刺客

 ガラス少女になって五日目。

 私たちは図書館に集まった。

「ねえ~今日はどうするの~」

「そうね、やっぱり、敵アジトの探索ね。だけど本当に、敵が謎の秘密組織だとは限らない。どうするか悩むところね」

「いったん佐藤君の家に行きませんか?」

「そうね、何か手がかりがあるかもしれないし」

「決まりだな」

「じゃあ行こうか~」

 彼女の、こののんびりした声は、いつも危機感を忘れさせてくれる。確かにこういう鬼気迫るときはありがたい。でも普段はというと、あまりありがたみを感じない。失って始めて気づくものなのだろうか? 日常の大事さは。

 私はここ二、三日ガラスを割ってないし。日常がおかしくなると私のいつもすらもおかしくなるのね。でも今では絶対にガラスを割りたくないけど……。

 だってガラスの気持ちがわかるんだもん。割っちゃうと、彼らを殺すこととなるので、今ではとても辛い、まるで自分のことのように辛い。

 こないだのガラス瓶だって、慣れてるって言ったけど、そんなの、慣れるものじゃないよ。慣れちゃいけないよ。

 でもあんなの悲しいよ、悲しすぎるよ。私はまたしても泣いてしまっていた。私って何かあるとすぐに泣きたくなる体質なんだな。今改めて知った。

「硝子ちゃ~ん。あんまり泣いてると、幸せが逃げてっちゃうよ~」

「そうだね。泣いてばかりじゃだめだよね」

「そうそう、強気なほうが、硝子ちゃんらしいよ~」

「ありがとう、海ちゃん」

「ううん、気にしないで~」

 彼女の、こののんびりさは、私を和ませてくれる。本人にその自覚は無いだろうけど、私は、とっても海ちゃんに感謝してるんだよ。まあ、気づかれたらそれはそれで照れくさいけど。そんなこんなやってるうちに佐藤君の家に着いた。

「ここだったよな。佐藤の家は」

「そうだけど……何で?」

「いや、なんか違う気がして」

「いえ、間違いありませんよ。彼の家です」

「そうだよな、俺の記憶がおかしいのかな?」

 私たちはチャイムを鳴らし、ブレイク佐藤の親が出てくるのを待った。しかし、一向に出てくる気配がない。もう一度チャイムを押してみるが、出てくる気配どころか、いる気配すらしない。

「ブレイク佐藤の両親って共働きだっけ?」

「いや、確か母親はいつも家にいるって行ってたぞ」

「買い物にでも行ってるのでしょうか?」

「う~ん。でも、近所スーパーはまだ開いてないよ~」

 確かにまだ九時半だ。もし出かけているとしたらコンビニかな。

「ちょっと待ってようか」

「そうですね、近くの喫茶店にでも入って、これからのことを相談しながら、待ちましょうか」

「きっさて~ん、きっさて~ん」

 彼女は楽しそうに喫茶店『待夢』に入っていく。入った喫茶店はお世辞にも広いとは言えず、セピア映画を見ているような雰囲気で、コーヒーのいい香りがする店だ。私はこういう雰囲気の店は好きだ。なんとなくだが好きなのだ。

「さてと、とりあえず注文しますか」

 私たちは二つしかないボックス席に座りながらマスターにそれぞれ注文を言う。島田君と海ちゃんは隣、私は島田君の隣に座る。島田君と私はコーヒー。アイス北川はバニラアイス。海ちゃんはイチゴアイス。それぞれの個性が出ている注文だ。ところでこの状況ってダブルデートってやつじゃないの?

 ……間違いない。ダブルデートだ。片方は二人してアイスクリーム。もう片方は二人してコーヒー。やだ、なんだか恥ずかしくなってきた。私は周りをきょろきょろと見回す。よかったマスターしかいない。

 ……ってマスターこっち見てるし! しかも目線があった瞬間「頑張れ」といった感じの表情をした。やばい、これは完全にダブルデートだと思われている。

「端海さんどうしたんですか? 顔が赤くしたり、にやついたり、変ですよ」

「あ~あのときの北川君といっしょだ~」

「なんでもないわよ! 言っとくけど、絶対ダブルデートなんかじゃなんかないからね!」

「端海、何の話だ? お前何考えてんだ?」

 しまった~。言っちゃったよ~。マスターもにやつきながら見てるし。そしてマスターが注文の品を持ってきて私に耳打ちした。

「デートの成功祈ってるよ」

「だから違うって!」

 何やってんだ私、完全に一人で空回りしているだけじゃないか。少しは冷静になれ。私は、落ち着こうとコーヒーを口にする。ふと横を見ると島田君が同じ動作で飲んでるし~。ああ、もうだめだ。完全にダブルデートだ。私は頭を抱え込んだ。

