第9話



 風見ヶ岡学園の入学式から1か月が経つ頃には、新入生たちも学園生活にも慣れて来た頃だ。

 総真と結愛の模擬戦以降、その力を見せつけた総真は炎龍寺家の跡取りとして、誰もが注目する事となる。

 だが、総真にとっては他者から注目される事等日常茶飯事な事なのか、何も変わらずにいる。


「って……炎龍寺の奴」

「今日もやって来たのか?」


 授業が終わり日も傾いて来るころ、結愛は寮の屋上で斗真と鷹虎に愚痴を零していた。

 入学から一か月が経ち、斗真たちは寮の屋上でたむろする事が多い。

 寮にも食堂を初めとした寮生なら誰もが自由に使える場所があるが、共有部は1階にしかない。

 部屋が6階である斗真たちE班にとっては1階よりも屋上の方が部屋から近い。

 屋上にはベンチやテーブルも設置されている為、集まるには丁度良い。

 初めは鷹虎が見つけた穴場だが、今では斗真や結愛も良くここにいる。

 模擬戦の後に結愛は何度も総真と放課後に模擬戦を行っているが、未だに総真に一撃も攻撃を当てる事が出来ていない。

 今日も挑んで来たのか、顔に痣が出来ている。


「アイツ容赦無さ過ぎるんだよ」


 結愛も模擬戦で女扱いして欲しいとは思わないが、総真は顔だろうと何の躊躇いも無く攻撃して来る。

 何度も挑み負けているうちに結愛の体中は痣だらけだ。

 

「それだけボコボコにされても良くやるね。俺には絶対無理」


 総真とは明らかに実力差がある事は最初の模擬戦で見せつけられたはずだ。

 それなのに模擬戦とはいえ負ける事が分かっていながら、何度も挑む事は鷹虎には理解出来ない。


「俺は何となく分けるけどな。やっぱ負けっぱなしは嫌だし」

「そう言うもんかね……でさ、鍛錬も良いけどさ。二人ともテスト勉強は進んでる?」


 鷹虎の言葉に斗真と結愛はあからさまに視線を逸らす。

 5月に入り、次期に入学して初めての中間テストが開始される。

 だが、二人の態度で二人とも碌に勉強していない事が分かる。


「……それは大神も同じじゃん。大神がここにいる確率は高いし」

「俺は普段の授業でついて行っているし、別に上位を狙う気はないからな」


 鷹虎が屋上にいる事はE班の中で最も多い。

 その際に特に勉強をしている訳でもない。

 しかし、鷹虎はテストで上位を目指す気はなく、赤点を取る事を回避出来れば良いからである。


「俺らは屋上に良くいるから知らないかも知れないけどさ、炎龍寺の妹の方が食堂でテストに向けて不安がある生徒を集めて勉強会をやってる」

「マジで?」

「マジで。自分と同じクラスになったからには炎龍寺家の娘として誰一人として落ちこぼれさせないって息巻いてたよ」


 斗真たちは食堂には食事以外では余り利用しないから知らなかったが、鷹虎の言うように穂乃火は他の生徒達に呼びかけて勉強会を開いている。

 魔法関連はまだ基礎的な部分しかテスト範囲ではない為、魔法科に入学できるだけの知識があれば問題はないが、一般科目はそうはいかない。

 中には高校に上がって急に難しくなり、授業について行く事がやっとな生徒も少なくはない。

 そんな生徒を穂乃火は熱心に勉強を教えている。


「更に言うと、彼女は教えるのも上手いらしいよ」


 鷹虎自身が穂乃火から勉強を教わった訳ではないが、勉強会に参加した生徒が話していた事を聞く限りではそうらしい。

 

「最後に言っておくけど、筆記が悪くても実技で挽回しようと思っても実技は期末テストにしかないから」

 

 鷹虎の最後の一言が斗真と結愛を絶望に叩き落とす。

 二人とも筆記テストには自信がないが、実技ならそれなりに自身を持っている。

 入学当初の自信は自分達以上の実力を持っていた総真にへし折られたが、それでもクラスの平均以上の実力を持っている自身はある。

 仮に筆記テストが散々でも実技テストで挽回しようと思っていたが、今回の中間テストは筆記テストのみだ。

 

