真理にそっくり」


 真理は意図的にずれた答えを返して相手を挑発するが、総真の場合は意図はしていないのだろう。

 総真の中ではエルヴィナと総真が本気で戦えば、勝つのは自分だと言う自信を確証があるのだろう。

 そして、エルヴィナは総真と同じ始まりの魔法使いアドルフ・アークライトの5人の弟子の子孫であるエクレール家の出だ。

 すでにエルヴィナの姉が当主を引き継ぎ、跡取り娘も総真と同年代で、エクレール家の次の世代も安泰とされている。

 幾ら、国を捨てたとはいえ、エクレール家の人間である以上は炎龍寺家の人間でも独断で命まで奪ってしまうと後々問題になる。

 だからこそ、総真はエルヴィナを殺さずに拘束しようとしている。

 同時に総真はただ勝つだけではなく、殺さずに拘束する事が出来るとも思っている事になる。

 互いに本気で戦い相手を殺す事無く拘束する為にはそれだけ実力差が必要となって来る。


「……面白いじゃない」


 恐らく総真には挑発の意図はないが、明らかに自分の方が実力が上だと言う総真にエルヴィナは少し乗る事にした。

 どの道、総真も素直に逃がす気はない以上は交戦は避けられない。

 エルヴィナは蛇腹剣を引いて戻す。

 距離を取ったままでも戦闘は総真に分がある。

 わざわざ総真の得意な間合いで戦う理由はない。

 エルヴィナは剣を構える。

 当然の事だが、総真には易々と接近を許す隙等は無い。

 総真の攻撃を掻い潜り近接戦闘に持ち込むしかない。

 総真が近接戦闘が苦手とは思わないが、距離を取って戦うよりかはマシだ。

 

「何なの……コレ」


 総真の炎弾を剣で弾き接近しようとする、エルヴィナだが炎弾はエルヴィナの動きを完全に封じるように狙っている為、エルヴィナは距離を詰める事が出来ない。

 仕方が無く、蛇腹剣で攻撃するも総真の炎弾に弾かれる。

 その戦いを澪はただ見ていた。

 自分より遥かに強い二人の戦いに澪は何も出来ない。

 二人の注意が相手に向かい、自分から逸れているようにも思えたが、澪は本能的に悟ってた。

 目の前の敵に集中しているが、自分が何か動きを見せれば即座に反応して自分が狙われると言う事に。


(もう……最後の手段しかない)


