第11話 女友人の魂胆

全くミユキの消息は途絶えたまま、凡半年が過ぎた。

そうした、ある日聞き覚えの無い女性から電話が入った。

「私、結城祥子といいます。実は星野美由紀さんの同僚で麻布病院の看護婦をしています」

「あっ、はあ、そうですか、何か」

「1度お会いできます」

「いいですが」

「じゃ、今夜とかお時間あります」

「7時過ぎなら時間とれますが」

「じゃ、7時に何方に伺ったらいいですか」

「赤坂見附駅まで来られます」

「大丈夫です、じゃ伺います」

ミユキの同僚と聞いて気持ちが高揚した。(もしかすると、彼女の近況がわかるかもしれない)

赤坂見附駅ビル一階のエントランスは待合わせの人達や飲食街に呑込まれる乗降客でごった返していた。

その雑踏の中、互いの携帯で呼び出し対面を果した。

ミユキの先輩か25~6歳にみえた。

金髪のロングへアーをカールさせ、胸の谷間を覗かせた露出の高い服装が看護婦というよりキャバ嬢のようだ。

目性のハッキリした顔立ちも異性を意識してか濃いめの化粧が一癖有りそうな気がした。

「始めまして」純一が初対面を意識して挨拶すると。

「覚えていません、以前柴田さんが手術したとき私、立ちあっていました」

「あっ、そうですか、じゃ先生が何見ているって言った時、僕自身を見ました」

「うふふふ、はい、確かに確認しました」

「失礼ですよ本人の許可もとらずに」

「はい、でも役得ですから」笑いながら返してきた。

人は不可解な生き物だ。

最終局面を曝したと思った途端、羞恥の心が消えて会話が砕け、気安く話しが明快な方向に進んだ。

「飲めます」

「はい、大好きです」

「じゃ、軽メシして飲みに行きますか」

「いいわ」

赤坂見附駅ビルの8階、飲食フロアの鮨屋で少しつまむことにした。

店は中央の板場をカウンターがぐるりと取り囲み、そこに数人の板前が直接オーダーを取り寿司を握ぎっていた。

席は簡単な丸椅子が無造作に並び、詰められるだけ詰込める形態で、退社時間帯の店内は可なりの混雑をみせていた。

他の客を詰めさせ、2人分の席を割り込ませたが、かなり窮屈で膝が接触し、温もりが伝わってきた。

初めての食事にしては接近しすぎで、余り近いと好意と錯覚しそうだ。

始めビールでグラスを合わせ後は日本酒に切り替え、寿司は純一のお任せで適当に見繕った。

「今日は、どうしました」純一が接触の目論みが読めず、取り留めなく質問した。

「柴田さんの事ミユキから色々聞いていました。一度一緒に食事しようって話していたの」

「そうですか、もしかして松谷君も知りあい」

「はい、よく食事とかしました」

「以前、僕の自宅の電話番号教えた人」

「ご免なさい、ミユキに急用が有ったみたいで彼すごく焦っていて」

「正直言って驚いたよ。何で自宅がわかったのか」

「ミユキも色々有るから」意味深に聞こえた。

「今じゃ全く連絡こなくなったけど松谷君と結婚したのかな」なにげに探りを入れてみた。

「まだ、奥さんが許してくれないみたい」

「凄い揉め方していたみたいだね」

「そうなのある日、病院に子供抱いてきて、その時刃物隠してて、病院で暴れてすごい騒ぎになったの」

「そういえば松谷君に聞かされたな。奥さんから刃物突き付けられたとか、自宅に火を付けられたって。

始めて彼に合った日に聞かされて一寸驚いたけど」

「奥さん元々お嬢さん育ちで裏切られたのが許せなくて、意地張って離婚を承諾してくれないって言っていたわ」

「奥さんにも遭っているの」

「少し遠めだったけど病院で大騒ぎになって揉めているところ。一寸派手な感じはしたけどとても綺麗な人だった。

ただその日は目が引攣って一寸病的な感じがしたけど」

「確かに刃物持って、穏やかな顔は出来ないね。松谷君の歳からしたら未だ若そうだね」

「そうね、正確には聞いてないから判らないけど、多分私位かな」

「じゃ、未だ20歳位」少し戯けて言った。

