第2話 WHO ARE YOU?

 おはようの挨拶が飛び交う中、作り笑いを浮かべて席についた。荷物を出してロッカーにしまうことすら面倒だ。朝は特に力が入らない。ローズの香りのハンドクリームを塗りながらなんともなく教室を見まわした。

 「お・は・よ。」

ふいに背中から現れた現実に驚いて肩越しに見上げるとしょうちゃんがにんまりとほほ笑んだ。

「どうしたの?昨日も遅くまで『悩める乙女』してたの?週明けってのに、そんなに目の下真っ黒だなんて。」

ご名答。

「そうね、またしてもやっちまったわー。」

 一日部屋着生活。お気に入りのブランドのレースひらひらの質のよいタオル地の部屋着を7着ローテーションで回している私はほんと、根っからのオタクだと思う。

「りー、ここはやっぱり青春を謳歌するために、クラブ活動じゃない?3年間帰宅部、りーぐらいよ。」

しょうちゃんに毎度のように諭される私は中学入学直後から家にソッコー飛んで帰る、とんでもない家好きの女だ。お気に入りのブランドのお紅茶とお気に入りのお店のお菓子を常備し、家に帰って制服から部屋着に着替えてやかんのお湯が沸騰するのを待つ時間は至福の瞬間だ。

 実は。『悩める乙女活動』・・・中学3年生の私、早乙女璃子はひっそりと人生相談のお姉さん活動をしている。中学入学と同時にパソコンを買ってもらった私は、プログラミングなるものに興味を持ち、まずは、と、HPを制作しよう、と日夜パソコンに向かい、しばらくキーボードと一心同体の生活を送っていたのだ。そして練習の成果で出来上がったHPを何に使おう・・・と悩んだ結果、もともと文章を書くのが大好きな私、これは、と思い立って『話相手のいないあなた、青春の悩み、聞かせてください』をキャッチフレーズにお悩み解決サイトを開設したのである。

検索用キーワードを入念に絞り混み、丁寧に作り上げたそのサイトは初めのうちは鳴かず飛ばずだったものの、1年経った頃、中2に上がるころにはぽつぽつとお悩みが届くようになっていて。プロフィールには『神戸在住、おせっかいおばちゃん』とだけ記し、怪しい輩が出没することもあるものの、私がサイトを更新するたびに一定のコメントが書き込まれるようになっていった。

 休日にはゆっくりとパソコンに向かうことができるのでお悩み解決に没頭する。

「ねぇ、しょうちゃん。やっぱりクラブって参加すべき?昨日はテニス部を人間関係がきつくて辞めようかどうか悩んでいる人に、『テニスをしにいくのに人間関係が邪魔で楽しめないなら、クラブは辞めて習いに行きましょう』って言っちゃったよ~。」

「いや、やりたいことがある場合は別よ?私は、りーが家でパソコンにばかり向かっているのが心配なだけで。・・・ま、それがりーの好きなことなら仕方ないけど・・・。あ~、一緒に高校3年間、バレーボールで汗流そうよ~。」

「何度誘われてもなびかないよ。」

結局そこだわ!と笑いながらしょうちゃんは席に戻っていった。

 そもそもそのサイトでの悩みを吸収して小説のネタにもなれば一挙両得、と思っていたけれど、いざ悩みを目にすると、小説のネタにするにはあまりに申し訳なく、文章力・想像力を鍛えるつもりで真剣に考えている。朝の妄想、小説作りも同じことである。

 授業が始まったが、朝の爽やか女子と赤ちゃんのことを考えていた。



「おはよ」

「おはよ~」

川沿いの駅に降り立つと、風が少し冷たく、マフラーをぎゅっと引き締めて歩かないと山の上にある学校まで歩けそうにもなかった。

「杏、英語の宿題終わった?」

改札を出たところで待ち合わせていた佳那とそそくさと駅の北側にある商店街へと向かった。学校へは駅から20分ほどある。

「陸とママが昨日から喧嘩しててさ。集中できなかったわ。」

「あはは、それ、言い訳だから。」

佳那は大きな目をさらに大きくして大げさに笑った。

「ミスター水戸、宿題期限の設定、早すぎよね。あと一日あるけど今日は徹夜かも~。」

目に手をあてて泣く真似をした佳那に電車の中でずっと考えていたことを呟いてみた。

「ねえ、佳那。陸とママさ、大きな声だして罵り合いの大バトルなんだけど、二人ともめちゃくちゃ険悪なんだけど、何故かうらやましいの。おかしいかな。」

「うーん、杏はママとあんまり喧嘩しないの?言いたいこと言えてないんじゃない?」

あぁそうかも。

「だね。そうだわ。佳那はママになんでも言ってる?言い争いってする?」

「私?私は言ってるよ~。杏も言えばいいじゃん。受け止めてくれるんじゃない?弟くんとそんなに激しいバトルするママなんだからさ。ほらっ、単語テストの勉強しよっ。」

単語帳をカバンから取り出し、佳那は私に問題を出し始めた。そうして、私も「insist in~は~の中に、intermittentは断続的な、」

と口の中でもごもごと唱え始めた。そう、まずは単語テストで100点を採らないと。



考え事をしている間に時間・・・もとい、授業はいつものようにすすんでいく。

「はーい、期末テストではここが出ますから必ず押さえておいてくださいねー。」

キーンコーンカーンコーンのベルとともに現実に引き戻された私は公民のノートとペンをもってしょうちゃんに泣きついた。

「ごめん、しょうちゃんっ、ノートみせて~!!!」

んもう、仕方ないなあとつぶやきながらも快く差し出してくれたノートを必死で写しながら私はあることを思い出し始めていた。

 いつもの朝と違った。今朝出会ったあの二人のせいだ。あの爽やか女子と赤ちゃん。いつもの朝だったのに、何かが違った。忘れられないのはあまりにも特徴がなさ過ぎたのに心に留まったせいだと思っていたけれど、そうじゃない。あの二人には会ったことがあるんだ。4次元の世界で。




 

 

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