「……そう言えば明日から連休だよな!」

「露骨に話題を変えて来たな……そうだけど」


 実技テストで巻き返す当てが外れた結愛は露骨に話題を逸らす。

 入学から1か月が経ち、生活にも慣れて来たところに世間では大型連休だ。

 毎日、学校に通っている学生にとっては貴重な休みとなる。

 風見ヶ岡学園でも授業はない。


「……連休って言っても特に予定はないな」

「俺もだ」

「せっかくの連休だってのにさみしいねぇ」


 斗真や鷹虎にとっては風見市に来て一月余り、連休だからと言ってどこかに出かける予定を立てる程、斗真も鷹虎も町の事を良く知らない。


「魔法科は女が多いんだからデートとかさ。折角の青春だってにに良いのかよ!」

「……そう言う結愛はどうなん? 俺達はともかく、炎龍寺や剣崎とかさ」


 斗真も結愛に散々な事を言われた為、反撃する。

 だが、そう言われた結愛は明らかに機嫌を悪くする。


「……炎龍寺は誘った。折角休みで一日中グラウンドを使えるからさ。だけど、炎龍寺の奴! 用事があるからって断りやがったんだよ!」

「そっちも色気ないじゃん」


 学園のグラウンドは休日は自由に使用が出来る。

 事前に申請すれば模擬戦も可能だ。

 普段は放課後くらいしか使えなかったが、休日は一日中使う事が出来る。

 すでに結愛も総真を練習相手に誘っていたが、ばっさりと断られているようだ。


「うるさい! そう言う訳だから斗真。ちょっと氷川でも誘って来い」

「はぁ! 何で俺が!」


 どういう訳なのか斗真も鷹虎もさっぱりだが、結愛の剣幕は本気を物語っている。


「生憎とお前らは論外として剣崎みたいになよなよした男はアタシは駄目だ。それにせっかくの連休でアタシ等の仲間内が皆、灰色な青春を送るのは何か悔しい。だからせめてお前だけ


でも!」

「だから何で……」


 斗真も結愛が言いたい事は何となく分からない事もない。

 だからと言って何故自分が美雪を誘わないといけないのかとも思う。

 確かに美雪の事が気にならない訳ではない。

 この1か月で多少なりとも話す事は出来たが、美雪との距離はE班の中で最も遠い。

 その距離を縮める事は今後の学園生活においても、決してマイナスにはならない。

 

「分かった。そこまで結愛が言うなら……」

「良く言った! それでこそ男だ!」

「……良いんだ」


 結愛のテンションに当てられたのか、次第に斗真のテンションもおかしくなり、鷹虎はため息をつく。

 少なくとも自分に誘って来いと言われなかっただけマシだ。

 鷹虎も人並に異性には興味はあるが、相手があの美雪だ。

 この一か月で必要最低限の付き合いしかしての無かった美雪が休みの日にそれも班単位ではなく二人で出かける事を承諾するとは思えなく。

 いつの間にか美雪を誘いに斗真と結愛は屋上からいなくなっていた。


「分かってんのかな……これで断られたら悲惨な事になるんだけどな」


 そもそも結愛が機嫌を悪くしている理由が練習相手とはいえ総真を誘って断られているからだ。

 これで、美雪にも斗真が断られたら、せっかくの連休も沈んで過ごさなければならないだろう。

 尤も、今の二人の中には断られる可能性は微塵も感じてはいないのだろう。

 だが、それを言った所でもう止まる事は無いだろう。

 鷹虎はただ面倒事が自分まで来ない事を願うしかなかった。







 そんな鷹虎の心配も知らず、斗真は美雪の部屋の前まで来ていた。

 屋上から美雪の部屋までは時間はかからない為、先ほどまでの勢いはまだ衰えてはいない。

 

「良し……行くぞ」


 斗真はドアを前に一息つく。

 結愛は階段の影に隠れている。

 流石に結愛と共に美雪を誘う事は出来ないと言う事が分かるだけの理性は残っているようだ。

 斗真は意を決してチャイムを鳴らす。

 その時点で美雪が部屋にいない可能性を考えるが、少しして中から美雪が出て来る。


「結城君? 何か用かしら?」


 普段見慣れている制服ではなく、部屋着で出て来た美雪に見とれながらも、短い道中で考えて来た言葉を絞り出す。


「なぁ……氷上。明日どこかに出かけないか?」


 何の捻りのない言葉だが、異性を誘った経験の乏しい斗真にとってはこれが精一杯だ。


「何で?」


 返事はYESかNOかしか想定していなかった斗真だったが、何とか理由を考える。


「せっかくの連休だし遊びにも行こうと思ってたんだけどさ……他の連中は皆用事があるって」

 