「またまた、冗談を。判りきった冗談は皮肉に聞こえるわよ」

「女の人は化粧で素顔を見せないから、幾つにも成れるのじゃない」

「でも以外と化粧すると老けてみえるのよ」

「じゃ結城さんの素顔はヤッパ20歳か」

「有り難う。じゃそうしておいて」正確な年齢は引きだしそこねたようだ。

「話し変わるけど医大生の彼がいてそちらも揉めたって聞いたけど」

「そちらはもっと大変だった」

「僕が松谷君と同じ道追いかけている、なんて言われてその時、妙に何か隠している感じがしたのだけれど」

「実はその人と殴り合いになって松谷さん怪我させられたの」

「そうか、それは聞いてなかったな。そこまで揉めてたのか。松谷君きゃしゃだし、暴力は苦手そうだしね」

「でも医大生の彼も暴力的な感じはなかった。以前その彼とも食事した事あるけどとても素敵な人だった。

顔立ちがすっきりしていて可成りイケメン。直視されると吸い込まれそうな瞳をしていた。ジャニーズ系の一寸いない美少年っていうかんじかな。うちの病院でも凄い評判だったの」

「そうか、そんな格好良かったのか」

「そう言う綺麗な人って繊細でメンタル面で線が細いっていうか優しすぎて精神的に脆い感じがしたわ。そのうち松谷さんが現れ一寸追詰められていく感じになって。その上ミユキは怪我させられた松谷さんに同情し、松谷さんに乗り換えたのはいいのだけど、その後がね」

「何かあったの」

「大事件になったわ。でもその話し柴田さんに隠しているみたいね」

「ミユキが魔性の女だから自身で勝手に家庭を壊しちゃう、だから関わらないほうがいいみたいな言い方された。

でも肝心の処を隠している感じがした」

「どうしようかな。秘密にしているみたいね、ミユキも触れてないみたいだし」

「気になる言い方だね。聞きたくなるな」

「イヤー止めときます。余計なこと言ったら叱られそう」

否定しながら言いたげな感じがした。

「どうせ今じゃ連絡も取れてないし、ま、聞いても仕方ないか」

寂しげにポツリと呟いた。

「そうね、ミユキに届かないし、お話します」

切掛けを探っていたようで、直ぐ飛びついた。

「何だか、怖いな」

「松谷さんが現れてから、ごたごたし始め、凄く揉めたの。そのうち嫉妬してミユキに手を挙げるようになったみたい。

それで尚更ミユキが離れていって最後ストーカーみたいになっていった。それで決定的にミユキが別れを決断したら、最後は戻らないミユキに絶望して薬物使って自殺を図ったの」

内容の重さに一瞬言葉を失った。

「・・・・・・・本当かよ、それで亡くなったの」

「そう未だ21歳の若さで」

松谷が濁していた話の裏側が晒され、重さに胸が潰されそうになった。そして純一が一度ミユキを叩いた事を思い返した。

あの時の嫉妬が違う人格に化けさせてしまう。

ミユキ自身が話していた「血が乱れて相手に感化させる」話しを思い返した。

ミユキに罪はない。しかし相手の人格が変わってしまうのもミユキの魔性の由縁なのだろう。

ミユキを取り囲む波動は僅か20年間にしては余りに過酷だ。血の宿命が彼女の生きざまを誘引してしまうのだろうか。

純一は思いを巡らせて、実感を込めて呟いた。

「ミユキは確かに人を狂わす何かが有るのだろうな。大抵の男は嫉妬するかもね」

「そうよ、彼女中学卒業してから、彼氏いないときなかったわ。私が知っているだけでも6人はいるわ。だから病院の寮に住んだこと無いかも」

何気なく言われたその言葉に打ちのめされた。自分も一過性の行きずり男でしか無い現実を叩きつけられた。

以前味わった胸に焼きごてを付けられたような痛みがジワジワ覆ってきた。この苦しみの原因「嫉妬」と言う「化け物」が又暴れだした。

純一と知りあう以前どんな過去が有っても不思議は無いが過去さえ焼けつく思いがした。(忘れろ、所詮汚れた血の伝承者だ)そう思う脇から焦げ付くような未練が沸き上がって急に食事が咽を通らなくなり、自殺した医学生の心境が諮れた。

