ガラスの気持ち
ガラス少女になって二日目。今日は朝からいきなりガラス瓶を割ってしまった。
「きゃー!」
えっ?
今誰かの悲鳴が聞こえた。でも、周りを見回しても誰もいない。いったい誰の声だったんだろう? わたしはガラス瓶の破片を始末していて聞いた。
「何であんたは、そんなにわたしたちガラスを割るの?」
わたしの持っていたちりとりに入っているガラス瓶の破片から聞こえる。
「あんた、ひょっとしてガラス瓶の破片?」
「そうよ、あんたに割られたガラスよ」
……。
……。
……。
……。
……マジ?
「何よ。黙ってないでなにか言いなさいよ。何かわたしに言うことあるでしょ?」
「……ごめんなさい」
割れたガラスに謝るわたし。多分、はたから見たら変人だろうな。でも確かに間違いではない、わたしはガラスの体の少女。……間違いなく変な人だ。ただ普通の人にはわからないだけで。
「あんた、割れたガラスの気持ち考えたことあるの? これだけ割りまくるんだから、絶対無いでしょ?」
「あるわよ」
「へぇ~そうなんだ。ならいってみなさいよ。私たちの気持ち」
わたし、ガラスの言葉が分かるようになっちゃたのか……変人確定だな。
「結構、爽快でしょ。見事に粉々にされるんだから」
「そう思う?」
割れたガラスが見上げるような口調で聞いてくる。
「うん。だって中途半端に割られるよりは粉々にされるんだから。気持ちいいはずでしょ?」
「違う」
彼女はきっぱりといった。
「そうなの?」
「わたしたちガラスは、作られたときに、はじめて一個体としての心が宿るの。つまりは一つの心を持つ者となるの」
「え~っと。つまりは、できたときに一個の人格ができるってこと?」
「そういうこと」
「じゃあ何。わたしたちは、一つの人格を持ったものたちを殺してきたってこと?」
「そう。あんたは人間で言う殺人者なわけ」
……そうだったのかてっきりわたしは見事に割られて爽快なんだと思ってた。でも違った。わたしは殺していたのだ。わたしはもうすでに殺人者――殺ガラス者なのだ。あ、でもちょっと待って。
「何で、殺されたあんたは普通にわたしと話してるわけ?」
「別に割れたからって一つの人格が無くなるわけじゃないの。ただちょっと変な感じがするんだけど」
「じゃあ、割られたあと、溶かされるとどうなるの? 人格があるなら、大変なことになるんじゃないの?」
「ううん。一つになるの、みんな一つになるの」
「一つに?」
「そう、何人もの人がくっついて、一人の人になるって言うと分かりやすいのかな?」
「なんとなく分かってきた。つまりはいくつもの人格が一つの人格になるってことよね。じゃあ、あんたはどうなるの?」
「……私は……消えちゃうの」
そういった彼女はつらそうだった。自分が無くなるのだ。怖くて不安なはずだ。わたしだってとてつもなく不安な気持ちになることがあるのでよく分かる。
「じゃあ、割られるってことは……」
「そう……あなたたちにとっての死と同じ。すぐではないけど、完全に自分が無くなるの」
「でもなんであんたはそんなことを知ってるの? 前の人格はないんでしょ」
「本能的に知ってるの。そう、もとは一つのガラスだから。前の記憶の一部が残ってるの」
「そう……だったんだ……」
「私たちは誰もがいつもいつ壊されるかどうか不安でたまらない日々を送ってる。学校ガラスだって安心できない。いつ誰かが悪戯で割るかわからないから。それに私たちは動くことができない。そういうなれば私たちは死を待っているの。確かに生きてこの世界のありようを眺めていたい。でも動けない、割られて回収されて、ただ、死んで融合するのを待つだけ……ひっく、ひっく……ぐすっ」
「泣いてるの?」
「泣く?」
「だって、今、涙をすすったじゃない」
「そうなんだ。これが泣くっていうことなんだ。最後に少し人間の気持ちが分かれてよかった」
「……」
私は思いもしなかった。ガラスたちの本当の気持ちを。しかしわたしは知ってしまったガラスの本当の気持ちを……。わたしは涙を流した。あまりにも悲しい真実の中で、わたしはとても悲しくて、そして、さびしかった。
「捨てて」
そのときガラスが言った。
「えっ?」
「だから言ったでしょ、捨てて」
でも……そんな……捨てられるはずがない、こんな事実を突きつけられた状態で、ガラスを捨てるなんてできはしない。できるわけがあるだろうか。
「でも……でも……」
この先自分が消えてしまうと知っていてこんなことを言うガラスが悲しかった。とてつもなくつらかった。
「わたしはまた別の人格として再生できるの。たまに再生できないのもいるけど」
再生できないもの? 何で? ガラスって溶かされて元のように使われるんじゃないの?
