第3話 記憶

 4次元って、現実じゃないじゃん。しょうちゃんに言ったら真っ先にツッコむだろうな。

 そう、現実じゃない。でも。

 思い返せば今日はサイトを作り上げてから丸2年がたち、3年目に突入する記念すべき日だ。確か丸1年がたったあたりにもそういえば不思議なことがあったんだ。日記に書いたような気がする。家に帰ってから見てみよう。

 そうして、私は色々なことを思い出し始めていた。

 1年くらい前に初めて青春お悩み相談室に来てくれた女子学生。あの後、1日に1度は私の青春エッセイに書き込みをしてくれている『弟が羨ましい16歳』。そして、あの赤ちゃんの若いママ。同じく、ここ数か月書き込みをしてくれている『ゆうたママ』に違いない。そうだ。私は確信していた。あの赤ちゃんは。ゆうたくん。



「んま、んま」

「あらあら、お腹すいたのかなぁ。さっきミルク飲んだばかりでちゅのにね~。」

ちがうよ、あついんだってば。きせすぎ、きせすぎ。

 だんだん記憶が薄れてきてはいるけれど、ぼくは1年くらいまえにおかあさんのおなかにやってきた。その前はパイロットだった。東シナ海に墜落していくそのかすかな思考の中、次にこの世に生まれることができるならまたあの人の近くに舞い降りたいと必死に願っていた。あの人が誰だったのか・・・もうそれは思い出せないのだが。

「あー、もしかして暑いのかなあ。ゆうた、お着換えしましょうねぇ。」

優しい手に包まれてまた現実が遠のいていった。まぶたがおちてくる。



「ただいまー。」

「あらー、杏、おかえり。今日はクラブなかったっけ。」

「あ、うん、あったけど、少ししんどくて帰ってきた。」

「えーっ、大丈夫?お熱は?」

玉ねぎを炒めていた手をとめて体温計を持ってとんでくる。私のおでこに自分の額をくっつけながら、

「これ、はい。」

と優しく渡してくれる。そう、ママはとても優しい。私のことを大切に思ってくれているとよくわかる。でも、なんだか違うのだ。陸とは。

 ピピッと鳴った体温計を渡すと、じーっと見て

「よし。」

とうなずいたママは、

「疲れてるんだね。これは。今日、資生堂パーラーのお菓子を頂いたのよ~。一緒に食べよ。着替えておいで。お紅茶いれておくね。」

となんとなくルンルンしながら台所へと戻っていった。私が早く帰るのが嬉しいので、ご機嫌なのに違いない。

 ひとまず荷物を置きに部屋へ行く。パソコンを見るとあのサイトのことを思い出した。そうだ、一言入れておこうかな。

 カーテンが半開きの薄暗い部屋でパソコンの青白い光がパチパチと瞬く。じーっという起動の音に少しイライラしながら部屋着に着替え、机に向かった。

「杏~?!まだ~?!」

「はいはーい、あと5分くらいで行くから!」

うきうきとしたママの私を急かす声は決して嫌なものではなかった。むしろ、照れくさいけれど嬉しい。『ただいま~!おやつ食べたら来ます』とenterし、最後にウインクの絵文字を入れて、一階へと降りていった。

 



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