第6話 王都

 戦争に行ったり、魔法でエアコンとか暖房とか炬燵とかを適当に再現したり色々としているうちに年月は過ぎ去って、12歳の誕生日と誕生パーティーを終えた明くる日。

 両親と共にナタリアは付き添いを複数連れてアルゲンベリード領からエストリア王の直轄領領に存在する王都へと向かっていた。


 修業である。貴族の子息や子女は、ある程度の年齢になると、別の貴族の所に子を預けて修業をさせる。領主貴族の娘や息子であれば、王都に出て宮廷貴族と共に学ぶのだ。

 領地にいては学べないようなことを王都で学ぶ。これは王都での縁作りでもあるのだ。縁は力になる。ここで作った縁が危機に瀕した際に援軍を呼んだということもある。修業期間中に婿や嫁を見つけて連れ帰る者もいるほどだ。


 そういうわけでナタリアもいい年である。だから、アルゲンベリード領から十日ほどでエストリア王国の首都たる王都へと向っていた。

 エストリア王国首都、王都。この国でで最も進んだ都市と人々は呼ぶ。


 重機関都市エストリア。それが王都の名前だった。巨大な王城と街の各所にある大機関メガエンジン機関群エンジングループの存在がほかの都市との違いである。

 どんなものかと今から楽しみで仕方がない。アルゲンベリード領のシルフェリナから十日。そろそろ到着する頃合いである。


 戦場に行く以外で馬車に乗ったのも、戦場以外の場所に連れて行かれるのも久しぶりであるため、とても楽しみなのだ。


「見えてきましたよ、お嬢様」


――マリアーヌの言葉で窓の外へと視線を向ける。


 正面から見えるのは高い城壁だった。堅牢な城壁。水の張った堀に囲まれた巨大な城壁。古い時代において魔法によって作られたとされる堅牢なる守護壁。

 その壁面には大きくエストリア王家の紋章が見られる。かつて建国の英雄たる王が倒したとされる竜を模した王家の紋章。建造当時のままの偉大なる姿の今にも動き出しそうなほどに精巧な紋章は偉大さの証だった。


「凄いですわね」


 門は鋼鉄であり、機関を用いて開閉を行う。そんな門の一つの跳ね橋を渡り、通行税などを御者が支払い城門を潜る。

 馬車から伝わる振動と音が変わった。土など凸凹とした街道のそれではなく、規則正しい整備された石畳のそれへと変わる。


 石造りの建物が立ち並ぶ大通り。朝早い時間にしては人通りが多い。礼拝を終えた人々は就労の為に職場へと向かっている。

 あるいはその逆。夜行機関の停止と共に家に帰る夜勤の者たちの姿もそこにはある。多くが身体の大きく、片腕や片足あるいは目などが機械に置き換わっている薄着の者たちだった。彼らは工場勤務の者たち。工場で機械の管理をしている者たち。


 そんな彼らは薄汚い。降り注ぐ排煙をそのままに浴びながら今日もまた仕事に行くのだろう。そんな彼らの横を通り過ぎながら馬車は時計塔を過ぎて二つ目の城門を抜ける。

 ガスマスクをつけた警邏の立つ城門を抜けると人通りは少なくなる。ここから先は富裕街。貴族の邸宅や大商人の家があったりする。あるいは王国を支える碩学や錬金術師たちの研究室などもここにはある。


 時折、窓越しに見える奇妙な家は彼らのものだろう。歯車機関で形作られた家、あるいはぐにゃりとねじ曲がったかのような家、もしくは、継ぎ目すらない正方形の家だとか。そんな奇妙な家。

