Monologue 6
翌日は快晴だった。一行を乗せたバスは空港を目指して進んでいく。貸し切り状態のバス車内は遠足に行く子供のような光景だった。大の大人までもが浮足立ち、お菓子を食べたりトランプをしたりしていた。
アストラルとヒューイ、少年も例外ではない。アストラルとヒューイは初めての国外だし、少年に至っては数年ぶりに生まれ故郷に帰るのだ。今はどんな風景になっているのか楽しみでしょうがない。
国際空港までは距離があるので途中、パーキングエリアに寄るなどをして休憩をしていた。売店に向かい、飲み物やお菓子を買い足す大人を見てアストラルは言った。
――これじゃあどっちが子どもだか分からないわね。
ヒューイも少年も、そんな大人たちを見て笑っていた。
少年はトイレに向かい、用を足し終えたのでバスへ戻ろうとしていたのだが、途中、すすり泣く声が聞こえた。声のした方へと向かってみると、そこに居たのは一人の女の子だった。
くすみの無い煌びやかな金髪に、青い色の瞳には涙を浮かべていた。くりくりと大きな二重の目で、ふりふりをたくさんあしらった服を着ていて、とても可愛らしい少女だった。
恐らく、親とはぐれたのだろう。
少年は少女に歩み寄る。白人の少女は少年に気付いたらしく、一瞬驚くと後ろに下がってしまった。人見知りをする性格なのかもしれない。この年代の子どもなら、見知らぬ人が近寄ると警戒するのは当たり前だ。自分のように社交性が高いのが変なのだろう、と少年は言い聞かせることにした。
見た感じは自分とあまり大差ない感じだった。半年前よりは上達したフランス語で少年は問いかけた。
――こんにちは。どうしたの? 迷子なの?
少女は声を出さず、首だけで頷いた。少女は「ヒック、ヒック」と泣いている。
――弱ったな……。僕もそう長い時間ここに居られる訳じゃないし……。
少年は頭を掻いた。どうしようかと悩んでいたが、気休めだが何とかなるかもしれないと思った少年は即座に行動に移す。
少年は肺いっぱいに空気を吸い込み
――ここに肩ぐらいまでの金髪で、ふわふわした服を着た女の子がいますっ。この子のお父さん、お母さんはいませんかっ?
綺麗なソプラノボイスがパーキングエリアに響く。声色を変化させて少女の様な甲高い声で少年は叫んでいた。女性の声は高いから奥まで響く、と父から教わっていたのだ。それはホールと言った、閉鎖的な場所に限られているのだが、一か八か、やってみることにしたのだ。
しばらくそう叫んでいると、人混みを掻きわけて一人の女性が駆け寄って来た。
――ママっ。
少女はそう言って駆けだし、その女性の胸に飛び込んだ。少女はわんわん泣いていた。心細かったのだろう。母親は少女を見つけることが出来て安心したのか、ホッとしていた。
少年はその姿を見て微笑んだ。そして、背を向けて歩き去ろうとする。
――坊や、待って。
母親に呼び止められ、少年は振り返った。
――ありがとう、娘を見つけてくれて。本当に感謝しているわ。
――あはは……。僕は大したことしてないです……。
少年は照れていた。
――ふふ、謙虚な子なのね。坊や、名前はなんて言うの?
そう問いかけられ、少年は素直に自分の名前を言おうとした。だが、少年は言うのを途中でやめた。
漫画やアニメである、ヒーローのセリフ。ヒーローは本当の名前を明かしてはいけない。少年だって、そう言うモノに憧れているのだ。ヒーローのように、違う名前で呼ばれてみたい。
――僕の名前は『奇跡のオルゴール』です。
少年がそう言うと、母親は目を丸くしていた。だが、すぐに柔和に微笑む。
――ふふ、そうなの。『奇跡のオルゴール』さん、娘を見つけてくれてありがとうね。ほら、あなたもお礼を言って。
先ほどまで泣いていた少女は泣きやみ、母親に抱かれながら振り返った。
――ありがとう……『奇跡のオルゴール』くん……。
きっと少年は、その少女の笑顔を忘れることはないだろう。
その少女の笑顔はとても可愛らしく、綺麗だったのだ。
少し見とれていた少年だったが、はっとすると背を向けて駆けだした。
父親に少し叱られたが、その程度だった。後部座席に座っているアストラルやヒューイの元へと向かう。
――ほら、お姉さんのここに座りな。
アストラルは自分の膝を叩いていた。だが、少年は恥ずかしさから辞退し、窓側へと腰を下ろした。
一行が乗ったバスは空港へ向かって発進する。
少年は頬杖をつきながら車窓からの景色を楽しんでいた。そして、あの少女の笑顔を思い出していた。
少年の頬が少し赤くなっていることには、幸いなことに誰も気付いていない。
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