Monologue 7


 赤信号で停車していたバスの横に赤い車が停車する。ふと、窓からその車を見ていたら、先ほどの少女がいた。しばらくその少女を見ていると、少女も自分に気付いたらしい。少女は遠慮がちに、微笑みながら手を振っていた。

 少年の心が高鳴る。こんな事は初めてだ。

 日本人ではない、異国の少女。金色の髪に青い瞳。白くてすべすべしていそうな肌。そして僅かに朱色に染まった頬。

 少年はその少女に惹かれていた。一目惚れと言うやつだ。


――なに、あの娘? お人形さんみたい。

――へぇー……。


 アストラルとヒューイが身を乗り出してくる。少女はそれに驚いたらしい。それでも、少女は少年に向け、小さくだが手を振っていた。


――誰なの、あの娘。知り合いなんでしょ? 名前はなんて言うの?


 アストラルが問いかけて来るが、少年は首を振った。少年はあの少女の名前を知らない。そして、少女は少年の本当の名前を知らない。

 バスと車が発進し、二つはほぼ同じ速度で走行していた。少年はずっと少女のことを見ていた。少女も少年のことを見ている。

 少年は胸の中で思った。「あの娘も僕のことを好きならいいのに」と。

 分岐点に差し掛かり、バスはそのまま真っ直ぐ進み、乗用車は左へそれた。少女の不安そうな顔が、車の後ろの窓から見える。少女は少年と別れた。それは五分にも満たない邂逅だった。

 少年はその時に誓った。

 自分だけの音楽団を創り上げ、世界で一番有名になった時、あの少女に告白をしよう。

 それは少年の一方的な誓いだった。それまで、少年は音楽をやめることはしない。夢の音楽団を創り上げるまで、世界一の音楽団を創り上げるまで、決して。

 バスはフランスの国際空港に着いた。梱包された楽器は既に送られているらしく、明日明後日には日本に届いているらしい。

 団長である父が国際電話を終えると、少年を呼んだ。


――日本での公演中、お前は僕の知り合いの家に預けることにした。


 少年は抗議をした。なぜ自分だけ連れて行ってくれないのかと。自分だって音楽団の一員だと言った。それでも、父は認めなかった。


――お前にとっては確かに良い経験となるだろう。だが、お前はまだ小学生だ。最低でも、高校を卒業してから入って欲しいんだ。


 父は諭すように言う。少年は涙を堪え、下唇を噛んでいた。

 アストラルとヒューイは、そんな少年に向けて歩きだし、抱きしめた。


――アストラル姉ちゃん、ヒューイ兄ちゃん……。

――そんな顔しないで? 忘れちゃったの? 私たちはアナタの音楽団の一員なんだからね?

――僕が言えた義理じゃないけど、ちゃんと音楽を勉強してほしいんだ。僕はそんな君の下で歌いたいんだ。君は僕たちを導いてくれた。とても感謝しているよ。

――でも、僕は……。

――だぁいじょうぶ。


 アストラルは少年を抱きしめた。少年はされるがままだった。そして、その周りには大人たちも集まっていた。


――私はアナタのお姉ちゃん……『家族』なの。『家族』なんだから、会えなくてもアナタのことを想ってる。大好きな弟分なんだから、当り前じゃない。いつまでも、どこに居ても、どんなに離れていようと、守ってあげるわよ。

――坊主、お前には感謝してるぜ。こんなモノを叩くだけしか能の無い中年のオヤジを拾ってくれてよ。

――挫折しかけてたオレを救ってくれた。返しきれない、大きな恩だ。

――僕たちは『家族』なんだ。君を守るのは当然だよ。

――坊やはまだ幼いわ。でも……坊やはいずれ、大きな存在になる。この音楽界に新しい風を……嵐を巻き起こすであろう、それくらい大きな存在に。私たちは『家族』なんだから、坊やをおいてどこにも行かないわ。

――いつ何時でも駆け付ける、それが『家族』なんだぜ?


 大人たちは少年に礼を言ったり、『家族』だと言ってくれた。


――俺達はもう、年を食っちまってる……。そん時、俺ら先代はお前に夢を任せたい。

――ゆ、め……?


 少年が問いかける。すると、打ち合わせていた様な口調で、みんなは口を揃えて言った。


――今まで以上に最高の音楽団を創り上げることを、次代を担うお前に託そう。


 みんなから大きな夢を託された。それは、少年が大人たちに認められたと言うことだ。

 少年は嬉しくなり、その日で一番の笑顔を見せた。

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