神様遊戯・ガラス少女物語

松田時宗

端海硝子という少女

「切るよ?」

 そういうと私は紙の上の指を滑らす。そうすると見事に紙は切れる。

「ありがとうな。端海」

「いいって」

 男子生徒は礼を言ってさっていく。

 教室を見回すとみんなだべったり、予習をあせってやったりしているやつがいる。今は、七月中盤なのではっきり言ってイベントがない。テストもなければ、文化祭などの行事もない。ただ一言いえるのはいやな半そでの時期だということ。

私は端海硝子、普通の高校生二年生だ。しかし誰しも特技というものはある。私の特技はつめで紙などを切ること。

 そう、私のつめは長く、三センチ近くあり、しかも砥石で研いでいるので、切れ味抜群である。これは私の立派な武器でもあり、痴漢撃退にも役に立つ。私のおしりを触ってきた脂汗をたらす中年親父ののど元につめを当て。少しずらして傷をつけ、

「切るよ?」

 この一言は効果抜群で、中年親父は泣いて謝りだす。

 そして私は、容赦なくそいつを警察に突き出した。その中年親父は現行犯逮捕。私は警官に感謝されたりもした。

 私は、はじめてそれをやったときの爽快感が忘れられず。何度も同じような手口で次々とエロ親父どもを手にかけていった。顔は普通で、出るとこが出ている非幼児体系なので、親父どもは、次々と私のわなにはまっていく。

 そんなことばかりやっているせいか私は「痴漢ハンター」として近所の人々に恐れられている。そんな私だが一つぐらいは汚点がある。

 ガラスを割ること。

 おかげで私は名前をもじられて「破壊ガラス」として教師達から馬鹿にされている。だが、同級生たちは馬鹿にする意味を含めて、「ガラス少女」と呼んでいる。

「なあ、ガラス少女。これも切ってくれよ」

 そういうと男子生徒は私に紙を渡す。私は、ガラス少女と呼ばれることは好きではない。だから、こうやって、ガラス少女とか呼ぶ馬鹿にはのど元に手を当て。

「切るよ?」

 そうすると彼は謝りだし。私に土下座する。

 彼は何故そこまでするのか? 私はかつて私をいじめてきたやつをあまりにも度が過ぎるので切りつけたことがあるのだ。全治、二週間の傷を負わせ裁判沙汰になりかけたことがあるが、相手にも非があるということで、そうはならなかっが。やはり皆には知られてしまった。

 だから私は切り裂き魔としての二つ名を持つ。だから私に「切るよ?」といわれることは身の危険が及んでいることを意味する。だから皆、土下座する。

 ……快感。

 しかし、そんな女王様な私だが、なぜ皆、女王様扱いせずに馬鹿にするのかそれは私がとにかくガラスを割りまくることにあるのだ。

 ドッジボールをしていて割る。

 友達に押された勢いで割る。

 階段から落ちた勢いで割る。

 どれも不可抗力じゃない? 

 ひどいと思わない? 

 誰だってあるでしょ? こういうことの一つや二つ。

 私の場合これが多いだけなの、分かって。

 私、神が目の前に出て来たら、絶対にこんな運命の下に置いたことの報復として切り刻んでやる。

 ……絶対殺ってやる。覚えとけ神。

 そんな私は、またしても友達に押された。

 ガッシャーン。

 ……やっちゃった。

 またやっちゃったー! 

 どうしようまた先生に怒られる。こればかりは相手を脅してやめさせるわけにはいかない。私はちゃんと常識のある常識人なのだ。だから、絶対にそんなことをしない。

 ……でも、やっぱりやりたい。

「端海またお前か、ほんとお前は破壊ガラスだな」

 担任の平井先生が私を職員室に私を連れ込み責める。もしここで変なことをやってくれれば脅してこいつを殺ってやるのに……。

 ……ああ、やっぱやらないで、気持ち悪い。

 それに私はまだこの年で殺人者になりたくない。

「端海、聞いているのか! まったく、お前の割ったガラスはこれで何枚目だ? 一回数えてみるか?」

「すみません」

 謝るしかない。ここで私がどう弁明しようと、私がガラスを割った事実は変わらない。

「お前の〈すみません〉はもう聞き飽きた」

 私も言い飽きた。だからもう私を責めないで。

「お前の割ったガラスの気持ちを考えてみろ。いったどんなつらい気持ちだったのか、分かるか?」

 あんたはガラスになったことがあるのか? 

