第5話





 特別実技の授業の事を聞かされた翌日、斗真は一度朝食を終えた後に普段よりも遅い時間に食堂に来ていた。

 今日は学園に向かう事はなく、食堂で簡単に説明を受けて現地に向かうらしい。


「俺で最後? 先生は?」


 すでに食堂には斗真以外の4人がいて、他には生徒は誰もいない。

 

「火神先生は一度学園の方に行ってる。アタシ等に説明をする間の自称の指示を出しにな」


 魔法科は全ての授業を担任が受け持っている為、ここで斗真たちに説明をする為には斗真たちE班以外の生徒達に火凜がいない間の指示を出す必要がある。

 その為、火凜は一度学園に向かったらしい。


「先生が戻って来るまで少し時間がありそうだし、今の内に自分達の魔道具でも見せ合ったりしようぜ」


 時間を持て余し、結愛がそう提案する。

 今まで放課後に寄り道をしたりしているが、魔法関連の話しは殆どしていない。

 斗真自身魔道具の事も昨日初めて知った程で、互いの使う魔道具に関しては何も知らない。


「ちなみにアタシのはコレだ」


 言いだしっぺの結愛が自分の魔道具を見せる。

 だが、見せると言うよりも拳を突き出しただけだ。

 結愛は普段から革の指ぬきグローブをしていたが、斗真たちは単にファッションの一環で付けているくらいにしか思っていなかったが、どうやらそれが結愛の魔道具と言う事だ。


「アタシは武器とか使うのは性に合わないからな。やっぱ喧嘩は拳でしねぇと」


 結愛はそう言って何度かパンチをする素振りをする。

 結愛の性格的にはそうかも知れないが、喧嘩目的で魔法を使えば退学どころの騒ぎではない。


「私のはコレだ」


 ライラが足元に置いていたケースを机の上に置く。

 誰もがその大きさに少なからず驚いていた。

 ライラは小柄だが、ケースは明らかにライラの身長よりも大きい。


「でか!」


 ライラがケースを開くと中には一本の大剣が収められていた。

 無骨で装飾品の類はなく、切ると言うより剣の重さで叩き潰す事を目的に作られた物だろう。


「そんな小さい体で使えるのか?」


 誰もが疑問に思った事を斗真が質問した。

 それに応えるかのようにライラはケースにしまわれていた大剣を持ち上げる。


「持ち上げるくらいなら今でも問題はない。実際に使うとなれば少し魔法を使う必要があるがな」


 ライラは持ち上げた大剣をケースに戻す。

 ライラの口ぶりから察するに実際に使う際には魔法で補助すると言う事だろうが、魔法の補助は無くても持ち上げるくらいの事は出来るようだ。


「俺のはコイツだ」


 今度は斗真が自信の相棒を皆に見せる。


「へぇ……コイツがね」


 斗真が見せたのは一本の剣だ。

 同じ剣であるライラの大剣と比べると短く感じるが、剣としては一般的なショートソードだ。

 だが、無骨なライラの大剣とは違い、どこか神々しさすら感じる。


「何か凄そうだけど、どこでこんな物を?」

「俺もコイツの事は余り知らないけど、昔に少し魔法関連の事件に巻き込まれてさ。確か光の聖剣とか言われていたな……」


 鷹虎の質問に斗真は答えるが、余り詳しくは話したくはないようだ。


「見た感じだとAクラス相当の代物だな」

「Aクラス?」

「Aクラスってのは魔導具のランクみたいな物だけど、まさか知らない?」


 鷹虎はこれ程の魔道具を持ちながら魔道具のランクの事を知らない事に少し驚いている。

 斗真も見栄を張る必要も無い為、素直に頷く。


「魔道具にはそれぞれ管理局が定めるランクが付けられるんだよ。最低ランクはEでこれは俺達のような訓練途中の学生なんかが使うような練習用の魔道具。その上のDランクが管理局に


認められた魔導師に配布されるような大量生産されている魔道具で、CがそのDランクの魔道具を使用者に合わせて調整したりカスタムされた物。Cランクはある程度の実力を持った技師が


作った物で、Bランクは一流の技師が作った魔導具。で、Aクラスが一流の技師がその技術の全てを注ぎ込んで作られた一点ものの魔道具や一から特定の魔導師を使う事を前提に制作した


