誓い
―――5年前
「なんで、俺が海外に行かなきゃならないんだ!」
「お前は、わが島田家の跡取りなのだ。外国の事情にも詳しくなくてはならん。だから故の留学だ。我慢しなさい」
逆らっても仕方ない、今までどれだけ口答えしても、俺のいうとおりになったことはない。
「……はい」
そんな理由で俺は留学することになった。
留学先のパリでの生活は思っていたのとは大分違うものだった。ドラマなどで見る華やかな暮らしとは全然違って質素なものだった。日本にいた時は家政婦の人が料理やらの家事を全部やってくれていたので初めは朝ごはんひとつにも四苦八苦していたが、一か月もすれば、慣れてしまった。
学校では、最初は物珍しさによって来る人は多かったが、親しいと言えるレベルになる前に皆に飽きられてしまった。
ある日、移動教室の授業で移動先が分からなくて焦っていたら女の子が話しかけてきた。
「ねえ、移動教室だけど、行き先分かる?」
流暢な日本語だった。
「すいません。分からないです。良ければ教えてくれませんか?」
「どの教室?」
「コンピュータ室なのですが……」
「それならあそこの教室だよ。案内してあげる!」
「え、でも君だって授業が……」
「いいの、気にしないで、授業抜け出すのなんていつものことだから」
放課後、俺はお礼が言いたくて彼女を探していた。
「うーん……。まだ分からない場所が多いところで人探しなんて無理か……」
鞄を取りに教室に戻ったら、あの子がいた。
「あ、島田君」
「あれ、どうして君がここに?」
「ふふふ。君は気付いてなかったみたいだけど、私も同じクラスなんだよ」
「そうなのかー。いや、今日はほんとに助かった。ありがとう」
「お礼なんていいの。私が君に興味があっただけだから」
「興味?」
「ああ、皆みたいに日本人だからとかじゃないよ。島田君には素質がありそうだったから気になっていたの。具体的には魔術を使う素質ね」
「えっと、魔術の素質云々はいいんだけど。君の名前を先に教えてくれるかな?」
「おっと、ごめんね。私の名前はマリア・ウツギ。マリアって呼んでくれればいいよ」
「それでマリアさん」
彼女はなんだか不満そうな顔をしている。
「できればさん付けはやめて欲しいかな」
「ああ、えっと……マリア」
「うん、なあに?」
マリアは満面の笑みを浮かべて聞き返してきた。
「今言ってた、魔術の素質ってなんのこと?」
「うーん、自分から言っておいてなんだけど、今日は一旦帰らない? 素質に関してのことはまた後日に話すよ」
次の日の朝のホームルーム前、クラスメイトが言ってきた。
「お前、あのマリアと親しくなるのはやめておいた方がいいぞ。あいつは魔女だからな。変にお近づきになると呪いをかけられたりして大変なことになるぞ」
「でも、マリアには世話になったし、また話そうって……」
「バカ、それがやつのやり口なんだよ。親切にして近づいて、呪いをかける実験台を探してるんだよ」
「いや、そんな風には見えないけど……」
「とにかく忠告してやったからな」
そういうと、クラスメイトは舌打ちをしながら離れて行った。
うーん。マリアはクラスの中じゃ、はみ出し者扱いなのか……。端海みたいだな。でも、あの親切が偽物だとは思わないけどなぁ。
「おはようマモル君」
「ん、ああ、おはようマリア」
「ひょっとして、クラスの誰かに何か言われた?」
「い、いやそんなことは……」
「あはは、いいよ、私が魔女なのは事実だしね。でもマモル君への親切は偽物じゃないよ。困っている人がいたら助けてあげたくなるじゃない。で、昨日言ってた素質の件だけど、放課後いいかな?」
「ああ、いいよ」
放課後、俺たちは学校の屋上にいた。
