第12話
風見山にて鷹虎はかつての仲間である雄志と再会した。
だが、雄志は明らかに鷹虎の命を狙い化け物へと姿を変えた。
「アレが噂に聞く獣人とか言う奴か?」
「そんなに生易しい物じゃない」
突然の事態に結愛が軽口を言うが、鷹虎が即座に否定する。
結愛の言う獣人とは魔獣に分類されるが、中でも人に限りなく近いとされる。
人の言語を話す事が出来、魔獣とは違い魔法を使う事も出来る。
魔法管理局でも獣人の扱いは条件さえ守っていれば人間として認められてもいる。
個体数は人類の全体から見ても微々たるもので、存在は知っていても見た事は無い人も多い。
雄志の異形の姿を見て獣人を連装させるのも無理はない。
「大神の知り合いのようだけどどうする?」
「どうするも何も逃げるしかない。でないと俺達だけじゃない。先生もクラスの皆も殺される!」
普段の鷹虎からは想像できない様子に斗真たちは思わず息を飲んで雄志の動きに注目する。
魔獣に遭遇した時の為に魔道具は持っているが、釣りには使わない為、結愛以外は手元にない。
雄志はゆっくりと歩き出す。
その先には斗真たちの荷物が置かれている。
恐らくは先に魔道具を潰すのだろう。
戦闘中に魔道具が破壊された魔導師の戦闘能力は著しく低下する。
雄志が飛び出すと同時に鷹虎も飛び出す。
「アウラ!」
鷹虎はアウラの名を叫ぶ。
すると。武器の状態のアウラが鷹虎の手に現れた。
アウラは林間学校には興味はないと寮に引きこもっていたが、契約者である鷹虎が強制的に呼び出したのだ。
魔道具を破壊しようとする雄志の拳をアウラで受け止める。
「ほう……面白い武器を手に入れたようだな」
「こんの!」
鷹虎は風の力を使って、雄志を吹き飛ばす。
だが、雄志はダメージを負っている様子はない。
(なんか面白そうな事になってんじゃん)
アウラもこちらの状況を見て相変わらずの軽口を叩く。
普段は何とも思わないアウラの軽口もこの状況では煩わしい。
鷹虎はアウラを構えるとこの状況から逃げる術を考える。
雄志の力を前に自分達の勝目は無いに等しい。
「隙だらけなんだよ!」
鷹虎が考えていると、結愛が雄志の死角から懐に入り込む。
両手に火をつけて結愛は雄志の顔面目掛けてパンチを繰り出す。
鷹虎が止める間も無く、結愛の拳は雄志の顔面に直撃する。
しかし、結愛の一撃は雄志にはまるで効いてはいない。
「本郷!」
鷹虎は叫び、雄志は握りこぶしを作る。
ただのパンチだが、雄志の一撃にはそれだけで人を殺せるだけの威力がある事を鷹虎は知っている。
結愛はガードすら出来ないが、ガードしたところで雄志の攻撃力の前では意味はない。
この距離では鷹虎の攻撃も届かず、雄志は軽く結愛を殺すだろう。
その光景が頭をよぎるが、雄志の拳が結愛を捕える前に水の矢が結愛に直撃する。
水の矢は結愛に当たる前にただの水へと戻り、放たれた勢いをそのままに水圧で結愛を吹き飛ばして、雄志の拳は空振りに終わる。
「間に合ったよね」
鷹虎の後ろには魔道具の弓を構える美雪がいた。
美雪は釣りを早々に切り上げて日蔭で休んでいた。
その為、魔道具まで最も早く辿りついていた。