「再生できないのは、わたしのようにちゃんと捨ててもらえなかった者達。つまりはリサイクルされない者達。彼らはいつか回収されてリサイクルされる日が来ると信じて、何時までも待ち続けるの……そう……永遠に……」
この世に、まともに捨てられないガラスたちはどれくらいいるだろう?
彼女たちはリサイクルされる。しかし、いつか回収される日が来る信じて待ち続けるものもいる。もしかしたら、永遠にこないかもしれないのに。
人間が勝手にやってしまうポイ捨てのせいによって、救われないものたちがいることを気にかけなかった自分が、人間がむかつく。
「……ごめんね」
わたしはつぶやいた。これしか言葉が浮かばない。わたしだけだろうが、ガラスの気持が分かってる自分が人間を代表して謝るしかない。
「いいよ」
そういったガラスの表情は分からないが、なんとなくさびしそうに笑っているのが、見えた気がした。
こんな事実を突きつけられて泣かないものがいるだのだろうか? いや絶対にいない。わたしは今まで割ってきたガラスたちに向かって、届くと信じて何時までも謝り続けた。
ごめん。
ごめん……。許してもらえ無いだろうけど……ごめん。
泣き止んだわたしはガラスをちゃんとリサイクルされるように願いつつ、回収ボックスに捨て、授業に出るべく教室に向かった。
「よう、ガラス少女、今朝早速割ったんだろ。ガラスたちは爽快だったろうなぁ。見事に割られて」
「切るよ? いや、そんなこと言うと切り殺すよ?」
あの現実を突きつけられたあとだ。いくら彼に悪気がないとはいえ、腹が立つ。私は彼ののど元につめを当て、鋭い目つきで、彼をにらんだ。
「ど、どうしたんだよ? 端海。いつもと違うぜ。どうしたんだよ?」
彼は焦りながらいった。
「いや、ごめん。今朝ちょっとあってね。今はからかわないで」
そうなのだ。彼にあたったところで、私がガラスを割った事実は変わらない。私は彼ののど元から手を下ろした。
「どうしたの~硝子ちゃ~ん。いつもと違うよ~。いつもの硝子ちゃんはどこ行っちゃったの~?」
海ちゃんがのんびりとした声で話しかけてくる。彼女には言うべきだろうか? ガラスたちの悲しい真実を。いや、いうべきじゃないのかな? もし行ったら彼女はガラスに触らなくなる。彼女は作り手、ガラスを触らないほうが悲しい。
「硝子ちゃ~ん。何かつらいことがあったら言ってよ~。何でも聞くからさ~」
海ちゃん……。
うん、言おう、彼女は知っておいたほうがいい、それに多分彼女ならこの現実と真剣に向き合ってくれるだろう。それから、ブレイク佐藤にも言っといたほうがいいだろう。彼も破壊好きだが意味のない破壊はしないちゃんとした常識人なのだから。それから島田君や、アイス北川にも言っておこう。
五時間目になってチョーク平井の眠たい授業が始まった。しかし、私は眠らなかった。ただぼ~っと窓の外を眺めていた。眠れるはずがないあんな事実を知ったあとで、暢気に授業で眠れるはずがない。私は考えていた。あのガラスが、あのあとどうなってしまうのか、私が割ったガラスはちゃんとリサイクルされるのだろうか?