「まずは、私が魔女の件だけど、つまるところ事実だよ。でも、呪いをかける相手を探すために親切にしているのは偽情報。私の魔術の秘密を狙って親切にしてきたやつに対して少しお仕置きしてやっただけだからね」
「それが、巡り巡って、マリアが悪者だって話になったのか……」
「まあ、私はそんなことどうでもいいの。私のことをちゃんと知ってる人がいてくれればそれでいい。たとえば君のようにね」
つらいことのはずなのに彼女は笑っていた。俺にはまだ、分からないことだらけだけど、彼女が強い人間だということは分かった。
「それじゃあ本題に入りましょうか」
「ああ、素質云々のことだっけ?」
「そう、ずばり君には、私の研究している魔術、青魔術を使う素質がある」
「青……魔術?」
「青魔術は誓いと守護の魔術なの。まあ、ちょっとした呪術も含んでるけどね。それと約束してほしいことが二つあるの」
「約束してほしいこと?」
「ひとつは青魔術の掟、はじめたものはとめてはならない、もうひとつはそれを必ず守るということ」
「何だそんなことか。掟を守るなんて魔術や呪術では基本だろ」
「それができない人が結構多いのよ。あなたは大丈夫なの?」
「ああ。大丈夫だ。約束する」
それから、俺は勉強そっちのけでそっちにのめりこみ、同時に彼女にものめりこんでいった。そうしてのめりこんでいくうちに僕たちは付き合いだした。そして町の円形で中心に噴水のある公園にいったとき、
突如「ねえ、キスしよっか?」といってきた。俺にとっては初のキスだったのでどぎまぎした。彼女にそれを気づかれ「あれ? 島田君てファーストキスなの?」意地悪な口調でつかれた。俺は素直にうなずいた。「なら手ほどきしてあげる。まず目を閉じて」俺は素直に目を閉じる。そして待っていると、いきなり唇にやわらかい感触を感じた。
「っ!」
「フフッ」
案外ファーストキスといってもあっさりとしたものだった。やったということよりもそのときの場所や周り状況をよく覚えていた。
彼女の家に行って気づいたのはいつも親がいないこと、不思議に思ったが、彼女は経済的に苦しいといっていたから、共働きなのだろう。彼女の部屋に招かれて一番に気になったのは白銀の金庫だった。金庫にはなぜかとってだけで青色の魔方陣のようなものが書かれているだけだった。
「なあ、あの金庫何が入ってるんだ」
「私の宝物、というか決意の証」
「ふ~ん」
留学から二年して、俺はマリアの左手首についている真珠のような白の傷跡が気になってデートの帰り、あのファーストキスをした公園のベンチに座り、彼女に聞いてみた。
「とうとう、聞いちゃったね」
「えっ? それって……」
「できれば聞かれたくなかった。あなたが帰るまで恋人でいたかったから」
「何を言ってるんだ別に別れるなんて一言もいってない……」
「これのついた理由を聞けばあなたは私から離れる」
いったいマリアは何を言ってるんだ? 彼女が俺を殺そうとか言うならそれもわからなくもないが。彼女の性格からしてそれはない。
「私の理由を聞いた人は皆、私から離れていった。友達も親すらも……」
「……」
「だけど、あなたがこの理由を聞いた以上、話さなくてはならない」
「いや、待ってくれ。俺は聞きたくない。お前と別れるなんて創造するだけでもいやだ!」
聞きたくない。どうして、理由を聞くことが別れることになるんだ? 彼女と別れる? 俺は一人になる。また、孤独になる。まだ青魔術だって完璧に教わってない。まだまだ彼女から教えてもらってないことが多い。
別れたくない!
彼女のことが好きだ! 愛している! 二言はない。はっきりとわかる。俺は彼女を愛している!
