第26話 ゴブリン討伐依頼 ③
宿屋で一晩を過ごした。
犯人を放置してというのは不用心かもしれないが、休息は大事だ。急を要する問題ではないのだから、ゆっくりと休んでからいくとしよう。
おそらく村の奴らは、俺らがまだ洞窟で飢えて苦しんでいると勘違い中だ。
手紙について急いだのはその虚をつくためでしかない。
今も勘違いが続いていれば、バレるのは次に確認がくる七日後だ。
「じゃあ俺がロウと、アイラはカグヤとな」
「私はレイルくんとでもいいんだけどなー」
「私はロウとがいいでーす」
「はいはい、また今度な」
平気でそんなことを抜かす女子勢をスルーして、宿屋を二部屋とる。
この宿には四人部屋がないのだ。まあその希望はまた別の時に叶えるとしよう。
風呂がたまらないし、ベッドに飛びつきたい。仲間だけの空間にくるとホッとした。平気なつもりであったが、実は疲れていたようだ。
体調管理しっかりせねば。
危ない危ない。
◇
次の日、ギルド支部に向かった。
支部と呼ぶと、何やら規模に不安があるかもしれないが、そんなことはない。むしろ本部が一つに対して支部がたくさんあるのだから、支部がほとんどだ。
朝から飲んでいる人は少ない。丸い机に座り、話をする人物がちらほらといる。
俺たちはその中をまっすぐに受付へと向かった。
カウンターではあのときと同じお姉さんが出迎えてくれた。
「どうしたの? もう依頼が終わったのかしら?」
はい、ある意味終わりました。
気楽に声をかけてくれる受付さんに、言葉遊びのようなことを思う。
その問いかけに答える代わりに、俺はあることを頼んだ。
「ギルド長に会いたいのですが」
あくまで丁寧な口調を心がける。
こうした紳士な対応を積み重ねることが信頼へとつながるのだから。ここで粗野な言葉遣いはしまい。
心の中で、もう少ししっかりと冒険者への福祉を充実させればいいのに、などと悪態をついていたとしてもだ。
国ごと、支部ごとに細かなサービスの異なる冒険者ギルドにおいて、この国にあるのだから贅沢は言えない。
そこで受付さんはカチリと仕事モードに切り替わる。
「手続きなどがございますが……」
「これまでのゴブリン討伐で行方不明の新米パーティーについての話でも、ですか?」
伊達や酔狂で来たと思われても困る。
渋るものだから、つい言葉を重ねた。
「………では少々お待ちください。取り次いでみますので」
だがその判断は無駄となった。
背後から一人の男性が登場した。その風格に身構えると、言葉こそ荒いが軽く呼びかけてきた。
「その必要はないな。そいつらをこっちへ通せ」
ギルド長が俺たちをギルド長室に誘ったのだから。
◇
ギルド長室。
それは仕事のための部屋とも言えるし、冒険者たちを呼びつけるための客間の一種とも言えようか。とはいえここに呼びつけるのは、ギルド長としての権力がより強く働く、冒険者のみ。普通の客は別にある客間に呼ぶあたりは、ここは客間としては二、三番目となろうか。
ひどく実用的な部屋で飾りらしい飾りといえば花瓶にささった花ぐらいしかない。そんな飾りも目の前の男の前にはまるで無用だった。服の上からでもわかる鍛え上げられた肉体は引き締まっていて、うっすらと浮かぶ古傷が野性味を引き立てていた。
現役時代はさぞかし優秀な冒険者だったのだろう。
「で、行方不明の新米どもの話だと言ったな」
「まずはこちらをご覧いただけますか」
最初からとばしていこう。交渉ではないのだから、出し惜しみの意味はない。
手紙さえ見てもらえば、だいたいのことはわかる。
「ほう、つまりお前らはゴブリン討伐依頼にいって洞窟に閉じ込められた、と?」
「はい。ゴブリンの巣があると言われた洞窟に入ってすぐに入り口が塞がれました」
そしてあったことを話す。
村長に上から言われたこと、中には魔物もなにもいなかったこと、村の様子などだ。