最近では破片をタイルなどに利用したりしているが、そのものたちはどのような人格を持っているのだろうか? 人に踏まれて嫌じゃないのだろうか? そのうち聞いてみようかな? 変人扱いされるかもしれないけど……。……それでも聞いてみたい。
「端海、ぼ~っとするな!」
チョーク平井が私に向かってチョークを投げた、私は振り向くと目の前にチョークが迫っていた。私はかわしきれず。チョークをもろに額に食らった。
カチャン。私の額にチョークが刺さった。
「……おい、端海。どこへ行った?」
平井先生がきょろきょろと教室中を見回す
「端海さんが消えたぞ」
みんなもきょろきょろとして私を探しているようだ。
えっ? 私、ちゃんとここにいるんだけど……、教室は騒然となりパニックになった。どうやら私は消えてしまったらしい。
私はここにいるけど……。しかし、しばらくすると誰かが私は一瞬の早業で外に飛び出したと言い、それで教室は元の静けさを取り戻し、授業が再開された。
……再開するのかよ。少しは気にしろよ。……まあ、いいか、ゆっくり考え事できるし。
回収され、溶かされ、リサイクルされる。そうやってガラスたちは循環している。おそらくその輪の中にいるものたちはそんなに不幸は感じていないだろう。しかし、中にはリサイクルすらできないガラスもあるという。そのものたちは地面のタイルとして再生されるらしい。
……リサイクルされるとしても割られるのはつらいな。私はそんなことも考えずにガラスを割っていた。いや、ガラスを割りまくったからこんな体になったのだ。割りまくった末に私が知ったのはガラスのつらい真実。あのとき、あのガラスは「いいよ」とさびしそうに言った。
いいはずないじゃない!
いいわけない!
私は思いっきり机をたたいた。机をたたいて、大きな音を出してしまった私ははっとして周りを見回した。それに反応したのは島田君、アイス北川、海ちゃん、そしてブレイク佐藤だけだった。しかし、彼らはすぐに授業に戻った。チョーク平井のチョークがまだ二発、残っているからだ。うっかりしているとチョークを食らう。そういえばチョーク平井もよく、私に向けてチョークを投げたときに、かわされてガラス割ってたっけ。あのやろう、今度割ったら、切ってやる。でも、今までガラスを割りまくってきた私にはそんな資格ないか……。
ごめんね、今まで割っちゃったガラスたち。いろんなことを考えながら、私はチョークを頭に刺したまま授業を受けていた。はたから見たらなんと間抜けなことか。
授業が終わると海ちゃんたちが話しかけてきた。
「硝子ちゃ~ん、頭にチョーク刺さってるよ」
「おう、ガラス少女、お前、まるでガラスみたいだな」
みたいじゃなくてガラスなんだよ、この破壊魔。
「あなた人間ですか?」
アイス北川が眼鏡を上げながら尋ねてくる。こいつの人を馬鹿にしたり、説明したりするときにするこの癖。どうか思う。と言うか突っ込みたくなる。「そこまで眼鏡あげんでもいいだろ!」と。
……みんなが私に話しかけている。島田君も無言だが私の突き刺さったチョークを興味津々に見ている。ということは……。
「みんな、私が見えてるの?」
「何言ってんだ? ガラス少女」
「そうだよ~。変だよ~。まあ、みんなには見えてないみたいだけどね~」
「見えているから話しかけているんです」
眼鏡を上げるアイス北川。ほんとに突っ込むぞ。
「端海、みんなにも事情を話したほうがいいんじゃないか?」
「そうだね。じゃあみんな、事情を話すから放課後いつもの場所で」
「おう」
「分かった~」
「分かりました」
そういうとみんなは自分の席に戻っていった。六時間目の安藤先生の授業が始まった。彼の授業は面白かった。だが、彼から私は見えていない。
気づかれない存在。リサイクルされずに土に埋まっていくポイ捨てされたガラスたち。彼らの気持ちが少し分かった気がする。私はリサイクルの輪から外れてしまったガラス……。
私はあまりのつらさに耐え切れず。授業を飛び出して一人泣こうと。いつもの二階からの飛び降りをやった。窓のふちに足をかけ、飛ぶ。そして、足から……。
ガッシャーン。
……。
……。
……。
……。
私はゆっくりと下半身を見た。
……マジで?
私の腰から下が見事に粉々になっていた。周りには私の破片。……やっちゃった。
どうしよう!
ほんとにマジでどうしよう! このままだと動けない、もし上から植木鉢でも降ってきたら……。そう思って上を向くと何かが降ってきていった。
……。
逃げろー!
私は必死で腕を使って上から来る破壊者から、がりがりいわせながら、逃げ出した。何とか破壊者の魔の手から逃れた。横を見ると割れたガラスの花瓶。そして上を見ると……。
ブレイク佐藤。
あいつ……切る!