「いいえ。言わなくてはならない。青魔術の掟。はじめたものはとめてはならない。あなただってその覚悟で青魔術を始めたんでしょ?」
彼女は立ち上がり、噴水のほうに歩きながら言う。そして振り向く。
「そうなんでしょ? まさかあなたは中途半端な覚悟で始めたの? まあ、それは それで私と別れる理由になるけど」
「う……」
彼女は僕に迫ってくる。動けない。なぜだ。
「私はリスカットしている」
「やめてくれ!」
「私は何度も自殺未遂をしている」
「やめろー!」
彼女はじりじりと迫ってくる。立ち上がって逃げ出したいけど体が言うことをきかない。彼女は冷淡な声で話している。
「くそっ! どうして!」
「青魔術禁呪第一、金縛り。あなたにも教えたでしょ?」
「くっ!」
「私は狂気に満ちて暴れだす」
「やめてくれ! お願いだ!」
「私は不安で発作を起こして倒れる」
「お願いだ。もう……やめてくれ」
「もう終わりよ。これでわかったでしょ。私は壊れていてあなたに危害を加える危ない人間なのよ。さあ、術は解いたわ。逃げなさい。今までの人間たちと同じように逃げ出しなさい」
……体が動く。彼女は冷たい目をして、ベンチに座った俺を見つめている。
俺は……。
俺は……。
俺は立ち上がり駆け出した。いや、その場を逃げ出した。彼女は冷ややかな目で 俺を見つめていた。そしてその目に涙が浮かんでいる理由を俺は知る由もなかった。
「馬鹿……」
次の日から俺はマリアを避けた。彼女が怖かったのではない。いや、彼女から僕を避けていた。学校にもこなくなった。彼女がいつまでも心のしこりとなって残っていた。休日、遊びに誘ったりしても断られた、あのときの冷淡な口調で。そして、そのまま月日が過ぎた。
帰国まで一週間になって、僕はマリアの家に押しかけた。そしてマリアの部屋の前に立った。このまま日本に帰ったら絶対後悔して、彼女のことを引きずると思ったからだ。せめて区切りをつけておきたい。そう思ったからここにきたんだ。
「お願いだ! マリア! ドアを開けてくれ! 僕はあと一週間で日本に帰る。君との関係をこのままにして帰りたくない! これは俺の勝手な言い草だ。俺は君が好きだ! 俺は君を愛している! だからお願いだ。せめて顔をあわせて話すぐらいさせてくれ!」
そのとき、彼女の部屋のドアが開いた。彼女はかなり衰退していてやせ細っていた。そして気のせいか、顔も青い。前の面影などまるでない。
ただ部屋には魔術関係のものがおかれているのは変わりなかった。しかし彼女の笑顔は前と変わらず優しかった。
「ありがとう、でも、もう遅いのよ」
「えっ?」
ぴちゃ。
床を見ると赤い液体が彼女の足元一面に広がっていて水溜りになっていた。彼女の部屋はあまり広くない。それだけの床に血が広がっているということは……彼女の右手には血のついたかみそり。
「救急車を!」
俺はマリアの両親に叫んで助けを呼んだ。しかし、まったくの無反応。彼女はかみそりを落とし、血の海にへたり込む。俺はそんなマリアを抱きかかえて支える。
「親はいないわ。両親とも私に愛想をつかせて出て行ってしまったの」
「そんな……」
「じゃあ、俺が!」
俺が駆け出そうとするのを彼女は右手で服をつかんで止めた。とてもか細く小枝のような腕。それが必死になって僕の腕をつかむ。
「無理よ。もう、間に合わない」
「そんなはずはない今すぐにでもいけば!」
「もういいの。お願い……死なせて」
「どうしてそんなこというんだ!」
「あなたが日本に帰ってしまうから」
くそっ! マリアがこんなことで悩んでいたなんて思いもよらなかった。
「なら俺は帰らない!」
「そんなこといわないで、日本にはあなたを待っている人がいるでしょ?」
そのとき俺の頭には端海や佐藤のことが頭に浮かんだ。端海には「必ず帰るから待っててくれって」言ってきたんだった。
「話せばあいつらはわかってくれる! とにかく救急車を」
飛び出そうとする俺をマリアが血まみれの左腕で止める。
「私ね。もう生きてるのがつらいの。それに私のせいで島田君を縛りたくない」
「マリア……」
走りだすのをとめるが俺は誰かが来ることをわずかに期待しながら、助けを求めた。
「ごめんね」
「えっ?」
「私あのときから島田君が何度も誘ってくれたのを断ったことに罪の意識を感じていた。そして無視し続けたことにも……」
「しゃべるな!」
俺は何度も必死に外に向かって助けを求めるが誰も来ない。なんでだ!