魔道具って訳」

「……成程」


 斗真も全てを飲み込めた訳ではないが、この聖剣が自分の想像以上に凄い物だと言う事は分かった。


「氷川と大神のはどんなん?」

「……私のはこれよ」


 美雪は渋々と言った様子で自信の魔道具を取りだす。

 それは二つに分割しているが、弓のようだ。


「もう良いでしょう」


 美雪は魔導具をそそくさとしまう。

 元より班員と必要以上に関わろうとしない美雪だが、余り魔道具を見せる事も嫌らしい。

 これ以上、美雪も魔道具の事を詮索する事は流石に斗真も結愛もする事はない。

 最後に班員の中でまだ魔道具を見せていない鷹虎に皆の視線が向かう。

 だが、鷹虎は首を横にする。


「俺は持ってないよ」


 鷹虎はあっけらかんとそう言う。

 

「てか、俺からすれば入学したばかりの皆が自分用の魔道具を持ってるって事の方が驚きなんだけど」


 魔道具は魔導師なら誰もが持っている必需品だが、彼らはまだ魔法科に入学したばかりの学生だ。

 総真のように魔法の名門一族ならば、自分用の魔道具を与えられていても不思議ではないが、普通の家庭で生まれたような斗真たちが自分の魔道具を持っている方が珍しい。


「それに先生も行っていたけど、今日の特別実技は魔道具が必要となるような事じゃないらしいし、別に持ってなくても構わないでしょ」


 初めての特別実技の授業で斗真や結愛は少なからず興奮していたが、鷹虎の言うように入学したばかりの斗真たちにやらせるような仕事で魔道具が必要となるような事は無いと昨日の


段階で火凜が言っている。

 と言う事は戦闘になる事も魔法が必要となる事もないのだろう。


「揃っているな」


 鷹虎の言葉に軽く気分が落ちていると、指示を出して戻って来た火凜が食堂に入って来る。


「さて、君たちにはまず風雲寺に向かって貰おうと思う。本郷と氷川はこの町の出身だったが、場所は分かるか?」


 火凜はそう言って結愛と美雪を見る。

 斗真たちも結愛が風見市の出身である事は知っていたが、どうやら美雪も風見市の出身らしい。

 美雪は首を横に振る。


「アタシは行った事はないけど、場所は分かる」

「そう。一応地図は用意しておいたけど、それなら問題はなさそうね。貴方達は今日から3日程、風雲寺に滞在して貰うわ。やる事は向こうで指示があると思うわ」


 初めての特別実技の内容は風見市内にある風雲時とやらで行われるとの事だ。

 特別実技の内容は毎回異なり、その日の内に終わる事もあれば数日かかる事も珍しくはない。

 場合によっては現地で泊まりがけと言う事もあり得る。

 その間は当然、通常の授業に出席は出来ないが、特別実技中は欠席扱いにはならない。


「それじゃ初めての特別実技の授業だけど、気負わずに行ってらっしゃい」


 火凜に見送られて5人は結愛の先導の元、特別実習の行われる風雲寺を目指す。









 風雲寺は風見市の郊外にある寂れた寺だ。

 歴史は古いものの、今では訪れる者も殆どいない。

 風見ヶ岡学園からは電車とバスを乗り継いで2時間程で到着した。


「ここが風雲寺だ。アタシも来るのは初めてだけど」


 結愛の先導もあって、風雲寺までは問題なく到着する事が出来た。

 問題があるとすると、自身の身丈よりも大きいケースをライラが背負い電車やバスに乗っている為、周囲からの視線が痛かったくらいだ。


「取りあえず入って見るか」


 風雲寺に到着した物の境内には人気がない。

 このまま待っていたところで、どうしようもない為、斗真たちは風雲寺へと足を踏み入れる。

 敷地は広いが、境内にはやはり誰もいない。

 境内に入りすぐに寺の本堂が見て来る。


「済みません! 風見ヶ岡学園から来たんですけど!」


 本堂の玄関を開けて斗真が代表して人を呼ぶ。

 すると中から足音が聞こえる。 

 どうやら、人気はないものの無人と言う訳ではないらしい。

 

