Monologue 8


 飛行機は何ら問題なくフランスの地を飛び立った。少年のすぐそばにはアストラルとヒューイが座っている。


――私、初めての海外だわっ。ジャポネーゼってどういう国なのかしら? わくわくしちゃう。

――聖歌隊の中に日本マニアが居たよ。確かジャポネーゼには……オニがいるらいし。


 アストラルもヒューイも、まだ見ぬ極東の島国に勝手な想像を抱いていた。少年はそれを見て笑っている。少年も、日本以外に行くときはだいたいこんな感じだ。

 日本まではおよそ一二時間のフライトだ。あと半日もすればみんなは次の公演会場に着くことになる。その間は寝ていたり、窓からの景色を眺めて楽しんでいた。

 中国上空を通過したところで、大きな音が聞こえた。乗客はその音に気付き、不安げな声を上げていた。すると、コックピットの方からマスクをかぶった数人の人間が現れた。


――「平和の種」だ! この飛行機は我々が占拠させてもらった!


『平和の種』――世界各国の凶悪殺人犯や指名手配犯で構成されている、世界最大の凶悪犯組織だ。まさかこの飛行機に乗り込んでいるなんて、誰もが思っていなかった。乗客は悲鳴を上げるが、拳銃を発砲されて静かになる。


――あまりうるさくすると撃ち殺すぞ!


 全ての乗客は『死』と言う恐怖から声を出す事が出来なかった。


――ボスから次の指令が届いた。

――よし、言え。

――墜落させろ、とのことだ。


 その衝撃の一言で、乗客の一人が悲鳴を上げた。その瞬間、テロリストは発砲し、その乗客を射殺した。


――うるさくすると殺すと言ったはずだ。

――せっかく手に入れた機体を墜落させる意味が分からないが、取りあえず指示には従っておこう。

――ミスをしたら俺らが殺されるしな。よし、全ての機能をダウンさせて、機械を破壊して我々は脱出だ。


 テロリストたちはそう言うとコックピックに向かった。そして発砲音がすることからこの飛行機の操縦機能全てを破壊しているのだろう。

 テロリストたちの言う事が正しければ、この飛行機は間もなく墜落させられる。それは命を落とすこと――死ぬということだ。

 少年は震えた。自分の命が尽きることの恐怖ではなく、自分の夢を叶えられなくなることへの悔しさからだ。

 間もなくして、機体の高度が下がり始める。高度一万メートルにあった機体はものすごいスピードで落下していく。テロリストたちは非常口を爆弾で開けると、そこから飛び出していった。

 ドンドン落下していく機体。パニックになる乗客。

 そして



 少年が気が付いた時には、辺りはボロボロの機体で溢れていた。火の手も上がってるらしく、視界の端には炎も見えた。爆発は起きてない事が不幸中の幸いと思われる。少年は立ち上がろうとしたが、あまりもの激痛に襲われたので出来なかった。


――あ、ぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁああぁぁあぁああぁぁああああッッ!


 左目が開かない。左手で触ってみると、血がべったりと付着していた。どうやら大きな切り傷があるらしく、それが眼球にまで到達しているらしい。もう左目は使えない。そして、右腕が異様に短かった。


――ひぃっ!?


 右腕は二の腕あたりから無くなっていた。骨が突き出し、肉が見え、血が溢れている。身体もなんだから違和感があった。頑張って自分の腹部を見てみると、大きな穴が開いていた。臓器もほとんど出ているみたいだ。足も変な風に折れ曲がっていたり、骨が肉や皮を突き破っていた。

 自分はもう、助からない。少年はそう悟った。

 遠くから自分を呼ぶ声が聞こえた。だが、少年は返事をする気力も体力も残されていない。ただ、みんなが来るのを待っているだけだった。

 少年が意識を失いかけたその時、アストラルやヒューイら音楽団のみんなの姿が見えた。良かった、みんなは大した怪我ではなかったようだ。大怪我には変わらないが、少年ほどの大怪我を負っている人はいなかった。延期になってしまうだろうけど、これならみんな、日本での公演はできるはずだ。

 自分は夢半ばで命を落とすが、みんなの夢が叶うのなら。

 少年はそう思って右目を閉じた。


――大丈夫……私たち『家族』が、貴方を死なせたりしないから。


 そんなつぶやきを、聞いた気がした。



 次に少年が目を覚ました時、少年は天井を見上げていた。真っ白なタイルの天井だ。見覚えが全くない。少年は虚ろな右目で辺りを見渡す。すると、多くの白衣を着た人たちが走り回っていた。

 少年の視線に気付いたらしい看護師が別の医者を呼んだ。来たのは日本人の女の人だった


――すぐに栄養点滴持って来て!