 実力差は明確で、澪にはすでに戦闘能力は残されてはいない。

 ただ一つ、澪にやれる事が残されていた。

 しかし、それは使ったが最後、後は自分ではどうにも出来ないまさに最後の手段であった。

 どの道、二人の戦いの決着が付いた時点で次は自分の番になる。

 このまま互いに潰し合ってくれれば良いが、場合によっては増援が到着しかねない。

 そうなればますます澪は追い詰められる事になる。

 そうなる前にせめて、最後の足掻きをして二人に一矢報いようと澪は覚悟を決める。


「何?」


 攻防を続ける総真とエルヴィナは澪が悟っていた通り、戦いながら澪から注意を外してはいなかった。

 戦いを続ける中、注意していた澪の周囲の魔力が一気に上がって行くのを二人は感じ取り一度手を止めた。


「まだ悪足掻きをする気力が残されていたのね」

「……せめて道連れにする」


 膨大な魔力が澪を多い炎と共にそれが現れた。

 今までの人の形を捨て、巨大な三つ首の獣、ケルベロスへと澪はその姿を変えた。

 巨大なケルベロスとなった澪は咆哮を上げる。

 これが普通の人間ならば、その時点で臆して戦意を喪失するだろうが、総真もエルヴィナも普通ではない。


「何あれ。初めて見るわ」

「……賢者の石を暴走させたか」


 今の澪の状態をエルヴィナは見た事はないが、総真はそれを知っているようだ。

 澪や雄志、鷹虎たちの腹部には賢者の石と呼ばれている特殊な魔導石が埋め込まれている。

 それを意図的に暴走させたと言う事だ。


「成程……」


 エルヴィナは蛇腹剣を振るい、ケルベロスと化した澪の3つの首の内の一つを切り落とす。

 切り落とされた首は炎と化して消えるが、すぐに新しい首が生えて来る。


「無駄だ。アレの大半は賢者の石を暴走させた事で生じた魔力に過ぎない。賢者の石の魔力が続く限りは再生する」

「再生できないまで切り刻むのは骨が折れそうね。そっちはアレの事詳しそうだけど、あのままだとどうなるの?」


 エルヴィナも賢者の石が生み出す魔力の量を知っている。

 澪の賢者の石の魔力が尽きるまで攻撃を続けるとなれば相当な手間がかかる。


「すでに奴に自我は殆ど残されてはいない。今は本能と破壊衝動だけで動いている。あれだけの魔力にいずれは賢者の石自体が負荷に耐えられなくなる」

「それを聞いて安心したわ」


 エルヴィナは蛇腹剣の刃を戻す。


「だったら後は勝手に自滅してくれるのなら私は手を引くから好きにして頂戴」


 エルヴィナは情報の漏洩を秘匿する為に澪を始末しようとしていた。

 すでに澪の自我が無く、いずれは自滅する事が分かっているなら無理に賢者の石を暴走させている澪と戦う理由はない。


「コイツはここで俺が仕留める」


 エルヴィナに戦う理由はないが、総真は引く訳には行かなかった。

 澪はいずれ自滅するが、それまでは本能のままに暴れるだろう。

 そうなれば風見山に多大な被害が出る。

 その上、近くには穂乃火達もいる宿泊施設もある。

 ここで澪が暴れると生徒達にも被害が出るだろう。

 それは絶対に阻止しなければならない。


「どうぞ、ご自由に」


 エルヴィナは完全に傍観するようで総真に手を貸す気はないらしい。

 総真はそんなエルヴィナから意識を逸らす事無く、澪の前に出る。

 大きさではケルベロスとなった澪の方が総真よりも数倍だが、完全に殺す気の総真と対峙して澪は本能的に恐怖してどこか腰が引けているようにも見える。

 総真は魔導具を澪に突き出すと、十字架の銃口の反対側の突起を引く。

 総真はまるで弓でも構えているような体勢を取ると、銃口の先端に魔力が凝縮されていく。


(これだけの魔力を瞬時に収束させるのね……)


 エルヴィナは表情にこそ出さないが、内心では総真のやっている事に恐怖すら感じていた。

 見ただけでは銃口に魔力を弾丸のように圧縮して撃ちだそうと言う事で、銃を魔導具に使う魔導師の戦い方としてはオーソドックスな物だ。

 だが、圧縮している魔力の量は並の魔導師では扱い切れる物ではない。

 それを一瞬で難なくやってのける総真に関する噂は過小評価かも知れないと思い始めている。

 少なくとも一介の学生レベルではあり得ない。

 

(こんな時でも無ければ思う存分戦ってみたいわ)


 恐怖と同時に久しく全力で戦う機会の無かったエルヴィナは武者震いとして、総真と戦いたい思いに駆られるが、今は我慢する。

 魔力の圧縮が完了した総真は引いていた突起を離すと勢いよく戻り、同時に魔力弾が発射された。

 澪も最後の足掻きで火を吐くが、総真の魔力弾には意味は無かった。

 魔力弾は一直線に澪の本体に向かって行く。

 昨日の戦闘でつけた魔力を感知すれば本体を直接狙う事は総真にとっては容易な事だった。

 膨大な魔力で覆われていたが、総真の魔力弾は易々と貫通し、澪の本体まで到達すると、一瞬の内に澪の本体は一片の肉片すら残らず澪を吹き飛ばした。

 それによって、巨大なケルベロスはその形を保つ事が出来なくなり、崩れ落ちた。


「……逃げたか」


 澪を始末した総真だったが、周囲にはすでにエルヴィナの姿は無かった。

 総真が魔力弾を撃つと同時にエルヴィナな自身の最高速度で逃亡した。

 総真もエルヴィナから意識を外してはいなかったが、エルヴィナ程の魔導師が総真の攻撃の瞬間に本気で逃げようとしたのなら、流石の総真でもどうにもならない。

 