「おおー。来た来た」


 斗真たちを出迎えたのは斗真たちよりも少し年下の少女であった。

 巫女服を着ている為、この寺の人間だとはすぐに分かるが、出て来るのは年を取った住職だと言う印象を持っていた為、少し呆気にとられた。


「わざわざこんな寂れたところに良く来たね。私はアウラ。この寺の神様ってところかな」

「はぁ」


 アウラと名乗る少女は自らの事を神を称するが、取りあえず斗真たちは軽く流す。


「まぁ、こんなところで立ち話もなんだから上がってよ」


 斗真たちはアウラに言われて、本堂の中に上がる。

 まずはアウラに客間に通されて自分達の荷物を置くと居間に通された。


「えっと……俺達は学園からここに来るように言われたんだけど……住職とかは?」

「知ってる。ここには私しか住んでないよ」


 アウラも斗真たちが風見ヶ岡学園から来たと言う事は知っているらしい。

 そして、ここにはアウラしか住んでいないとの事だ。

 アウラは見た感じだと14歳位で、そんな少女が寺に一人で住んでいると言うのは少しおかしな話だ。


「そんな事はどうでも良いからさ。君たちに頼みたい事は掃除なんだよね」

「は?」

「だから掃除」


 アウラの言葉が一瞬理解出来なかった。

 自分達が呼ばれた理由は単なる掃除だと言うのだ。

 火凜も1年で十分で魔法の必要のないと言っていたが、魔法科である自分達が呼ばれた理由は掃除だとは思っていなかった。


「前にやったのは4、5年程前だから結構埃とか溜まってんだよね」


 アウラの中ではすでに斗真たちが雑用をする事が決まっているようだ。

 斗真たちも授業の一環で来ている以上は従うしかなかった。


「この広い境内を俺達だけで掃除をするのは結構大変だな。ちなみにそう言った経験は?」

「俺は最低限の事なら……これでも一人暮らしをしていたから」


 鷹虎は以前から一人暮らしをしていた為、掃除は最低限の事は出来るらしい。

 斗真も両親が不在な事が多い為、出来ない事もない。


「アタシは細かい事は苦手だ」

「不要な物を破壊する事なら得意だ」

「掃除なら業者に頼めば良いじゃない」


 男子二人は問題なさそうだったが、女子三人はそうでもないようだ。

 だが、そうも言ってられない。

 仕方が無く、斗真たちは掃除を始める事にする。


「なぁ……これってさ。炎龍寺が適任じゃないってのは炎龍寺の坊ちゃんには掃除なんてさせられないって事だよな」


 取りあえず内と外に分けて掃除を始めたが、早々に結愛が文句を言いだす。

 火凜は総真たちが今回の特別実技の授業には不適任だと言っていたが、それは能力的な問題よりも、総真が炎龍寺家の跡取りだと言う立場だと言う事で不適任と判断されたとしか思え