元の体だったらまっすぐに教室に走って戻って切り刻んでやる。くそっ! こんなときに限ってなんで私、割れてるんだ。私は自分のふがいなさを呪った。そして横にいる割れたガラスの花瓶に話しかけた。
「ねえ、あんた私の声聞こえる?」
「聞こえるよ。珍しいやつだね。あんたガラスと話せるのか」
「うん。ちょっとあってね」
私はガラスの体になった事情を説明した。そうすると彼は笑った。
「はっはっはっは。そりゃ自業自得だね」
「笑い事じゃないわ。こんな体にされてかなり迷惑してるんだから。まあ、ちょっとあんたらの気持ちが分かったけど」
「どうなんだ?」
「何が?」
「俺らの気持ちを知った感想」
「……悲しい……そして、つらい」
自然と涙が流れてきた。今朝のガラス瓶とのやり取りを思い出した。
「お前、いいやつだな」
彼はボソッと言った。私は、それまでそんなことを言われたことがなかったので、少し照れくさかった。
「何で……そんなこというのよ? 私はあなたたちからすれば天敵だったはず」
「確かに今までは天敵だった。でも、これからは違うだろ?」
「うん、私、ガラスをできるだけ割らないようにする」
「分かってくれてうれしいよ」
そういったガラスの花瓶はさびしそうに笑った……ように見えた。彼もちゃんと捨てられればリサイクルされる。私が何とかして捨ててあげる。それが、私が彼にしてやれる最低限のことだ。
六時間目の授業が終わり。私はいつもの場所――体育館裏に行こうとしたがそこではっと気づいた。私……足、壊れちゃったんだ。どうしよう。
「なあ、ガラス少女」
花瓶が話しかけてきた。
「なに?」
「お前、この先自分を大事にしろよ」
「どうして? そんな事を……」
「お前の腕の傷跡」
「……」
「お前それ自分でやったんだろ?」
花瓶が聞いてほしくないことを言ってくる。
「それがどうしたって言うのよ!」
私は声を荒立てて言う。
「……そんなこと自分でするもんじゃない」
「あんたに何が分かるの!」
「確かに分からん。ところでお前、俺たちの事聞いてるか?」
「リサイクルのこと?」
「そうだ。だから壊れたものの気持ちが分かる。お前は壊れている」
「……」
「違うか? お前は自分が壊れてしまったから不安なんだろ。自分がなくなってしまいそうで……だからそんな風に自分を傷つけるんだろ」
「自分でもよく分からないけど、そうかもしれない」
「だからさ、これからも、自分を大切にしろ」
「……うん、時間はかかるかもしれないけど、努力してみる」
「なあ、お前……」
そこに、掃除の当番の人間がやってきて、花瓶を片付け始める。
「ちょ、ちょっとまってよ! そいつにはまだ話が……」
私は必死に当番の人間を止めるが私の声は届かない。
「じゃあな! 達者で暮らせよ!」
そういった花瓶は笑っていた……ように見えた。なんだかさびしい気持ちになる。いくらリサイクルされて再生するって言っても自分は無くなるんでしょ?
そんな他人を心配している余裕なんかあるの?
あるわけないじゃない! 私だったら絶対にこんなときに他人の心配なんかできない。そして最後に私は泣きながら叫んだ。
「何でそんな風に他人の心配なんかできるのよ!」
花瓶は私の叫びに叫び返した。
「俺はのべ百年は生きている! だからこうなるのも慣れてるのさ! 体、大切にしろよ!」
そんな……慣れたからって……納得できない!
納得できるはずがない!
私は涙が止まらなかった。どうして、どうして慣れられるんだ。わたしにはわからない。でも、体は大切にするよ。あんたと会えてよかった。でも、あんな別れかたってないじゃない! 神のやつ絶対許さない!