「まぁ良い。仕事は果たした」

 

 エルヴィナには逃げられたが、最低限の仕事は終わっている。

 総真は一度、穂乃火達の待つ宿泊施設へと戻って行く。


「兄さん!」


 施設に戻ると、総真の姿を確認した穂乃火が全速力で総真の元まで駆け寄ると、勢いよく総真に飛び込む。

 それを総真はしっかりと受け止める。


「何があった?」

「何があったじゃないわ! E班は自分達で返って来るし、大きな爆発とか色々と起きてるし!」


 穂乃火は総真に抱き着きながら、声を荒げる。

 総真が出て行ってからしばらくすると、斗真たちは自分達で帰って来るが、斗真たちは総真とは会っていないと言う。

 更にはそれよりも前に山で大きな爆発音がしている。

 穂乃火は総真に何かあったか気が気ではなかったが、必死に総真との約束を守りここに留まっていた。

 そんな中、総真が無事に帰ってきていても経ってもいられ無かったのだろう。


「済まなかった。俺は何事もなかった」


 総真は穂乃火を安心させるように撫でながら答える。

 穂乃火は余程心配だったのか、目を潤ませている。


「折角の再会だけど……」

「ああ」


 総真が戻って来たと言う知らせを聞いた火凜は少し申し訳なさそうに声をかけて来る。

 総真は穂乃火を離して宿泊施設の中に入って行く。


「……これが結城君達の方であった事です」


 総真は火凜の部屋で火凜から斗真たちから聞いた事を報告する。

 

「それで彼らを助けた緋村真理はどこだ?」


 内容はある程度は想定内の事ではあったが、唯一総真の想定外の事態は真理が出て来た事だ。

 真理が鷹虎と美雪を助けて斗真たちとここまで来たのならもう少し騒がしい筈だ。


「それが……結城君達にここの方向を教えると一人で帰って行ったようで……一体、どういう訳でしょうか?」

「さぁな。あの女の事だ。一々考えても仕方が無いだろう」


 真理がここに来た理由に関しては今は深く考える必要はないと総真は判断した。

 総真は真理との付き合いが長い分、真理の性格を熟知している。

 真理は思わせぶりに適当な事を言う事は珍しくはない。

 彼女の行動を一々真剣に考えても早々答えは出ない。

 

「脅威は排除したが、これ以上行事を続ける事は出来ないだろうな」

「ですね……結城君たちは目立った怪我はないようですが、氷川さんは川に落ちたようで少し衰弱しています」


 斗真や結愛、ライラは目立った怪我もなく、鷹虎も怪我は大した事は無いが、美雪は自分で動けるが衰弱している。

 ここにも最低限の医療設備はあるが、やはりきちんと病院で診て貰った方が良い。


「敵を排除したから狙わる心配もないだろう。神代の地の魔法なら人が渡れるくらいの橋なら代用できる」


 総真と同じ班の神代照は地の魔法を使い、土や岩でできた壁を作る事が出来る。

 ここに来る最中に渡った橋はエルヴィナ達に破壊されていたが、その魔法を使えば、橋の代わりを作って人が通るくらいは出来る。

 敵もおらず、まだ日も高い為、それなら安全に町まで降りる事が出来る。

 町に戻りさえすれば学園とも魔法管理局と連絡を付ける事も出来るだろう。


「分かりました。生徒達にはすぐに用意させます」


 話しが纏まり、火凜はすぐに待機させている生徒達に指示を出しに向かう。

 すでにエルヴィナも風見山から逃げている為、敵の妨害を受ける事も無く、総真たちは風見山から町に戻る事が出来た。

 学園と管理局に連絡を入れて、魔法科1年の林間学校の幕は下りた。

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