「おい、端海これからの相談するんだろ? さっきから何やってんだよ」

「なんでもない、なんでもない」

 島田君の一言で少し落ち着いた。

「ねえねえ、これからどうするの~?」

「そうねぇ。とりあえず、これっていう手がかりが無いと、どうにも動けないわね。あ、そういえばあいつ薄暗い場所に監禁されてるって言ってた」

「それだけじゃあなんとも言いがたいですね。確かに地下につながるものはありますが、どこかの暗所だってことも考えられます」

「そうだな。それだけで、地下だって判断するのは早いな」

「う~ん。つまりはどうしようもないってことか~」

 彼女のフィルターを通して物事考えると危機的な状況に陥っていることを忘れてしまう。

 ああ、だめだ、だめだ。彼女のフィルターを通すな。自分のフィルターで考えろ。私は自分を奮い立たせる。しかしじっくり考えれば考えるほど分からなくなっていく。でも、私たちの推理が間違っていなければ。私は狙われているということになる。しかも命を。ああ、こうしてる間にも私に刺客が迫ってるかもしれないのにこんなとこで暢気にコーヒーなんか飲んで、ダブルデートとなんかしてていいのか? ……いいわけないだろ。

「端海、お前自分に危機が迫ってるかもって考えてるだろ?」

「えっ? うん考えてるよ、だってもし私たちの推理が正しかったら私は心臓を狙われてるのよ。そりゃ誰だって危機を感じるでしょ?」

「そうですけど、僕たちの推理が正しいとは限らないんですよ。そこまで不安にならなくてもいいでしょ」

「そうだけど……」

「……硝子」

 横に座っていた島田君が私を抱きしめる。

「ちょ、ちょっと! 何やってんのよ!」

 もう完全にダブルデート。どうにでもなれ。

「福光さん、あなたは見てはいけません」

 そう言って、アイス北川が氷で海ちゃんに目隠しをする。

「冷たい~やめて~」

 海ちゃんがじたばたしているけどこっちはそんなことを楽しんでる場合じゃない。私は島田君に抱きしめられているんだ。私は頬が熱くなっているのを感じる。

「島田君、お願いだから人前で抱きしめるのはやめて……」

「悪い。俺も不安なんだ。お前が割られて、心臓を持っていかれるのを想像すると怖いんだ」

 やっぱり彼も不安だったんだ。私はそれが分かって少し安心した。

「もう、大丈夫だから」

「分かった。すまないな。抱きしめ癖があって」

「ううん、別にいいよ」

 私が彼を抱きしめる。私たちが抱き合っている間、アイス北川は外を見ながらアイスクリームを食べ、海ちゃんは氷を相手にじたばたしていた。

 私たちはあの馬鹿の危機に何やってんだか。私たちはしばらくそうやって時間をつぶしていた。もちろんわたしたちはずっと抱き合っていったわけではない。変な想像するなよ。抱き合う以上のことはしていない! 絶対にしてないからな! 疑って変な想像したやつは切るからな。いくらダブルデートだからって――。

 一時間ほどたって、私たちは再度彼の自宅を訪ねた。

「は~い」

 母親の暢気な返事、息子が拉致されたってのに、この暢気さは何だ?

「あの弘樹君の友達なんですが……」

「ごめね~、弘樹ったら手紙残して、どこか行っちゃったの」

 は? 手紙残していなくなったら誰だっておかしいと思って焦って、んでもって……とにかく、こんな暢気にしている場合じゃないだろ?

「あのその手紙読ませてもらっていいですか?」

アイス北川が冷静に対応する。さすが、アイス北川。

「いいわよ~ちょっと待っててね~」

 あのひと……たぶん海ちゃんと同種族――天然だ。間違いない。

 しばらくしてブレイク佐藤のお母さんが手紙を持ってきた。しかし、そこに書かれているのはブレイク佐藤の字ではなかった。

 この人、完璧な天然だな。自分の息子の字も判別できないのか……情けない。しかしそこに書かれていたのはただ『旅に出る』と一言かかれていただけだった。……これを本当に信じたのか?

