始まり

 暗く狭い部屋そこを右に左にへと歩く老人。

「つまらん、まったくもってつまらん」

 彼はさっきから。これを繰り返しつぶやいている。おかげでそれを何時までも聞かされる家具たちはもう、うんざりである。

「はあ~、あの人は何で面白いことばかりをもとめるのか」

 蝋燭がため息をつく。

「そりゃ、つまらないよりは、面白いほうがいいだろ」

 老人の面白さ追求に同意する机。

「でもさぁ、自分の世界に混沌を持ち込んで楽しむのはどうかと思うぜ」

 机の意見に反対する羽ペン。

「お前ら全て聞こえているぞ」

 家具たちの非難に目を向ける老人。老人が歩み寄ってきて、何かしようとするのをとめる蝋燭。

「ですがベルゼ様、人間たちがこないだ、戦争しているのを楽しんでおられたじゃありませんか」

 蝋燭の指摘にギロッと目を向けるベルゼ。

「それはそれじゃ、人間たちは作り主のわれわれを楽しませる義務がある」

「そんな義務ありましたっけ?」

 羽ペンが自分の書いた人間の義務台帳を見ながら言う。

「今から書き足す」

 彼はそういうと羽ペンを手に取り、インクつぼにつけ、すらすらと義務台帳に人間は神を楽しませる義務があると書き足していく。

「はあ、何でこの人は人間に面白さを追及してしまうのだろう?」

 机はため息をつく。

「貴様はそんなことも分からんのか」

 ベルゼが机をにらみながら言う。

「神が人間を創ってやったのだ。その神に代償を支払う必要がある」

「しかしですね、ベルゼ様」

 ベルゼの意見に反論する蝋燭。

「なんじゃ?」

「人間は生きているだけで面白いことをしてくれるじゃありませんか」

「そうそう、義務化しなくてもいいと思いますよ」

 机が蝋燭に同意する。羽ペンもそれに同意する。

「そうじゃ、人間義務台帳第一条、罪を犯した人間は、その罪を償う義務がある、を利用してやろうじゃないか。これを適応してやれば、ただ単に人間に裁きを下すだけで楽しめる」

「それで、その義務を誰に適応するのですか? 罪を犯している人間なんていくらでもいますよ?」

 蝋燭がまた面倒なことになりそうだなと思いながらも言う。

「いや、あまり派手にやると後始末が面倒極まりないことになって、ゼウスのやつが出てきかねん。ここはちょっとした罪を犯したやつをいじって楽しんでやろうじゃないか」

 そう言うと、ベルゼは鼻歌交じりに人間名簿を取り出した。その様子を見た机が焦ったような口調で尋ねる。

「ベルゼ様、まさか無作為に選ぶんじゃないでしょうね?」

「誰がそんな適当なことをするか。先刻、中々に不運な奴を見かけてのチェックしておいたのじゃ」

 ベルゼは名簿から『端海硝子』の名前を見つけるとにやりとする。

「こいつじゃ。罰を下すのは」

「それで、この間、私の大事なペン先を赤に染めたのですか……。それで、罰を下すとしてその人間は何をしたのですか?」

「ガラスを割りまくっておる」

「は?」

 羽ペン、机、蝋燭の声がハモる。

「こいつは、それはもうしょっちゅうガラスでできたものを割りまくっておる。故に罰を下すのだ。罰の内容は自身がガラスになるというものじゃ。こやつほどの頻度でガラスを割っていれば、自身もあっさり割るじゃろう。ククク……。楽しみじゃのう」

 ベルゼの満足そうな笑みを見て胸をなでおろす。

「これでしばらくは安心だな」

「ああ、そうだな」

「端海硝子には悪いけどな」

 ベルゼはいそいそと彼女に罰を与える準備を始める。準備といっても体の材質を変える材質変化剤を準備するだけだ。

 彼は準備を終えると。人間の夢に入って力を行使する夢鏡に入っていく。蝋燭は、主が夢鏡に入っていくのを見届けると頭にともった明かりを消した。





 テレビの砂嵐の中のような世界。音も同じようにザーッとした音しかしない。夢かな? でも変に意識ははっきりしている。何なんだ? この夢は?

「端海硝子、お前に罰を与える」

 罰? 私……何か悪い事した? 

「私、何かしたの?」

「お前はガラスを割りすぎた」

 へ? ガラス?