自身の魔道具を手にした時点で、結愛が雄志に不意打ちを行い、雄志が反撃するところだった。
幾ら美雪が遠距離攻撃を得意としていても、結愛の攻撃を受けてダメージを受けない雄志に対して効果的な攻撃が出来ない。
そこで、美雪はとっさに雄志ではなく、結愛を狙った。
美雪の水の矢なら結愛に当たる直前に矢の形状から戻せば水圧で結愛を飛ばすくらいは出来る。
「ごっほ……助かった」
結愛は水を飲んで咳き込みながら、立ち上がる。
美雪のとっさの機転でずぶ濡れにこそなったが、あのままではずぶ濡れでは済まなかっただろう。
その間に斗真とライラも自身の魔道具を回収して戦闘態勢が整う。
「恐らくは奴は装甲魔法を使っている。私が一撃を入れる。結城はその後を頼む」
「おう。任せろ」
ライラは雄志が姿を変えた事を分析する。
装甲魔法は地の魔法で使われる事の多い魔法の一つだ。
地の魔法で自身を守る鎧等を作る魔法で、ライラの両手の籠手も装甲魔法で作られた物だ。
装甲魔法の利点として、普段から装備する必要が無く、一度作れば、破壊されるか魔導師が自らの意志で消さない限りは残り続ける為、魔力の燃費も良い。
ライラも全身をあそこまで変える程の装甲魔法は見た事はない。
ライラが大剣を構えて雄志に突っ込む。
斗真もそれに続く。
「やめろ!」
ライラは大剣を雄志に振り下す。
雄志は腕でライラの大剣を受け止めるが、雄志の装甲には傷一つつかない。
「軽いな」
雄志は腕を振るいライラを軽々と弾き飛ばす。
ライラは何とか体勢を立て直す。
「なんてパワーだ」
ライラを弾き飛ばしたところに今度は斗真が切りかかる。
斗真の剣をライラの攻撃を受け止めた腕とは逆の腕で防ぐ。
ライラの攻撃は傷一つつかなかったが、斗真の剣は雄志の装甲に傷をつける事が出来た。
「虫けらの分際で」
斗真の付けた傷は瞬く間に塞がり、斗真は美雪の水の矢の援護を受けながら一度下がる。
「アイツの装甲……俺の聖剣なら攻撃が通るようだ」
斗真とライラは再び剣を構えて雄志に向かって行く。
圧倒的に思えた雄志だが、少なくとも斗真の聖剣の切れ味は通用する。
それが分かっただけでも斗真たちは勝機を見出していた。
そんな中、鷹虎だけは逃げる手段を模索していた。
幾ら、斗真の攻撃が通用すると言ってもそれだけでは雄志には勝てない。
雄志を昔から知る鷹虎だからこそ分かる事だ。
雄志も斗真の剣が自分の装甲を切り裂ける為、他の結愛たちの攻撃は最低限の攻撃で追い払い、斗真だけを殺す気で狙っている。
斗真の攻撃が通ると言う事は斗真を殺してしまえば、他の結愛たちを殺す事は容易い。
そして、斗真は雄志の攻撃が一度でも当たってしまえば、良くて重症、下手をすれば即死になる。
(ちょっと、何やってんの? あのナマクラが効くなら私なら装甲ごとやれるよ)
いつまでたっても戦闘に参加しない鷹虎にアウラは文句をつける。
斗真の聖剣よりも神器であるアウラの方が武器としての性能は上だとアウラは自負している。
斗真の聖剣が雄志の装甲を切り裂けるなら、アウラの一撃は雄志の装甲を容易く破壊出来る。
「無理だ。相手は普通の人間じゃないんだよ!」
(じゃどうすんの? 諦めて大人しく皆殺しになる?)