 あの人、天然どころかおかしい。

 いや、まてよ、確か、ブレイク佐藤のお母さんは普通の天然の人(普通ではないか?)だったはずだ。こんな手紙残して消えたら、どんなに天然でも気が狂ってこんな状態じゃないはずだ。

 ……さてはあの神、何かしたな。この人の息子はもともと、そういうとこがあった人間だったとでもしたのだろう。

「あのこったらよく子いう手紙残して消えるのよね~。あれ? その前に私に息子なんていたかしら? まあ、いいか」

 ちょっと、まさか……ブレイク佐藤の存在が消えかかってるのか? 母親が息子の存在を疑うなんて尋常じゃないぞ。

 ……完全に神が何かしたな。おそらく、このままだとブレイク佐藤はいなかったことになる。

 ……まずい……ていうことはあの神のことだから、私があいつを助け出せないとあいつは消えてしまう。おいおい、本当にやばくなってきたんじゃないのか?

「それとね~これもあったの~」

 そういうと小さなメモを手渡された。そこには『SUV』とあった。……サブ? しかしこれは明らかにブレイク佐藤の字だ。しかしいったいどういう意味なんだ?

「じゃあ、息子が帰ってきたらまたよろしくね~」

 そういうと彼女は家の中に戻っていった。

「あいつの存在が消えかかってるみたいね」

「なんかそんな感じですね。僕の彼に関する記憶もあいまいになっています」

「そうか。だからさっき俺、佐藤の家が、ここかどうか不思議に思ったんだ」

「なんかやばいことになってるね~」

 そうだね~……って。彼女のフィルターを通すな。危機感が無くなってしまう。

「私たちが救出に失敗すると彼の存在がなくなってしまう、いや無かったことになるということですね」

「そのようね」

「どうするの~?」

「このメモが手がかりね」

 このSUVと書かれたメモ、これだけが手がかりだ。これで敵の位置を特定しなければ、期限に絶対に間に合わない。しかしあの馬鹿のことだから、この状況を楽しんでるかもしれない。くそっ! こんなあいまいなメモじゃなくて、もっとはっきりしたものを残せよ。私は怒りのあまりこのメモを切り刻もうとしたら、アイス北川が私の頭に冷気を吹きかけた。

「ちょ、何するのよ!」

「今その紙を切り刻もうとしたでしょう?」

 う……的確なご指摘ありがとうございます。アイス北川! 私は彼ののど元につめを当てた。

「もう一回かけたほうがよさそうですね」

 そういった彼が吹きかけようとするのを、のど元に当てたつめを食い込ませて一言。

「切るよ?」

彼はやめた。……助かった。あのままだと雪だるまにされかねない。

「頭はさめたようですね。これからどうしますか?」

「とりあえずこのメモの謎を解かないとどうにもならないな」

「そうね。とりあえずいつもの相談場所――図書館に行こうか」

「オ~ケ~」

 海ちゃんののんびり声が帰ってくる。うう、これ聞くと、ほんとに危機感無くなる。

 図書館についた私たちは会議室に入り、メモについていろいろ討論したがいい案は出なかった。

「……だめですねSUVだけじゃあ何を意味しているかまったく分かりません」

そのときふと私は気づいてあるところに電話した。

「うん……そう……ありそう? うん……じゃあ、お願いね」

「どこに電話してたんだ?」

「桐原さん」

「あのニートの?」

「そう」

「すみませんが桐原さんって誰ですか? 僕たち知らないんですが……しかもその人、ニートなんですか? ニートってただのぐうたらじゃありませんか。そんな人に任せて大丈夫なんですか?」

「切るよ? ニート、イコールだめ人間みたいな考え方しないで。彼女はちゃんとした一人の人間だよ。私たちと同じ人間なんだよ。……だから……彼女のこと悪く言わないで」

 私は涙声になって言う。まるで自分が悪くいわれたみたいな気がしたのだ。

「す、すみません。今までそんな風にしか見てきませんでしたから、これからは気をつけます」

「分かればよし」

 そういって私は彼の背中をバシッとたたいた。

「彼女は端海がネットで知り合った人で歴史とか伝説に詳しいんだ」

「そうなんですか。で、何を頼んだんですか?」

「うん。あのSUVと地下都市伝説についての関係をね」

「どういうこと~?」

「あくまで私の推理なんだけど、謎の組織の名前がSUVなんじゃないかと思って、彼女にちょっと調査依頼をね。なんか先日そのことをブレイク佐藤と話してたんだって。だからすぐに資料を送ってくれるってさ」