「ご免なさい、言い過ぎたみたい」純一の陰りに気付いて補足した。

「いや、いいんだ」落込みを悟られ繕った。

「ミユキもバカよね、柴田さんみたいに素敵な人振って。しかもお部屋まで用意して貰っていたのでしょ」

「そこまで聞いてるの」

「今、そのお部屋どうしてるの」

「特に、たまに僕が泊まるくらいかな」

「羨ましかったのに」

「俺と住む」苦笑いしながら冗談を滑らせた。

「いいわよ」

「まさか冗談さ」

「私じゃ、駄目」

「いやー」無感覚な冗談を真ともに切り返され返事に困った。

いきなり現れ一緒に住もうと考える事事態、無茶な発想だ。ミユキといい、大胆な娘が世の中には沢山いる。

然し田崎夫人以来純一にも免疫が出来たようで一通りの警戒はした。

「嘘よ、気にしないで」流石に拘りと感じられたか、話しをそらした。

「今日は何か用でも」ミユキの情報を題材に会いに来たと思い問いなおしてみた。

「柴田さんが入院していた時から気になってたの。二人で食事くらいしたいなと思って」

情報を探っても何げにはぐらかせ核心から外れた言葉しか返ってこない。

「食事ならいつでも付きあいますよ」

「本当ですか、よかった、嫌がられたらどうしようかと思っていました」

「まさか、貴女みたいな素敵な女性誰でも相手にしますよ。承知している癖に」思惑から外れ軽口の世辞しか会話が進まない。

「柴田さんがそう思ってくれるなら嬉しい。じゃ誘惑して」

魂胆が読めないが話しがそちらに向いていた。次第に酒でほぐれた心がハードルを下げてゆく。

純一は気遣って彼女の膝に触れないよう意識したが擦り寄せを放そうとせず温もりが伝わった。

しかも彼女は酔いに任せ顔を突きだし今にも顔が触れそうだ。

その上大胆に純一の股の間の椅子に手を突いてきた。

微妙に純一の一物に触れ純一は間違いなく押されていた。

「六本木に行き付けのクラブがあるけど行きます」密着の際どさから場を替えようとした。

「行きたいわ、連れてって」

食事を済ませ2人はタクシーに乗り、六本木に向かった。

タクシーの中で女は純一に背中を預け、首を回し純一にキスを求めた。純一は久しぶりの感触だが思い切りの悪い受け方をした。

過去、田崎夫人の件で犯したミユキに対しての罪の意識が甦って唇を外すと、女は不満げに眉をひそめた。

行き付けのクラブは公園脇を少し入った飲食街の地下にある。

入口から大音響が響いて床を振動させていた。

中に入るとブラックライトやミラーボールの強烈な閃光に炙られ人々がロボットのような動きで踊っていた。

正面の一段高いステージに、どさ回りの黒人グループが生バンドで歌っていた。

彼等は無名だが振り付けが恰好良く、歌が滅法巧い。

ビールの小瓶をラッパ飲みし、大音響に呑込まれていった。ワイルドな無国籍な客達の中を踊っているとトランス状態に嵌まる。黒人のビートの効いたリズムに引摺られ身体が勝手に動いた。

女も他の外人と身体を擦り寄せ陶酔していた。

純一が微睡みから目を醒ましたのは明け方7時を廻った辺り、一瞬事態が掴めず、脳回線がくるくる迷走した。

場所は自分のマンションだ。

純一の懐で女は何も付けず絡まって寝息を立てていた。

(一体どうした)自問自答したが記憶が翔んでいた。

あわてて飛び起きようとしたとき、女に手を捉まれ、純一を押し倒し、裸体をあずけてきた。

からくり人形のようにするりと身体が収まった。

只、奥底に微妙な警戒感を感じ純一自身が反応せず終了した。

女が苛立って言った。

「私じゃ燃えないの」

「そんなことじゃないよ、まだお酒が邪魔しているみたい」

「でも昨夜はすごく頑張っていたけど」その言葉に妙な不安が覆った。

「ほんと、昨夜何かした」

「厭だ、忘れたの。あんなに激しかったのに」

泥酔しても無防備な行為は避け妙に警戒していた記憶が微かにある。その後の女の無神経な言回しに、その警戒感を凌駕された気分になった。

「嬉しい、これからここに住めるのね」

「そんな、俺何か言った」

「酷い、夕べここに住んでいいって約束したでしょ」

「ご免、覚えがないのだけれど」

「止めてよ、私を抱くとき約束したでしょ、だから許したのに」

「まさか、本当かよ」不安に後悔が覆い被さった。

「今さら、駄目なんて言わないで」

語気を強め、口を尖らせ不満を露にした。ミユキの友達なら今後消息が伝わって来るかも知れない。その可能性に繋いでみようと、諦めとも後悔とも付かない思惑が湧いていた。

「わかった、じゃここ使いなよ」

「有り難う、感謝します」

そう言うとまたすがりついてきたが相変わらず身体に響かず、曖昧な仕草で外した。

その日合い鍵を渡しそのままマンションに女を残し会社に向かった。おおよそ1週間は何事もなく自宅に帰宅していたが、ある晩、接待が深夜2時を廻り、酔いが気持ちを卑しくさせ漠然と様子を覗きたくなってタクシーをマンションに向けた。