 何とか理由を考えてそれらしい理由が出て来た事で一息つくが、斗真は気づいていない。

 この誘い方では他の連中に断られたから美雪を誘いに来たと言っているようなものだ。

 人によっては不快になりかねない。


「そうね……買い物にでも付き合って貰えるかしら? ちょうど、欲しい物もあるから」

「ああ! 全然かまわない。寧ろ荷物持ちでもなんでもやってやる!」

「……流石にそこまではお願いはしないわ」


 斗真にとってはどこで何をするかは重要ではない。

 美雪を遊びに誘い良い返事を貰えた事が重要だ。


「明日の昼前にでも呼びに来るけど、それで構わない?」

「ええ。準備にはさほどかからないから」


 約束をして美雪は部屋に戻って行く。

 美雪が部屋に戻った事を確認した結愛は階段の影から顔をのぞかせる。

 斗真は結愛に握りこぶしに親指を立てて約束を取り付けた事を知らせる。

 それを見た結愛も上手く行った事を確信して同じように返す。

 だが、彼らはまだ知らない。

 まだ約束を取り付けただけで本当の戦いは明日だと言う事に。












 そして、翌日。

 風見ヶ岡学園の寮では初めての大型連休で浮足立っていた。

 そんな中、穂乃火は絶望に打ちひしがれていた。


「そんな……兄さん」


 総真の部屋で穂乃火は膝をつく。

 実家では余り着飾る事のなかった穂乃火は珍しくおしゃれをして来た。

 着飾る事は不慣れで、昨日は夜中まで晶と共に今日着る服を選び計画を立ててた。

 そして、今日、総真に告げたのは折角の連休だからどこかに出かけないかと。

 だが、無常にも総真は今日は予定が入っているとバッサリと切り捨てられた。

 

「事前に言えば予定を空ける事は出来たんだがな」


 総真はそう言い着替えている。

 普段の制服ではないが、総真の性格が現れるきっちりとした高校生にしては大人びた私服だが、断られた穂乃火はそんな事を見ている余裕はない。

 総真の言うように事前に約束をしていた訳ではないが、まさか連休全てに予定を入れていたとは思わなかった。

 

「そんなに落ち込む事か?」

「いえ……」


 穂乃火はまだ立ち直れないが、何とか立ち上がる。

 穂乃火にとっては今日、総真と出かける事に特別な意味はない。

 しかし、総真は幼少期から海外に留学する事が多く、殆ど一緒に学校に通ったり遊んだ経験はない。

 風見ヶ岡学園で同じ寮で生活する事で、常日頃から穂乃火は総真と共にいる事が出来る。

 卒業をすれば互いに魔法管理局に入る事がすでに決まっており、卒業後は再び離れ離れになってしまう。

 それは穂乃火も炎龍寺家の人間として世界の為に働く重要性は理解している。

 兄を慕う穂乃火にとってはこの3年間は兄と共に過ごせる短い時間でもあった。

 だからこそ、一日一日を無駄に過ごす訳にもいかない。


「休みとはいえ今日は寮で勉強する生徒も多いだろう。そんな生徒達に勉強でも教えて来たらどうだ?」

「……そうさせて貰います」


 穂乃火はトボトボと総真の部屋から出て行く。

 テスト勉強で他の生徒に教えると言う事は自分から言い出した事だが、教えられている生徒も遠慮して、せっかくの休みくらいゆっくりしたらどうかと提案されていたが、総真と出か