神に八つ当たりしてもあいつは戻ってこない。あいつはリサイクルされていく……。それでも感情持ったものが死んでいくのは……つらい。
「ちゃんと体大切にするからね」
私はぼそっとつぶやいた。
どんなに待っても来ない私を待ちかねたのか島田君がやってきた。
「端海、お前、足、どうしたんだ?」
「割っちゃった」
島田君はあきれていた。その後、事情を説明した。
「みんなはお前がこないから帰ったぞ」
「そう、でも島田君は探しに来てくれたんだ」
「ああ、お前を守るって誓ったしな。もうあんな思いはしたくないしな」
日が落ちてだんだん暗くなってくる。私は帰ってもいいよといったのだが彼は「約束を守らなきゃ、お前と付き合えないから」といって帰らなかった。
日も完全に落ち、夜になった。そのときふと、私は時間が気になった
「今何時?」
「もうすぐ十二時だよ」
「帰らなくてもいいの?」
「今週、俺の両親、旅行していていないんだ」
彼はさびしそうにつぶやいた。
「無責任だね。無理やり留学させたり、勝手に旅行したりして」
「そうだな」
それからしばらく無言だった。
「十二時だ」
彼がそういった刹那、何処からともなく鐘がなり、私の下半身が復元され始めた。
「えっ? えっ?」
私の下半身が復元されていく。粉々だった破片が次々とくっつきだし、ついには元通りになった。そして頭に刺さったままだったチョークも抜け落ちた。
「どうして?」
私が疑問の顔をして島田君を見ると彼は考え込み、一つの答えを出した。
「お前の体って、割られると見えなくなるけど、一日ごとに再生されるんじゃないのか? それにほら額のチョークも抜け落ちただろ?」
「でも、ひびが入った時は消えなかったよ?」
「ひびくらいなら大丈夫って事じゃないか?」
「そうだね。それが一番妥当な考えか」
「お前の体、不便なんだか便利なんだか分からんな」
「それは分からないけど……この体になって大事なことを知った」
「大事なこと?」
彼が私の顔を覗き込んでくる。……ちょっと照れる。
「うん……とっても大切なこと」
「何なんだ?」
「ガラスたちの心」
私はぼそっとつぶやく。
「えっ?」
彼はあからさまに分からないといった顔をする。
「だから、ガラスの心が分かったの」
「……どういうものだったんだ?」
「……とても……つらいものだった……」
私は自然と涙声になっていた。
「つらい? 爽快じゃなかっのか?」
「ガラスたちにはね……心があるの。ガラスたちは……できたときにひとつの心が宿り、一つの人格を持つの」
私は遠くを見つめる。
「人格?」
私は彼のほうを向かずに続ける。
「私たちと同じような人格。彼らは作られたときに一つの個体となるけど、リサイクルされるときに、みんな一つになって自分が無くなるの。だから割られる――壊されるってことはその一個人が死ぬことを意味するの」
「……」
「でも、彼らのうちリサイクルされるものはまだ救われてる」
「というと?」
「私たち人間ってポイ捨てするでしょ? そうやって捨てられてリサイクルされないものたちはいつかリサイクルされる日が来ると信じて待ち続けるの……永遠に……。彼らは人間を信じているの。なのに……私は……私たち人間はそんなことも知らないでそれらを無視している」
私は最後のほうには泣いていた。自然と涙が出ていたのだ。
「悲しいな……」
「うん……」
「……」
「……」
私たちが黙って星を眺めていると海ちゃんたちがやってきた。
「なんか二人ともラブラブだね~」
「やっぱり黙ってみていたほうがよかったんじゃないんですか?」
「俺はそういうのは壊したくなるんだよ」
ブレイク佐藤……放課後前の事許せない。死ぬ必要のなかった花瓶を殺したのだ。こいつ意味のない破壊はしないやつだと思っていたのに……。
「佐藤!」
私は彼の元に走りより胸倉をつかみ、のど元につめを当てた。
「切るよ? 今度あんなことしたら」
「なんだよ、ガラス少女。あんなことってなんのことだよ?」
「ガラスの花瓶、と言えば分かる?」
「……ああ、あれのことか。ちょっとからかってやろうと思ってやったんだよ」
「今……謝って、あのガラスの花瓶に、届かないだろうけど」
「何だよ。それ」
彼ののど元に突きつけたつめをさらに深く突きつける。
「切るよ?」
「……ごめんなさい」
私は彼を下ろした。分かってくれればそれでいい。
「どうしたの~? 硝子ちゃ~ん。ガラスの心でも分かるようになったの~?」
「……そうよ」
一同無言。そりゃそうだろう。目の前にいるやつがガラスの心が分かるというのだから。私だって無言になる。
「ど、どういうことですか? 端海さん」
「それはね……」
私はガラス少女になった理由。それに一週間の期限がついてること。そのおかげで知ったガラスの心とその真実。海ちゃんはその話しを聞いて泣いていた。
「私……もう、ガラス作らない」