「何のこと? 私、確かにガラスよく割るけど。あれは不可抗力で……別に私が悪いわけじゃないけど……」

「言い訳するとは! なんと罪深いことか!」

 さっきから一方的なこの声の主――爺、むかつく。

「切るよ?」

 私はいつもの脅し文句で脅す。もしこれが私の夢なら相手はひれ伏すはず……ていっても爺の姿は見えないけど。

「相手が見えないのにどうやって何を切るのじゃ?」

 くっ。的確ね、まるでアイス北川みたい。

「まあ、いいわ。話を聞いてあげようじゃない」

「お前に罰を与える」

「さっきから言ってるわね。罰って何?」

 私は腕組みしながら、聞き返す。

「お前にはガラスの心を知る必要がある」

「ガラスの心? 何それ?」

「割られるものの心じゃ。だからお前の体をガラスに変える」

 その声が聞こえると、突然腕に注射されたような痛みが走る。

「今、お前の体をガラスの体に変えた」

 別に体に変な感じはしない。本当だろうか?

「一週間の間、お前は心臓を守らなければならない」

「心臓? そんなの守るの当然じゃない」

「体は割れるから気をつけることじゃ。それから一週間の間、心臓を守るのに何人かに助けを求めることを許す」

 なんかおかしい、これじゃあまるで楽しむために私の体をガラスに変えるみたいじゃない。その前に、相手の事を聞いておくべきか?

「ねえ、あんた誰?」

「わしは神だ」

 神……。ついにこのときがきた。

「今あったが百年目、切り殺す!」

 私はもしかしたらあたるかもしれないと思い、腕を無茶苦茶に振り回した。

「ふんっ、人間の癖に生意気な」

「わたしはね、あんたから罰を受ける義理はない!」

「創り主に向かって何たる冒涜! 許せん、一度割ってくれるわ!」

 ガッシャーン。

 私の両腕が割れた。痛くないのがせめてもの救いか。血も出ていない。

「……」

「どうじゃ分かったか? これから一週間お前はそのガラスの体ですごすのだ。しかし、ただ、すごしているのでは面白くないので、途中お前に試練を与える。その上で心臓を死守するのじゃ。それから敵にはお前がガラスであることがわかる」

「元に戻しなさいよ! 私はあんたの遊戯に付き合う義理はないわよ! でないと切るわよ!」

「ふんっ。割れた腕で何を言ってる。それから一応忠告しといてやる。お前が助けを求められる人間は限られている。それからわしはお前に刺客を送るから注意しておけ」

「待てこらー! 爺!」

「神に向かって爺というな!」

 その声を最後に私の意識は薄らいでいった。




 がばっ。

「何? 今の夢……最悪、しかも私の体をガラスにかえるだなんて」

 そうよ、ガラス少女の私の体をガラスに変えたらソッコーで割るにきまってるじゃない。て言うか、そんな夢あってたまるか! 気分悪い。下に下りて水でも飲んで来よう。私は別途からフローリングの床に右足を下ろした。

 コツン。

 そう、コツンと……コツン? え~っと確か足を床に下ろしたときの効果音はペタッよね。私は確認のためにもう一方の足を床に下ろす。

 コツン。

 ……マジ?

 念のためもう一つ確認。私は自分の腕を軽くつめではじいてみた。

 チン。

 ……もう一度。

 チン。

 ……うっそ~! これってマジでガラスの体の音じゃん。何? 私本当に神に会ってガラスの体にされちゃったわけ? 

 そんな……。

 これじゃあ本当のガラス少女じゃない。どうしよう、どうしよう。しかも確か今さっきはじいいたときの音は空洞音。中身は空っぽ。マジでやばいじゃない。こんな体で一週間すごして心臓死守するなんてできるわけないじゃない。

 そうだ。と、とにかく島田君に相談しよ。あ~でも、今は午前四時、島田君、絶対に寝てる。どうしよ、どうしよ。

 と、とりあえずいったん下に下りて水飲んで。落ち着こう。

 そして私はコツンコツン言わせながら慎重に階段を下り、慎重に水を組み、飲む。ふ~少し落ち着いてきた。

「冷たいな、お前の唇」

 ……。

 ……。

 ……気のせいだろう。

 とりあえず。私がガラスの体になったのは間違いない。でも、体は普通に動くし普通に生活する分には問題ないだろう。よかった。ガラスの体だって言うからその辺のガラス細工みたいに動けないかと思った。

 でも、ガラス少女の私にとっては動けないほうがいいかも……そうよ! 一週間、家でじっとしていればいいじゃない。まるで引きこもりだけど、そうすれば、最小限の動きだけですむ。これで万事解決ね。

