第2話





 斗真が風見ヶ岡学園の学生寮に入寮して1週間が経過し、遂に入学式の日がやって来た。

 寮の自分に割り当てられた部屋を見た時は驚きはしたが、そもそも斗真は一般的な学生寮の部屋など知らない為、そう言うものなど納得させた。

 部屋は自分が住んでいた家の部屋よりも広く、相部屋ではなく個人に一部屋づつ割り当てられていた。

 中もベッドやテレビを初めとして生活する上で必要な家具や家電は一通り揃えられており、シャワー室まで付いている。


「良し! 制服は大丈夫! ネクタイはまぁ……大丈夫だろ」


 斗真は鏡の前で新しい制服をチェックする。

 風見ヶ岡学園の制服はブレザーでネクタイを締める必要がある。

 人生で初めてのネクタイで斗真もかなり苦戦を強いられた。

 家では父が仕事に行く時に締めていたのを見て、ネクタイを締めるのは簡単そうに見えたが、いざ自分で締めるとなると容易な物ではないと思い知らされた。

 その苦労の甲斐もあり、新しい制服をきちんと着る事が出来ていた。


「高校生活の初日なんだ。ばっちりと決めてやるぜ!」


 斗真は気合を入れて部屋を後にする。


「部屋に不満はないんだが……」


 部屋に鍵をかけると、斗真は苦笑いをしてぼやく。

 斗真も自分の部屋自体には不満は無かったが、自分の部屋の位置に多少なりとも思う所はある。

 学生寮は6階建ての建物で1階は食堂や大浴場を初めとした寮生達の共有部と寮の管理人の部屋となっている。

 2階から6階までには1つの階に5部屋つづ計25部屋となり、斗真の割り当てられた部屋は最上階の6階だ。

 寮にはエレベーターはなく、上り下りは全て階段となっている。

 屋上に出るのは近いが毎日の登校と帰宅で1階から最上階まで上り下りをしなければならない。


「言っても仕方が無いか。これも訓練だと思えば!」


 部屋の割り当ては学園側が決めた事で今更覆す事は出来ない。

 毎日の階段の上り下りも魔導師になる為の訓練の一環だと思えば必ずしも悪いとは言えない。

 斗真はそう自分に言い聞かせる。

 頭を切り替えたところで改めて風見ヶ岡学園へと向かう。






 風見ヶ岡学園の学生寮は全部で4つある。

 その内の1つは学園から少し離れたところにあるが、残りの3つは比較的近い場所にあった。

 斗真の寮も学園からは近く、朝が余り得意でない斗真も以前のように遅刻ギリギリで急いで登校すると言う事はない。

 尤も、寮の管理人は厳しい人で入学式まででも不規則な生活をする事は許されない為、遅刻ギリギリと言う事はないだろう。


「風見市か……休みの間に色々と見回ったけど広い町だよな」


 学園までの短い通学路で斗真はそう思っていた。

 この町に来て1週間が経った。

 斗真もその1週間で町を色々と探索していた。

 そして、驚いた事が風見市の広さだ。

 斗真が住んでいた町は決して大きいとは言えないが、この風見市はその数倍の広さだった。

 元々、風見市の歴史は深い訳ではなく、100年程前に複数の市を統合して生まれた町だ。

 その中でも魔法を積極的に取り入れている。

 田舎から出て来た訳でもないが、ここで生活していると自分が田舎から出て来たと錯覚させられる程だ。

 寮から歩いて10分もしないで、斗真は学園に到着した。


「それに学園もデカいよな。高校ってのはこんな物なのかよ」