 ないだろ。

 ひょっとしたらガラスは爽快に割られて気持ちいいかもしれないじゃないか。私だったら爽快だと思う。それに割られても溶かされて元に戻れるじゃない。

「端海、一回お前ガラスになってみろ。そうすれば少しはガラスの気持ちが分かるだろ」

 はあ? 

 何言ってんのこいつ?

 私、こいつのこういう風にわけの分からない例えをするところ大嫌い。

 そもそも、私は、あんたら教師が大嫌いなの。特にあんたみたいにねちねち、ねちねち言うやつは一番嫌い。

「もういい、さっさと反省文書いて弁償しろ」

 はいはい。分かりましたよ。そういうと、私は、きびすを返し。職員室を出て行こうとしたら。何かが私の腰に当たる感触。

 まさかこれは……。そういえばさっき花瓶があったっけ、……ということは……。

 ガッシャーン。

 ……。

「……」

 先生、無言。そして先生が怒りに震えるのが見て取れる。

 ……やばい。

「端海」

「はい」

「反省文もう一枚追加な」

「はい」

 はあ、何で私はこんなにもガラスを割っちゃう体質なんだろ。

 ……マジで出てこい神。ここで殺ってやる。

 とか思っても、神が出てくるわけでもない。私は平井先生にもう一枚、反省文用の原稿用紙をもらい職員室をあとにした。

 教室に戻ると、私の幼馴染、島田護君が話しかけてきた。幼馴染と言っても彼は中学時代ヨーロッパに留学していたので正直、あまり深い関係はない。彼は留学前、暗かったのだが、今は全然そんなことはない。彼はわたしをガラス少女として呼ぶことを許している数少ない一人だ。

「よっ、ガラス少女。お前また、派手にやったな。ん? 二枚? なんで二枚なんだ? お前が割ったガラスは一枚だけだろ?」

 私はさっきの職員室での出来事を彼に説明する。

「ははははっ! 端海、お前最高だよ。ほんとガラス少女だな」

 ううっ。穴があったら入りたい。

「硝子ちゃ~ん。またやったね~」

 のんびりとした女の子の声。こっちに来る途中机に足を引っ掛けて転ぶ。

「いった~」

 これは私の友人の海ちゃんこと福光海の声だ。彼女は百六十センチの私より頭一つ小さく、百四十センチくらい、所謂ちびっ子。そして童顔、たまに、バスなどで高校生料金を払おうとすると「君は子供だから子供料金でいいよ」なんていわれることもある。しかし彼女はそんなこと一切気にせず「そうなんだ~」の一言で片付け、気にしないで「ラッキ~」とかいって喜ぶ。……種族、天然。

 彼女の家の実家はガラス職人で彼女自身も、ガラス細工を作る。いわば私とは反対の位置に立つ人間なのだ。しかし、私がガラスを割りまくるせいか、彼女は私に興味を持ち、友達となった。

 彼女も私をガラス少女と呼ぶのを許している人の一人だ。だけど、彼女は私をガラス少女とは呼ばない。

 しかし、この、のんびりした声にだまされてはいけない。彼女は常に簡易バーナーを持ち歩く危険なフレイム少女なのだ。彼女いわく、簡易バーナーはお守り代わりだそうだ。しかし、お守りの甲斐もなく彼女はドジッ子。それでも、彼女は私がひびを入れてしまったガラスを直してくれる。ありがとう、海ちゃん。もし、いつか神が出てきたら、一緒に仇をとってあげるからね。

 通称フレイム福光。これはおそらく、実家のガラス職人の親父さんのせいだろう。だがバーナーを持ち歩かせるのはどうだろうか? 

