Monologue 3


 路地を抜けると、そこには多くの大人が居た。そこには黒人が居れば白人、アジア系の人もいる。多くの種族がその場で作業をしている。

 ふと、黒髪の少年の手を握っていた少女が離れ、ある大人の所へ向かった。大方、少年が見つかった、と報告しているのだろう。

 すると、アジア系の男性が泣いたような、怒ったような顔で黒髪の少年に近づくと、背骨を折るんじゃないかと思うほどの力で抱き締めた。すぐに抱き締めるのをやめると、男性は声を大きくして言う。


――勝手に離れるなとあれほど言っただろう!?


 間近でそう言われ、少年は涙ぐんでしまった。

 金髪の少女と少年が間に割って入り、男性をなだめていた。自分たちが灸を据えたからそんなに怒らないでほしいと言っているのだ。

 二人の子供にそう言われ、チラリと黒髪の少年を見ると、少年は涙を堪えていた。それを見た男性は、今度は頭の上に手を置いて優しく撫でる。


――怒鳴ってごめんな。もう怒ってない。


 少年は涙の溜まった目で男性を見上げる。男性がニコリと微笑むと、少年は涙を拭って笑顔になった。


――あぁ、可愛い……。


 そんな様子を見ていた金髪の少女が恍惚としていて、それを見ていた金髪の少年は呆れていた。


――それはそうと団長、なにもあんなに怒らんでも良かったんじゃないか?


 皮膚の浅黒い男性がそう言うと、団長と呼ばれた男性は苦笑いを浮かべながら


――それもそうなんだが、分かってくれ。僕はこの音楽団を作り上げ、音楽にのめり込んでしまった。その所為で、妻に逃げられてしまってね……。後に残されたこの子だけが、僕の唯一の癒しなんだよ。とても大切な、命にも代え難い存在だ。


 黒髪の少年は、この音楽団の団長の実子なのだ。ましてや、唯一の癒しとなれば過保護になるのも頷ける話だ。


――はいはいはーいっ。私の癒しでもあるわっ。


 金髪の少女が手を上げて主張する。すると、団員が口々に独り占めはよくない、と主張し始めた。


――ははっ、分かってる分かってる。それじゃあ、さっさと作業に入ろう。


 そう言うと団長はすぐに指示を出した。

 実は今日この日、この音楽団はフランスでの巡業を終え、新たに公演をする地に向かうことになっているのだ。大人たちは楽器を梱包している。金髪の男性や女性、肌の黒い男性や女性が入り混じる音楽団。この時代には珍しい、様々な人種が入り混じる音楽団だった。

 この音楽団は今や知らぬ者はいないほどに大きくなっている。音大出の学生たちが入りたがる憧れの楽団なのだ。この楽団に入団できる人間はほんの一握り。それも一流の中の一流、エリートの中のエリートしか入れない。この音楽団に居る人たちはそんな狭き門を突破して来た音楽の天才たちだ。

 無論、先ほどの金髪の少年少女も例外ではない。彼らは前に居た合唱団でも選りすぐりのオペラ歌手だった。その腕を買われ、この音楽団に入ったのだ。

 そして団長の息子も、類まれな才能を持っている。礼拝堂で歌ってみせた様に、少年一人で全ての音域を使いこなすことができるのだ。この少年も行く行くはこの音楽団の看板となる逸材だ。

 金髪の少年少女らも梱包作業を手伝い始める。黒髪の少年も、食べていたジェラートを食べ終えて作業を手伝う。危なっかしい手付きで道具を運んでいるが、楽器に対する真剣さは本物だった。少年も音楽が大好きなのだ。

 この音楽団はフランスの地を離れ、極東の島国へと向かう。

 団長と、その息子の生まれ故郷――日本へと。

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