――は、はいっ。


 すぐに注射器が持ってこられ、少年の右腕に刺された。少年はそれをみて、アレは夢だったのでは、と思った。


――たす…………かった……?


 気まずそうな表情を浮かべている医師たち。その沈黙を破ったのは少年だった。


――お父……さ、ん……は? ……それに、アスト、ラル……お姉ちゃん………ヒューイ………お兄ちゃん……。他の、みんなは……?


 少年が問いかけると、医師は唇をかんだ。


――今はまだ、寝ていなさい。


 医師がそう言うと、急に眠気が襲って来た。少年はゆっくりと、寝息を立てる。

 何時間か経った頃か、それとも何日経った頃か。少年は目を開けた。カーテンが引かれているらしく、周りの状況は分からない。まだ寝てるモノだと思っているらしい医師らの話が少年の耳に届く。


――随分と危ない綱渡りだったけど……適合したようね。奇跡としか考えられないわ。

――……いつ、話せばよいのでしょうか?

――いつまでも隠し通せるものじゃないわ……。時期を見計らって、話すしかないわね。あまりにも……酷すぎる。

――神よ……。アナタはなぜ、あんな小さな子に、ひどく辛い試練をお与えになったのですか……。

――皮肉なことに、その神に生かされてるのよね……。

――あんな身体で手術をしたら、大の大人でも命を落とします。なのに、なぜ……あの人たちは……。

――言っていたじゃない。『この子は私たちの夢だ』て……。その託された夢を継ぐかどうかは……あの子が決めることだわ。

――あの人たちの遺体は?


 少年はその言葉の意味が分からなかった。


――な、に……それ……?


 少年の呟きに、医師たちは驚いた。まさか起きているとは思わなかったし、話を聞かれているとも思わなかったのだ。

 カーテンが開けられ、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている医師が歩み寄って来た。


――ねえ……みんなは?

――落ち着いて、聞いてくれる?


 医師は腹をくくって言うことにしたらしい。


――君は被害者の中でも一番、状態が悪かったの。瀕死だと言っても良いくらい。息をしているのが本当に不思議だった。君の右腕は事故現場で発見されけど、完全に焼かれてしまって、もう使い物にならなかった。左目は抉れて、無くなっていた。君の身体は色んなところがボロボロだった。私たち医者でも、絶望をした。この子はもう、助からないと。

――でも、僕……。


 右腕はちゃんとあるし、恐らくだが左目もある。足もちゃんとしているし、お腹も中も多分ある。自分はちゃんと生きている。


――…………君が、そうして生きていられるのはね……彼らの、おかげなんだよ? 君はあの事故で唯一、生き残った。なぜ、君だけ生き残ったかと言うと……。


 医師はそこで言葉を切った。後ろに居る看護師は涙を流していた。


――君に足りないモノを補う……彼らは、そう言って聞かなかった。私たち医師は、彼らに最大級の賛辞と……後処理をすることを誓ったわ。

――……。


 なぜか、右目だけ涙があふれて来た。


――彼らは君を……『家族』を助けるために、一番愛している……最愛の君に生きて欲しいと願い………………命を、落とした。

――……え……?


 医師の言っていることが分からない。いや、本当は分かっているのだが理解をしてしまえば、もう……。

 少年の前にいる医師は自分の不甲斐無さを責めるように言う。


――分かってちょうだい、私たち医師も苦渋の決断だったの。彼らを救えなかった私たちを……許して……。


 少年の目からは溢れんばかりの涙が流れ落ちた。

 少年の大好きだった『家族』は、もう、居ない。

 少年の大きな鳴き声はオルゴールとは程遠い、とても悲しい響きだった。

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