Monologue 5


 アストラルとヒューイは、自分を音楽団へ招いた少年を実の弟のように可愛がっていた。特に可愛がっていたのはアストラルだろう。豊満な身体に少年を抱き寄せては、頬を染めてあたふたしている少年のことを微笑みながら見下ろしていた。

 父が団長を務める音楽団でも、アストラルやヒューイは重要な役割を担っていた。まだ若いし、声が綺麗とのことで即戦力だった。

 少年も歌を歌いたかったのだが、少年の声はまだ不安定だった。テノールだったのにいきなりアルトになったり、ソプラノになったりが幾度もあった。まだ成長期ということで上手くコントロールが出来ないのだろう。団長は「二人の技術を見て盗め」と言う意味で正規団員には入れなかったのだが、少年はなんだか仲間外れにされたような感覚だ。

 少年は足踏みをした。

 みんなと同じ世界に立ちたい、役に立ちたい。

 自分の一歩二歩先に進んでいるヒューイやアストラルに追い付きたくて、少年は練習に励んだ。誰も居ない公園や舞台裏でひっそりと練習をこなしてきた。

 そして少年の才能は開花した。

 自分の意思でいくつもの音域を操れるようになったのだ。

 父はその事に驚き、喜んだ。

 少年の才能の開花を誰よりも喜んだのは、ヒューイとアストラルだった。まるで自分のことのように喜びをあらわにしていた。それもそのはずだ。実弟のように可愛がっていた少年が、自分たちよりもさらに上の次元に足を踏み入れたのだから。悔しくない、と言えばウソになるが、少年の進化には心からの祝福を送っていた。

 少年は礼拝堂に向かい、祈りを捧げた。

 自分を高みに上げてくれた神に感謝をしているのだ。この声で、誰かが救えることを願って、少年は祈りを捧げる。

 音楽団の中で少年は『奇跡のオルゴール』と呼ばれるようになった。その類稀な才能を開花させた少年の名はその世界へと広がってはいかなかった。

 この音楽団は根無し草のようにころころと公演場所を変えて生計を立てている。特別な住所も無いので、少年が誘拐されたら厄介なことになってしまう。そう言うことで、少年は音楽団の秘蔵っ子となった。

 少年は、表舞台の事なんてどうでも良かった。『家族』であるこの音楽団みんなの評価が欲しかっただけだ。『家族』に認められる。ただそれだけの為に、少年は進化を望んだのだ。

 ヨーロッパでの巡業が終わり、極東の島国、日本へと行くことになった一行は梱包作業を終えて宿に行くことにした。かなりの大人数なので、事前に予約を入れておいたホテルへと向かうのだ。

 だが、そこで問題が生じた。部屋が一つ足りなかったのだ。

 少年がどこかに消えてしまった時に人数を数えていたため、少年のことを忘れていたのだ。どの部屋もシングルサイズのベッドが二つあるだけだ。そして殆どの団員は大人で構成されている。流石に押しつぶされかねない。

 どうしようかと迷っていると、アストラルが手を上げた。


――私が一緒で良いんじゃない? みんなよりも細身だし。別に取って食いは……………しないと思うから大丈夫よ。

――……その言葉で不安いっぱいだが、仕方ないか。


 団長は夜遅くまでスケジュールの打ち合わせ等があるため、少年が寝れない可能性がある。もし暴走しようとしても、ヒューイがどうにかしてくれるだろうと思って、アストラルの提案を飲んだ。

 少年はアストラルに手を引かれ、部屋へと連れて行かれた。部屋に備え付けられているユニットバスに連れ込まれた時は、少年もさすがに抵抗をしたのだが、結局はアストラルに引きずり込まれてしまった。

 風呂から上がった時は、別の意味で頬が上気していた。


――おまえもアストラルの洗礼を受けたか……。


 どうやらヒューイもその昔、少年と同じような目に遭っていたらしい。

 少年が落ち着いたころに、アストラルやヒューイは改めて、半年前のコトに礼を述べていた。あの聖歌隊も悪くはなかった。この音楽団に入りたいと願ってはいたが、自分らにそれを受験するお金も資格も無かったので、受けるのは数年先かもしれないと思っていた矢先、少年に勧誘をされ、念願だったこの音楽団に入れることが叶ったのだ。

 アストラルとヒューイは素直に礼を述べていた。

 寝るころになってアストラルが「私と一緒に寝るのっ」と駄々をこねたので、しょうがなく少年はアストラルと一緒に寝ることになった。

 消灯時間を過ぎても、少年たちは語りあっていた。それぞれの趣味や特技、将来の夢などを語り合う。

 アストラルの将来の夢は、世界的な歌手になることだった。小さい頃にテレビで見た歌手に憧れ、その夢を抱くようになったと言う。

 ヒューイはまだ分からないと言っていた。ただ、音楽関係の仕事はしたいと言っていた。

 少年の番となり、暗闇でも分かるくらいの満面の笑みを浮かべて言った。


――僕の将来の夢は世界に幸せを送る音楽団を作ることなんだっ。


 それは、今この音楽団と同じ目標でもある。父がこの音楽団を作り上げ、仲間もどんどん増えていった。誰にも感動を与え、笑顔にする。父の背中を追ってきた少年の超えるべき目標。父はこの音楽団を大きくしてきた。ならば、その血を引く自分にもできないわけがない。

 アストラルとヒューイはぽかんとした後、微笑みを浮かべて言った。


――だったら、私たちが一番最初の団員かしら?

――そうだね。お前の音楽団なら毎日が充実しそうだ。

――音楽団を立ちあげたら言ってよね? 真っ先に入ってあげるから。


 少年は最初、二人の言っていることが分からなかったが、徐々に理解をすると、頬を綻ばせて隣に居たアストラルに抱きついた。


――約束だよっ。ぜっっったい、僕の音楽団に入ってねっ。


 二人は「当たり前だ」と言って笑った。

 少年はアストラルに抱きしめられながら眠りに就く。

 とても、とても幸せな夜だった。

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