「もし関連があったとしてもそれで位置を特定できるんですか?」

「それはなんともいえない」

「どっちにしても、連絡待ちですか」

「そう」

「そのあいだどうする~?」

「待夢にでも行こうか」

「またあっちに行くのも面倒ですが、あの店の雰囲気いいですからね。いきましょうか」

「レッツ、ゴ~」

 私たちは図書館を出て待夢に向かっていく。そして待夢についた私たちはさっきと同じ注文をした。マスターは変な顔をしていた。そりゃそうだろう。一日に同じ客が来て、同じ注文をしているのだから。しかもダブルデート。

「この店いいね~」

 海ちゃんはのんびりとした声で言う。今はそれくらいのんびりしたほうがいいけど。そうだ、あの馬鹿に連絡してみよう。

「もしもし?」

『おう、端海、俺の捜索は順調か? 俺は最高だぜ。なんてったって……』

 プツッ。私は電話を切った。やつは元気のようだ。むかつくくらいに。

 あ、でもSUVのことを聞けばよかったかな……?

「あいつどうだった?」

「むかつくくらい、元気よ」

「本当に拉致されたんでしょうかね? あれだけ元気だと、なんか彼の狂言に思えてきましたよ」

「みんなひどいよ~多分、佐藤君は寂しさをごまかすために強がってるんだよ~」

 海ちゃん……にやつきながら言っても説得力ないよ。

 皆で楽しいやり取りをしていたとき。私の携帯がなった。

「桐原さんだ」

 私は携帯の通話ボタンを押し、電話に出た。

「もしもし」

『硝子ちゃん、あなたたちかなり、やばい組織に手をだしてるよ』

「どういうこと?」

『資料にまとめるほどでもないから口頭で言うね。SUVってのは、School Under Villageの頭文字をとったもので、地下にその拠点を置いてる組織なの。しかもやつらは、こないだ見せたとおり、何かの兵器を作ってるみたい。それに欠けているのが分からないのがあるけど、とにかく、あなたたちは、かなりやばい組織に手をだしている。私的には、これ以上の探索は、やめたほうがいいと思う。けど、やめるわけにはいかないのね?』

「ありがとう桐原さん、でも、やつらに、私たちの友達がさらわれたみたいなの、だからもうあとには引けないの」

『……そうなんだ。私からはただ応援するのと、情報を提供するしかできないけど、頑張ってね』

「ぐすっ。……ありがとう……桐原さん……やれる限り、やってみる」

『うん、じゃあ気をつけてね』

「ありがとう」

 それで私は電話を切った。

「なんだって?」

 私は桐原さんから説明があったことを話した。

「それから気をつけてだって」

「やさしい人ですね」

 アイス北川がしみじみとして言う。

「硝子ちゃん、うらやましい~。こんないい友達がいて」

「あれ? 私たちはいい友達じゃないのかな?」

 彼女ののどもとにつめを当てる。

「ごめ~ん。みんなもいい友達だよ~」

「分かればよし」

「こほん。それでは本題に移りましょうか」

「うん」

「でもさ、相談しなくても行く場所は決まってんだろ?」

「……学校、だね」

「じゃあ、しゅっぱつ~」

 海ちゃんの掛け声を合図に私たちは学校に向かった。

 今、学校はクラブ活動をやっていて開いている。校舎内にいる人が少ないので、 探索するには最高だ。

「どこから調べます」

「なあ、あそこ見てみろよ。おかしい」

 そういうと島田君が階段を指差す。階段? 何がおかしいの? ちゃんと二階への階段があって、地下への階段があって……え? 地下への階段? うちの学校に地下なんてあったっけ? いや、確か、なかったはずだ。少なくとも、こないだの金曜日までは。それに地下を作るなんて話も聞いたことがない。つまりは、誰かが勝手に作った物と判断していいだろう。しかしいったい誰が? しかも、地下への階段なんて、そう簡単に作れるものじゃない。私達は地下へと続く階段を下りていった。

「端海さん気をつけてくださいよ。今のあなたはガラスの体、落ちたら怪我じゃすみませんよ」

 アイス北川が突然、言ってくる。なによ。もう、まるで私がドジッ子みたいな言い方して。そのとき、海ちゃんが階段から転げ落ちた。

「うわ~!」

 ……さすが天然ドジッ子。やってくれますな。アイス北川が彼女のもとに駆け寄る。

「大丈夫ですか? 福光さん」

「うん、大丈夫。ちょっと打撲しただけ」

「じっとしていてください。今、冷やしますから」

 そういうと彼は海ちゃんの打撲した箇所に冷気を吹きかけた。……アイス北川じゃなくてコールドスプレー北川だな、これじゃあ。しかしお二人さんのお熱いようで。

「邪魔しちゃ悪いな。先、行こうか、端海」

「うん。そうだね」

 そのとき、後ろから殺気を感じた。後ろを振り向くとアイス北川が氷の刀を持ち、海ちゃんが指先をこちらに向けている。

 ……やばっ。この二人なら普通の人間二人をずたぼろにするくらい造作もないだろう。しかしこっちには島田君のバリヤーがあるから、そう簡単にやられない。……って、こんなとこで仲間割れやってどうすんだ。とりあえず謝っておこう。いや、謝るしかない。