 学園に来たのは今日が初めてと言う訳ではないが、斗真の通っていた中学の倍以上の広さを持つ風見ヶ岡学園に改めて圧倒された。

 学園は魔法科とその他の学科に分かれており、魔法科は専用の校舎にまるでプロのスポーツ選手が練習するスタジアムのようなグラウンドまである。

 学園に到着し、斗真は魔法科の校舎に入る。

 入ってすぐに迷う事なく自分のクラスに入る。

 これだけの巨大な設備を持ちながら魔法科は一学年一クラスしかない事に寮に入ってから驚いた事の一つだ。

 寮も近くの3つの寮にはそれぞれ一つの学年がまとめられ、斗真の寮には今年入学する新入生しかいない。

 寮生活において先輩との上下関係が厳しいと思っていた斗真は寮には同級生だけで基本的に寮では上級生と関わる事のない事を知り肩透かしを受けた。

 クラスが一つしかない為、斗真も魔法科の1年のクラスに入ればクラスを間違えると言う事は無い。

 すでに教室には登校している生徒も大勢いる。


「俺の席はっと……」


 斗真はホワイトボードに書かれている席順を確認して自分の席に座る。

 そして、周囲を見渡す。


「寮でも思ったんだが……男って少ないよな」


 教室を見る限り、生徒の男女比は圧倒的に女子生徒が多い。

 それどころか男子生徒は自分だけかも知れないと錯覚する程だ。

 これは各学校の魔法科では珍しくはない。

 魔導師が世界に広く認知されているが、その中で第一線で活躍する魔導師の大半は女性だ。

 魔法の源である魔力は誰しも多少なりとも持っているらしいが、強力な魔法は実戦で使う為にはより多くの魔力が必要となって来る。

 その魔力は統計的に男よりも女の方が圧倒的に多いケースが多い。

 理由は諸説あるが、未だに明確に答えが出ていないが、魔導師として大成しやすいのは男よりも女の方だと言うのは誰もが知っている常識だ。

 斗真も話しとしは知っていたが、実際にクラスの大半が女子だと言う事実がそれを実感させられる。


「何か……不味いよな」


 斗真は寮に入り1週間が経つが、寮ないで特に親しい友人はいない。

 元々人見知りはしないが、寮生の多くは女子で女子に自分から積極的に話しかける程の積極性は斗真にはない。

 今までは流石にここまで女子しかいないとは思っていなかった為、ここに来て少し焦る。

 だが、幸いにも男子生徒は自分だけではないと言う事は分かったが、声をかける暇もなく、入学式の為に教室から移動が始まった。





 入学式は斗真が思っていた物とはかけ離れてごくごく普通の入学式で取り留めもなく終わった。

 入学式の内容よりも、他の学科の生徒の中には男子生徒も多く、魔法科は他の学科とは接点も少ない為、自分が向こうに混ざる事がない事に寂しさを感じていたくらいだ。

 入学式が終わると、再び教室に戻って来る。

 教室では戻って来た生徒達が雑談を交わしている。

 教室内の生徒達は皆、同じ寮である為、すでに仲が良い相手が出来ていても不思議ではない。

 だが、斗真は周囲の話しに中々入る事が出来ずにいた。

 すると、教室のドアが開き教師と思われる女性が入って来る。

 それと同時に先ほどまで雑談を交わしていた生徒達も自分の席に戻り教室は一気に静かになる。


「さて……私が君たちを三年間鍛え上げる火神火凜だ。よろしく」


 教卓で火凜がそう言う。

 火凜は見た限りだとずいぶんと若く見えるが、雰囲気は鋭く余り親しみ易そうには見えない。

 

(あの先生って寮の管理人だよな)