「ここには誰もいないことになってるのよ。そう、島田君がこっちに来てすぐくらいから……」
「じゃあ、学費は……」
「へへっ。私の体って結構高値で売れるのよ」
「そんな……なら、なおさらだ。俺は絶対、お前を死なせはしない!」
「……どうして?」
「そんな理由で学費が出ないなら、うちの親に出しもらう。お前は十分生きるべき存在だ!」
俺は彼女を背負い、外に飛び出し。病院に走る。お願いだ、間に合ってくれ。しかし、彼女の腕から力がなくなってくるのがいやでもわかる。
「はじめたものはとめてはならない」
彼女が蚊の飛ぶ羽音ような音量で言った。
「ねえ、あの公園に行ってくれない? 私あそこで逝きたいの。唯一、あの事実を話しても最期には避けてくれなかったあなたとの思い出の場所で……」
ほんとはそんな言葉を無視して病院に駆け込むべきなのだろうが、病院までの距離からして、走っていっても彼女がもうもたないことは感覚的にわかった。だから、素直にあの公園に走った。はじめたものはとめてはならない。その掟の元に。
「つくまでに死ぬなよ」
「大丈夫。それぐらいは、もたせる」
公園に着き、あのベンチに彼女を座らせ僕は左隣に座った。少しでも左手首を押さえて出血を止めるためだ。
「お願い。手首じゃなくて手を握って。最後まであなたを感じていたいの」
俺は彼女の血まみれの手を握った。夕暮れで血の赤さが紛れ、血がないように見える。しかし、生暖かい嫌な感触だけはリアルに伝わってくる。
「ごめんね血まみれの手で」
「いいよ。最期にお前と分かり合えてよかった」
「わたしも」
そういうとお互いに唇を合わせた。暑い暑いキスだった。唇を離し俺らは互いに見詰め合った。俺の頬から自然と涙が流れる。
「どうしたの?」
彼女が血にぬれた左手で涙をぬぐってくれる。僕いはその手を押さえ泣き崩れる。
「悔しいよ。俺は……俺は……気づいていながらお前を救えなかった」
「大丈夫。救ったよ」
彼女は天使のような微笑を浮かべながらいう。
「でも俺はお前の自虐、そして自殺を止められなかった。あれだけ話してくれたのに。何もできなかった。俺がお前を殺したようなものだ」
「でも、最期にはわかってくれた」
「マリア……」
俺は彼女を抱きしめる。俺の服が血に染まっていき、彼女の体温がなくなっていくのがはっきりとわかる。
「俺はもう二度とこんな過ちはしない。日本に帰って、お前のようなやつがいたら全力で止める」
「なら、私の命にも意味はあったね」
「意味のない命なんかないさ」
「青魔術心得第一項、信じるは力」
「え?」
「あの金庫を開けるヒント。あそこに入ってる私の宝物、受け取って」
「俺、お前に会えてよかったよ」
「私も。それから、私が言うのも変だけど言うね。命って一つしかないの。繰り返して使えるものじゃないの。ありとあらゆる可能性を秘めた世界のかけらなの。どんな人だってすべての可能性を持ってるの。だから命は大切にしなきゃならない。もし、あなたに恋人ができたら絶対に寂しい思いさせたりつらい思いさせたりしちゃだめだよ。もし、その娘が不安になっていたら抱きしめてあげて。そうすると自然と安心できるから。あなたは何度もそれを私にしてくれた。私、うれしかった。こんな無茶苦茶な人生で、自分で幕を下ろしちゃうようなことをしたけど。最高に幸せだった。だって、あなたと出会えたんだもの」