「ご、ごめんね。海ちゃん」

「すまん北川」

「分かればいいんだよ~」

「分かればいいんです。これに懲りて変な誤解はしないことです」

 誤解って、どう考えてもそうでしょ? 私はボソッと彼に耳打ちした。そうすると彼は「絶対あの、二人両想いだ」と言った。それに私は「本人たちに自覚はないだろうけどね」と答えた。

「硝子ちゃ~ん。何言ってるのかな~?」

 横を見ると海ちゃんの人差し指が私のほうを向いている。……丸焼きにされる! いや、溶かされる! 私、今、ひょっとして最大のピンチってやつ?

「これからどうするか相談してたんだ。な? 端海」

 島田君が必死のフォローを入れてくる。

「そ、そうよ。相談してたのよ」

「二人ともしっかり者だね~。北川君みたい~」

 彼女が天然で助かった。だが、アイス北川はこちらをにらみつけたままだ。さすがアイス北川鋭い。しかし、彼は襲ってくることは無く、氷の刀を消し。いつものやんわりとした表情に戻った。

 私たちが階段を下りていくと通路が続いていた、私たちは私を先頭に、歩を進めていった。今の季節が夏なだけあって中は蒸し暑い。汗が滴り落ちる。

 細長い通路が続いている。しかし、通路は自然の洞窟的なものから人工的なものに変わっていった。

「何か、当たりっぽいな」

「そうですね。洞窟から人工的な通路に変わっているところからして、この先には人工の何かがあるってことですからね」

 私は通路の先に明かりが見えた。

「出口よ!」

 私たちは、明るみに出た。そして目の前に広がったのは……大きな広場が両隣に二つ並んだ大きな施設だった。その広場の向こうには、何かの建物があった。しかし私たちのいる場所は高台にあるようで。下には下りられない。防弾ガラスらしきものが張られていて、無理やり割って、降りるのも無理だ。くそっ! ここまできたのに!

「ファイヤー!」

 海ちゃんがガラス溶かそうとするが、溶けない。どうやらただのガラスではないようだ。

「戻るしかありませんね」

 アイス北川が眼鏡を上げながら言う。彼のこの癖、久々に見た気がする。

「ここまできたのに悔しいな」

 私は恨めしそうに特殊ガラスを見る。

「これからどうするの~?」

「とりあえず敵の本拠地の場所は分かった。あとは入り口だけ見つければいい。前向きに考えていこうよ」

 そうだ前向きに、考えていかなきゃ、ここまで来た意味がない。でも、入り口はどこにあるんだろ?

「まさか端海に励まされるなんてな」

 彼が私を小ばかにしたように言う。

「切るよ?」

 私は彼ののどもとにつめを当てた。

「ご、ごめん」

「久々に見た気がしますね」

「何言ってるの? ついさっきもやってたじゃない」

「そうですね。何か、いろんなことがありすぎて、ここ最近、一日が長い気がします」

「そうだね~。確かに、最近、いろんなことがあるね~」

 一日が長く感じていて、確かに楽しい。でも、危機的状況に陥ってしまったことは最悪だ。私たちの手にブレイク佐藤の存在がかかっているのだ。そう思うとまたしても不安になってくる。……やばっ。あの発作だ。