「それは許さん」

 えっ? 今誰か、何か言った? 私は家の中を見回すが誰もいない。てことはまさか……。

「そうじゃ神じゃ。お前の今のアイデアは非常に面白くない。よってその行動を実行に移せば、一生ガラスの体のままにしてやる」

「何よ、それ! 一方的じゃない! 何か私にメリットでもないとこんなの、やってらんないわよ!」

「ならばお前に不老不死を与えよう」

「えっ?」

「だから一週間心臓を死守したならば不老不死を与えてやろう」

 マジで? そんなこと神が勝手にしていいの? あ、神だからいいのか。

「そのかわり、一週間普通に生活すること、ただはじめに言ったとおり、お前には試練を与えるからな。それを乗り越えて。初めて不老不死じゃ」

「……それ、断ったらどうなるの?」

「一生ガラスの体じゃ、しかも心臓が割れればお前は死ぬ」

「……」

「ほれ、どうする?」

 う~ん。確かに不老不死は捨てがたいわね。一生老けない体、そして死なない体。あ、でも待って。やっぱり不老不死はまずいかも。だってみんなが老けて私だけが老けない。それってかなり孤独じゃない?

 そうよ。不老不死なんかに乗って危うく承諾するとこだったけど。私が天涯孤独になるだけじゃない。それはそれで少し楽しいかもしれないけど。何か別の条件に変えてもらおう。

「ねえ、不老不死以外のことじゃだめ?」

「う~む。まあ、いいじゃろう。それでお前が普通の生活をするというなら。じゃあ何じゃお前の願いは?」

「そうねぇ……」

 あまり突拍子な能力は、いらないわ。そうね……超能力ぐらいがいいかな。いやでも待って、よく考えろ、私。変な能力手に入れたらろくなことにならないわ。テレビで騒がれて普通の生活ができなくなる。

「ほれなんじゃ、言うてみい」

 神が、私をせかす。あ~どうしよう。いきなり願いをかなえてやるって言われても、そんなの突然でないわよ。

「一週間考えさせて。元の体に戻してもらうときに決める」

「それなら普通の生活をするのじゃな?」

 神が再度確認してくる。

「ええ、やってやろうじゃない! でもその時になってやっぱりやめたとか言ったら切るからね!」

「威勢のいいことじゃ。まあ、せいぜい頑張れ」

 それきり声は聞こえなくなった。

 う~ん何か一つ願いがかなうか……いきなり言われるとこんな困るもんだとは思わなかったわ。よく漫画の主人公たちって即決断できるわね。

 ああ、そういえばそういうのって、願いがあるタイミングで願いをかなえるやつが登場するのよね。うまくできてるわ。

 突然出てきて願いをかなえようじゃ誰だって迷うわよね。ああ、でも海ちゃんなら迷わずに炎を出す能力頂戴! とかいいそうね。

 ブレイク佐藤だとなんでも破壊する能力だとか。

 アイス北川だと何でも凍らせる能力とか。

 う~ん、私って個性ないのかも……。

 あ、元の体に戻せって言えばよかった。

 いろいろ考え終わった私はとりあえず、もう一度、寝ようと、コツンコツン言わせながら二階に上がり、ベッドにはいって眠りについた。

 ああ、なんて不幸な私。

 ほんとにガラス少女になっちゃうなんて。





 ガラス少女になって一日目。私はいきなり驚きを体験することになった。それはまず私の足音。私にはコツンコツンだが、ほかの人にはちゃんとペタペタと聞こえることだった。

「ほんと? お母さん、私の足音おかしくない?」

「ええ、普通よ。ペタペタでしょ」

「間違えてもコツンコツンじゃないよね」

「当たり前じゃない」

 ……助けを求められる人数限られてるってこういうことなのかな? 助けを求められる人間と敵以外には私は普通の人間なのね。

 はあ、誰が助けを求められる人間なんだろう。そして誰が敵なのだろう……。そうだ、島田君なら別にその条件の人間じゃなくても守ってくれるだろう。彼、優しいし。あ、まって彼が敵って可能性も……。もし、そうだったら一種間、彼から離れればいいだけよね。

 学校に行き朝のホームルーム前に、島田君に事情を説明した。すると島田君は私の腕をはじいた。

 チン。

「お、ガラス音じゃん。お前、本当にガラス少女になったんだな」

 えっ? 島田君には私のガラス音が聞こえる。しかも私を破壊しようとしない。てことは……。

「やったー!」

 私は島田君に抱きついた。島田君はあたふたしている。だが人に抱きつきたいときって何時だってあるもので。私にはそのときなのだ。彼なら守ってくれる。

 よかった。ほんとよかった。彼なら大丈夫だろう。

「ちゃんと守ってやるからな」

 さすが島田君。頼りにしてるよ。

 その日の平井先生の授業の犠牲者は海ちゃん、ブレイク佐藤、そしてなんと珍しいことにアイス北川だった。

「あはは~北川君は冷静になりすぎて寝ちゃうんだね~」

 授業が終わってみんなが私の机に集まってくる。そしていの一番に海ちゃんがアイス北川を馬鹿にした。

「なっ! そんなことはありません。ただ昨日、徹夜をしていてですね……」

「ただの寝不足じゃねぇか」

「ま、まあそんなところです」

 ブレイク佐藤の微妙なフォローに助けられるアイス北川。この二人ナイスコンビだな。いや三人でトリオだろうか?