けられない以上はゆっくりする意味もない。

 穂乃火が出て行くと今までのやり取り等なかったかのように総真は自分の準備を済ませると出かける。






 寮を出た総真は風見市内の商業区画に来ていた。

 商業区画の中でも飲食店街を歩いている。

 今日は祝日ではあり、飲食店街はどの店も賑わいを見せている。

 総真は数ある飲食店の中からとある喫茶店に迷わず入る。

 店内に入ると総真は軽く店内を見回す。


「やぁ総真君。こっちだよ」


 すると、男が総真に声をかける。

 男は総真とは一回りは年の違う中年男性で、一人でいるとこの喫茶店には場違いにも思える。

 総真が穂乃火や結愛の誘いを断ってまでここに来たのは一人で休みを満喫する為ではない。

 彼と会う約束があったからだ。


「遅れて済みません。氷川院長」

「構わないよ。相変わらず時間通りだ」


 総真は約束の時間に遅れた訳ではないが、相手がすでに来ていた為、謝って置く。

 相手も総真が遅れている訳でも無い為、特に怒っている様子はない。

 相手の名は氷川総次郎。

 風見市の中でも最も大きい氷川病院の院長であり、美雪の父親でもある。

 総真は総次郎の迎えに座ると店員に注文をする。


「驚いたよ。君が急に僕に会いたいと連絡を入れて来た時はね……暫く見ないうちに大きくなった」


 総次郎と総真は以前から面識があり今日は総真の方から総次郎にコンタクトを取り、ここに呼び出している。

 