 斗真は火凜とは一度寮に入る際に会っている。

 その時は寮の管理人だと思っていたが、それと同時に自分達の担任の先生のようだ。


「皆が同じ寮で生活している為、知り合いもいるだろうが、まずはじめに自己紹介をして貰う」


 それは魔法科でなくとも、一般的な学校でも始めにする事で斗真も驚きはしない。

 尤も魔法科と言う斗真にとっては未知の場所での自己紹介は普通の学校との違いは分からない。

 しかし、新しい学校での自己紹介は学生にとっては決して失敗が出来ない重要な事でもあった。

 ただでさえ、男女の割合は圧倒的に女子が多い以上、自己紹介で失敗すれば後の学生生活に大きな影響を及ぼす。

 だが、斗真は余り焦ってはいない。

 斗真の苗字は結城で頭文字は「ゆ」である為、自己紹介がセオリー通りの五十音順ならば終盤になる可能性が高い。

 クラスは25人いる為、それまでの自己紹介を参考にすればここで大きな失敗をする事は無い。

 

「まずは炎龍寺……兄の方からだ」

「はい」


 斗真の予測通り、自己紹介は五十音順で始めるようだ。

 火凜に呼ばれて数少ない男子生徒が立ち上がる。

 

「炎龍寺総真」


 呼ばれた生徒、総真は少し低い声で名乗る。

 総真が名乗ると、周囲の生徒達がざわつく。

 その内容はカッコいい等、どこの学校でもありそうな内容で、斗真も余り気にはしない。

 だが、第一印象としては総真は余り人を寄せ付けない雰囲気で、余り仲良く出来そうにはない。

 総真は名前を名乗るだけですぐに座る。

 どうやら、彼の自己紹介はそれで終わりのようだ。

 余りにも簡潔過ぎて、火凜から何か言われるかとも思ったが、火凜も特に気にした様子はなく、次に進める。


「次は妹の方か」

「はい!」


 勢いよく返事をして女生徒が立ち上がる。


「炎龍寺穂乃火です。先ほど自己紹介をしたのは私の双子の兄です」


 炎龍寺と言う苗字は珍しく、火凜も兄と妹と分けていた為、二人が偶然同じ苗字と言う訳ではなく兄妹と言う事はすぐに分かる。


「皆さん、3年間共に学ぶ上で困った事があればこの私に相談して下さい! この私、炎龍寺穂乃火が炎龍寺家の娘として皆さんの力になる事を約束しましょう!」


 穂乃火は自信に満ち溢れた表情でそう宣言する。

 総真と穂乃火は性別以上に全く違って見える。

 見た目もそうだが、性格も正反対のようだ。

 言いたい事を言い終えた穂乃火は席に着く。

 総真と穂乃火の兄妹の自己紹介を始まりに次々と自己紹介が始まる。


「大神」

「ああ……はい」


 名前を呼ばれて男子生徒が立ち上がる。

 

「大神鷹虎……まぁよろしく」


 鷹虎はけだるそうにそう言うとすぐに席に座る。

 印象としては余り覇気が無いように見えるが、とっつき難そうな総真に比べるとまだマシなのだろう。


「次は剣崎」

「はい」


 自己紹介が続き次は自分を除き最後の男子生徒の一人が当てられる。

 斗真も一瞬、女子と思うが、男子用の制服を着ているから男子生徒なのだろう。


「剣崎晶です」


 晶と名乗った生徒は見た目は中性的で女子の制服を切ればボーイッシュな女子生徒としても通用しそうな風貌だ。


「自分は若輩者ですがよろしくお願いします」


 そう言って晶はニコリと軽く笑い頭を下げる。

 総真や鷹虎と比べると男子の中では一番話し易そうだ。


「次は……氷川」

「はい」


 火凜に呼ばれた女子生徒を見た瞬間、斗真は思わず息を飲んだ。

 

「氷川美雪です。よろしくお願いします」


 氷のように透き通った白い肌、腰まで伸びた黒い髪の少女でアンダーリムの眼鏡も地味には感じず知的な印象を与えている。

 同時に下手に触れれば壊れそうな儚さも感じる。

 美雪は軽く頭を下げるとそれ以上は何も言わずに座る。

 斗真は美雪に目を奪われて数人の自己紹介を聞き逃してしまう。


「結城……結城斗真!」


 美雪に見とれていた斗真だが、火凜に名前を強く呼ばれて我に返る。


「はい!」


 突然の事で返事を強く返し勢いよく立ち上がる。

 周囲からはクスクスと笑う声が聞こえて来る。


「えっと……結城斗真です。魔法とかの知識はあんまりないけど、体力には自信があります。これからよろしくお願いします」


 内心は動揺しながらも差し支えない自己紹介を何とかする事が出来て、斗真はほっとして席に座る。


(やっべ……何とかなったか?)


