第13話



 雄志との再びの遭遇に予期せぬ事態を前に斗真たちは動く事が出来なかったが、そんな中、鷹虎は躊躇う事無く崖から飛び降りた。

 目の前には戦闘態勢の雄志。

 少しでも目を離せば殺され兼ねない状況で、後方支援の美雪に神器を持ち雄志と同じ力を持つ鷹虎が抜けてしまえば状況は更に悪化するが、それ以上に美雪が崖から落ちた事の方が重


大だ。

 幾ら魔法が使えると言っても、魔導師は万能ではない。

 崖から落ちれば怪我もするし、最悪は死ぬこともある。

 助けに行こうにも雄志がいる以上、迂闊に動く事も出来ない。

 膠着状態が続くかと思われたが、不意に雄志が元の姿に戻る。 

 そして、斗真たちの事等まるで相手にしていないのか、森に入って消えた。

 姿を消して仕掛けて来る可能性もあったが、そんな事を気にする事も無く、斗真たちは二人が落ちた崖に駆け寄る。

 幸いにも雄志は鷹虎が居なくなった時点で、斗真たちの事は脅威ではないと判断したのか、襲ってくる様子もない。


「氷川! 大神!」


 崖を覗き込み二人を呼ぶが当然返事は帰ってこない。

 崖の下は川が流れており、流れも急で二人は川に流されている可能性が高い。

 幾ら仲間が落ちたとしても、この高さと川の流れの激しさもあり飛び込む事は出来そうに無い。


「くそ!」

「この高さだ……私達にはどうする事も……」


 状況を冷静に分析していたライラに結愛は思わず掴みかかりそうになるが、グッと堪える。

 ここで感情的になったところで意味はない。

 今すべき事は二人を助ける事だからだ。


「鷹虎は生きてるわよ」


 まともな案を出せずにいると、いつの間にかそこにはアウラが立っていた。

 鷹虎は崖に飛び込む前にアウラを手放していた。


「アウラ!」

「それより大神が生きていると言うのは本当か?」

「まぁね。鷹虎が死ねば私との契約も切れるのよ。で、まだ契約が切れていないって事は鷹虎は生きてるって事」


 鷹虎とアウラとの間の契約は鷹虎が死ぬか、アウラが契約を切らない限りは続く。

 その契約が続いていると言う事は少なくとも鷹虎はまだ死んでいないと言う事になる。


「結構な速さで移動してるし、移動の仕方から多分流されてるわね。

まぁ流されながら話す事は出来そうにはないけど」


 アウラは鷹虎の位置と移動速度からそう予測する。

 

「とにかく、大神と氷川を助けねぇと!」

「だな。アウラ。案内は頼めるか?」

「仕方が無いわね。私ももう少し遊んでいたいし」


 斗真と結愛は川に落ちた鷹虎と美雪を助ける事を優先した。

 ライラも二人の判断に口を出す事はなかった。

 アウラも鷹虎の事は気に入っているのか、まだ見捨てる気は無いらしく、案内を快く引き受けた。

 斗真たちはすぐにアウラの案内で二人を助けに走る。









 川に落ちた美雪を助けようと自らも崖から飛び降りた鷹虎は川に落ちる前に装甲形態へとなって飛び込んでいた。

 装甲形態になれば川の激しい流れにある程度は耐える事が出来るからだ。

 俊敏性に長けてはいるが、水中での活動は得意ではないが、鷹虎は破壊衝動を何とか抑えながらも美雪を見つけて確保する。

 そのまま、流されながら暫くすると、鷹虎は川から上がれそうな場所を見つけるとゆっくりと川の端まで泳いで何とか川から上がる事が出来た。

 川から上がると美雪を近くに寝かして装甲形態を解除すると、鷹虎は美雪の呼吸を確認するが、幸いにも美雪は呼吸をしている為、一息つく。


「だいぶ流されたが……」


 正確な距離は分からないが、相当な距離を流されている。

 周囲は落ちたところのように切り立った崖ではない為、これなら歩いてでもここから移動する事は出来るだろう。


(アウラ……聞こえるか?)