「はあ、はあ、はあ」

「どうしたんだ! 硝子! しっかりしろ!」

 島田君が倒れそうになる私を受け止めてくれる。

「……ごめん……ちょっと……寝かせて……」

 彼はそっと私を床に寝せる。なんでこんなんなんだろ、私。みんなの足引っ張ってばっかり。私なんていないほうがいいのかな? 私がそう思い出すとさらに発作がひどくなる。

「……硝子……」

 彼が私をそっと抱き起こしてくれて、抱きしめてくれた。

 うれしい。彼の鼓動を感じる。彼の鼓動を聞いて、少し不安がなくなってきた。

「ありがとう護君」

 私は彼の抱擁に応えて彼を強く抱きしめる。そうすることで少しずつだが発作がおさまっていった。

「もう……大丈夫か?」

「うん、少しふらつくけど、何とか」

 余裕が出てきたので海ちゃんたちを見ると。海ちゃんは氷の目隠しにじたばたしていて、アイス北川は施設の様子を眺めていた。

「端海さん、もう大丈夫ですか?」

 アイス北川がこちら向きながら聞く。

「うん、大丈夫だから海ちゃんの目隠しはずしてあげて」

「おお、忘れるところでした」

「忘れないでよ~」

 海ちゃんは目隠しを自分で溶かしながら言う。なんで、今までこうして素直に目隠しされるのだろうか? 自分の炎で溶かせばいいのに……。少しは、私に気を使ってくれているのだろうか? もし、そうだったらありがとうね、海ちゃん。君たちの恋がうまくいくことを願ってあげるよ。

 私たちは入ってきた通路を戻り。校舎の外に出た。もう夕方だ。沈みかけた夕日が私たちを照らしている。少し暑い。

「遅くなりましたね。今日はここで、お開きにしましょうか。」

「ねえ、みんなあそこによって涼んでいかない?」

「そうだな」

「いいよ~」

「まあ、いいでしょう」

 皆でいつもの場所、体育館裏に行った。そこにアイス北川、海ちゃん、私、島田君の順に座る。私と海ちゃんとの距離が開いて、それぞれ横の頼れる人間にもたれかかる。島田君は平然としているが、アイス北川は、そわそわしている。フフッ。彼、かわいい。

「星きれいだね」

「そうだな」

「あれみんな一つの命なのかな~?」

「どうしてです?」

「どれも輝いていて、きれいだから~」

 ……海ちゃんって。いつも頼りないけど。すごいこと言うなあ。

「命の輝きですか……いいですね」

「ああ」

「うん」

 みんな黙って星空を眺めて、一時間ほどしたら誰ともなく帰っていった。

 こうして私のガラス少女五日目が終わった。明日はどうしよう……。




 ガラス少女になって六日目。

 ブレイク佐藤の様子を電話してやつの安否を確認した。――むかつくくらい元気だった。というわけで、私たちはおとなしく補習授業を受けていた。そして今日はチョーク平井の担当授業がない。ああ、平和な一日。

 これからどうしよう。午後に、そんなことを考えていると、私は、不安になってきた。そして、またしても発作を起こし、保健室に運ばれた。

「端海さん、落ち着いた?」

 保健室の若き女先生――日向先生が尋ねてきた。彼女は学校でも大人気の先生で、先生目当てでやってくる生徒も多い。が、意外な一面も持っている。

 私は、好きで来ているわけじゃない。よく発作を起こし、運び込まれているのだ。そんなこんなで、私は日向先生と仲良くなった。喜んでいいやら喜んでいけないのか……。

 確かに日向先生はいい人だけど、あまり喜ばしい理由から仲良くなったわけではない。むしろ嘆くべき理由だ。不安による発作はあまりあってほしいものではない。むしろなくなってほしいくらいだ。

「はい、おかげさまで」

「今日はいったいどんな不安だったの?」

「ごめんなさい、それはちょっと、先生が危険になるから、言えないの」

「私のこと気にかけてくれる余裕ができればもう大丈夫よね。でも、あまり深刻に考えちゃだめよ。それに、あまり危険なことに顔、突っ込んじゃだめよ。命に危険はないんでしょ?」

「それも言えません」

 そういったとたん先生の顔が厳しくなった。

「……いいなさい」

 先生の低く感情のこもってない声。そう、これが先生の意外な一面なのだ。先生は真剣になると恐ろしいほど、厳しい表情をする。これをみて逃げ出す生徒も多い。私も逃げ出そうとベッドから脱出するが、先生に手をつかまれる。先生の握力は半端じゃない。林檎を握りつぶしたこがあるという噂も聞いたことがある。こうなったら逃げられない。

「話しなさい」

「……」

 話すしかない。でも先生を危険に巻き込むわけには行かない。どうはぐらかそうか……。

「……SUVのことね」

「えっ?」

「あなたたち最近、SUVについて調べているようね」

「先生、どうしてそのことを?」

 私はだんだん不安になっていく。まさか……。

「私、SUVのメンバーなのよ」

 ……。私……ピンチ?