 斗真の自己紹介を終えてクラス全員の自己紹介が終わる。

 美雪に見とれて何人かは聞きそびれたが、クラス全員の顔を名前を覚えるのにはまだかかりそうだ。


「自己紹介が終わったところで、君たちの班分けを行う。これからの学園生活の中ではこの班でまとまって行動をする事が多くなる。余程の事がない限りはメンバーを入れ替えると言う


事は無いから気を付けるように」


 風見ヶ岡学園の魔法科では通常の授業の他にも様々な授業があり、場合によっては班に分かれて行動する事があると学園のカリキュラムに書いてある。

 

「班はすでにこちらで分けてある。ではA班から……」


 火凜は事前に分けている各班分けを発表して行く。

 斗真は知り合いがいないが、同じ班になれば自然と接点が増える為、美雪と同じ班になりたいと心の中で念じている。

 班分けが進み、自分も美雪の名前が呼ばれる事もなく、C班、D班と班が分けられていく。


「以上がD班だ。まだ呼ばれていない者はE班となる」


 結局最後まで名前が呼ばれる事は無かった。

 と言う事は斗真も美雪もE班と言う事なのだろう。

 念願が叶い心の中で斗真はガッツポーズを決める。


「今分けた班で集まって今日の授業は終わりだ」


 火凜はそう言うと教室を出て行く。

 元々今日は授業は無い為、後は分けられた班で親睦を深めるなりしろと言う事らしい。

 斗真は最後まで呼ばれる事のなかったE班で集まる。

 E班は斗真と美雪の他に気怠そうに自己紹介をしていた男子生徒の鷹虎の他に2人の女子の5人だ。

 どちらも自己紹介の時の印象が余り無い為、斗真が美雪に見とれている間に自己紹介をしていたのだろう。

 片方は髪を金髪に染めて、目つきは鋭く、目のやり場に困るような豊満な胸元のボタンをいくつか外しいかにもヤンキーと言う見た目の女子と、片方は小柄で褐色の肌の少女だ。


「取りあえず、もう一度自己紹介でもしとくか?」


 集まってヤンキー風の女子がそう切り出す。

 生徒は25人いる為、数の少ない男子生徒の斗真や鷹虎の事はともかく、女子は全員の自己紹介は覚えていないのだろう。

 斗真も二人の事は分からない為、特に何も言わない。

 褐色の女子もコクリと頷き、美雪も鷹虎も異論はないうで、最後5人だけで自己紹介をする事になった。

 ヤンキー風の少女は本郷結愛と言い、生まれも育ちも風見市だと言う事で、見た目はヤンキー風ではあったが、話して見ると以外と気の合いそうな感じではあった。

 もう片方の褐色の女子はライラ・ベルクマン。

 その名の通り日本人ではなく海外からの留学生だとの事だ。

 ライラの祖国の事はニュースか何かで聞いた事のあるような国で斗真も良くは知らない。

 簡単な自己紹介を終えた事で、結愛が親睦を深める為に帰りに寄り道をしようと提案した。

 結愛は地元の人間である為、色々と寄り道の出来そうな場所を知っているらしく案内も兼ねての事で、斗真はそれに賛成するが、美雪と鷹虎は寮が近くなので寄り道をする事は乗り気ではなかったが、ライラも賛成し結局5人で寄り道して帰る事になった。

 こうして、斗真の風見ヶ岡学園の最初の1日は順調な滑り出しで終わった。

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