ない。

 そして、自分達には掃除がお似合いだと言われているような気もして来た。


「言っても仕方が無いだろ。俺は結構好きだけどな。掃除して綺麗になると結構気分とか良いしな」

「そう言うもんかね」


 結愛は文句を言いながらも溜まっていた埃を落とす。

 結愛は文句を言うが、斗真は始めこそは予想外の事で戸惑ったが、文句はないらしい。

 一方の美雪は相変わらず斗真や結愛とは関わらずに黙々と作業をしている。


「若いのに結構結構。その調子で頑張って頂戴」

「なぁ……アイツを一発殴っても良いか?」

「落ち着けって、流石に不味い」


 斗真たちは作業をしているが、掃除を頼んだアウラは居間で寝転びながらテレビを見て煎餅をかじっている。

 軽く切れかける結愛を斗真がなだめて、内部の清掃組は作業を続ける。













 内部の清掃を斗真たち3人が担当し、鷹虎とライラが外の掃除をしている。

 外は範囲が広いが、本堂の内部は自分達が寝泊まりをする場所である為、3人でやっている。


「俺が言える事でもないけど、人は見かけにはよらないな」


 鷹虎は箒で落ち葉を集めながら、ライラの仕事ぶりを見て呟く。

 ライラは見た目は小柄だが、魔道具が大剣だと言うだけあって力が強い。

 境内に不法投棄されていた家具や家電等を軽々と持ち上げて一か所に集めている。


「力仕事は得意だからな」


 ライラはそう言いながら一人で箪笥を運んでいく。


「力仕事は向こうに任せても良いか」


 鷹虎は落ち葉を集めていると、視界の端に人影が写る。


「ん? 客か?」


 一緒に外で作業をしているライラではなく、中で作業をしている斗真たちかとも思ったが、違うようだ。

 季節外れな黒いコートと帽子で顔までは見えないが、明らかに普通の参拝客には見えない。


「何だ? まぁ良いか」


 不審に思ったものの、自分達には関係ないと鷹虎は気にする事なく作業を進める。

 作業を開始して少しすると、昼食で一時作業が中断して休憩に入る。

 昼食を簡単に済ませてると、鷹虎はアウラが一人になった頃合いを見計らい声をかける。


「なぁ、さっき変な客が来てたろ?」

「見てたんだ」


 アウラも否定はしない事からやはり、さっき鷹虎が見たのは風雲寺を訪れた客のようだ。


「何か普通じゃないような気がしたんだが……」

「まぁね。ここのところ良く来るキャッチセールスみたいなものかな」


 アウラはそう言うが、どう見ても鷹虎が見た男はセールスマンには見えない。

 今まで軽く流していたが、自分達よりも年下に見えるアウラが一人で寂れた寺に住んでい事態は明らかに普通ではない。

 鷹虎は嫌な予感がして来た。


「面倒だから魔法で追い払ってよ」

「いや……そんな事をすれば俺達が管理局に捕まるって」

「そうかなぁ」


 相手がどうであれ、無許可で魔法を使い人を傷つければ魔法管理局も黙ってはいないだろう。

 

「面倒事なら警察か管理局に相談した方が良いぞ」

「そう言う訳にもいかないんだよね」


 相手に素性は分からないが、場合によっては自分達よりも警察や魔法管理局に助けを求めた方が良いのだが、アウラにはそれが出来ない理由があるようだ。

 公的機関に助けを求められない理由があると言う事はアウラ自身にも後ろめたい事があると言う事だろう。

 鷹虎はますます嫌な予感がして来る。

 この風雲寺はただの寂れた寺ではないのかも知れない。


「それよりさ……初めて会った時から気になってたんだけど」


 アウラは鷹虎を対峙する。

 まるで鷹虎を観察するかのようなアウラの視線に鷹虎は自分の内面まで見透かされているような気になる。


「何で君のような子が風見ヶ岡学園にいるんだろうね?」

「……何の話しだ」


 自分よりも年下に見えない視線を送るアウラに鷹虎は得体の知れなさを感じて逃げたい衝動に駆られる。

 だが、全てを見透かすようなアウラの視線に鷹虎は逃げる事も出来ない。


「好きだよ。私は君みたいな面白そうな子は」

「お前……一体何なんだ」


 アウラがゆっくり近づくにつれ、鷹虎の心臓の鼓動が早くなって行くのが分かる。

 やられる前にやれ……不意に鷹虎の脳裏にそうよぎる。

 直感的に鷹虎はアウラを自分にとっては脅威となり得ると判断し、過去の経験からアウラを始末しろとそう囁く声が聞こえる。


「内に獣を飼いながらも、それを否定する。本当は自分が人ではないと分かっているのに人であろうとする。実に面白い」


 アウラの言葉の一つ一つが鷹虎の心に突き刺さる。

 本当に何もかもがアウラには見透かされていると思う程に的確について来る。

 だが、不意にアウラが足を止める。

 すると、今までの緊張感が嘘のように消えてなくなる。


「……本当にしつこいな。消えろって言ったじゃん」


 そこには鷹虎も見た怪しい男が立っていた。

 それを見たアウラは心底、機嫌を悪くしている。


「やばい!」


 鷹虎はとっさに動いた。

 男が腕を振るうと、同時に先ほどまであれほど危険視していたアウラを押し倒すと、アウラの後ろの木が切断されて倒れる。


「へぇ」


 自分を助けた鷹虎の事をアウラは興味深そうに見ている。


「アイツは何なんだよ?」

「だから知らない」


 この期に及んでアウラは白を切っているのか、本当に知らないのかは分からないが、男がアウラを狙って来ていると言う事は事実だ。

 鷹虎はアウラを立ち上がらせると自分の後ろに隠す。

 