「先生……私をどうするつもりですか?」

「どうもしないわ。でも、あなたの出方によるわ」

「えっ?」

「ただ、忠告しとくわ。あなたたちがSUVを嗅ぎまわってるのは、ばれてるのよ。ただこれ以上、突っ込むのをやめるなら。SUVのリーダーにあなたたちを追わないように、掛け合ってあげる」

「そんなことでもうやめられません。佐藤君がさらわれている以上、探索をやめるわけにはいきません。たとえ先生の忠告でも聞けません! 佐藤君は大事な仲間なんです!」

「なら仕方ないわね」

 先生はメスを取り出した。

 対日向先生戦が始まった。 

「先生やめてください! 私、先生となんか戦えません」

私は先生のメスをよけながら言った。

「あなたたちが探索をやめてくれて、あなたが心臓を渡してくれれば、それで終わるのよ」

「じゃあ、私を殺すってことじゃないですか!」

「そうなるけど、仕方ないのよ」

 くっ。先生本気だ! このままじゃあ……。

先生が振るったメスをガラスのつめで受ける。

「やはりただのつめじゃなくてガラスのつめのようね」

「っ! 先生、なんでそのことを!」

「もうあなたたちのことは、調査済みなのよ!」

 キンッ。

 先生のメスを受け止める。くっ。なんて力。さすが林檎を握りつぶすパワーを持っているだけはある。

「先生なんで、私のガラスの心臓が必要なの!」

「それは言えないわ」

 私は先生のメスをはじき落とす。

「しまっ!」

 私は先生ののどもとにつめを当てる。

「先生、もう、止めてください」

 先生はひざをつく。

「私の……負けよ」

 対日向先生戦……勝利。





「先生みたいな人がなんでSUVに……」

「逆よ……SUVだからここにいるの」

「School Under Villageだからですか?」

「そう、私はそこの住人なの、だからSUVのリーダーこと村長には逆らえない」

「その村長っていったい?」

「ごめん、これ以上は言えない。というか知らないの。私たちSUVの一般メンバーは村長のことというより、ほかのメンバーについては、数すら知らない……というか知らせられてないの。仮にこんな事態になったときのために。……だから、ごめんなさい」

「えっ?」

 彼女は指につけていた指輪を見せる。よく見ると中に機械が入ってる。

「まさか……」

「ごめんなさい、もし、誰かがやられたら。それをすぐに知らせる決まりなの。私はあなたにつめを当てられたときにそれを発信した。だからもうすぐ新たな刺客が来るわ」

「そんな……」

「……行きなさい。私はもう戦えないわ。それに失敗したものはSUVのメンバーからはずされるの」

「じゃあ、先生は家を失ったってことですか?」

「そうなるわ。けどいいの。私自身あそこからでたいと思っていたし。それにここの先生は続けられるわ。だからまた何時でも会いに来て」

「先生の命は大丈夫なのですか?」

「ええ、別にSUVはそんなに非情な組織じゃないの」

「よかった……」

「さあ、行きなさい。そして、また運ばれてきてね」

「あははは……そういう理由ではきたくないです。今度は元気な状態で来ます。じゃあ先生元気でね」

 私は走って保健室を飛び出した。

 帰り、学校グラウンドにて、私たち四人は妙な気配を感じた。

「変な感じね」

「ええ、今は部活の時間のはずなのに誰もいませんね」

「いやな感じがするよ~」

「みんな警戒しろよ」

 そのとき校舎のなかからはげ頭の親父と、デブ親父が出てきた。

「私たちが、アウトスペースを開いてるからだ」

「アウトスペースには、神に選ばれたものしか入れん」

 この親父たち、どこかでみたことある。そうだ、私が狩った連中だ。はげ親父は刀を持ってる。完全に戦闘モードだ。アイス北川は刀を作り、海ちゃんは、指先を相手に向け、島田君は私の前に立ちふさがっている。

「話すことはあるまい」

「はじめようか」

「ちょっと待った~」

「何だ?」

「名を名乗れ~」

 海ちゃんがのんびりという。戦闘に入ったのが、理解できてるのか? 戦国時代じゃないんだからと突っ込みたくなるが、今は一応聞いておこう。

「青井と申します。以後お見知りおきを」

 刀を持ったハゲ男が、サラリーマンが自己紹介でもするように言う。

「赤井と申します」

 デブも同じような口調で自己紹介をする。

「俺は島田」

 まさか……みんなもするの?