アウラの言葉が鷹虎に重くのしかかる。
このまま戦ったところで、全滅は目に見えている。
すでに斗真たちは押され始めている。
いずれは斗真たちの体力が底をついて戦いは一方的となる。
「だから! 方法はこれしかない!」
鷹虎はアウラを手放す。
地面に落ちる前にアウラは人の形になる。
アウラを手放した鷹虎はゆっくりと歩き出す。
「大神?」
「俺は失いたくはないんだよ。失うのはもう沢山だ」
鷹虎は覚悟を決めた。
以前に覚悟を決めた時はアウラと契約し難を逃れた。
だが、この状況であの時のように別の手段が降って沸いて出ると言う事は無いだろう。
「……魔導装甲」
雄志が姿を変えた時と同様に鷹虎の周囲を魔力の嵐が吹き乱される。
それが収まると鷹虎の姿もまた変貌していた。
「グルゥゥゥゥゥ」
雄志が変わった姿が牛なら鷹虎は狼の姿に酷似している。
雄志がかつての仲間であるなら、鷹虎もまた同じ力を持っていても不思議ではない。
だが、誰もが鷹虎までもが姿を化け物に変える事等想像はしていなかった。
「ようやくその気になったか」
雄志は姿を変えた鷹虎に驚く事は無い。
雄志は斗真たちを適当にあしらうと鷹虎の方に向かう。
鷹虎は姿勢を低くすると一気に地を蹴る。
普段の面倒臭がりで、余り動く気のない鷹虎からは想像できない速さで、距離を詰めると両手の鋭い爪で雄志に襲い掛かる。
雄志はとっさに腕で守るが雄志の腕には鷹虎の爪痕がくっきりと残り、斗真の剣で切り込みが入った時とは違い傷口からは血が流れている。
「流石は同胞と言ったところか」
「何がどうなってんだよ」
雄志は傷口を見てニヤリとする。
一方の斗真たちは流れについて行けずに茫然としている。
「アレが鷹虎の中に眠っていた獣ね……暇つぶしに契約をしてみたけど今回は当たりのようね」
アウラが姿を変えた鷹虎を心底楽しそうに見ている。
「ガァァァァァ!」
鷹虎は方向と共に雄志に襲い掛かる。
雄志も反撃して鷹虎を殴り飛ばす。
「大神!」
普通の人間なら一撃で死に至る一撃だが、鷹虎は無傷ではないが、立ち上がる事は出来た。
立ち上がると再び雄志に向かって行く。
「来い」
雄志はカウンターで迎え撃つと、鷹虎は拳を下から潜り抜けて、懐に飛び込み爪で攻撃する。
ギリギリのところでかわした雄志は鷹虎を蹴り上げる。
鷹虎も何とか雄志の蹴りをガードするも、そのまま上空まで蹴り上げられた。
鷹虎と雄志の攻防を斗真達はただ見ている事しら出来ない。
上空まで蹴り上げられた鷹虎は空中で体勢を整えて雄志目掛けて降下する。
対する雄志は落ちて来る鷹虎を迎え撃つ構えをする。
「ガァァァァ!」
降下する鷹虎と迎え撃つ雄志がぶつかり合う瞬間に鷹虎が攻撃の軌道を少しずらす。
それにより二人はぶつかる事無く、雄志の攻撃は外れて鷹虎の攻撃は地面に直撃する。
鷹虎の攻撃は雄志の足場を大きく破壊する。
「目暗ましか……」
鷹虎の一撃で地面には小さなクレーターが出来、雄志はその際に舞い上がった土煙に乗じて鷹虎が攻撃して来る事を想定する。
鷹虎が雄志の力を知っているように、雄志も鷹虎の力を知っている。
鷹虎は単純な攻撃の破壊力は低く、機動力に長けている。
真向からの勝負では雄志には分が悪いと言う事が分かっている為、足場を狙う事で目暗ましと足止めとした上で機動力と鋭い爪を駆使して攻撃して来ると読んでいた。
その為、雄志は鷹虎の攻撃に備えて守りの体勢を取る。
少ししても攻撃の気配はないが、雄志は鷹虎が少し間を置く事でこちらの油断を誘っていると判断して、守りを解く事は無かった。
暫くすると、土煙も収まって行く。
視界がクリアになって来るが、その瞬間を狙って来るとも思ったが、雄志の予想に反して鷹虎は攻撃してこなかった。
「鷹虎の奴!」
そこでようやく雄志も鷹虎の狙いに気が付いた。
鷹虎は視界と足場を奪って攻撃するのではなく、攻撃すると読んだ雄志が守りに入り攻撃に備えると読んでその間に仲間と共に離脱する為の時間を稼いでいたのだ。
