下準備

「…………」

 おそらく、これは夢だ。何もない夜の荒野。そして、多分……。

「いるんだろ? 神様」

「ほう、わしのことが分かるか」

「そりゃ、端海から聞いたからな。それに、近いうちに会うことになるだろうと思っていたからな」

 黒いマントを羽織った老人が何もなかったはずのところから現れる。

「くくく……。どうじゃ、先んじて渡したお前の能力は?」

「うおりゃ!」

 一気に距離を詰めてけりを入れる。が、それは空を切る。こいつ、案外素早い。さすがは神と言ったところだろうか。距離をとりつつそのまま消えて行った。

「危ない、危ない。いきなり蹴りかかるとは何事じゃ!」

「お前のせいで端海は、また辛い思いをしたんだ! 何が何でも一発ぶち込まないと気が済まない」

「気が済むだけならば、いくらでも……と言いたい所じゃが。どうせ気が済むまでやった後は、元に戻せと騒ぐんじゃろ?」

「当たり前だ!」

「あやつが大変な時期にいなかったお前が言っても。少し説得力にかけるのう」

「中学の時のことか、あの時のことはもう、謝ったし許してもらった」

「許す許さないの話しではない気がするんじゃが」

「くっ。確かにそうだけど、こっちに帰ってきてからは絶対に守ると誓ったんだ」

「ふむ。まあ、いいじゃろう。で、どうじゃ? 先んじて渡した能力は」

「能力……。あのバリヤーか、やっぱりお前がやったことか。まあ、あの能力をくれたことについては礼を言っておこう」

「礼をするというなら頭を下げるなりしてほしいものじゃな」

「ふん。お前になんか絶対に頭は下げない」

「神としてそれは腹立たしいが、ホイホイ下げられる頭は嬉しくもないしのう。そういえば、お前にはすでに守護霊がついておるな。なかなか珍しいタイプじゃ」

「守護霊?」

「ほう気づいておらんのか。わしらと同じレベルにまで昇華しておるぞ。更にその守護霊はお前のことだけでなく端海硝子も護るつもりでいるようじゃ」

「そうか、あいつが護ってくれるなら安心だな」

「さて、それはどうかな? 守護霊はしょせん人間のなれの果て、大したことはできん」

「フッ。神と言えども分からないこともあるんだな」

「何?」

「あいつの青魔術は守護霊以上のことをできるようになっているんだ」

「ほう、ならばそれはそれで楽しみにしているとしよう」

「結局はお前が楽しむために事が起きているのが、正直、一番腹立たしいな」

「人間はせいぜい神を楽しませておけばいいのじゃ」

 そうか、それだけなのか、なら端海にそこまで意地悪なことはしないはず。

「そうだな、せいぜい楽しませてやると言うか、必死に生きてやろうとしよう」

「しかし、わしも一つ学ばせてもらったぞ。お前らはいかに野蛮かと言うことじゃ」

「野蛮なのはお前に対してだけだと思うぞ」

「そうかのう?」

「そうだ。自分が楽しむために人に迷惑をかけてるやつが悪い」

「迷惑とは心外じゃな。今回のことはやつに対する罰じゃ」

「もう、罰とやらは十分受けていると思うんだけどな」

「ガラスを割ることの罰じゃ。別にやつの生き方をどうこう言うつもりはない。それではせいぜいそのバリヤーで守ってやれ」

「言われなくても守るさ」

「ならばよい」

「あ、こら。一発くらい……」

 意識が一気に遠くなる。……そうか夢が覚めるのか。

 目を覚まし、時計を見る。

「三時か、いつもより早いか」

 普段は五時に目を覚まし、ランニングをしてから学校に行くのだが……。

「五時まで、二度寝は……したら遅刻するな。まあ、いいや。外を少し長めに走っていればいいだけだし」

 着替えを済ませ、外に出て走り始める。

「はあ……はあ……」

 それにしても、神のやつ好き勝手言ってくれる。

 あいつが倒れた時にこっちにいれなかったのは、帰ってきてから北川達から聞いて、大いに後悔した。そして、誓った。絶対に守ると。

 なのに、全然守れてないのが現実。とくに心の方が守れてない。

「今度こそ心も守って見せるさ」

 確かに、心まで守るのは難しい。でも、だからと言って、諦めたり、投げたりするのは絶対に嫌だ。

 絶対に守るから……。マリア、見ていてくれよな……。今度こそどうやってもやり抜いて見せる。

 俺だって、もっと強くなる……。たとえ神の妨害があろうとも、やってみせる。だけど、端海自身は大丈夫だろうか? 神のやつああやって夢に出て端海をあおっているのだろう。あおられてやけを起こしたりしないといいけどな。