鍵を開けると玄関に男の靴が綺麗に並べてあった。

その状況に怒りより呆れた。それは始めから無意識に予見していた。

既に休んでいるようで誰も純一が来たことに気付いて無い。ここで相手を叩き起こし修羅場になるのも馬鹿臭い。

そのまま鍵を締めタクシーで自宅に帰ることにした。

翌日仕事中、女に幾度か電話を入れたが留守電のコールが続いた。

次第に怒りが増し部屋から出ていくようにメールに書き込むとその日の夕方返信がきた。

「手術中で電話に出られなくてご免なさい。それから、夕べはご免なさい。実は弟が上京して泊めました。無断で泊めた事をお詫びします。それよりたまには会いに来て下さい。私が嫌いですか」

純一はそうした内容の謝罪に滅法弱い。怒りや疑問をぼかし、軟弱な返信を書かざるをえなくなる。

「僕の誤解なら謝ります。それから、今迄追われて行けなかったけど落ちついたので今日にでも顔を出します」

行きたくもないのに行く約束をしてしまう、優柔不断の付けはいつも本人が負うことになる。

その晩早めに仕事を切り上げマンション近くの洋風居酒屋で待ちあわせた。

少し早めに着いたその店は以前ミユキとよく来ていた店だ。その時流れていた曲や匂い、店の佇まいが容赦なく過去を引き戻し、ミユキが美味しそうにカクテルを飲乾す笑顔が思い浮かんだ。

一人手グラスでビールを飲んでいると満面の笑みが迫ってきた(違う)瞬間浮んだ言葉を掻き消した。

「やー暫く。元気でした」

「もう、柴田さんたら、全然逢いに来てくれないんだもの」

甘えた声が妙に大人びて、強かさが拭えない。

「ご免、ご免、仕事がクロスしていて、漸く少し落ちついてきた感じ」

「もう、いつもいつ来てくれるかドキドキして待っていたのに」

「冗談でしょ、俺なんか。沢山相手が居て不自由してない癖に」

「とかいいながら本当はミユキの事が消えないのでしょ」

それは図星だ。

幾ら時間が経っても少しでも関わったシーンに遭遇するとその時の情景が浮び切なさに胸を締めつけられる。

「まさか、もう顔も思い出せないよ」その情景を消し去り、この憔悴から開放されたいと思っていた。

然し結城はそうした純一の心痛に土足で踏み入り、手荒な会話を好んで繋いだ。

純一の境地を察知したうえでか、故意にミユキの過去に拘って曝している感さえした。

なにげない言回しも具体的で生々しい内容が耳に差し込まれ痛みを伴った。

「ミユキは結構悪戯好きで私もよく驚かされたの。ある晩宿直室覗いたら白衣着たまま先生と、びっくりしちゃった。私と目が合っても笑って還されて驚いたわ」

「・・・・」純一は聞くに耐えない。

胸に熱い物で焼き付けられ痛みを押さえ込むに苦しんだ。

勝手に脳裏で情景が浮びミユキなら有りえるのだろう。

事実純一でさえ妻子持ちと知りながら奔放に飛び込んできて忽然と姿を消す。

信じるとか信じないとかそうした時限で人と接してない感じがした。自殺した医大生や松谷との揉め事の経緯、ベトナム人留学生、○○テレビ局のディレクターなど闊達に男達の間を飛び回っている様子を克明に聞かされ、その度気分は滅入った。