「やってくれたな!」
気づいた時にはすでに遅かった。
鷹虎はとっくに仲間達と共にその場から離脱して、周囲には戦闘の痕跡だけが残されていた。
鷹虎たちが雄志と遭遇している頃、単独行動を取っていた総真も澪と遭遇していた。
澪は自分の監視に気づいていた総真に警戒を強めているが、澪から見ても総真は隙だらけでその気になればいつでも始末が出来るように見える。
だが、自分の尾行に気が付いていた以上、幾ら隙だらけでも油断は出来ない。
「答える必要があるのか? 犬飼澪」
名前を呼ばれて澪は更に警戒する。
少なくとも向こうは自分の事を知っている。
「答えなくてもいい。その代りにここで死んで貰う」
澪は総真をこのまま野放しにする事は危険と判断する。
「魔導装甲」
澪はポツリとつぶやき、鷹虎や雄志同様に異形へと姿を変える。
「それがケルベロスと言う訳か」
総真は姿を変えた澪に驚く事は無い。
澪の姿は鷹虎が狼、雄志が牛に酷似しているように犬に似ているが、二人とは違い両腕まで犬の頭部を模した形となり、総真が言うように冥界の番人ケルベロスを思わせる。
澪は姿を変えて、総真に飛び掛かる。
相手の実力が分からない以上、澪は決して油断はしていなかった。
隙だらけに見える総真に右腕の口を開けて、総真に食いつこうとする。
しかし、澪の牙が総真にかみつく事は無かった。
澪の攻撃が軽く弾かれたと思うと、総真の拳が澪の腹部に入り、澪は吹き飛ばされて木に叩き付けられる。
ドンと大きな音が鳴ると、澪が叩き付けられた木が倒れ、澪が吹き飛ばされた勢いを物語っている。
「っ……」
澪は立ち上がろうとするが、思っていた以上にダメージを受けているのか、上手く立ち上がる事が出来ずに膝をつく。
総真に攻撃を受けた部分を、澪は確かめる。
殴られた場所にはくっきりと総真の拳の後が残っている。
全身を魔導の装甲で覆われている状態で並の攻撃ではびくともしない筈だ。
総真からは積極的には攻めて来ない為、澪は一度へこんだ装甲を修復させて立ち上がる。
澪は接近戦で仕掛ける事は危険だと判断した。
両腕を総真の方に向けると、両腕の口から火を吐いて総真を狙う。
先ほどは不意を付かれたが、今度は総真の動きを一挙一動見逃さないようにした。
澪の火は総真を捕える前に何かにぶつかり止められた。
「何?」
澪の火が止められ、今度は炎が澪の火を燃え上がらせる。
火の魔法に対して火の魔法をぶつけた場合、単純に威力の強い方が打ち勝つが、火の魔法その物を燃え上がらせると言う事は澪も聞いた事は無い。
このままでは澪の吐く火を伝って炎が自分まで到達する為、澪は火を吐く事を止める。
これまで総真の動きを注目していたが、総真は何かをした素振りは全く見せていない。
だが、この状況で総真以外の第三者が総真を守ったとも考え難い。
恐らくは澪には分からないように魔法を使っているのだろう。
「くっ……」
接近戦では澪の反応出来ない攻撃を行い、遠距離では澪には分からないように魔法を使う。
想定外の実力に澪はジリジリと後ろに下がる。
このまま戦いが長引けば、戦闘に気づいた総真の仲間が集まりかねない。
総真と同レベルの仲間が早々いるとは思えないが、総真一人でも苦戦している以上、敵が増えると言う事は避けたい。
澪はこのまま戦闘を継続させる事は危険だと判断すると、背を向けて最大全速で撤退する。
背を向けた瞬間は澪にとっては人生で最も命の危険を覚悟したが、覚悟に反して総真の追撃は無く、無事に逃げ始める事が出来た。
「逃げたか。懸命な判断で助かる」
逃げた澪を総真は追撃する事は無い。
総真にとっては澪が戦闘行為を継続する方が厄介だった。
澪が懸念していたように戦闘が続けば、撒いて来た穂乃火達が来るかも知れない。
総真が引くとしてもこの場に澪が留まり続けたら同じ事になり兼ねない。
だからこそ、実力差を見せて澪に撤退を選ばせた。
「後は追い駆けるだけだ」
