第3話



 入学式後の寄り道で斗真は他の班員の事はある程度は掴めた。

 結愛とは思った通りに気が合う事が分かった。

 鷹虎は最初は寄り道をする事に難色を示したものの、面倒だと言いつつも付き合いが悪い訳でもない。

 ライラとはまだイマイチ距離感を掴めてはいない。

 そして、美雪だが鷹虎とは違い寄り道と言うよりも必要以上に関わりたいとは思っていないのか、道中も会話には参加する事もなく、斗真や結愛が話題を振っても一言答えるだけで、


明らかに壁を作っていた。

 寮の門限ギリギリのところで帰宅したところで5人の共通点が発覚した。

 それは5人とも同じ6階の部屋だと言う事だ。

 それぞれが寮に入ってからは生活のリズムが微妙に異なり同じ階の生徒を全て把握していなかった。

 これが一人や二人が同じ階なら偶然で済ませられたが、5人とも同じ階だと言うのは偶然とは考え難く、始めから同じ班にする生徒を同じ階の部屋に割り当てたのだろうと結論付けた。


「いきなり実技の授業か」

「良いじゃん。ようやくそれっぽくなって来たし、アタシらには頭を使うよりも体を使う事の方が得意だしな」


 入学式の次の日から授業は開始されている。

 そして、初日の授業はいきなり実技の授業だ。

 斗真たちは学園指定の運動着に着替えると魔法科専用のグラウンドに集合している。

 魔法科は一般教養も含めた全ての科目を担任の火凜が担当する事になっている。

 まだ、他の学科とは違い実技の授業などは1時間単位で行われるとは限らない。

 今日は丸々一日が実技の授業となっていた。

 斗真も結愛の言うように頭を使うよりも体を使う方が得意だが、斗真は魔法に関しては実戦経験こそあるが、知識の面では不安しかない。

 まともな知識もなく、実技の授業を受けるのは非常に不安だ。


「今日の実技の授業だが、まずは君たちの基本的な体力を見させて貰う。君たちが将来どのような道に進むにしても、この学園でこの先やって行くにしても体力は必要不可欠。今日のと


ころは一日、グラウンドを走れ。その間、休憩や給水は各自の判断で自由に行う事を許可する。走るペースも指定はしないが、魔力を使う事は禁止する。あくまでも自分の体一つで行う


ように」


 火凜は今日の授業内容を説明する。

 斗真は実技の授業と言う事は魔法をバンバン使って行う物だと思っていたが、どうやらそこまでの事はしないらしい。


「ただ走るだけか……これならアタシ等でも炎龍寺のお坊ちゃんたちに勝つ事だって出来るかもな」

「お坊ちゃんて兄貴の方か? 結愛は炎龍寺と何かあるのか?」

「嫌、別にないけど」


 明らかに総真に勝つ気でいる為、結愛が何か総真と因縁があるのかと思ったが、そうでもないらしい。


「エリートのお坊ちゃん相手にアタシ等が頭では勝てなくても体力なら勝てるかも知れないだろ? やっぱエリートには負けたくないじゃん」


 結愛が総真に勝ちたいのは単に相手がエリートだからという単純な理由から来ている。

 斗真も後から知ったが、総真と穂乃火の家は魔導師の中でも超がつく程の名門らしい。

 

「分からないでもないけどさ……」

「常に格上を意識して自分を高めると言うのは私も賛成だな」


 斗真も気持ちは全く分からないと言う訳でもないが、意外な事にライラも結愛に賛成のようだ。

 