 私が親ならあんなドジッ子に絶対に持たさないとういうか触らせない。なぜなら、彼女は転んだ拍子に近くのものをバーナーで焼いたことがあるのだ。私も焼かれたことあるもののひとつでもある。実は島田君もあったりする。彼のときはお尻だった。その部分だけ焦げてしまって、かなり情けない姿になった。私のときは胸だった。なぜか彼女はそこばかりを狙う(本人としては狙ってないのだろうが……)

「よう、ガラス少女、見たぜ。見事な割りっぷりだったな。俺も見習いたいくらいだ」

 そんなことを言って近づいてくるのは、破壊行動をこよなく愛する危険な幼馴染、佐藤弘樹だ。彼とは幼馴染だが正直そういってほしくない、腐れ縁といってほしい。くそ! 何でこんなやつと腐れ縁なんだか……。

 通称ブレイク佐藤。けっして流行っているという意味ではない。

 ブレイクはブレイクでも破壊するのブレイクだ。彼は破壊行動を愛しているが別に私みたいに悪いことをしているわけではない。ひたすらにゴミ取集所でいらなくなったものを破壊するのがすきなのだ。ちなみに、そのゴミ収取所でゴミをばらすバイトもしているらしい。

 彼も私をガラス少女と呼ぶことを許している一人だ。というか許さなくても彼の性格からして呼ぶだろう。

 それにしても、何で私の周りにはこんなにも危険な人物が多いのだろうか? 私のせい?

 いや、絶対にそんなことはない!

 きっとない!

 絶対に神のせい!

 ……切ってやる。

 神ならいくら切っても大丈夫だろう。私は殺人者にならない。神殺しにはなるけど。

 六時間目の平井先生の英語の授業が始まった。この授業はっきり言って拷問。なぜなら平井先生の授業は面白くない。しかも、生徒を当てることもなく、ただ延々とお経のようなわかりにくい説明をする。だから、生徒たちの眠気は倍増。当然皆、寝る。しかし、平井先生はそんなに甘くはない。

「佐藤! 寝るな」

 ヒュっ。平井先生の持っていたチョークがまっすぐと寝ているブレイク佐藤の頭めがけて飛んでいく。

「うおっ!」

 彼は軽い悲鳴を上げ、椅子ごと倒れる。教室に笑いが漏れる。

 そう、平井先生の特技はチョーク投げ。しかも、ただ投げるだけならまだしも。的確に頭(特に額)を狙ってくる。

 一回この行動があまりにも過激すぎて(一回の授業でおよそ百発はなげていた)、生徒の親から文句が来て先生は投げる回数を制限された(制限するだけかよ)。その数、三。つまり今、先生は貴重な一発を使ってしまったのだ。さあ、次の犠牲者は誰だ?

「金城南!」

 ヒュン。見事、額に命中。彼女は悲鳴を上げる。

「先生~、少しは手加減してくださいよ~」

 彼女が先生に抗議するがそんなのを聞くほど甘くはない。

「手加減するとお前らのためにならん」

 その前にためになる授業をしろとぼそっとつぶやく。

「端海! 無駄口をたたくな」

 先生が窓際の一番後ろの私の席に向かってチョークを投げる。

 残念でした。

 私は当たらない。私には人並みはずれた動体視力があるから軽くそれをかわす。

 カシャン。

 私の後ろの窓ガラスに先生の投げたチョークが突き刺さる。

 フッ。ざまあみろ。これでお前も始末書行きだ。

「くっ、何故、端海には当たらんのだ」

 フンッ、お前のチョークなど食らってたまるか、このチョーク平井。いや、ブレイク平井。

 私は先生に向かって余裕の笑みを向ける。もう三発つかっちゃったから投げられないからやり放題だ。みんなも寝始める。脱出しようかな? この授業。

 ……うん、脱出決定。

 私は立ち上がり、先生に割られた窓を開け、窓のふちに手をかけ二階の教室から飛び降りる。普通の人間なら、捻挫か骨折だが私は、そんなへまなことはしない。足から着地し、うまく受身を取り、見事に飛び降りる。

「待て! 端海!」

 そんなので待つやつがいるか! 