「今日は御当主から何か?」

「いえ。今日は母とは別件です」


 氷川病院はここ数年で魔法関係の医療でも有名になりつつある。

 総真の実家でもある炎龍寺家は氷川病院の魔法医療に多額の援助を行っている。

 その為、氷川病院としては炎龍寺家に対しては従順な姿勢を見せておく必要もあった。


「となると……彼女か」

「ええ。今日は緋村さんに頼まれて来ました」

「緋村さんか……」


 総真が総次郎を呼び出した用件は炎龍寺家がらみではなく、緋村真理によりものらしい。

 総真と真理の関係を知る総次郎は真理なら総真を平然と使いパシリに使う事もあり得る。

 そして、総真が真理の事を緋村さんと呼ぶ事に微妙な距離感があるが、総次郎もその辺りの事は聞かない。


「彼女も困ったものだ。総真君を使うとはね」

「あの人も忙しいんでしょう。最近はこの町も物騒になって来てますからね」


 風見市は近年魔導師がらみの事件は増えて来ている。

 魔法管理局も警察と連携して対処に当たっているが、未だに根本的な解決には至ってはいない。

 真理も忙しく、総真に頼んだのであろう。


「それで氷川院長に頼みたいのはこれの鑑定です」

「どれ……」


 総真は持って来ていた錠剤の入った小さく透明な袋をテーブルに置く。

 総次郎は袋の中の錠剤を軽く見る。


「これをどこで?」

「緋村さんが補導した不良グループのメンバーが所有していたとか」

「明らかに市販の物ではないな。そんな物を若者がね。年頃の子供を持つ身としては痛ましい限りだよ」


 総次郎が見た限りでは一般に売られている合法な薬ではない。

 だからこそ、真理も総真を通じて総次郎に鑑定を依頼して来たのだろう。

 総次郎に依頼したと言う事は錠剤は魔法によって作られた魔法薬の一種と思われる。

 氷川病院は炎龍寺家から出資を受けているだけあり、魔法を医学に応用した分野では国内でも最高峰と総次郎も自負している。

 この錠剤が魔法薬であるなら、風見支部で鑑定するよりも氷川病院に依頼した方が確実だと真理も判断した。

 同時に炎龍寺家の次期当主である総真に行かせる事で、総次郎が鑑定の依頼を断り難くしたのだろう。

 本来ならば余り人のいるところでするような内容ではない。

 風見市内にも余り人に知られると不味い話しをする事の出来る料亭等はいくつかあるが、学生である総真が出入りするには目立ち過ぎる。

 その為、総真は喫茶店と言う総真が出入りしても不自然ではない場所を選んだ。

 尤も、この場所では誰かに聞かれる可能性もあるが、事前に周囲は警戒済みで、店の客や周囲の人間は意図的に自分達を監視し、話しを聞いていない事は分かっている。


「鑑定は任せて貰う。ただ、時間はある程度は必要になって来ると思う」

「分かっています」

「分かった。鑑定が終わり次第知らせる」

「お願いします」


 用件が終わり、総真も無駄話をする事なく会計を済ませて店の外に出る。














 斗真は人生で最も緊張していた。

 風見ヶ岡学園の入学試験の時でもこれ程まで緊張する事はなかった。

 昨日は結愛に焚き付けられて勢いで誘ったものの、男女が二人きりで出かけると言うのは世間一般で言う所のデートだ。

 斗真は今まで異性と遊びに行った事は何度かあるが、二人きりと言うのは余りない。

 あるのは隣に住んでいた幼馴染と結愛くらいで、どちらも異性として意識している訳ではなかった。

 だが、美雪は違う。

 斗真も少なからず美雪の事は意識している。

 焚き付けた結愛もデートの経験は無く、完全に丸投げをして土産話を期待していると言っていた。

 待ち合わせの時間となり、美雪の部屋まで呼びに行き無事に寮を出るところまでは問題なくクリアした。

 尤も、当たり前の事だが休みの日に出かける為、学園の制服ではなく私服で出て来た時には動揺し、まともに美雪の事を見る事すら出来なかった。


「氷川はさ……テスト勉強の方は進んでる?」


 寮を出て美雪が買い物に行きたい場所は商業区画の大型書店で、今はその道中だ。

 斗真も初めてのデートでの話題等用意している訳もなく、無難に共通の話題である学園の事を話す事にする。


「それなりには」

「そっか」


 そこで会話は終了する。

 元々、美雪は班で行動しているときも必要以上に話す事もない。

 斗真の話題も無視はされないが簡単に返事を返すだけで終わってしまう。


「今日は参考書でも買うのか?」

「そうね……まぁそうかしら」


 またもや会話は終わってしまう。

 他に共通の話題と言ってもすぐには出て来ない。

 美雪が一人でいる時に本を読んでいる事が多いが、遠目で見る限りでは難しい本を読んでいるくらいしか分からない。

 斗真も本を読まない訳ではないが、斗真の読む本は漫画くらいで、漫画にしてもメジャーな物で詳しい訳でもない。

 それでも斗真は懸命に話しを繋いでいるうちに商業区画に到着した。


「これマジで本屋なのか……」

「そうよ。ここは風見市で一番大きいわ」


 書店の想像以上の大きさに圧倒されるが、美雪は気にした様子もなく、店の中に入って行く。

 斗真も慌ててそれに続く。

 店内に入ると美雪は迷う事無く進んで行く。

 次第に専門的な学術書が並んでいるようになって行く。


「あったわ」


 美雪はお目当ての本が見つかったのか、分厚い本を手に取る。


「へぇ……魔法医学? 氷川は医学に興味があるんだ」


 斗真は本のタイトルの意味はイマイチ分からないが、それが魔法医学に関連している物だと言う事だけは分かった。

 美雪が女子高生が読むような本ではなく、難しい本を読んでいる事は知っていたが、医学にも興味があるのは知らなかった。


「別に興味がある訳ではないわ。私の家は病院だからこの手の知識はないと駄目なのよ」

「そっか。凄いな」