「お前らはどうやって出たんだ?」
やっぱりそこは聞かれるか。
入り口の岩を爆破して出てこなくて本当に良かった。
「これで出てきました」
そういって実際に使った鉤付きロープを目の前に出した。
簡素なもので、誰でもちょっと器用なら作れる程度のものだ。
持っている冒険者もいるだろう。
「なるほど。それなら今の状況からでも出てこれるな。はあ……やはりあいつらは、もう……」
空気が重くなる。
俺たちが脱出したこと、その洞窟の特徴から、これまでの駆け出しの冒険者たちが帰ってこない理由がはっきりしてしまった。行方不明ならまだよかったのに、と。
仕方が無い、洞窟に閉じ込められたぐらいで死んでいたならば、きっとどこかで死んでいただろう。
それが頭でわかっているからこそ、冒険者ギルド、そしてその長は必要以上に冒険者の個人的なことには介入しない。
「いや、すまん。お前らにいっても仕方がねえんだよな。こっちでいろいろやっておこう。ゴブリン討伐依頼は完了できなかったから、それ自体なかったことにするし、特別報酬のほうを出すからまた来てくれないか?」
本当に、それでいいのだろうか。
別に俺たちが悪いわけではないし、俺たちに義務があるわけではない。
ただ、報告と証拠の提出さえしてしまえば俺らの仕事は終わりだ。
特別報酬を受け取って、素知らぬ顔でここを出てしまえばいい。
これ以上したって何もない。
いや、ダメだろう。
自分でもわからないが、これをそのまま終わらせてはいけない。
最後まで見届けなければならないと思った。
「村へ行くとき、俺たちも付いていって構いませんか?」
「あ、ああ。別にいいが報酬は出ないぞ?」
「なあ、いいか?」
隣の三人に了承を得る。
三人は相変わらず俺に従ってくれた。
◇
なにも変わらないはずなのに、村の様子は全くと言っていいほどに同じではなかった。
あんなことがあってから村を見る目も少し変わったというのもあるだろう。
こんな平凡で平和そうな村なのに、裏ではあんなことをしている奴らがいるなんて。
あの後、ギルドから国へと報告が行った。その結果、監査が村に入ることとなった。そのことはギルドでの会話からわかるように全員が予想していたことなので、特に思うことはない。
ギルドの一部の面々と、監査官として国から派遣された人間が三人に、警護のための兵士が数人、そして俺たち。
三十に満たない人数だが、一つの村に押しかけるには少々多いか、こんなものだろう。
村長の家を訪ねた。
手紙に書かれていた協力者……もとい共犯者と思われる人間を全て集めてもらった。
村人全てが協力していたわけではなかった。
むしろ全体から見れば少なかった。
一部の人間の独断による暴走、ということか。
とはいえ、俺らも合わせて少なくない人数を収容できる建物もなく、外での話となった。
「これはこれは、みなさんお揃いで。なんの御用でしょうかな」
白々しくもそんなことを言う。
もし俺たちが神の話だのをしたときはすっとぼけるのだろうか。
驚くそぶりすら見せなかったことは称賛に値するか。……いや、村人たちはもっと驚くべきなのだ。国家権力、とは言わないがそれに近しい、冒険者ギルドという権力、その使者を前に平然と構えていられるのがおかしいのだ。むしろやましいことがなければなぜくるのかわからずに慌てていても仕方がない。それを、堂々と接してくるあたりくる理由はわかっても罪悪感はないだろうか。それとも、どうやったってばれないと思っているのか。
手紙を見せて、直接家でも探せば、新米たちの遺品が出てくることがわかりきっているので言い逃れはできない。
「あなた方は我らが冒険者ギルドを利用して神の生贄を調達しようとしていた疑いがあります」
審査官の人が宣言する。
一枚の紙を前につきだして、ぐるりと村人たちを見渡す。
「ほう……どうしてそんなことを」