「……」
俺はマリアの消え入りそうな声を一語一句しっかりと心に焼き付けた。
「島田君。私のようなことをしている人は皆にやっていることを知られることを恐れているの。とても怖いの。私みたいに一人になるのがとても怖いの。だからあなたは将来の彼女となる娘がもしそうだったら、守ってあげて。そして、絶対に見捨てないで、じゃないと私みたいになっちゃう。わたし、もう自殺する苦しみを共有する人はいてほしくない。できることなら世の中から自殺がなくなってほしい。それから最期だからいうね。私ね体を売ってまで学費を稼いで学校行ってたのは島田君に合うためだったんだよ」
「ああ、絶対に守ってやるよ。そして、生きてやるよ。お前の分も……」
涙が止まらない。
「島……田君……最期に……私を……」
彼女の腕から力抜け、だらりとたれる。
「……おい。嘘だろ? まだ話し足りないって、冗談はやめてくれよ」
彼女の胸に耳を当てる。……止まってる。
留学して初めてできた友達、なかなか言葉のわからない俺に付き合って、一緒に勉強してくれた。青魔術という二人だけの秘密も持ったし、付き合った。キスもした。
彼女はつらい身の上にありながらいつも明るく振舞っていた。
俺は彼女の亡骸を抱きしめた。思いっきり抱きしめた。彼女の体がどんどん冷たくなっていく。
「マリアー!」
俺は思いっきり叫んだ。そして日が暮れるまで泣いた。夜のうちに彼女の遺体を近くの教会の神父に頼んで公園に埋葬してもらった。
俺は彼女の埋葬が終わったあとすぐに彼女の家に行き部屋の金庫の前に立った。「信じるは力」彼女は間違いなくそういった。
そして金庫に書かれているのは青魔術の魔方陣。俺は描かれた魔法陣に手をあて、マリアを信じていた思いを腕に込めた。
カチャン。
金庫は開いた。そこに入っていたのはペンダントになっている一本の刃渡り五センチほどの短剣と短い手紙。
これは私が始めて手を切ったときに使った短剣。私が元の普通の人生を捨てたという証。これを島田君に預けます。それから、この剣についた血はふき取ってください。私が生きていた証だけど、島田君を苦しめるものになるはずだから。あ、ちなみに自分で拭いちゃだめだよ。君の認める助けたいっていう人に拭いてもらって。
最後に、私のこと絶対に忘れないでね。 マリア
俺は短剣を胸に抱き泣いた。剣を鞘から抜くとその剣には血がべっとりついていた。忘れるのものか。お前のようなやつがいたら絶対に守り抜いてみせる。見ていてくれマリア。俺お前の分もしっかり生きるからな。
その後、俺はマリアの残した短剣のペンダントをして帰国した。
「それがマリアさんの短剣?」
私が島田君の胸にかかっている短剣を指差して聞く。
「ああ、これは俺の誓いの証だからな」
「ねえ、見せてくれない?」
「発作起こすなよ」
「大丈夫だよ」
私は彼から短剣を受け取り、ぬく、その刃は赤黒かった。いや、赤黒いのは血だ。短剣自体はそんな色じゃない金色だ。てことはこの短剣は金でできてるってこと?