 斗真は美雪の事は殆ど知らないと言ってもいい。

 恐らくはこの程度の事なら聞けば話してはくれただろうが、普段の美雪の雰囲気では下手に家の事とかは聞けない。

 その為、自身の家の事を美雪から話して貰えて少し嬉しかった。

 同時に美雪は自分と同い年でありながら、将来の事を見据えて勉強をしている事を素直に凄いとも思った。

 斗真が風見ヶ岡学園に入学したのは魔法の事をもっと知りたいと思ったからで、魔導師を目指すも学校を卒業した後の事は何も考えていない。


「……別にそんなんじゃないわ」


 斗真は素直に褒めただけだが、美雪はどこか暗い表情になり手に取った本をレジへと持っていく。

 そんな美雪の態度に違和感を思えながらも、斗真は美雪を追いかける。

 美雪の買い物は本が一冊だけのようで、美雪の用事は終わった。

 流石に自分の買い物に付きあわせて終わったから帰ると言う事もないが、斗真自身何かプランを用意していた訳ではなく、最終的に抵当に歩く事になった。


「そう言えばこの辺りは来た事が無かったな」


 風見市に来て一月となるが、斗真自身は商業区画には来た事は無い。

 地元民である結愛に連れられて行かれた場所は基本的にゲームセンターやファーストフード店等で商業区画までは来ていない。

 普段の生活に必要な物も学園周辺で手に入る為、ここまで来る必要もなかった。


「この辺りは色々と専門的な店も多いから探せば大抵の物は見つかるわ」

「へぇ」


 余り自分の事を話さない美雪だが、美雪もまた風見市に実家がある。

 結愛とは生活環境も全く違う為、普段の行動範囲も違うのだろう。


「それよりさ、そろそろ腹も空いて来たからさ昼メシにでもしない?」

「そうね……私は余り外食はしないから飲食店には詳しくはないのだけれど」

「まぁ、適当に歩きながら探せば良いさ」


 斗真と結愛はそう決めて飲食店街の方に歩き出す。

 飲食店街を歩いているが、中々店を決めかねていた。

 店の数は多いが、高校生が二人で入るには敷居の高い店が多い。

 適当に歩いていると、美雪が喫茶店の前で立ち止まる。

 店から出て来た客とぶつかりそうになって止まったかのようにも見えたが、出て来た客との距離は十分で避ける余裕もあった。


「……お父さん」

「美雪じゃないか」


 止まった理由はぶつかりそうだった訳ではなく、出て来た客が美雪の顔見知りだったからのようだ。

 そして、その相手は美雪の父親らしい。

 見た目は似ていない為、美雪が父と呼ばなければ分からなかった。


「氷川の親父さん?」

「……ええ」


 斗真は美雪に確認するが、やはり出て来た客は美雪の父親だと言う事だ。

 美雪は風見市に住んでいる為、父親とばったり会う可能性はあるが、広い風見市でばったり出くわす可能性は低いだろう。

 美雪は偶然父親と会った事で驚くと言うよりもどこか怖がっているようにも見えた。


「彼は?」


 美雪の父、総次郎は斗真の事を見る。

 この状況で全く知らない相手だとは思わないだろう。

 総次郎の斗真を見る目はどこか厳しいようにも思えるが、寮生活をしている娘が男と二人でいれば、父親なら仕方が無いと斗真は軽く愛想笑いで誤魔化す。


「彼はクラスメイトで同じ班の人です。今日は勉強の息抜きに」

「そうか」


 友達ではなくクラスメイトと紹介された事は少しさみしいが、間違いではない為、否定のしようがない。

 だが、親子でありながらどこか距離感があったが、年頃の娘と父親ならこんな物かと思い余り深くは考える事は無かった。


「美川院長。何かありましたか?」


 店から美雪の父親が出て来たところに出くわしたと思ったが、今後は更に予想外の相手が出て来る。

 それは今まで総次郎と店の中であっていた総真だ。

 総真の手には店でテイクアウト用のケーキでも買って来たのか、店の紙袋を持っている。

 二人は知らないが、店を出る前に総真は寮に置いて来た穂乃火の為にケーキを3人分買って来ていた。


「炎龍寺君?」


 父親とクラスメイトと言う組み合わせに流石の美雪も少し驚いているようだ。

 斗真は事態が呑み込めずにいる。


「総真君はうちの娘とは知り合いだったのか?」

「彼女とは同じクラスですよ」


 普段の総真よりもどこか口調が柔らかく、総次郎の態度も美雪相手よりもどこか柔らかいが今はそんな事を気にしている余裕はない。


「そうかそうか……美雪。余り総真君に失礼の無いようにな」

「はい。分かっています」


 総次郎は美雪にそれだけ言うと近くに止めていた車に乗って去って行く。

 残った総真も総次郎の車に軽く頭を下げて、この状況等眼中にないかのように歩き出す。


「どうして炎龍寺が氷川の親父さんと一緒にいたんだ?」


 美雪は動揺しているのか、総真には何も言わないが、斗真が意を決して質問した。


「氷川院長の病院にはうちが資金を出資している。その関係だ」


 以外にも総真は答えてくれた。

 だが、内容は少し違うが間違いでもない。


「話しはそれだけか? それなら俺は帰らせて貰う」


 それ以上は話す気は無いらしく、総真は斗真たちの返事を聞く事なく帰って行く。

 総真と総次郎が居なくなったが、場の空気は重い。


「結城君。ごめんなさい。今日は帰らせて貰うわ」

「……そうだな」


 流石にこの空気まま昼食を取って町をぶらぶらする訳にもいかない。

 少しは美雪の事を知れて結愛に焚き付けられても誘って良かったと思っていたが、結果としては今日のデートは大失敗と言えるだろう。

 始めよりもどこか距離を取る美雪を見ながら、斗真は帰ってから結愛に色々と聞かれる事を思うと気が重たくなりながら、二人で寮へと帰って行く。

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