「別に自分が格下って思ってないし、大体、こちとら一時期は喧嘩に明け暮れてたんだ。体力じゃ家の中で大事に育てられて来たボンボンに負ける気はしないね」

「始まる前から力を入れ過ぎてると後々しんどいぞ」


 総真に勝つ事に拘る結愛を鷹虎が諌めようとする。

 今日の授業はひたすら走るだけだ。

 始めから全力を出し過ぎるとその分、終盤に体力が厳しくなって来る。

 その辺りの配分も今日の授業では必要な事なのだろう。


「分かってるって、けど、コイツは意気込みの問題だ。始めから負けると思って喧嘩をする奴はいないからな」

「確かに。なら俺達の実力を見せてやろうぜ」

「俺達って俺は別にそこまで……」


 斗真と結愛はいっそうやる気を出して、初日の授業が始まった。









 授業はただグラウンドを走るだけと至極簡単な物だが、開始から一時間が経過する頃には差が出始めて来た。

 先頭は総真が走り、その後を穂乃火と晶が追うと言う形になっている。

 それから更に1時間、2時間と経過する頃にはその差がはっきりと出始めて来た。


「良くやるな……あの2人も」


 鷹虎がコースから外れて給水コーナーで水を受けとりながら、走っている斗真と結愛を見る。

 多少、総真に離されているものの何とか喰らい付いている。

 

「てか、氷川も割と早い段階で休憩に入ってるよな」

 

 水を飲みながら鷹虎は休憩所で休んでいる美雪に声をかける。

 総真に喰らい付こうとしている二人は気づいてはいないが、美雪はかなり早い段階からコースを逸れて休憩に入っている。

 

「私は体力はないもの」

「……まぁ」


 美雪は何も気にした様子もなく答える。

 鷹虎も美雪が結愛のように肉体派には見えない。

 だが、美雪を見る限りでは体力を早々に使い切って休憩に入ったようには見えない。

 恐らくは自分が体力がない事を自覚し、早々に切り上げたのだろう。

 そして、日蔭に入りどこから持ち込んだのか分厚い本を読んでいるところから戻る気もないのだろう。

 授業はひたすら走るだけで、走る距離のノルマは無い。

 授業の目的としては現在の生徒達の基礎体力を見る事が目的である以上は途中で休憩に入り、そのままと言うのもありなのだろう。

 美雪は鷹虎の事等どうも良いかのように視線を本に戻す。

 