 ランニングを終えて家に帰ると親父たちが起きてきて朝食を食べていた。

「おはようございます、父さん」

「護。話がある。後で、学校に行く前に書斎に来なさい」

「分かりました」

 なんの話だろう……。

 朝食を済ませ身支度を済ませると、父さんの書斎に行き、ノックをする。

「入れ」

「失礼します」

「早速だが、お前には再び留学をしてもらおうと思っている」

「なっ……!」

「今のお前の友人たちを調べさせてもらった」

「そんな、勝手に……」

「特に端海硝子と言う娘。あれと付き合うのはお前の為にならん」

「端海の何が悪いって言うんですか!」

「はっきり言っておこう、親に見捨てられるような子供はどうあってもよくない」

「違う! あいつは親に捨てられたんじゃない! あいつが親から離れた方がいいと判断して離れたんだ。あいつは悪くないんです」

「……。中学の時はお前を無理やり行かせた結果。妙な想いを持って帰ってきてしまった。それを克服できたなら留学は無しとしてやろう」

「妙な想い?」

「友人を死なせてしまったことへの罪の意識だ」

「それがあるとなんでダメなのでしょうか?」

「判断に妙な先入観が起きる。それではわが島田家の跡取りとして不安だからだ」

「罪の意識の克服ができればいいのですね?」

「そうだ。高校のうちにできなければ、大学は海外に行ってもらう」

「……わかりました」

 くっ。確かにマリアを死なせてしまったの事実だし、罪の意識も感じている。端海、お前を護ることでそれを償えると思っていたが、思いのほか早めに、償う必要があるみたいだ。

 だけど、あの父さんが、俺の反発を許してくれた。そして、妥協案まで……。父さんも少しは丸くなったんだな。

 だけど、なんで留学なんだ……。こっちでだってちゃんと学ぶことは学べるし、もう、世界事情知るために留学なんて古いと思うんだけどな。

「まあ、世界基準を知るためと言うなら分からなくもないけど、大学の間ずっと留学するほどではないと思うけどなぁ……」




「ん~? あれれ? ここはどこだろう?」

 見事なまでに無限に広がる大草原と青空。ただ、太陽が無い。なんか少しぼんやりしているけど、これはいつものことか。

「確か、私はベッドに入って、寝たはずなんだけど~。あー、そうか夢かぁ」

「夢とも言えるが、お前たちのいる空間とは別の異空間というやつだ」

 ヘッドホンで音楽を聴いている時と同じような感じで、声が聞こえた。

「んー。じゃあ夢空間でいいのかなー?」

「それでもいいだろう。ところで、この状況に何かおかしいとは思わんのか?」

「おかしい? 確かに太陽が無いのに明るいのは変だねぇ。けど、そもそもここは夢の空間なんでしょー? 夢の中ならなんだってありだと思うよー」

「それは、そうなのじゃが……。お前と話しているとあの少女との落差で肩すかしを食らった気分じゃ。まあいい、本題に入るかの。ほれ」

 パチンと指を鳴らす音が聞こえると、草原が燃え出した。

「あー! こらー! 勝手に私の夢の中の草原燃やすなー!」

 私が水場を探したら、さっきまで草しかなった場所に水場が出来ていた。私は、手で水をすくい、必死に火に水をかけた。焼け石に水なのはわかっているけど。この草原を守りたかった。