(聞こえるよ~)


 鷹虎は頭の中でアウラに呼びかける。

 アウラからはこちらの状況が分かっているのにいつも通りの口調で心配する様子は微塵も感じられない。

 だが、今はそんな事を気にしている暇はない。


(こっちは二人は無事だ)

(了解了解。3人には伝えておくよ)


 美雪は意識がないが、呼吸もしており見た限りでは外傷も無い為、一先ずは無事だと伝えておく。


(今、そっちに向かってる)

(助かる。こっちはすぐには動けそうにも無いが余り無理はするなよ)


 美雪一人なら鷹虎なら担いで移動も出来るが、すでに日も沈みかけている。

 鷹虎はここで下手に動く事よりも無理する事無く、ここで明日の朝まで待つ事にする。

 時間的にはそろそろ火凜の方でも鷹虎たちが戻らない事を不審に思い動き出す頃だろう。

 鷹虎と斗真たちはアウラを通じて互いの位置が分かる為、動いても合流は可能だが、学園側からの捜索隊が出た場合、下手に動きまわればすれ違う危険性もある。

 その上、鷹虎はまだ動けるが、美雪は体力的には限界だろう。

 

「さて……」


 アウラとの連絡を終えた鷹虎は意識のない美雪の方を見る。


「このままにはしておけないよな」


 美雪は完全に意識を失っている。

 目立った外傷はないが、問題は川に落ちた事で制服がびしょ濡れになっている事だ。

 制服が濡れたままだと、美雪の体力が奪われて行く。

 

「下心は無いんだ……」


 鷹虎は自分に言い聞かせる。

 緊急時とはいえ、意識のないクラスメイトの制服を脱がすと言う行為には流石の鷹虎も後ろめたいが、そんな事を言っている場合ではない。

 これは緊急時で仕方が無いと言い聞かせながら、鷹虎は美雪の制服を脱がしていく。

 出来る限り何も見ないように制服を脱がせて、すぐに自分の制服の上着を美雪にかぶせる。

 鷹虎は装甲形態で川に飛び込んでいる為、制服は濡れていない。

 流石に制服を脱がせたままにしておくわけにもいかない。

 

「はぁはぁ……」


 鷹虎は濡れている制服を近くに干すと座って一息つく。

 取りあえずの危機は向こうも脱したようだが、油断は出来ない。

 雄志の目的は分からないが、今は敵でもはや戦うしかないのだろう。

 今、襲われると美雪を守りながら戦わねばならない。

 

「もう……俺の仲間は死なせない」


 鷹虎は周囲を警戒しながら、夜が明けるのを待ちながら体力の回復に努める。


 