「成程……それもありか」


 鷹虎も美雪がこれ以上走る気がないのだと気付くと休憩所に座る。

 それから更に時間が経つにつれて斗真も結愛も殆ど休憩を取る事もなく、授業が終わった。


「はぁはぁ……化け物かよ。あのお坊ちゃんは!」


 体力の限界まで走り続けて斗真も結愛も息も絶え絶えだ。

 体力に自信のあった二人だったが、その自信は完全にぶち壊された結果となった。

 終盤に入るにつれて疲れが見え始めた斗真と結愛だが、その頃になっても総真の走るペースは衰える事は無かった。

 流石に穂乃火と晶のペースは落ちて度々休憩や休息を取りながらではあったが、総真に至っては一度も止まる事も無く給水も走りながら数回した程度だ。

 最終的な結果では総真がダントツの周回数を叩きだし、そこに続くように穂乃火と晶が入っていた。

 3人ともA班で結果として、初日の授業はA班の圧勝と言う形で終わった。


「流石にこれが予想外だな」


 ライラは無理する事なく途中で休憩を挟みながら走っていた為、疲れこそはあるが、二人ほどではない。


「くっそ……」


 斗真も結愛も体力には自信があったが、総真だけではなく穂乃火や晶にも負けている。

 魔法の名門一族である炎龍寺家の実力を見せつけられる形で事業は終わり、各々で寮へと帰って行く。













 寮に帰り、用意された夕食も斗真は余り喉を通る事もなく、部屋に返るとベッドに倒れ込む。


「俺、魔法の勉強をしに来たんだよな。軍隊に入った訳じゃないよな?」


 斗真は一人そう言う。

 漠然と魔法の勉強はもっと専門用語が飛び出したりするものだと思っていたが、今日の授業はまるで軍隊に入ったかのようだ。


「それに……炎龍寺の奴も何事もなかったようにしてたな」


 食堂での夕食は斗真や結愛以外の大半の生徒は疲れ切っていた。

 その中で途中で早々に切り上げた美雪と鷹虎はともかくとして、穂乃火や晶も疲れを見せていたのに総真はいつも通りの無表情だ。

 誰よりも走ったのにもかかわらずだ。


「凄いな……」


 ただ、それしか出て来ない。

 しかし、だからこそ地元を離れて風見市まで来た意味もあると言うものだ。

 斗真はベッドから起き上がると窓を開けて外の風に当たる。

 外から入って来る風は少し冷たいが、一日中走った体には気持ちいい。


「ん? 中庭に誰かいるな?」


 斗真はふと視線を下に向けると寮の中庭に人影が見えた。

 時間的には消灯時間にはまだ早い為、生徒の誰かだろう。

 斗真は気分転換も兼ねて中庭に向かう事にした。


「アレは……剣崎か。こんな時間に素振りかよ」


 中庭をこっそりと除くとそこには晶が木刀で素振りをしている。

 今日一日走って疲れている筈だが、晶は一心に素振りを続けている。

 邪魔をしても悪いと立ち去ろうとするが、晶は素振りを止める。


「誰?」

「……悪い。除き見をするつもりはなかったんだ」


 晶に気づかれた為、斗真も観念して出て来る。

 

「ああ……結城君だったね」


 晶は特別怒る様子もなく、笑みを浮かべながらそう言う。

 

「こんな時間に素振りか?」

「まぁね。これは自分の日課だからね。疲れを理由に休む訳にもいかないから」


 晶も疲れてはいるが、それを理由に休んでしまえば、次に休む理由があればそれを理由にやらなくなる事を避ける為に疲れていようとも日課の素振りをしているらしい。

 斗真も理屈としては分かるが、それを実践する事が難しいと言う事は分かる。

 

「凄いな」

「そんな事はないさ……自分には剣の道しかないからね。だから強くならないといけない。強くないといけない。そうでないとここにいる意味がないから……」


 晶はどこか遠い目をする。

 晶にも何かしらの事情がある事が垣間見えたが、斗真もそこまで踏み込む気にはなれない。


「晶君。やはり今日も素振りをしていたようですね」


 晶と話していると今度は穂乃火が中庭に入って来る。

 その手にはタオルとペットボトルが握られている。


「お嬢様。何故ここに?」

「晶君にこれを」


 そう言って持っていたタオルとペットボトルを晶に差し出す。

 穂乃火は晶がここで自主練をしている事を知り差し入れを持って来たようだ。


「ありがとうございます。お嬢様」


 晶が受け取りニコリと笑うと途端に穂乃火は顔を赤らめて視線を逸らす。


「礼は入りません! これが炎龍寺の娘として当然の行いです! ええ、そうです! それだけの事です!」


 穂乃火は強くそう言うが、次第に勢いが落ちていく。


「……そもそも、それは兄さんがアイツの事だから今日も自主練をしているだろうから持って行けと言われただけです。礼なら兄さんに行ってください」


 穂乃火が差し入れを持って来たのは、どうやら兄である総真の指示があったかららしい。

 そして、穂乃火はどこか悔しそうにしている。

 恐らくは総真は晶が今日も日課の素振りをする事に気づいて、自分は気づいていなかった事が悔しいのだろう。

 同時に斗真の中では総真は表情一つ変えない事から冷徹な印象を持っていたが、晶が日課を今日もする事に気づき、差し入れを持って行かした事から晶の事を気遣うだけの情はあると


言う事にもなる。


「そうですか……若様が……敵わないな」

「そうです。それと兄さんが明日からも授業はあるのだから今日の事は早めに休んで置くようにと……そこの結城君もですよ」

「……おう」


 先ほどまで完全に蚊帳の外だったが、急に自分にも声をかけられて少し動揺しながらも返事をする。

 用件が済んだのか、穂乃火はそそくさと寮に戻って行く。


「これ以上、若様やお嬢様に心配をかける訳にはいかないな。今日のところはこの辺りにしておくよ。結城君も早く部屋に戻って休んだ方が良いよ」

「だな……そうするよ」


 話しの中で、総真と穂乃火との関係は少し気にはなったが、ここで突っ込んで聞く程、晶とは仲良くなった訳でも無い。

 斗真は晶と共に寮に入ると自分の部屋に戻る。

 初日の授業は自信を打ち砕かれる形となったが、同時に斗真にとっては炎龍寺総真と言う目標が出来た有意義な一日となった。

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