「お前、火が怖くは無いのか?」

「確かに、少しは怖い、怖いけどそんなに火を怖がっていたら、とてもじゃないけどガラス細工なんてやってられないよ。だから、むしろ火は友達だと思うようにしてるよ」

「ほほう、お前には炎を扱う素質があるようだ」

「え?」

「目の前の炎にお前の想いを伝えてみろ」

「えっとえっと……。うー燃え上がるのとまれー!」

 私がそう言うと、炎は消えて行った。

「おおー。これってもしかして……」

 指を立てて指先に小さな火が灯るのをイメージする。

 ポッ。ちょっと反動があって火が灯った。

「わー。できたできたー。あ、でもこれは夢の中なんだっけ……」

「お前らが解釈しやすいように夢を利用しているにすぎん。だからこれは現実でもある」

「ということは、夢から覚めても炎が使えるってことなのかー」

「ただし、期限付きじゃがの」

「期限付きってどういうこと?」

「端海硝子。と言えば分かるか?」

「もしかして、硝子ちゃんをガラスにしちゃったのって……」

「ふはは、わしじゃ、やつにはガラスを割った罰としてガラスに変えてやったのだ」

「もーわざわざそんなことしなくても硝子ちゃんはちゃんと言えば分かる子なのに、なんでそんなひどいことをするのー!」

「ふん。わしが楽しむためじゃ」

「いいよ、あなたがこんなことできるのなら、今更逆らったって、どうしようもないんでしょ?」

「よく分かっておるじゃないか」

「私だって少しは察する力はあるよ」

「そうかそれならせいぜい守ってやるといい。お前の親友と言うやつをな」

「言われなくたって守るよ!」

 そう言ったら、私の意識は徐々に薄れていった。

「んん~。いったいどこまでが夢だったんだろう?」

 目を覚ますと、いつも通りの朝が来ていた。夢かもしれないと思いながらも私は指を立てて、火が灯るイメージをする。

 ポッ。

「おおー。ほんとに夢の通りだー」

 私はわくわくが止まらず、お父さんたちが工房に入る前に工房に行き、炎を猛らせて、ガラス細工を作った。見事にイルカの形のガラス細工が出来上がった。

「これは部屋に飾ろうかなー」

「お、海、なかなかいいのが出来上がってるじゃねえか」

 お父さんが工房に入ってきたら開口一番にそう言った。

「おはよー、お父さん。これそんなにいいの?」

「ああ、魂が宿ってる感じがするな」

「じゃあじゃあ、お父さんたちと工房に入ってもいい?」

「んーそれはまだだな」

「どうしてどうしてー?」

「そりゃ、何もないところから炎を出してるやつが自然に燃えてる物の温度を見抜けるとは思わねえからだ」

「あー。それはそうだねぇー」

「でもまあ、それと同じものを窯の炎でできるなら工房にお前の作品を置いてもいいと思うぞ」

「やったー」

 その後、私は一度だけ窯の炎でやらせてもらったけど、結局出来上がったのはイルカもどきだった。

「ははは! 海、いいか、俺たちの仕事はただガラスで形を作るのではなくて、ガラスに魂を吹き込むのが仕事なんだ!」

「うーん、魂を吹き込むかぁ。まだ私にはピンとこないや」

「俺たちだって出来上がった後のを見て判断する。たまに途中で分かるときもあるがな」

「そりゃそうじゃ。お前如きの腕で『魂宿し』ができると思うな」

「おじいちゃん。おはよー」

「おう、おはような。海」

 おじいちゃんもお父さんも工房に来ると開口一番に『おはよう』と言わないんだよなぁ。

『魂宿し』とはおじいちゃんが使える特別な技術。作ったものに自分の魂の一部を入れるというのがそれだとおじいちゃんは言う。

「おじいちゃんこれ見てー」

 私はさっき能力で作ったイルカをおじいちゃんに見せた。

「ふむ、海もようやく技術面は一線を越えた感じじゃな。じゃが、これはいかん。魂は宿っているが、宿っているのがお前の魂ではない。お前の作品としておくわけにはいかんな。さしずめ炎の魂を宿している感じじゃな。お前の部屋に飾るより工房に置いてやった方がいいじゃろう」