総真が澪を追いかけないのはその必要がないからだ。
最初の一撃の際に澪に自らの魔力を付着させている。
距離が離れてしまうと感知する事は出来ないが、風見山くらいの範囲なら十分に追う事が出来る。
後は澪の動きから風見山に隠された何かを探すだけだ。
「だが、その前に穂乃火達と合流する方が先か」
穂乃火達もいつまでも総真がいない事に気が付かない事は無いだろう。
電話で確認しようにも、風見山全体には意図的に通信を妨害されている。
連絡がつかない以上、穂乃火達の方でも騒ぎになる。
余り離れて単独行動を取ろうにも、穂乃火達が総真が居なくなった事で、火凜にその事を報告し、山の中を捜索されると澪やその背後も動き厄介な事になる。
それを避ける為には一度、穂乃火達と合流する必要がある。
総真は穂乃火達の方へと向かって行く。
雄志を撒いて撤退した鷹虎は斗真たちを抱きかかえて、ひたすら山を駆け抜けていた。
ある程度のところまで逃げたところで、斗真たちを下して元の姿へと戻る。
「ハァハァ……ここまでくれば一安心だ」
鷹虎は乱れた息を整えながら木にもたれ掛って座り込む。
誰もが雄志だけではなく、鷹虎までもが姿を変えた事に戸惑い中々、聞き出せずにいる。
「……これからどうする?」
色々な事があり、混乱する中ライラが切りだすが、誰もすぐには答える事は出来ない。
「俺が時間を稼ぐ。その間に皆は先生にこの事を伝えて逃げてくれ」
鷹虎がそう言う。
雄志と同様に異形へと姿を変える事の出来る鷹虎なら雄志を相手にしても時間を稼ぐ事が出来る。
だが、どことなく鷹虎は戻って来る気がないようにも思えた。
「お前はどうすんだ? 戻って来るんだよな?」
「……あの姿を見てまだそんな事を言えるのか? 俺は普通じゃないんだよ」
結愛の言葉に鷹虎は視線を落としながら答える。
ライラも装甲魔法は使うが、鷹虎や雄志は明らかに普通の装甲魔法ではない事は余り知らない結愛たちでも分かる。
「別に気にする必要はないんじゃないかしら? 誰にだって人に言いたくない事の一つや二つはあるんだし……私達が黙っていれば済む事よ」
基本的に他人との関わりを避けている美雪が鷹虎に肯定的な意見を出す事に誰もが少なからず驚いている。
「それに大神は俺達を助けてくれた。大神の力が何であれ、俺達の仲間だって事には変わりはないだろ」
「だな」
斗真も結愛も美雪の意見に賛成し、ライラも頷いている。
鷹虎は自身のあの姿の事を指して普通ではないと思っているが、斗真たちにとっては驚きこそしたが大した問題でもない。
少なくとも、鷹虎は自分達を助けている。
彼らにとってはそれこそが重要で、だからこそ鷹虎の事を仲間だと断言できる。
「仲間か……」
斗真にそう言われてどこか、心が軽くなった気がした。
「聞いてくれるか? 俺の話」
あの姿の事も含めて受け入れられ、自らの事を話す決心が付いた。
本来ならば、雄志の事を火凜に伝える必要があるが、自らの過去を明かす決意をした鷹虎を前にそんな事を言う事は出来ない。
「俺は自分の親の事は何も知らないで施設で育ったんだよ。この力はそこで植え付けられた物だ」
植え付けられた。
その言葉に誰もが鷹虎が望んで得た物ではなく、何者かによって強制的に行われたと言う事は想像できる。
「詳しい理論は分からないけど、体内に特殊な魔導石を埋め込んで肉体を改造してあれだけの力を出せるようにされているらしい」
鷹虎も自分の体に何をされからまでは詳しい事は知らない。
知っている事はあの姿を維持する為の膨大な魔力を維持する為に魔力の結晶体である魔導石を体内に埋め込まれていると言う事と、それだけの力を行使しても壊れないように肉体その
ものを強化されていると言う事くらいだ。
自分達が思っている以上におぞましい事が行われていて吐き気がするが、斗真たちは黙って鷹虎の話しを聞く。