「なあ、お前が拭いてくれないか? その血」
「いいの?」
私は彼の顔を覗き込む。彼は当時のことを思い出しているのか、つらそうな表情をしている。
「ああ、俺はお前を守ると誓った。もう、この短剣が血に染まることのないようにしたい。だから、今絶対に守りたいと思っている。いや、一生守りたいと思っているお前に拭いてもらいたい」
「わかった。じゃあ、今晩預かるよ」
私はペンダントをした。
「じゃあ、帰ろうか」
「うん」
私たちは手をつなぎ、ゆっくりと駅に向かって歩いていって、駅について終電が無くなってるのを気づいて笑いあった。そして、さびしく歩いて帰った。その途中彼がまたしても切り出した。
「もう、隠し事してないよな?」
「もうあれ以上の隠し事はないよ」
「俺、気づいていながら黙っていてごめんな。怖かったんだ。お前がマリアのようなことになるんじゃないかと」
「ううん。わたしこそ相談せずに隠しててごめんね。それから私には心強い金の短剣を持ったナイトがいる」
「ナイトか悪くないな。それにいいよ。俺の立場だったら絶対に隠していたよ」
「島田君の場合だったらふつうに相談しそう」
「そうか?」
「そう思う」
「俺のこと完全に馬鹿にしてるだろ」
「別にしてないよ」
「フフッ」
悪いとは思ったが笑ってしまった。
「何だよ」
彼はむくれて言う。
「だって島田君かわいいんだもん」
「かわいい? 俺が? 完全に馬鹿にしてるな」
「フフッ」
わたしたちは家につくまで、こんな軽いやり取りをしていった。
家に着くともう午前三時で眠るのが惜しいくらいだった。そんな時ふとあのガラスの花瓶が言った「体を大切にしろよ」という言葉を思い出した。
彼はすごいな。
リサイクルに回るから人間にはなれないだろうけど、人間になったら絶対に友達にしたいタイプだな。それとも百年も生きれば誰だってああなるのかな?
「フフッ」
わたしはそっと笑った。それを家のコップたちは聞き逃さなかった。
「おいおい、いきなり笑うなんて変だぜ」
「今度はコップか……」
「今までの俺らの気持ち少しは分かったか?」
「うん、よく分かった」
「なら分かってるよな?」
「これからは君たちを大事にするよ」
「頼むぜ」
「だってもうガラス殺しにはなりたくないもの」
「フッ、こないだまでとは大違いだ。それに免じて一言言ってやる」
「何?」
「体……大切にしろよ」
「……」
それを聞いて涙があふれてきた。
あのときのガラスの花瓶のことを思い出したのだ。彼は強くてわたしを優しく抱きしめてくれた。今までそんなことしてくれる人はいなかった。だから余計にうれしかった。彼は頼れるガラスだった。できれば割れる前に知り会いたかった。別れたときのことを思い出すとつらい。
「ど、どうしたんだよ。涙なんか流して」
「ううん。ちょっと今日あったガラスの花瓶のことを思い出してね」
わたしはコップに今日会った二人にことを話した。
「……そうか……あいつら割れちまったのか」
「知ってるの?」
「ああ、同じ売り場に並んでたからな」
わたしはこのコップを買ったときのことを思い出した。このコップとは幼少のころからの長い付き合いだ。私が珍しく割らずにいるコップである。ということはあの二人もかなり長い間学校にいたんだな。
「そうなんだ」
「なあ、俺を割ってくれないか?」
「えっ?」
「あいつらと一緒のとこに捨ててくれよ」
「……馬鹿……そんなこと……言うもんじゃないよ」
「そうか、またガラスを殺すことになるもんな。それにまたお前がつらい思いするだけだしな」
「でも、じゃあ何で割ってくれっていったの? 割られるってことは自分が死んじゃうことなんでしょ? いいことなんて何もないでしょ?」
「割られると溶かされてみんなと一緒になれるんだ。だから俺はあいつらと一緒になりたいんだ」
「……そんなこといわないで、わたしとは長い付き合いなんだから。私の幼馴染を減らさせる気?」
そういうと私はコップを指で軽くはじいた。
「それもそうだな」
「これかもよろしくね」
私はコップにキスをする。
「やっぱり、冷たいなお前の唇」
「そのせりふ……」
「こないだも同じことを言ったんだがな」
「そうか……君だったんだね」
そのあと私はコップと小さい頃の話をしながら、慎重に島田君から預かった短剣の血を丁寧に拭き取っていった。
「それどうしたんだ?」
「私のナイトの短剣」
「なんだそれ」
コップはあきれ気味で言った。
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