「何やってんだろうな……俺」


 少し前まではあれほど、アウラに恐怖を思えていたが、とっさにアウラを守るように動いてしまった。

 自分でも見捨ててしまえばどんなに楽だったかと思う。

 鷹虎は男の動きを注意しながらジリジリと下がろうとする。

 魔道具の無い今の鷹虎は禄に魔法が使えない。

 状況的に魔法で反撃したところで違法行為とはならない為、今は本堂に戻って斗真たちと合流する事が先決だ。

 しかし、下手に背を向けてしまえば先ほどの木のように男の攻撃を受けて終わりとなる。

 切迫した状況だが、鷹虎の後ろから火の弾が飛んで来て男に直撃して吹き飛ばされる。


「何だか知らないが、アイツはぶっ飛ばしても良かったんだよな」

「……いいタイミングだったよ。本郷」


 火の弾を撃ったのは結愛のようだ。

 結愛も状況は完全に把握している訳ではないが、状況的に男が危険だと判断して攻撃したのだろう。

 

「で、アイツは何なんだよ」

「俺も聞きたい」


 結愛の攻撃で吹き飛ばされた男だが、何事もなかったのように立ち上がる。


「手加減したつもりはなかったんだがな……おもしれぇ!」


 結愛の両手に火がつくと結愛が二人の前に出る。


「大神は魔道具を持って来てないんだろ? だったらその嬢ちゃんを連れて逃げてろ。その内、他の連中も来るから」

「頼む」


 鷹虎はアウラの腕を掴むと本堂に向けて走り出す。

 もう少しで本堂につくかと思ったが、鷹虎とアウラの前に先ほどと同じ男が立ちはだかる。

 

「さっきと同じ奴か?」


 黒いコートに黒い帽子を恰好だけでなく全てが結愛が相手をしている男と全く同じだ。

 相手の能力は未知数だが、結愛がやられて追い駆けて来たとは思えない。

 

「大神! 下がれ!」


 全く同じ人間が二人いるカラクリは分からないが、ライラの叫ぶ声が聞こえた。

 同時に水の矢が男を目掛けて飛んで来る。

 それは遠距離から美雪が放った物だろう。

 水の矢は男に突き刺さり、その後ライラが大剣と共に飛び上がり、男に振り下した。

 その一撃で男は水飛沫を上げて跡形もなく吹き飛ぶ。


「大丈夫か?」


 男を叩き潰したライラは二人の前に着地する。

 身丈以上の大剣だが、ライラは問題なく扱えているようだ。

 魔法で補助をするようだったが、ライラの両手には魔道具を見せた時にはなかった籠手を着けている事から、その籠手が魔法での補助なのだろう。


「助かったけどやり過ぎじゃないか?」

「……手ごたえがおかしい」


 一撃で男は跡形もなく吹き飛んだが、ライラは男を叩き潰した時の手ごたえに違和感を覚えているようだ。


「大神!」


 ライラの後から斗真も自身の魔道具である聖剣を手に駆け寄って来る。


「コイツら普通の奴じゃない」


 鷹虎がそう言うとライラが男を吹き飛ばした際の水飛沫が集まると、再び男となった。

 

「水が!」

「ふぅん。そう言う事」


 斗真たちが倒した筈の男が元に戻った事で驚く中、アウラは何が起きたのか理解したようだが、それには鷹虎も気づいていない。


「コイツはアウラが狙うのようだ。俺はコイツを安全な場所に連れて行く」

「分かった。俺はライラと引きつける」


 その場は斗真とライラに任せて、鷹虎はアウラを連れて行く。

 途中で美雪と合流して、本堂の裏まで逃げる。


「さっきの連中は何なの?」

「さぁな。俺にも分からん」


 結愛の攻撃だけではなく、ライラの強力な一撃を受けて尚、何ともない男の力は得体が知れない。

 