愛した女のハラワタなど誰しも目にしたく無い。痛みだけ残って未練が消える訳じゃない。

結城は決してミユキの親友と思えない。

むしろ敵視し悪意の魂胆が薄ぼやけて見えた。最も知りたいミユキの近況は口を濁し、何一つ情報として現れない。

いつしか結城の強かさに翻弄され、流れに任せちまえと毒に嵌まりだした。

部屋に戻ると、苦い話題に振り回され、自棄もまじえ、今晩は結城と共に過すことを腹に決めてベッドに滑り込んだ。

しかし女が言い出した。

「ご免なさい。私その気になれない。柴田さんミユキの面影追いかけていて私を身代わりにしている」

(身代わりにならないさ、基準が違う)脳裏で呟いた。

「そんな、勘違いしないで」

「嘘よ。ミユキから気持ちが離れてないわ」嫉妬心を漲らせ語気を荒げた。

その状況に自身が馬鹿げた妄想から覚醒して苦笑しながら言った。

「もう面影も浮ばないよ、わかった気分が乗らないのに求めたりしない・・安心して」

結城は決して不細工では無かった。

ねっとりした白く柔らかな肌合いは大人の女の匂いがして官能的とさえ思えた。

しかしミユキへのあからさまな暴露話が人格的に疑問を感じていた。その後は出掛ける気持ちも失せ、長いこと音信も途絶えていった。そうして3ヶ月が過ぎたころ突然結城から電話が入った。

「やあ、暫く、元気だった」関心の薄さを意識し見繕って言った。

「柴田さん私妊娠しちゃった」

「えっ、誰の」

「そう、柴田さんの子よ」乱暴な言回しが凶器のように純一の耳に突き刺さった。

「まさか、あの時果せなかったじゃない」

「お酒飲んだ晩、すごく激しかったの、覚えてないの」

純一は酒に嵌まるがいくら泥酔しても危険な行為は本能的に避けていた。あの不確かな記憶の中でも彼女を抱いてなかった。

もし抱いたとしても結果が現れる行為は必ず避けるそれが経営者の鉄則と信念さえ持っていた。

しかし曖昧さが残り違うと断言できる証拠もない。

生まれた子のDNAでも調べれば明らかになるが、事実なら大変な事態を向えた事になる。

「まさか、俺の子」

「それは間違いないわ」陰にこもった低い声で言い切られた。

「・・・・・・・」思考が迷走し暫く言葉が出ない。

「私、柴田さん大好きなのにミユキの代用品だった。すごく寂しかったわ」

声が湿って涙を絡ませたトーンに変わったが、それがどことなく芝居じみて聞こえた。

「だから柴田さん安心して、堕胎します」

「えっ、身体とか大丈夫なの」恐々聞き直した。

「勿論すごく怖いわ」

「じゃーお金が必要になるね」答えが浮ばず意外な言葉がついて後悔した。

「柴田さん、私もうあの部屋に居たくないの、わかるでしょ、この気持ち」

「・・・・・・・」返事に詰まった。

「赤ちゃんおろして、またあの部屋に居られないわ」

「・・・・・・・・」(多分狙いは増額か)漠然と浮んだ。

「お願い、お部屋のお金と堕胎の費用出して下さい」

「それって、幾らぐらい」

「お部屋代100万と堕胎の費用30万お願いしたいの」

純一は絶句した。

「130万は軽くないね、ちょっと待って考えさせて」嵌められている感じがした。

「本当は怖いし生みたいわ。認知してくれるなら嬉しいし、本当は一緒に育てて欲しいの」

したたかに計算されたセリフが用意され、痛いところを突いてきた。加害者かもしれない立場上、剥き出しに疑問をぶつけられない。たが胡散臭く、承服させられるのがやり切れなかった。

「いやー、俺の子供ってどうしても信じられないのだけど」

「なんで、酷い。私が柴田さんだけを当てにしてジッと待っていたのに。私は他に男なんていません」

語気を荒げ、その声も芝居臭い感じがした。

純一は優柔不断だが責任感の強さは自負していた。

その性格を巧妙に引きだした。

「わかった、どうするか連絡するよ」その場の即答を避けた。

全く興味が湧かない女に部屋をタダで使わせ、しかも130万もの代償を払う嵌めになった。

酒のせいとは言え、迂闊にマンションに入れたことが発端だ。マンションを妻に内緒にしているのはミユキとの再会を期待しているからに他ならない。その心の隙間を女に突かれた。

純一は結城にメールを入れた。

明確に純一の子を堕胎する事と、今後一切追い銭の要求は致しません等の文章と、振込先、金額など詳細を明記して、メールで返信するよう指示した。

結城は指示通りメールで返信してきた。

自分の預金から彼女の通帳に振り込みを済ませ、振り込み用紙を通帳に貼付け彼女のメールを保存した。

後々問題を残さない処理は周到に済ませた。

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