 そこには例外なく碩学や錬金術師が住んでいる。自らの知識と技術を惜しみなく使って、そういった家を作るのだ。そこに意味はない。自己満足だけがそこにある。


 貴族はそう言った物を嫌う。貴族街と昔は呼ばれていたこの地区の外観を損ねるからだと。ただ、ナタリアはあまり嫌いではなかった。

 むしろ、貴族の邸宅よりは好感が持てるだろう。見ている分には。大抵が流行のデザイナーが作った装飾華美な邸宅よりも奇抜な方が見ている方は面白いのだ。


 そのうちに修業さきのグレンオード家の屋敷の前で馬車は停まる。他の貴族の邸宅よりも大きな屋敷。この国で財務系大臣をしているのだから当然だろう。

 マリアーヌから傘を受けとりながら馬車を降りる。


「お待ちしておりましたよ、ナタリア様」

「こちらこそ、受け入れていただき光栄ですわ」

「滞在していただく離れへ案内させましょう」


 グレンオード大臣の言葉で、侍女の一人が恭しく礼をして、離れへと案内してくれる。


「こちらを自由にお使いください」

「はい、ありがとうございます」

「御用の際は本邸へお越しくださるか、こちらの電信管で用向きをおっしゃっていただければお伺いします」


 そう言って、侍女は礼をして去って行く。


「お嬢様、お休みになる前に、ドレスの採寸を致しませんと」

「ああ、そうでしたわ」


 新しくパーティーにも出席することになるだろう。そのためのドレスが必要になる。王都では新しい流行などもあるそうなので、この機会に新調することになっていたのだ。そのため服飾屋の女がすぐにやってきて採寸する。

 専用の服飾師。今では工場の大量生産品が庶民では一般的であるが貴族では今だ手づくりの職人がドレスなどを仕立てる。


 彼女はこの王都におけるアルゲンベリード御用達の服飾師だった。妙齢の女性。マダムと呼んでほしいと彼女は言った。

 貴族の娘にそのような口を聞けるのは彼女のような職人くらいだろう。


「あらあら、綺麗なお肌に綺麗な御髪おぐしね。傷一つない。戦場では天使だなんて呼ばれているんでしょう? 信じられないわぁ」

「それは、ありがとうございます?」


――それは、正直なところ複雑ではあった。


 褒められるのは嬉しい。ただし、何やら前提がおかしいのが複雑ではあった。戦場でも十分やっていけると判断されたあの日。

 もう少しやり様があったのではないかとおも思うところではある。断るだとか。もう少し苦戦するとか。しかし、やれと言われたら断れず、全力を出してしまう性分である為、手抜きはしなかった。それが過労死した原因である。


 その性分は死んでもならずその結果が6年間、戦があれば駆り出される始末だ。最初こそ周りの連中も色々と恐ろしいとか思っていたらしいのだが、あの竜人の男――ナガレと言うらしい――が色々と吹き込んだようで随分と可愛がられるようになってしまっている。