「とにかく、学園に連絡をしないとな。俺達だけじゃ正直何とも出来ない」


 それぞれが自身の魔道具を持ちある程度は魔法が使えるが、得体の知れない能力を持つ男を相手にするのは分が悪い。

 このまま、自分達だけで戦うよりも学園に連絡を入れて助けを求める事が現在、鷹虎たちが取れる手段だ。


「そうね」


 斗真たちが時間を稼いでいる間に安全な場所から助けを求めようとしていると、不意に鷹虎が3人目の男に殴り飛ばされる。


「大神君!」


 鷹虎は本堂の窓ガラスを破り本堂の中まで飛ばされた。


「っ……3人目か……油断した」


 本堂の中に殴り飛ばされて窓ガラスだけでなく、中の障子を突き破り居間のちゃぶ台の上に鷹虎は叩き付けられた。

 斗真たちと合流し、美雪もいた事で鷹虎も失念していた。

 相手は全く同じ姿の男が2人。

 その理由は分からないが、2人いたら3人いる可能性も考えられた。

 だが、仲間との合流で油断していたところを3人目の男に狙われてしまった。


「氷川だけじゃ不味い」


 美雪も魔道具を持っているが、美雪の戦闘スタイルや弓による遠距離攻撃だろう。

 その手の魔導師は常に自分の距離を保っていないと力を発揮できない。

 男と対峙した状態では美雪は圧倒的に不利だ。


「どうする……」


 美雪が一人では男を相手にするのは難しい。

 すでに斗真や結愛、ライラは交戦中である為、誰かが美雪の援護に向かえるとは思えない。

 早々都合よく新しい増援が来て助けて貰えると言う可能性も低い。

 

「……今なら逃げる事も出来る」


 男の狙いはアウラだ。

 美雪も抵抗はするだろうから、自分一人で逃げようと思えば逃げる事は出来る。


「そんな事が出来ればどんなに楽だったのにな」


 斗真たちたアウラを見捨てて逃げると言う事が出来れば、鷹虎にとってはどんなに楽だったのだろうか。

 だが、ここで見捨ててしまえば少なからず後悔はするだろう。

 まだ出会って間もないが、知り合いを見捨てて逃げて平気でいられる程、鷹虎は薄情な人間でもなかった。

 これから先、見捨て、それを悔やんで生きていくよりもこの場を何とかする事の方が後々の事を思えば楽になる。


「つっても……アレを使うのか……」


 鷹虎の中には状況を打開できるかも知れない唯一の手段が頭を過る。

 それならほぼ確実に状況を打開する事は可能だろう。

 だが、鷹虎自身、それを使う事を忌み嫌っている。


「迷ってる場合じゃないか……」

「覚悟を決めているところ悪いんだけど」


 奥の手を使おうと覚悟を決めたその矢先、いつの間にか居間にはアウラが居た。

 アウラがどのような手段でここに来たのか、一緒にいたはずの美雪がどうなったのか、聞きたい事はあったがそれを聞けるような雰囲気ではない。


「お前……」

「私が力を貸そうか?」


 アウラの申し出は鷹虎の想定外の事だ。

 アウラが普通の少女ではないとは薄々思っていた。


「何で?」

「言ったでしょ。私は君みたいに面白い子は好きだって。丁度暇で退屈してたところだしね。たまには君みたいな子も良いかなって」


 鷹虎にはアウラの意図が全く読めない。

 アウラはゆっくりと鷹虎に近づいて来る。

 鷹虎の中にアウラに感じていた恐怖心は今はまるで感じていない。


「だから……契約してあげる」


 鷹虎の前まで来たアウラは鷹虎の顔に腕を回すとそっと、鷹虎にキスをする。

 鷹虎は何も出来ずにただそれを受け入れた。


「なっ!」

「契約成立。これで私は君の物。私を好きに使って良いのよ」


 鷹虎が状況を理解する前に、二人を中心にして風が吹き荒む。

 そして、風が止むと目の前にいたはずのアウラが居なくなり、いつの間にか鷹虎の手には一本の昆が握られていた。


「アウラは……それこれは」

(それが私の本当の姿)


 戸惑っている鷹虎の頭の中にアウラの声が聞こえて来る。

 同時に理解する。

 自分が持っている昆が先ほどまでの少女であるアウラである事が。


(風の神器アウラ。それが私)


 神器……初めて聞く言葉だが、アウラからは凄まじい力を感じる。

 これなら確実に勝てるとそう思える程だ。


(私を使うからには鷹虎は負けない。ここから反撃と行くわよ)

「ああ……そうだな。早いところアイツ等を掃除しないとな」


 鷹虎はアウラを強く握り締める。

 そして、得体の知れない男たちを相手に反撃を始めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る