 おじいちゃん鋭すぎだよー。まるで能力を使って作ったのを見ていたみたいな言い方するし。

 ……どうやら私は、まだまだみたい。

「しかし、これだけの技術があるのならば、わしらと工房に入って修行するべきじゃな。そうでないと『魂宿し』が変な方向に身に付くかもしれんしな」

「えっ、えっ。それじゃあ……」

「まったく、親父は孫に甘いんだから」

「工房入りを許可する。わしらの作品作りを見てしっかり学ぶように。それと学校にもしっかりと行くようにな」

「は~い」

「ああ、そうじゃ、今度、海の友達にも会わせておくれ。そろそろお前の腕を見せつけやってもいい頃合いじゃ」

「うん!」




「これは、また変な夢ですね……」

 意識ははっきりしていて、痛みも感じるのに、見たこともない砂浜。眼鏡もある。

「まあ、夢だから痛みを感じないなんて実証すらされていないことですからね。こういう夢もアリですか」

 その辺りを歩いてみるが特に何もない。延々と続く砂浜、若干気味が悪い。

「ほほう、この状況にまでも冷静でいるか」

「それが、取り柄みたいなものですから」

 頭にヘッドフォンから流れるように聞こえる声、これもまあ、夢の中ならではってやつですかね。

「しかし、そこまで冷静にいられるとこちらとしては出るかいというものがないな」

「そうは言われましても普段から冷静を心掛けているので、出てきていただかないと、この奇妙な夢は終わらないのでしょう?」

「そうじゃな。しかし……」

「出てこないんですよね」

「当然じゃ。今まで姿を見せたらいきなり蹴りかかってくるやつもいたからのう」

「それで、どうしてこのような夢を?」

「期限付きじゃがちょっとした能力を授けてやろうと思ってな」

「ふむ。能力ですか」

「だから少しは驚くというものをじゃな……」

「僕を驚かせたいならそれなりの準備をしてきてください」

「それで、能力じゃが、今のやり取りの間に能力を授けた」

「ほう、それは少し驚きです」

 眼鏡を上げる。ん? 手先が少し冷たくなっている?

「これはもしや……」

 意識を海に向けてイメージする。

 パキ、パキキ。

 海の表面が凍っていく。

「おお! これはすごい! もしや、これなら……」

「やっと驚いてくれたか……」

「ええ! ええ! これなら驚きますとも! この凍らせる能力、大いに気に入りました!」

 しかし、期限付きか……。若干惜しい気もするけど、これはもしや……。

「端海さんの為ですか? この力をもって彼女を守れと言うわけですか」

「もう、冷めてしまったか。お前は人格をもう一つ持っているのか……」

 声からして呆れているな。しかし、二重人格とは失礼だな。

「ただ単に熱しやすく冷めやすいの内、冷めやすいが強いだけです。で、もう一度聞きます。この力で端海さんを守るわけですか」

「はっきり言わせてもらうならそうじゃな。まあ、その力でせいぜい守ってみるといい」

「言われなくても、いえ。このような能力なくとも守るつもりです。昔そう誓いましたから……」

「ほう、お前の好いておる娘は別ではないのか? それこそ守る誓いを立てるのはそっちではないのか?」

「フッ。このような力を与えることができるのに案外、鈍いんですかね。僕はすでに彼女を守る誓いは立ててますし、端海さんを守る誓いもずいぶん前に立てさせてもらってます。そう、ぼくが冷静でいるのも、彼女たちを守るためでもあります」

 もっとも、彼女は僕がいなくても十分に芯の強い人ですからね。

「気に入らんな、その冷静さ。まあ、それがどこまで保てるかも楽しみとさせてもらおう」

「……もしかして、ですけど。あなたが楽しむためだけに端海さんをガラスにしたんですか?」

「だとしたら、どうしたというんじゃ。そもそもお前ら人間の罪を償わせて何が悪い。やつのガラスを割ることにためらいのない態度がいかんのじゃ」

「確かに、端海さんはガラスを割ることが多いですが、無意味に割ったりする人ではありませんし、罪の償いと言うのなら十分辛い思いをしているじゃありませんか!」

「おっと、いきなり冷静な口調が崩れたぞ」

「僕だって、怒るときにまで冷静でいられるほど大人ではありません!」

「くくく、今更お前がどう抵抗しようが、あやつのガラスの状態は期限まで続く、さっきも言ったが、せいぜい守ってやるといい。わしにはせいぜい一人が限度じゃと思うがの。さて、次に行かねばならんしお前とはここまでじゃ」