 いつの間にか戦場の天使悪魔扱い。貴族の御姫様はもっと蝶よ花よと育てられるのではないのかと首をかしげたが、皆が普通に連れ出すのでこれが当然なのだろう。


 人殺しや魔物殺し、亜人殺しにも随分と慣れてしまった。郷に入っては郷に従え。随分と遠いところに来たものである。

 こんなことになるとは本当に思いもしなかった。とりあえず、戦場でお風呂がないのがきつかった。そんなことを遠い眼をしながら思い出していると、


「――いいわ、ドレスについて何か要望はあるかしら? 最近流行りのものなんていいと思うけど」

「出来るだけ装飾は少な目でお願いします」

「ええ、良いわよ。では、パーティーまでには仕上げるわ。楽しみにしててね」


 そう言って彼女は型紙などを両手に抱えて帽子を被り直し部屋を出て行った。

 直近のパーティーは、同時期に修業に来た同期を集めたものだという。ここで縁作りをしろということだろう。


「ふぅ、疲れました」

「おやおや、随分とお疲れの御様子ですね」

「ああ、ナガレですか」


 終わったのを見計らって断りもなくどこからともなく竜人の男が現れた。黒い軍装はいつも通り。帽子もいつも通り。

 二ふりの小機構剣だけは今はその腰にはないが、それでもいつも通りのうさんくさい笑みを浮かべている。


「随分投げやりですね。戦場で苦楽を共にした仲ではありませんか」


 そう彼は悲しそうに言う。ただし顔は笑ったまま。随分と不敬だが、彼だけは許される。人間よりも低く見られる亜人ではあれど、彼とその種族だけは特別なのだ。

 特別。そう神話の時代、建国の時代にまでその理由は溯る。エストリア王国建国の際、初代王が竜を倒した。その際、そこから竜人が生まれ、王を支えたとある。


 ゆえに、亜人の中でも彼らは特別だ。この王国において、貴族と同等であるとされている。だからこそ、多少の無礼も許される。


――多少やり過ぎではあるが、悪意はないとわかっているし。

――それに、この程度で目くじらを立てるほど子供でもない。


 既に精神年齢は50代を超えているのだから、子供のやることに一々目くじらを立てるのは大人げないというものだ。


「思ってもいないでしょうに。わたくしこれでも暇ではないのですよ」

「いえいえ、せっかくの王都。まさか見物もしないのはどうかと思いまして」

「あら、珍しいですわね。気を利かせて下さいましたの?」

「まさか、大臣からの命令ですよ。少しは自由に見て回ると良いだそうで。そうでなければお嬢様について行くなど恐れ多い」

「…………まあいいですわ。エスコートしてくださるのならしっかりとしてくださいね」

「では、僭越ながら」


 大仰に膝をついて手を差し出すナガレ。


――やれやれ。


 まったく芝居がかった男である。ともかく、彼の手を取る。するとするりと腕を引かれ、抱きかかえられてしまう。


「なんですか、これは」

「では、行きましょうか」


 どうして抱きかかえられて窓から出たのだろう。それはわからないが、楽だから良いかと、ナタリアは彼に抱きかかえられたまま屋敷を飛び出す。

 排煙舞うエストリア。竜人の跳躍力で飛び出すと街を一望できるようであった。大きな街だ。流石は王都と言うだけのことはある。


「まったく可愛げがないですね」

「何がですか?」

「そういうところですよ。貴族のお嬢様ならここは悲鳴の1つでもあげるところでは?」

「戦場に連れて行かれているのですから、この程度どうということはありませんわ」

「そうですか。本当に可愛げのない。では、マントの中へ。煤がつきますよ」

「魔法で防いでいるのでお構いなく。それよりもどこへ向かうのか楽しみにさせていただきますわ」

「本当、可愛げのない」


 裏通りに着地し、表通りへと出る。煤の降る街。そう聞いてはいたが不思議と石畳は綺麗であった。よく清掃されているようだ。

 見れば、屋根の上では煙突掃除など多くの掃除人たちが走り回っている。


「さて、それではどこへ向かうのですかナガレ」

「そうですね。大臣様からは、色々と見せて回れと言われています。どうせ親馬鹿に育てられたから戦場と屋敷くらいしか知らんだろうから、この機会に見せてやれと。お金も預かっていますので、どこか行きたいところがあるならばお連れしますよ」


――これは、チャンスなのではないだろうか。


 その言葉を聞いて、ナタリアは思う。酒を買うチャンスである。12歳。貴族ならば飲んでも良い年齢だ。


「では、酒場にでも行きましょうか」

「まさかのお嬢様がそんな場所を選ぶとは思いもしませんでしたよ」


 流石に驚くナガレであるが、知ったことではない。まずは何事も酒である。


「さあ、行きますわよ」

「わかりました」


 ナガレに伴われて通りを歩く。城門を抜けて人通りの多い通りへ。傘を差した者や帽子を被った者たちが行き交う通り。

 噴水を中心とした環状道路は人でごった返していた。


「どうです、王都ともなれば人も多いでしょう」

「そんなことより早くお酒を飲みましょう」

「本当、可愛げのない」


 大勢の人で雑多ではあれど、こんなもの前世では少ない方だ。そんなことより酒である。酒、酒、酒。今は酒。その一択。


「わかりました。隠れの名店にお連れしますよ」

「是非もなしですわ」


 ナガレに伴われて通りを歩く。酒が飲めるとあって笑顔になれば、道行く者たちは振り返ってナタリアを見る。

 花も恥じらう乙女が歩いているのだから当然だろう。それが貴族とわかる者は総じて納得した顔をする。わからぬものは顔を赤らめるか笑顔になる。


 わかっていて、ゲスな事を考える輩というのは実にわかりやすい。下卑た表情を隠そうともせず、近づいてくるのだから。

 お供がナガレ一人ということもあるだろう。帽子によって竜人の特徴である角は隠れているし、鱗などは服の下だ。総合して優男にしか見えない。くみしやすいと思われても仕方がないだろう。