「それぞれが空想上の生き物をモデルとした能力を持たされていて、さっきの雄志はミノタウロス。俺は……俺だけは何故か狼なんだけどな。だから何かな。俺は余り自分の力を制御で
きない上に他の奴らと比べても能力的には劣ってる」
鷹虎は自傷気味に笑う。
施設の子供達はそれぞれ、様々な空想上の生物をイメージした姿になれる。
雄志は牛の怪物であるミノタウロス、鷹虎たちは知らないが、総真と交戦した澪はケルベロスと言ったようにだ。
しかし、鷹虎はだけは実在の生物である狼がモデルのようで、他の仲間達と比べると素早く動ける程度で全体的に能力は劣っていた。
だからこそ、雄志との戦闘の際も戦って勝つ事よりも逃げる事を優先した。
「それで俺達はその力を使って戦われて来た。俺も後から知ったんだが、どうやら俺達は魔法管理局の特殊部隊って事になっていたらしい。部隊名は幻獣騎士団とか」
鷹虎たちは自分達が幻獣騎士団と名乗っていた事は知っていたが、生きる為に必死になっていた事や、大人たちの事情には興味が無かった為、後になって知った事だが、鷹虎たちを戦
わせていたのは魔法管理局だった。
管理局は表向きは存在しない特殊部隊として鷹虎たちの力を利用して普通の魔導師では対応できない相手と戦わせていた。
尤も、鷹虎たちに魔導石を埋め込み肉体を強化したのが管理局なのかは定かではない。
「そんな訳で管理局の特殊部隊だった俺達だったんだが、1年前に最後の戦いが終わると急に解散と言われて俺達は特殊部隊からだたの子供になったって訳だ。その時に成人までの生活保
障とかをされて仲間とも離れ離れになって今に至る」
鷹虎たちがいつ終わるかも分からない戦いの日々を過ごしていたが、1年前に突然として幻獣騎士団の解散が決まった。
そこに至る経緯は分からないが、解散は決まり鷹虎たちは普通の戸籍が用意されて生活も一般的な物が用意された。
その際に雄志を初めとした仲間達とは離れて今では殆どの仲間とは連絡すら取っていない。
だから鷹虎にも雄志が何故ここに居て自分達を狙って来るかも分からない。
「人間って昔からアレだったけど、今でも大して変わらないみたいね。私としては面白いけど」
鷹虎の話しを聞いて反応に困る中、鷹虎を契約しているアウラは特別嫌悪する訳でも怒る訳でもない。
アウラは見た目以上に生きている為、過去に色々と見て来ているのだろう。
「あんまり言いにくい事かも知れないけど、言ってくれて俺は嬉しい。入学してから同じ班になって結構経つけど、大神って自分の事は話さなかったからな」
美雪程付き合いが悪い訳ではないが、思い返して見れば鷹虎は自分の事は何も話してはいない。
普段の態度から漠然と面倒なだけだと思っていたが、過去が過去だけに誰にでも話す内容ではない。
それなのにここで話したと言う事はそれだけ、鷹虎が皆に心を開いたと言う事だろう。
「うちの鷹虎の過去バナで盛り上がるのは良いけど、どうすんの? あの牛の奴はこの前戦った水人形よりも強いよ」
「このまま野放しには出来ないよな。俺達で倒すしかない」
今は山で暴れているだけだが、場合によっては町で暴れるかも知れない。
少なくとも鷹虎を狙って来た以上は、この場で倒すしかない。
「少なくとも俺の剣は通用したし、先生たちと合流すれば勝ち目はある」
「ムカつくけど炎龍寺の実力も本物だ。戦力としては十分に期待できるしな」
鷹虎は自分達は普通ではないと言っていたが、戦闘中に斗真の持つ聖剣は通じていた。
攻撃が全く通らない相手ならば、厳しいが攻撃が効くのであれば戦い用はある。
このままE班だけで戦えば厳しいが、宿泊施設に戻り火凜に協力があれば十分に勝算は出て来る。
斗真たちは入学したてで火凜の実戦での戦闘能力は知らないが、斗真たちを3年間で鍛え上げるに辺り、実力は学生レベルよりも高い事は確実だ。
そこに加えて、総真も加われば更に勝機は出て来る。
「本当に勝てる気でいるのか?」
「当たり前だろ。確かに一人でアイツを戦えって言われても無理かも知れない。俺達には鷹虎とは違ってアイツがどれほど強いのかは分からない。だけど……俺達が皆で力を合わせれば