「でも、端海が寝なかったのは珍しいよな」

 突如、島田君が私を話題に出す。お願いだから今の私はそっとしといて~。だって何かあるとすぐにガラスを割っちゃうの。そのついでに自分まで割っちゃいそうで怖いのよ~。だって割れたら修復きかないし。まさか海ちゃんに直してもらうわけにも……。

 う~んなんとなくガラスの気持ちが分かってきた。割られると二度と元の姿には戻れない。つらいなぁ。ごめんね、今まで割ったガラスたち。

 放課後のクラブ活動の卓球で私に悲劇は訪れた。今日は練習相手が悪かった。なんと今日の練習相手はスマッシュ馬鹿のスマッシュ金城だった。

「食らえ! 必殺スマッシュ」

 スマッシュ金城の必殺スマッシュが私の頭に直撃した。

 ビシッ。

 まさかこの音は……。

 私はそっと額を触る。こ、この感触は……。

 ひびが入ってる~!

 そうスマッシュ金城のスマッシュで私の頭にひびが入ったのだ。やばい、こいつとやってるといつか必ず破壊される。いや、いつかといわず。今、破壊される。今日は逃げよう。早退しよう。

「監督。今日は体調がよくないので先あがらせてもらいます」

「ウム。分かった。体は大事にしろよ」

 いわれなくても大事にしますよ。今の私はガラス少女なんだから。大事にしないとあっさり死んじゃうんだから。帰る前、島田君を呼び出した。

「どうしたんだ? 端海」

「早速、ひび入っちゃった」

 そういって私は前髪をあげ額を見せる。

「お~入ってる、入ってる」

 楽しんでるな、こいつ。私は即座にのど元につめを当て。

「切るよ? 私今ガラス製だから、かなり切れると思うよ。切り傷程度じゃすまないかもよ?」

 その言葉で島田君はわたしから離れた。

「なんか本当に何でも切れそうだな」

「あぶな~い!」

 横を向くと私に向かってボールが飛んできていた。私にはかわす余裕がなかった。やばいこのままじゃあ粉々になる。

「危ないっ!」

 島田君が私の前に出るとボールは島田君に当たらず。島田君の前に何か見えない壁でもあるかのようにボールがはじきかえった。

「大丈夫か?」

 ボールを投げたやつが聞いてくる。島田君は「ああ、大丈夫」と一言言って呆然としている。

「島田君、今の何? なんかバリヤーみたいだったけど」

「俺にもわからん。今までこんなことはなかった。こんなのは初めてだ。まさかあの時の……」

「あの時?」

「いやなんでもない気にしないでくれ。どちらにしてもこんなこと初めてなんだ」

そりゃそうだ。こんな能力あったら幼馴染の私が知らないはずがない。

「ひょっとしてこれはお前を守るための力なんじゃないか?」

「私を?」

「お前の話からして、神は楽しむためにお前をガラスの体に変えたように思える。そのことからして、お前をガラスだと気づけるものには何か力を宿らせたんじゃないか?」

「それが今のバリヤー……」

「おそらく、そうだろう」

 神のやつ徹底的に楽しむ気だな。今度あったら絶対切ってやる。このガラスの体で。

「とりあえず帰ろうか端海」

「そうだね」

 私たちは家路に着いた。帰る途中の電車でまたしても中年デブのエロ親父を一匹狩った。

「なあ、端海本当にやめようぜ。ああいう詐欺師まがいのこと。やったあとの後味が悪い」

「切るよ?」

「わ、分かった。お前に従うよ」

 ……快感。

 快感ではあるけど私を守るって言ってくれた彼には悪いかも。

「ごめんね」

「えっ?」

 列車から降りて家に向かって歩いていて突然謝る私に彼は動揺する。

「ど、どうしたんだよ? 突然に。お前らしくもない」

「いや……その、せっかく守ってくれるって言ったのに。迷惑かけちゃって……だから、ごめん」

「端海……」

 そのとき突然、彼が私を抱きしめる。

「ちょっ! し、島田君?」

「冷たいな」

「えっ?」

「お前の体」

 ……そうだった私の体、今、ガラスなんだった。冷たいのは当然か。でも冷たいなんてつらいな。抱きしめてくれた彼には悪いかも。

「一週間経てば元に戻るんだよな?」

 彼が私から離れながら聞いてくる。

「うん、普通に生活して、神が与えてくる困難を乗り越えれば元に戻れる。と思う……多分……」