「僕は北川」

「私は福光~」

 ここまできたら私もしなければならないな。

「私は……」

「端海硝子」

 青井が言う。そうか私たちのことは調査済みなんだ。だから私の名前も知ってるんだ。

「貴様の心臓をもらう」

 やつが刀を私に向ける。ところでこいつら、なんでこんなとこにいるの? 拘置所にでもいたんじゃ……? ……そうか、神の仕業だな。

「行きましょうか青井さん」

 赤井が私のほうを向く、やっぱりキモイ。あの脂ぎった顔。

「はい」

 対赤井アンド青井戦……開始。

 赤井が火を吹いてくる。アイス北川が氷で障壁を作る。炎がさえぎられる。

「北川! 守りは俺に任せろ!」

 島田君がバリヤーで炎を防ぐ。

「分かりました!」

 そういうと彼は青井に向かって切りかかっていった。しかしその斬撃はむなしく空を切る。青井がものすごい速さで動き出す。

「なっ!」

「ファイヤ~」

 海ちゃんが青井の移動先を狙って炎を出すが、その炎が捻じ曲がり、こちらに向かってくる。それを島田君がバリヤーで防ぐ。

「何やってんだ! 福光!」

「私じゃないよ~」

「私ですよ」

 辺り一帯に、強風が吹き荒れる。……そうか、やつは風を操れるのか。その一瞬の隙をついて青井が私に切りかかってくる。

「もらったー!」

 バシッ!

 島田君のバリヤーが青井の高速の斬撃を防ぐ。

「端海! 油断するな!」

「う、うん」

 私は島田君の背後から青井に向かってつめでつきを入れた。しかし、それをやつは、後ろに飛び、かわす。

「ふっ! 当たるか!」

 青井は余裕の笑みを見せる。その一瞬の隙を突いてアイス北川が切りかかる。そのとき、彼に炎が襲い掛かる。島田君がバリヤーで彼を守る。今の炎は海ちゃんのじゃない。彼女は彼を狙ったりしない。ということは……。

「大丈夫ですか? 青井さん」

「はい」

 くそっ。赤井のやつ風だけじゃなくて炎まで操れるのか。

 炎が右に左と曲がり私たちに襲い掛かり、私たちがよろめいた隙に、青井が、切りかかってくる。それを島田君がバリヤーで防ぐ。島田君のバリヤーにも限界があり、やつらの連続攻撃により途中できれる。すると代わりに、アイス北川が氷の障壁を張る。早い話、私たちは防戦一方なのである。

「……私がいく」

 炎を食らって無事で、んでもって、武器を持っているのは、私だけ。私がいくしかない。

「みんな援護して!」

「分かった~」

「分かりました」

「無理するなよ」

「うん!」

 私は一気に赤井に向かって走り出す。あの厄介な炎を止めれば何とか……。私はまっすぐにやつに向かっていく、赤井の炎が襲い掛かってくるが、島田君がバリヤーで守ってくれ、海ちゃんが青井を牽制する。

「くっ!」

 そこにアイス北川が青井に切りかかる。アイス北川の斬撃が青井のペンダントを切り落とし、さらに腕も掠めていく。

「うっ!」

 青井は刀を落とす。

「青井さん!」

 私はまっすぐ赤井に向かっていく。赤井は炎を吹いて私をどかそうとするが。私はまっすぐ炎に突っ込んでいく。私の体はガラス。確かに服は燃えるけど。私の体は焦げ付かないし、長時間食らわなければ、あれくらいの炎では、溶けない! そして私はやつののどもとにつめをあてる。

「チェックメイトね」

「くっ! 青井さん!」

「はい!」

 青井が赤井を抱え、逃げていく。なんちゅう力だ。

 対赤井アンド青井戦……勝利。

 私はグランドの真ん中辺りに鍵が落ちているのを見つけた。

「この鍵は?」

「どこのでしょうか?」

「やつらの基地の、入り口のじゃないのか?」

「多分、そうだよ~」

 ……あいつら間抜けだな。自分の基地の鍵を落としていくって。

「桐村神社」

 アイス北川がつぶやいた。

「えっ?」

「おそらく。間違いありません」

 そうか、この鍵はあの神社の鍵なんだ。そして、あの神社の床の筋はおそらく……入り口。そのとき、島田君がどこから持ってきたのか、赤い顔をしてバスタオルを私に向けて差し出す。

「何か着ろ」

 ……。

「きゃー!」

 私はバスタオルを即行で体に巻く、おのれあのファイヤー親父。いつか切ってやる。

 私たちは、突入は明日にして、帰ることにした。その前に、あの馬鹿の様子を確認しないと、死んでたら意味がないからね。

「もしもし」

『よお、端海、元気か~? 俺は……』

 よし、元気だ。

 帰りは海ちゃんが貸してくれたきちきちの体操服を着て帰った。

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