 それから意識が遠のいていった。

 目が覚めるとそこは青で統一されたいつもの自分の部屋だった。時間は午前四時。

「夢……なのか? それにしてはリアル過ぎたような……。そうだ能力は!」

 氷の棒をイメージしてみる。そうすると見る見るうちに氷の棒が出来ていく。

「おおっ! って、つめたっ!」

 そうか、ただ氷の棒を作るだけだと持つ部分まで氷になるからそりゃ冷たいよな。今度からは柄を用意して剣か刀を作ることにしよう。

この能力があれば、二人を守ることだってできるはず。あいつの言う通りなら、そのための能力のはずなのだから、間違わない限りは最後まで二人を守れる。

 ……とそれはそれとして。この能力を少しくらい遊びで使ってもいいよな。

 僕は冷蔵庫のジュースをコップに注ぎ割り箸を入れて凍らせてみる。

 ジュースは見る見るうちに凍って、アイスキャンディーができる。なめてもしっかり美味しい。これでいろんな飲み物をアイスにできると思うと、顔がゆるんでしまう。

「……少しくらいはあいつに感謝してやってもいいか。そういえば、名前や、誰なのか全く聞かなかったけど、まあいいか」

 僕は自作アイスを食べながらこれからのことをぼんやりと考えた。

 夢であいつが言っていたことから察するに、やつの楽しみの為に端海さんはガラスの体になり、僕にはこんな能力まで持たせた。そして、「守ってやるといい」ってことは、誰かしら端海さんの敵になるやつが出てくるということ。そいつらが誰かは見当がつかないけど、そいつらから守ってあげないといけない。島田君が同じ相手から能力を授かっているなら、島田君は味方。福光さんと佐藤君は……。この件には関わらないでほしいけど、あいつのことだ、何かしらやっているに違いない。