 私は走っていつもの逃げ場、体育館裏に行く。ここは、ほとんどというか、まったく人が来ないので好きだ。私は何時もここで考え事をする。

 はあ、ほんと、なんでこんなにもガラス割り人生なんだろう。私って呪われてるのかなぁ。もし、私を呪ってるやつがいたら、絶対に切り刻んでやる。私はこぶしを握り締める。  

 そんな時、授業が終わる鐘が鳴る。これで放課後だ。だけど、私は帰らない。しばらくこうやってたそがれているのだ。

「よお、ガラス少女。また授業サボって、単位落とすぞ」

 島田君がやってくる。

 彼は私のこの秘密の場所を知っている数少ない一人だ。というか私をガラス少女と呼ぶのを許している人は皆この場所を知っている。

「ほんとお前は何でも壊すよな。俺とは違って悪い意味で。あのあと授業無茶苦茶だったんだぞ」

 ブレイク佐藤がやってくる。何でこいつも一緒なの? 島田君とならたそがれていられるのに……。こいつは雰囲気を壊すのもうまい。こうやってたそがれる雰囲気もぶち壊す。

「硝子ちゃ~ん。ガラスだけならともかく、授業まで壊しちゃだめだよ」

 のんびりとした声を発しながら海ちゃんがやってくる。彼女が来ると、場が和むが、たそがれることはできない。

「ほんとですよ。いくら名前が破壊と読むといっても、大事な授業なんですから壊さないでください」

 いつも冷静、アイス北川こと北川祐樹もやってきた、彼は一緒にたそがれるにはいい人物だが、結構冷たいとこがある。いや、冷静というべきか。

 意外な一面として彼はアイスクリームとシャーベットに目がない。彼も私が許している人物の一人だ。

 彼とは同じ卓球部で、ダブルスをやったことで知り合った。それ以来、仲がよくなった。彼はいつも冷静で、頼れる人物で、頭もいいが、運動もできる、いわば文武両道。でもこの人物を侮ってはいけない。彼は常に液体窒素を持ち歩き、海ちゃんと同じ危ない人間なのだ。

 それから、先生からも生徒からも好かれる人柄も持っている。こういうのを完璧な人間というのだろうか? 何でこうも人生って不公平なんだろうか? 彼のように完璧な人間もいれば私のように、だめだめな人間もいる。

 ……神のやつ絶対殺ってやる。

「でもさあ、今日授業、安藤先生面白かったよな」

 私たちはこうして、いつもその日の授業の感想などを言い合う。つまりはいい仲なのだ。私はこういう仲間と会えたことだけについては神に感謝してやる。ありがたく思え。

 私たちはしばらくの間たわいないやり取りをしてから各自、家路に着いた。

「じゃあね~。硝子ちゃんまた明日ね~」

「うん、海ちゃん。バイバ~イ」

 私たちは別れた。島田君とは家が近くなので、帰る電車が同じだ。だから必然的に二人きりになる。こうなるとやっぱり幼馴染とはいえこの年齢ともなるとどきどきする。彼の胸元にはいつもつけているちょっと大きめ(というかそのもの?)の短剣のペンダントがある。

「ね、ねえ島田君。島田君は彼女とかいるの?」

 ああなんでわたしはこんな話するかな。

「いや、いないよ。昔留学していたときにはいたけどな」

「いた?」

「今はもういない」

 彼は目をそらしながら言う。何かあったのだろうか? それとも一方的にふられでもしたのだろうか? 

 私たちは無言のまま満員状態の電車に乗り込む。そうすると島田君はさっきまでの雰囲気を一変させて話しかけてくる。あのことは彼にとって、あまり触れてはならない話題なのだろう。わたしにもあるけど……。