「一週間ちゃんと守ってやるからな」

 彼が再度私を抱きしめる、今度は私もそれに応える。

「ありがとう」

 手をつないで歩いていると彼が話しかけてきた。

「なあ、端海。もし……もし、俺がお前を一週間守り切れたら付き合ってくれないか?」

「……うん、いいよ。その代わりちゃんと守ってよ」

「ああ。当然だ。彼女との約束もあるしな」

 彼はガッツポーズをする。こうしてみると彼って結構頼もしいかも。ところで彼女って誰だろう?

 家に帰り普通に食事をして、普通にお風呂に入っていて気づいた。

 お肌つるつるだ。そうか、ガラスの体だからつるつるなのか。海ちゃんがこれを聞いたらうらやましがるだろうなぁ。しみじみとする私。

 そしてふと左腕を見る。腕にはいくつもの古い傷跡。中には新しいものもある。 これは風呂に入っていて偶然つけたものじゃない。

 自分で故意につけたものだ。

 ある日突然、不安でたまらなくなって、机に向かってあがいているときに意識が飛んで、そして気づいたときには、床に赤い液体が滴っていた。あせって無意識のうちにそれをあせって拭いていた。誰にもみられてはならない気がしたのだ。誰かに見られたら大変なことになる。そんな予感がした。だからこうして毎年半そでの時期が来ると、できるだけ腕を隠してすごしている。友達に「なんでこんな暑いのに長袖なの? 暑くない?」と聞かれたときはぎくっとしたが、とりあえずごまかした。

 時折どうしようもなく不安な夜があるのだ。不安があまりにも強くて発作のようなものが起こる。その苦しさは、息ができなくなるほどにつらいものだ。そんな時、不安やその発作を紛らわせるためにそれをするのだ。それをすると放心したように安心した気持ちになれる。

 このことはまだ誰にも言ったことはない、もちろん島田君にも言ったことがない。島田君にこのことを知られて、恐れられるかもしれないと思うと、とてもではないがいえない。

 それはそうと明日みんなにも私がガラス少女になったことを話してみよう。あの楽しみを求めていた神のことだ、おそらく、私が助けを求められるのは適当な人物じゃなくて知ってるやつにするだろう。

 もし、私があいつの立場だったら絶対そうする。

 あ、でもブレイク佐藤と海ちゃんには話すのやめようかな? ブレイク佐藤は「はははは~!」とかいって私を破壊しかねない。それに海ちゃんだって「わ~いガラスだ~細工させて~」とか言って溶かされそう。




 蝋燭が主の帰還を察して、頭に火をともす。

「お帰りなさいませ、ベルゼ様」

「ウム。端海硝子とかいうやつ、なかなか頭がきれるな。あのまま油断しているとしょうもない物語になるところだった」

「やはり、やつの推理どおり知り合いに助けられるやつを選んだんですか?」

 蝋燭がベルゼにたずねる。

「フフッ。そうじゃ、そのとおりじゃ」

「面白い物語になりそうですね」

 机が話に割り込んでくる。

「ウム。あの島田とか言うやつも面白い。あいつがわしの試練をどこまで耐えられるか楽しみじゃ」

 ベルゼたちのやり取りを見て、羽ペンがため息をつく。

「はあ、自分の世界の人間に、おかしな罰を与えて楽しむなんて、どうかしてるよ絶対。神様検定のときなんで落ちなかったんだ?」

 羽ペンの疑問に人間義務台帳が答える。

「あの人な、人間のある義務を決めたことで受かったんだ」

「ある義務?」

「罪を犯した人間はそれを償う義務」

「……」

 羽ペンはあきれた。完全にあきれた。このときほどあきれたことはなかった。

「今、その義務を使って遊んでる」

「……最悪だな」

「それくらいの遊びがないと、神なんかやってられないんじゃないか?」

「……そうかもな」

 ベルゼはそんなやりとりをしている羽ペンたちをにらむ。

「お前たち、聞こえているぞ」

「す、すみません」

 義務台帳はともかく羽ペンは捨てられる可能性があるので謝る。

「陰口をたたきたかったら。わしの聞こえていないところでしろ」

「すみません」

 それを最後にベルゼへの非難は止まった。

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