勝てるって信じてる」
斗真の勝算には明確な根拠と言える物は何もない。
ただ、自分や仲間の力を信じている。
それだけだ。
だが、不思議と鷹虎も皆で力を合わせれば勝てる気がして来た。
「……そうだな。それが仲間って奴なのかも知れないな」
鷹虎も雄志を相手に戦う覚悟を決める。
今までの状況から逃げる為に力を使う覚悟ではなく、仲間と共に状況を打開する覚悟だ。
「先生に伝えるにしても、俺達がどこにいるかも良く分かってない」
鷹虎はここまでは逃げる事に専念して道を外れてもとにかく前に進んできた。
そのせいで自分達の現在位置が完全に分からない。
宿泊施設を出る際に山の地図を貰っているが、鷹虎たちの現在の荷物は魔道具のみで、他の荷物は川に纏めて置いて来てしまった。
携帯電話で連絡を取ろうにも、手元に無ければ意味もない。
「かといって戻る訳にもいかないしな……」
流石に雄志もいつまでもあの場所に留まっているとは思えないが、来た道を戻れば最悪の場合、雄志と出くわす可能性がある。
かといって回り道をしてあの場所まで辿りつけるかも疑問だ。
そうするくらいなら、直接宿泊施設まで向かった方が良いかもしれない。
「ここでじっとしてて始まらねぇな。ここは覚悟を決めて前に進むだけだ」
「それしか方法はないようだな」
このままここで立ち止まっていても、雄志に追いつかれる危険性が高い。
現状では前に進み続けるしか方法はない。
鷹虎も動ける程には体力が回復している。
鷹虎たちは宿泊施設を目指して進み始める。
鷹虎たちが進み始めて、それ程の時間が経っているのか鷹虎たちには分からないが、空を見る限り日が傾き始めている。
夜になる前には宿泊施設に辿り付きたかったが、そうも言ってられなさそうだ。
それでも前に進み続けるしかない。
雄志も元の姿に戻っているのか、未だに雄志と遭遇する事は無かった。
このまま諦めてくれたのなら良いのだが、宿泊施設に向かっているのかも知れない。
状況は分からないが、今はただ進み続けるしかない。
「見ろ! 道かもしれない!」
進んでいると前方に木々の切れ目が見えて来た。
それが道だとすれば、道なりに進めば宿泊施設に辿りつけるかも知れない。
斗真たちは小走りで木々を抜けて足を止める。
「マジかよ。ここは本当に風見市内なのか……」
斗真たちの目の前には道どころか、地続きですらなかった。
風見山に来る途中には崖にかけられた橋を渡って来たが、目の前にはそれ以上に深い崖となっていた。
崖の向こうまでの距離はさほどないが、飛び越えられる程ではない。
下は川で流れも激しく、下に降りる事すら困難だろう。
道だと思って期待を抱くが、その期待は簡単に砕かれてしまったが、ここで心が折れてしまう訳にもいかない。
「とにかく、崖沿いに行こう」
戻るにしてもここまでの道中で宿泊施設や道に繋がりそうな物は何も見つける事が出来なかった。
斗真たちは崖沿いに進もうとするが、不意に大きな影が出来る。
影は次第に小さくなり、上から何かが落ちて来る。
それはミノタウロスの姿に変わった雄志だった。
「見つけたぞ。鷹虎」
「やるしかない! 行くぞ! 皆!」
斗真が声を上げる。
何度も雄志が逃がしてくれるとも限らず、この状況では戦うしかない。
それぞれが瞬時に魔導具を構える。
誰もが雄志に注目していた為、気づいてはいなかった。
5人の中で最も後方にいた美雪の足元が雄志が来た時の衝撃で崩れた。
「え……」
美雪も完全に反応が遅れて体が傾くが何も出来ずに崖へと落ちていく。
「氷川!」
班の中で一番後ろに居て誰の視界にも入っていなかった為、誰もが美雪を助ける事が出来なかった。
それでも、目の前に敵がいる為、不用意に動く事が出来なかった。
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