 釣りに出かけた斗真たちが戻らないまま、日は完全に落ちた。

 宿泊施設では斗真たちE班が未だに戻らない為、生徒達の間に不安が広まっている。

 それでも大きな混乱が起きないのは総真が生徒達を上手く取りまとめているからだ。


「やはりE班は何らかの事件に巻き込まれた可能性があると?」

「だろうな。川には戦闘の痕跡と連中の荷物だけが残されていた」


 宿泊施設の火凜の部屋で、火凜と総真は情報を整理していた。

 穂乃火達と合流した総真は宿泊施設に戻ると、単独で斗真たちが釣りに向かった場所に向かった。

 そこには明らかに何者かが戦闘を行ったであろう痕跡が残されており、斗真たちの荷物も残されていた。


「戦闘相手の情報がない以上は生徒達を避難させた方が良いのでは?」

「戻る前に確認して来たが、道中の橋が壊れていた」


 総真の報告に火凜は顔を歪ませる。

 ここに来るまでにバスは大きな橋を渡っている。

 生徒達を避難させるには、その橋を渡る必要がある。

 そこが使えないとなると、山道を移動する必要が出て来る。

 すでに日は落ちていて、20人以上の生徒を連れて夜の山道を歩く等自殺行為も良いところだ。


「通信機器も使えない以上、最低でも夜が明けるまではここに留まるべきだろう」

「それしかないですね」


 生徒達を連れて歩けない以上はここに留まるしかない。

 ここならば食料も確保できる。


「だが、敵もこの場所は分かっていると見るべきだろう」


 総真やE班を攻撃した相手の狙いは分からないが、風見山の中でこの宿泊施設の存在を知らないと言う事はあり得ない。

 そうなると、宿泊施設自体が攻撃を受ける危険性も出て来る。


「夜が明けたら俺がアイツ等を探しに行く。火凜はその間、生徒達を守れ」

「了解です。若様」


 普段は総真と火凜は生徒と教師である為、穂乃火共々扱いは一生徒だが、有事の際には総真は炎龍寺家の跡取りとして火凜に指示を出す権限が与えられている。

 それは火凜のみならず、学園全体にも適応される。

 今回もそれが適応される為、判断は総真に委ねられている。


「連中が夜襲をかけて来る可能性がある以上、俺が夜が明けるまで警戒に当たる」

「よろしいので?」

「問題ない」


 生徒達が寝静まっている夜に襲撃を受ける可能性は相手の目的が分からない以上は警戒する必要がある。

 それを総真に任せてしまうと総真は徹夜で捜索に向かわねばならない。

 だが、総真にとっては一晩程度で支障は出ないらしい。


「分かりました。お任せします」


 総真が大丈夫だと言う以上は火凜もそれ以上は何も言えない。

 話しが終わると総真は早々に出て行く。

 部屋から出ると、二人の話しが終わるのを待っていた穂乃火が総真の元に速足で寄って来る。

 その後ろには晶も付いている。


「兄さん」

「明日の朝、俺が探しに向かう。お前達も今日は早く休んで置け」


 総真も穂乃火の用件は分かっている。

 未だに帰ってこないE班の対応だ。


「兄さんが一人でですか?」

「一人で十分だ」

「それは……」


 穂乃火も総真を全面的に信頼しているが、自分すら連れずに一人で行くと言う事は一人で十分だと言う事なのだろう。

 それは同時にこの緊急事態において自分達の力を必要としていないと言う事でもある。

 自分では総真について行くのに力不足だと言われているような気がして穂乃火は少し俯く。


「その間、先生は生徒の安全を確保して貰う。お前達にはその補佐をして欲しい」

「補佐ですか?」

「そうだ」


 総真は俯く穂乃火の肩に手を置く。


「これだけの数だ。いざという時、先生一人で皆を守るのは難しい。だからこそ、お前が皆を守れ。それが炎龍寺家の人間としてのお前の責務だ」

「私の……」


 穂乃火はおぼろげながら総真の意図を察する事が出来た。

 総真は穂乃火が足手まといだから一人で行く訳ではない。

 ここには行方知れずのE班の5人の数倍の生徒達が残されている。

 緊急時にそれらを守る為に、穂乃火も残れと言う事なのだろう。


「分かりました。兄さん。この炎龍寺穂乃火、炎龍寺家の娘としてその役目を引き受けます!」


 総真に期待されていると知り、穂乃火は先ほどまでの消沈した様子から一変、いつもの自信を取り戻した。

 そんな穂乃火を横目に視線を穂乃火が自信を取り戻して一安心している晶に向ける。


「晶。お前も穂乃火のサポートを任せる」

「了解です。若様」


 ホッとしていた晶も総真に穂乃火を任されて気を引き締め直す。


「だから、今日のところは明日に備えておけ」


 それから数時間が経ち、総真は宿泊施設の屋上で周囲の警戒をしていた。

 周囲は街中とは違い完全に光の無い闇で照らされる光も月明かりしかない。

 すでに生徒達も寝静まっている。

 屋上で警戒している限りでは周囲には人の気配もなければ長距離からの攻撃も監視の気配も感じられない。

 

「連中の狙いはこちらではないのか?」


 総真は周囲を警戒しながらも、敵の狙いについて考えていた。

 攻撃も監視もないと言う事は向こうはこちらに攻撃する意志はないのかも知れない。

 総真やE班が攻撃を受けたのも相手のテリトリーに近づいたせいなのかも知れない。


「幻獣騎士団か……」


 総真が戦った相手は管理局の特殊部隊である幻獣騎士団の元メンバーだ。

 彼らの動向については管理局もある程度は把握している。

 だが、ここに元メンバーが潜伏していると言う情報は来てはいない。

 尤も元メンバーの内何人かは行方を暗ませている。

 

「今は考えても仕方が無いか」


 相手が元幻獣騎士団である事とこの山に潜伏している理由、自分達を攻撃して来た理由は現在の情報では推理するには足りない。

 今日の戦闘で澪の動向を追う事は出来ている。

 夜が明ければE班の捜索と同時に敵を追い詰めにかかる。


「もうじき夜も明ける。そこからが狩りの時間だ」


 総真は決して油断する事無く、周囲の警戒を続けやがて、夜は明けていく。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る