「ううん、海ちゃんはガラス作るのをやめる必要ない」
「なんで? だって私が作り出したガラスたちは苦しんでるんだよ?」
「違う」
「えっ?」
「彼らは作られることを喜んでいると私は思う。だって彼らは割られて再生されることに、何の苦しみも感じていなかった。だから彼らを作る海ちゃんは彼らに感謝される存在なんだよ」
「うん……わかった」
海ちゃんは分かってくれた。あとは……。私がブレイク佐藤のほうを振り向くと彼は土下座していた。
「すまない、俺知らなかったんだ。知らなかったではすまされないけど。すまなかった」
彼はわかってくれたと思う。アイス北川も眼鏡を上げなら言う。
「悲しい事実ですね。ですがそれは真実です。受け入れるしかありません」
その一言に海ちゃんがうなずく。
「……そうだね」
「みんなさんこれからは大事にしましょう。ガラスを。とくに端海さんは」
「当然よ。もうあんな悲しいことには会いたくないもの」
「では、帰りましょうか」
「うん、かえろ~」
「よっしゃ、帰るか」
みんなが帰りだす中、島田君だけがその場に立ち止まっていた。
「俺まだ空見てる。昔のことを思い出したんだ」
そういうと彼は座り込んだ。それを見て私も座って見ようと思った。
「私も」
「ラブラブだね~」
「ヒューヒューお二人さん」
「まあ、お幸せに」
そう言い残して三人は帰っていった。三人が帰ったのを確認すると島田君が切り出した。
「なあ、端海。お前まだ隠し事してるだろ」
そういわれぎくっとした。まさかあれのことかな? いや彼が気づいているはずが……。
「できればお前の口から聞きたいんだけど」
「……」
「やっぱり言いづらいか?」
「……うん……でも……言う……だからちょっと待って」
「分かった」
それきり二人は無言で空を見ていた。
どうしよう、やっぱり言うべきなのかな? でもさっき言うって言っちゃったし、言わないわけにはいかない。どうしようかな?
うそついてごまかすって手もあるけど、絶対に島田君は気づいてるし、多分嘘ついたら島田君は傷つくと思う。……うん……言おう……言わなきゃ島田君を傷つける。
「……私……アームカットしてるの」
「やっぱりそうか」
彼は別段驚かなかった。
「何時から気づいてたの?」
「……一年位前。お前は何時から始めたんだ?」
「一年位前。だから多分、始めたときから気づいてたって事だと思う」
「そうか……できれば相談してほしかったな」
「ごめん……怖かったの……」
「……」
彼は黙りこくっている。私の話に聞き入っているのだろう。
「島田君に……嫌われる気がして……」
「……」
「だってそうでしょ……こんな……ことしてるんだから」
「でも……俺は違う……」
彼はぼそっとつぶやいた。
「……ほんと?」
私は恐る恐る聞き返す。
「ああ……」
「……」
「俺はお前のことをこの一週間守るって言ったけど……」
「言ったけど?」
わたしは彼の顔を覗く。
「俺は一生お前を守りたい。昔みたいなことは繰り返したくない」
「……」
私の頬が熱くなっていく。こ、これってプ、プロポーズってやつ? 島田君こんなときに何言ってるの?
「俺じゃあだめか?」
「……」
「……」
「……島田君がいい……ううん……島田君じゃなきゃいや」
「ありがとう」
自然と涙が出てきた。
「私、たぶん前から島田君の事、好きだったんだと思う。だから今まであんな迷惑かけるようなことをしていたんだと思う」
「……」
「……ほんと……ごめんね……」
「話してくれてありがとうな」
そういうと島田君は私を抱きしめた。
「やっぱり冷たいな」
「ごめんね。わたしがガラスを割りまくったから」
「俺が絶対守りきってやるからな」
彼の抱きしめが強くなる。彼の体温がゆっくり伝わってくる。安心感が沸く。
「生き残れたらちゃんとあったかいわたしを抱かせてあげるね」
「もう、ガラス割るなよ」
「ガラスはもう割りたくない。あんなつらい思いをするんだもん」
「そうだな」
彼がゆっくりとわたしから離れる。そしてキスをしようと顔を近づけてくる。
「待って」
「えっ?」
「キスはわたしが元に戻るまでお預け」
「……」
「ガラスにキスしたら冷たいファーストキスになるよ」
「何で俺がファーストキスだって知ってるんだよ」
「だって幼馴染なんだもん、それくらい知ってるよ。て言うか分かるよ」
「そういうもんなのか?」
「そういうものなの」
「だけど残念。俺はもうファーストキスは済ませてるんだ」
「……留学中?」
「ああ」
彼は辛そうにいう。彼には酷だが聞いとこう、今なら彼も話してくれるだろう。
「前から聞こうと思ってたんだけど、中学時代の留学中に何かあったの? あの留学からかなりかわったけど……」
「俺は留学中に、好きだったやつを死なせてしまった」
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