「王都だからと言って治安が良いわけではありませんのね」

「それは、まあ、どこにもあの手の輩はいますので」

「昼間だというのに働きもせず、わたくしのようなものを襲うなんて。まったく定職にもつかづふらふらと。良いですわ。ナガレ、少しお説教をしてあげましょう。若いうちは若気の至りでどうとにもなりますが、無職のままでは親御さんが泣いてしまいます」

「あの手の輩に親がいるかどうかは微妙ですけどね」


 黄金の世紀と人が呼ぶ今の時代。機関文明が華々しく花開いている時代だとしても、そういうことは多い。

 病などはまだまだ多く蔓延っている。貧富の差もある。身分差は当然。裏通りを少し行けば浮浪者が屯して得いる場所もこの王都には多くある。


 みすぼらしい格好をした浮浪児などは城門を越えてからは多く見ていた。


「たとえなくなっていたとしても、親は親。死んでも息子や娘の事は心配なものです。大人としてきちんとお説教をしてまっとうな道に戻すのが、大人としての責任です」

「子供が何を言っているのやら」


 そんなナガレの言葉はナタリアには届くことはなく、裏通りへと入って行く。やれやれと言った風に彼女を追えば、速攻でナタリアはチンピラたちに絡まれていた。


「ヨォ、嬢ちゃん、金目のもの置いてけや」

「ゲヘヘヘ、もしくは俺たちと良いことしようぜぇ」

「ヒャッハー、こんな子供抱いて何が楽しんだよ」

「なんとまあ」


 ナタリアは呆れていた。良い年した輩がこんなチンピラ活動。それでも、大人として説教をすべきである。まっとうな道に引き戻してやるのが大人としての務め。


「まったく、貴方方は恥ずかしくないのですか。昼間から働きもせず私(わたくし)のような子供に突っかかって金をせびろうなどとは。ご両親が泣きますわよ」

「あ?」


 何を言っているんだこの子供ガキはという顔をする三人。その間もナタリアの言葉は続いていく。


「お金がないのであれば働きなさい。汗水たらし仕事の終わりに一杯の冷えたビール。どんなに疲れていてもあの一杯を飲めば疲れがふっとび幸せを感じられますわ」


 拳を握り力説するナタリア。そのあまりの迫力にチンピラたちも後ずさる。


「あとは、家庭を持つことですわ。好きな人と結婚して子供をつくる。彼らの為に頑張ろうと思えば、こんなことなどしている暇などありません。ご両親も孫の顔が見たいと持っているはず。それは最高の親孝行になりますわ」


 ずいっと一歩踏み込んで。思わず魔法の光翼を広がるが、お構いなしにチンピラたちへと詰め寄る。そうすれば退くチンピラたちであるが、いつの間にか壁際へと追い込まれていた。逃げられない。