「福光さんとは敵対したくはないなぁ」

 だって、彼女のことが好きだから。好きな相手とは争いたくない。





「これは……夢、なんだろうな」

 目の前にたかーく積まれた粗大ごみを見上げながらつぶやく。

「しかし、確かに、粗大ごみの破壊は好きだけど、夢に見るほどになっているのか。あまりいい気分ではないなぁ」

 その時、頭に声が響く。

「気にすることはない。これはわしが見せている夢じゃからのう」

「そうか、で、姿見せずに声だけって言うことは夢だからと言っても少し失礼だと思うんだが」

「ほう、普段の粗暴な行動からは想像できない冷静さだな。じゃが、姿を見せることはできん、蹴られるのは嫌じゃからのう」

「俺にだって冷静な時はあるさ。普通に掴み掛られるようなことをしたんじゃないか?」

 俺はあくまで冷静に会話をする。熱くなったら声の主に好きにされそうな気がする。

「わしはそんなことをしている気はないのじゃが、何故か声をつなげた奴らは喧嘩っ早いというか、端海の名を出したら怒るやつの多いことよ」

「ほう、端海と関係あるのか、じゃあ、俺にも姿を見せずにいるのは正解だな」

「ということは事情も説明せずとも分かっているのか」

「いや、分からん。悪いが俺はそこまで頭は回らないタイプだからな。ただ敵意だけは感じる」

「敵意とは失礼な。ただ単に罰を与えているだけにすぎないというのに……」

「罰ねぇ」

「はっきり言っておこう。端海硝子をガラスに変えたのはわしじゃ。ただ単に罰を与えるだけでは物足りないので少し過程を楽しませてもらうだけじゃ」

「それを聞いて、はっきりとあんたに悪気があるのは分かった。それに端海は罰を与えられるほどひどいことをしたのか?」

「やつはガラスを割りすぎた。故にガラスの体にしてやったというわけじゃ」

「端海はガラスを割るたびに反省文を書いてるはずなんだけどな」

「それしきのことで許されると思っているあたりが罰を与えるに値する」

「まあ、どっちみち元の体に戻すつもりは無いんだろ?」

「期限が来るまでは戻すつもりはない」

「で、それだけを言うために夢に割り込んできたわけでもない……と」

「なんじゃ、少しは頭が回るではないか」

「それで、俺にも何か罰でも与えに来たのか?」

「いや、お前には能力を授けてやろうと思ってきた」

「能力ぅ?」

「そうじゃ、触れたものは何でも破壊できる能力じゃ。そこのゴミをためしに破壊してみるがいい」

 粗大ごみの一つに触れて壊れるように念じた。

 ぐしゃ。

「おおう……。これはなかなかすごいな」

「触れているものがつながっていれば離れたものも破壊できる」

「繋がってさえいればいいのか」

「その力で、端海硝子を守ってやるといい」

 俺は手を閉じたり開いたりしながら言う。

「言われずとも。守るさ。そういう心構えは中学の時にしたからな」

「お前もか、これはなかなか歯ごたえのあるものが見れそうじゃ」

「なんとかお前に触ってぶっ壊してやりたい気分だが。どうせ無理なんだろ?」

「よく分かっているじゃないか」

「それじゃあ、この不気味な夢とはおさらばだ!」

 地面に手を付き念じる。

 夢の世界が壊れ、俺は元の眠りに戻っていく。

 目が覚めると午前五時。俺は早くに目が覚めたのけど、目が冴えてしまって眠れないのでパソコンに電源を入れる。

「そういえば、このパソコンの回路だけを壊すこともできんのかな? やらないけど」

 パソコンが立ち上がるとすぐにメッセージが飛んできた。

『おはようブレイク佐藤君。君がこの時間に起きているのは珍しいね』

 桐原さん……。俺だってこの時間に目覚めることがあるんだよ。カタカタっとチャットでメッセージを返す。

『桐原さん。俺だって朝が早いときはあるさ、それで今朝は何の用?』

『前に少し喋ったSUVについてよ』

『SUVがどんな組織かはこないだ聞いたし。あの暗い話は今はやめておこうぜ』

『まあ、それもそっか。それじゃ、また今度ねー』

 桐原さん暇なのか? まあ、あの人はアレだし気分屋なのは仕方ないか。

 さてと、外で試してみるか。

 俺は近所のゴミ処理場に行く。そこではいつも通り朝早くから働いている人もいた。

「おう、佐藤君。今日は早くから破壊活動かい?」

「まあ、そんなところです」

 んー。能力を試すために来たからできるだけ人目が無いところのゴミで……。

 ゴミに触れて、念じる。

 グシャ。

「おおーこれは爽快だな」

 俺はどんどんゴミを破壊していく。

「ハハッ。こりゃいいや。これなら何でも壊せる気がするぜ」

「おおっ。佐藤君、景気よく壊してるねー」

「げっ、おやっさん! いつから、見てたんだ?」

「そりゃ、最初からさ。こういう所だからな。間違ってゴミに潰されちまったらまずいからな。監督してる俺から見えないところなんてないってのは前に言ったろ?」

「あのう、おやっさん。今の力のことは……」

「誰にも言わないでくれって言われてももう、皆見てるぞ」

「ええ……。こっそりやってたつもりなのに、どうして」

「そりゃ最初はなんかこっそりしてるなとは思ったが、重機がないところから。どっかんどっかん、音がすれば誰だって見に来るさ。それにその能力はむやみやたらと使っていいもんじゃないんじゃないか? もし、変なのに見られたらお前が分解されかねないぞ」

「それもそうか……。おやっさん、ありがと!」

「でだ、黙っておいてやるからには……」

「少し働けってか……」

「おうよ。よくわかっているじゃねえか」

「おやっさん、これでも俺はまだ未成年なんだが……」

「こまけぇことは気にすんな! 俺たちは同じ釜の飯を食う仲間じゃねえか」

「同じ釜の飯を食うにはまだ至ってないし、細かくもないと思うが」

 その後、俺は朝飯までおやっさんたちにこき使われまくり、あさから汗だくになっていた。

 これなら桐原さんとチャットしてた方がよかったかもな。




 テレビの砂嵐のような世界。ザーッという音しかしない。ここはどこだ。私は警察の拘置所にいたはず。そのとき頭に声が響いた。

「赤井力也、お前に報復のチャンスをやろう」

「報復?」

「そうだお前を陥れたあいつに報復するのだ」

「あのつめ女にか!」

「そうだ。のるか?」

「ああ、乗ってやるよ。あいつは俺をグルになって陥れたんだ。ところであんたは誰だ。誰だか分からないやつの言葉は信じられない」

「わしは神だ」

「神? 神がこんなことするのか? していいのか?」

「お前は罪を償うためにわしを楽しませる義務がある」

「罪?」

「痴漢をしたろ? いくら陥れられたとはいえ。罪は罪だ。だがわしを楽しませれば許してやろう」

「……分かった。やつに報復しよう。だけど私一人でか?」

「いやお前のほかに二人。青井譲二と二人で協力してやれ。それに、お前らに特別な力を与える。お前には風と炎を操る能力。青井には特異な身体能力を与える。あとお前らには頭を一人立てておく。お前らはそいつの指揮に従えばよい。そうすれば報復できる。まずは……」



 ベルゼが夢鏡から戻ってくる。蝋燭はそれを察し頭に火をともす。

「ふっふっふ。これで準備万端だ」

 ベルゼの笑いに机が同調する。

「これで物語は動き出すのですね」

「そうだ。これから面白くなるぞ」

「ですがいいのでしょうか?」

「何がじゃ?」

 蝋燭の問に分からないといった顔で答えるベルゼ。

「いえ、アレでは罪を償うどころかさらに罪を重ねますよ」

「ふふっ。そのときはそのときじゃ。面白い物語には違いない」

「……」

 蝋燭はあきれたこの神の所業に。

「いいのかな? こんな神で」

「わしが神だから今の世界があるのじゃ」

「……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る