「なあ、端海なので、ああいうふうに平井先生に逆らうんだよ。さっきも言ったけどほんとに単位落として留年するぞ」

「う~ん。なんていうか本能的というか生理的に受け付けられないの」

「それでも我慢しなければならないと思うが……」

「切るよ?」

 私は彼ののど元につめを当て鋭い目をして言う。

「すまん、すまん。だから手を下ろしてくれ」

「そうね、大事な幼馴染を失うわけにはいかないし」

「おいおい、殺すつもりだったのかよ」

「冗談よ」

 むにっ。むっ、この感触は痴漢だな。

「島田君」

「またか」

 私はおしりを触っていた細身のはげ親父の首につめを当て。

「切るよ?」

 すっとつめを横に滑らす。少し傷がつき血が流れる。そうすると親父は突如、謝りだす。

「ごめんなさい、ごめんなさい。悪気はなかったたんです。その、ついって言うか。お嬢さんの体があまりに魅力的だったので」

 このエロはげ、私をおだてて許してもらうつもりなのね。こういうやからが一番むかつくのよね。

「そんなんで許すわけないじゃない」

「そ、そんな」

 親父の目から涙が流れ出す。

 うわっ。キモッ。なんかの絞り汁みたい。

「端海、もういいだろ」

 見かねた島田君が止めに入る。

「そうね。今日はこの辺で……」

「ありがとうございます」

 親父が感謝の言葉を漏らす。フッ。甘いわね。私は思いっきり意気を吸い込み、

「キャー! 痴漢よ! 痴漢! 誰か助けてー!」

 私は思いっきり声をあげ、助けを求める。そうして島田君の出番。

「この野郎! よくも僕の彼女に手を出したな! 警察に突き出してやる!」

「そんなさっき許してくれるって……」

 親父が涙を流しながら私のほうを見る。私は冷たい目で親父を見つめ。

「そんなこといったっけ?」

 親父の顔が見る見る引きつって青ざめてくる。

 ……快感。

 親父は島田君を見つめる。助けを求めているのだろう。しかし、

「悪い、俺もこいつには逆らえん」

 親父は私たち二人をにらむ。彼の手を振りほどいて逃げようとするが、彼は武道をしているので握力はすごい。だから到底、放させることなどできない

 島田君が警察に親父を突き出しに行く。エロはげは「このヤロー! この詐欺師どもめー!」とか言って警察にひきずられていく。さようなら女の敵。

「なあ、端海」

 親父を見送りながら笑っている私を見て島田君が話しかけてくる。

「何? 島田君」

「なあ、こういうのやめないか? 普通にお前が叫べばいいんだから。わざわざ楽しまなくてもいいだろ。それに、そんないいもんじゃないだろ? 触られるの」

「何言ってるの? だからこそ、ああやって喜ばせておいて、最後にどん底に突き落とす。罪を犯したんだから当然の報いなの。それに私は楽しいわ」

「でもなあ、お前はよくても、一緒に詐欺師呼ばわりされる俺の気持ちを考えてくれよ。そんなにいい気分じゃないんだ」

「気にしない、気にしない。犯罪者捕まえたんだから。気分は最高になるでしょ?それでいいじゃない」

「う~ん。微妙だなぁ」

「細かいことばかり気にしてると、あのエロ親父みたいにはげるわよ」

 私は彼の頭をなでる。そんな私の手を振り払いながら彼は言う。

「いや、だからはげないためにやめようよ」

「嫌、別に私は気にしないもん」

「いや、だから俺が……」

 私はさっと彼ののど元につめを当てる。

「切るよ?」

 彼の顔が引きつる。いくらやらないとわかっていても、前科があるからどうにも不安なのだろう。

「分かったよ、だからおろしてくれ」

 私は腕を下ろす。分かればよし。

「私には逆らわないことね」

「はあ、こんな幼馴染がいるって大変だなぁ。あいつとは大違いだ」

「何だって?」

 私は鋭い目で彼をにらむ。

「い、いや何も……」

 彼はため息をつく。

 ……これも快感。ところであいつって誰だろ? そのうち聞いてみよ。

 私は家に帰るとつめを研ぎ始めた。砥石で。

 ザー。

 ザー。

 私はつめの切れ味を試してみる。鉛筆を上にほうり投げ、切る。

 鉛筆は真っ二つになる。

 よし切れ味十分。だけど、このつめ、たまに問題がある。それは、体を洗うときだ。体を洗うときについつい体を切ってしまう。だから私の体はいつも傷だらけだ。はあ……憂鬱になる。

 くそっ。こんな人生歩ませてるやつら切り刻んでやる。覚えとけ。

 風呂から上がった私は手ぐしで髪をときながら乾かす、切れ味がいいつめだからついつい髪すらも切ってしまう。かなり気を使う。どうしても切ってしまうため髪が減る。だけど、散髪屋にいかなくてもいいから便利と言えば便利なんだけど……。はあ、また、ため息が出る。ため息をすると幸せが逃げるとよく言うけど。ほんとかな? 

 私はそうは思わない。確かに憂鬱なこともあるけど、楽しい人生歩んでる……つもり。神にも少し感謝してやる。ありがたく思え。

「さあ、寝よっかな」

 私は床につく、そして私は眠りに落ちていく。いい夢が見れますように。

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