 そう悟ったチンピラ。しかし、目の前の少女をどうこうすることができない。


「さあ、働きますわよ!」


 そして、そのまま少女に引きずられるように男たちは連行される。


「ナガレ、この方たちにぴったりの職を探しますわよ!」

「やれやれ、本当見ていて飽きませんね、このお嬢様は」


 ナガレの案内で彼らを掃除人ギルドへと放り込む。

 そして――。


「かんぱーい!」


 からんと、木製ジョッキの音をぶつける音が響く。それからごくり、ごくりと喉をビールが通る音が響き、


『ぷはぁー』


 四つの至福の息が吐き出される音が響いた。

 場所はとある大衆酒場。隠れの名店と呼ばれるようなそこで、一つのテーブルをナタリアと先ほどのチンピラ三人組が囲んでいた。


 その手にはジョッキ一杯の冷えたビール。まるで仕事上がりの飲みのような様子であった。いや、事実そうなのだろう。


「どうです。仕事終わりの一杯は格別でしょう」

「ハイッ!」

「うめえ! これが、仕事のあとの一杯ッ!」

「染みわたる!」


 掃除屋として新たに登録されたチンピラども。そんな彼らが先輩掃除屋にしごかれているのを見物して仕事が終わったあと、ナタリアは酒場で一緒に酒盛りをしているのである。

 構図が色々とおかしいが本人が楽しそうなので良いのだろう。


「自分で稼いだ金だと考えると本当に良いものでしょう」

「いや、本当、俺らが職に就くだなんて考えられねじゃん!」

「ヒャッハーしてた頃が恥ずかしく思えて来るぜ」

「警邏に怯えずにすみますしね!」


 彼らの物言いにナタリアはとても満足そうに頷いてジョッキを呷る。


「くぅー、やはりこの一杯が良いですわ。このツマミも美味ですし」

「お! さっすが嬢ちゃん、わかってるねぇ。こいつはこの辺りで作られる伝統的なツマミでな。酒に合うのよ。くぅ……そういやぁ、かあちゃんがよく父ちゃんにつくってたなぁ」

「俺んとこもそうだったな」

「俺は、親いねえから羨ましいぜ」


 途中しんみりとした空気になりつつも、夜は更けていく。久方ぶりの酒盛り。それも男との酒盛りは大変楽しめた。

 年下に奢る感覚で、彼らの愚痴を聞いたりして話しているうちにすっかり夜も更けてしまっていた。帰る頃はすっかりと夜。


「ふぅ、飲みましたわぁー」

「本当、あなたお嬢様ですか? そこらのおっさんと言われた方がしっくり来そうですよ」

「まあ、失礼な」


――実際当たってるんだけどね。


「れっきとしたお嬢様です。わたくしを見てどこがおっさんだというのやら」


 酒で上気した頬だとか。さっきまで飲みすぎて裏路地でゲロはいていたこととか、あげればキリがないがあえてそれらすべてスルーする。

 久しぶりの酒で興奮して飲みすぎて吐いたなど口が裂けても宣伝できるものではないし、次、失敗しなければいいのだ。それに酒の席の事である。日常とは無関係が暗黙の了解。


 そう全てはなかったことなのだ。


「さあ、帰りますよ。すっかり遅くなってしまいました。言い訳はあなたの方でよろしくお願いしますわ」

「かしこまりました、お嬢様。大臣様には飲んだくれてゲロ吐かせたなんて報告しておきます」

「おい」

「はは、冗談ですよ。こっそり報告するくらいです」


――変わらないじゃないか。


「冗談ですよ、冗談」

「はあ」

「あ、あの!」


 帰ろうとするとチェーンメイルの男がナタリアの前に立っていた。


「はい?」

「アルゲンベリード公爵の娘さんですよね」

「ええ、まあそうですが」


 戦場で活躍しているナタリアの写真は王都にもある。だから、知っている者がいてもおかしくないが、何が目的なのだろうか。

 とりあえず、目的を聞こうとナタリアが口を開く前に、それをナガレが遮る。


「お待ちを。公爵への推薦などをしてもらうのであれば、最低限度の順序というものがありましょう。名前だけは覚えておくので、どうか今は御帰りを」


 突然出てきたナガレに男はなんだこいつと思っていたようだが、竜人であることを見せると、男は急に態度を変えて言われた通りに名前を告げて帰って行った。


「なんだったんですの?」

「蟻ですよ。たかりとも言いますか」

「ああ、推挙してもらいたい貧乏人とか、チャンスのない三男とかそういう輩ですか」

「ええ、そういうことです。気にしない方が良いですよ。あの手の輩は微妙な人材しかいませんから」

「これからはそういう輩の対処も覚えないといけませんのね」

「はい、では、今日は帰りましょう」


 気を取り直して帰路につく。

 家に返れば遅い帰りを怒る妻はいない。それは嬉しい反面悲しくもあるが、久しぶりに浴びるほど飲んだ酒は世界が違ってもやはり良いものであった。

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