「こちらの冒険者の方からお話を伺いました」
「証拠がないでしょう?」
村長は容疑を否認している。
「ギルドが無実の村人を強制捜索、評判は地の底に落ちるぞ。それともなんだ? ここで私たちを皆殺しにする気ですかな?」
「あくまでギルドの規則、そして国の法に則って裁きます」
「だとすれば今の状況こそが、その規則に触れているのではないか?」
まだ認めようとはしない。あえてその細部に触れず、入り口だけでここで得た情報だけで違法だと弾劾している。
それは、ボロを出さないためだ。犯人と被害者しか知りえない情報を彼らが知っていればそれだけで、一つの証拠としては十分だ。
しかし、審査官はそういったやりとりをそろそろもどかしくなったのだろう。
最終兵器をあっさりと出して、つきつけたのだ。
「この手紙を見てもまだ、とぼけるおつもりですか?」
ばさり、と束になっているそれは俺たちが――特にロウが夜中、村へと忍び込んで盗み出したものだ。
彼らはそれを見て、気づいたように自分たちのはるか後ろに目をやる。するとそこでは、ふるふると涙目で首を横にふる村人がいた。
なるほど、会話で時間稼ぎしている間に証拠となる手紙を処分しようとしていたのか。証拠隠滅、どの世界においても犯罪者のやることは変わらないのだな。
彼らはわなわなと震えだした。目を見開き、信じていたその優位性が失われたことに狼狽える。
これは詰んだな。
こちらの人間が身構えた。
追い詰められた人間は何をするかわからないので危ない。
「貴様らに……何がわかる!」
お決まりのセリフである。
俺はずっと一緒に暮らしていたジュリアス様のことでさえ、わからなかった。それどころか、自分のことさえわからないことが多くある。
つい昨日出会ったばかりの人間の何がわかるというのだろうか。
所詮人間は相手のことを真に理解することなどできはしない。自分にあてはめて、わかったような気になっているだけだ。これは決して人間が仲良くできないことを言っているのではない。
わからなくてもいいじゃないか。
俺はそんな風に反論したい。
なおも周りを見ようとしない彼は高らかに語り続ける。その自らの身の上をまるで聞かせるべきだとでも言うように。朗々と、その低い声で、恨みをこめて。
「気候によって左右される作物、何があっても不介入の国は助けにならない。よいではないか! 神に縋ったって! あの方だけだ。助けの手を差し伸べてくれたのは! 掴まずしてどうする!」
狂信者は止められないから"狂"信者なのだ。
兵士たちが捕縛しようと周りを囲んだ。
剣を突きつけたところで、さらに村人たちが叫んだ。
「全ては神の仰せのままに!」
その声に応じて刃物を取り出した。
粗雑な作りのナイフであったり、調理用の包丁であったり。それらを硬く握り締めた時点で嫌な予感がした。
彼らはそれを俺たちに向ける――のではなく自らの喉に向かって突き刺した。
斬りつけた首から、刃が吸い込まれた喉から、赤い飛沫が辺りに撒き散らされる。倒れ行く村人たちのその様子を、俺たちはただ見ているだけしかできなかった。
後から続くように全ての容疑者が神への言葉を遺して自殺していった。ばたばたと倒れて死体が増えていった。
彼らは確かに狂っていた。
その淀んだ目は自らの未来を他者に委ね、依存しきった暗いものであった。
かつて俺は過酷な環境を間違った方法で、その手で改善した。
そのときとは逆だ。逆だが、どちらも正しくはない。
「くそっ! まだ聞かなければならないことがあるのに!」
手紙を出したのは誰なのか。
それで復活する本当のモノはいったいなんなのか。そもそもそんなものが存在するのか。
幾つかの謎を残したまま、俺たちのゴブリン討伐依頼から始まった邪教事件は終息した。
被害者にも、そして加害者にも多くの犠牲者も出して。
◇
「なあ、これが俺たちがこの先、見るかもしれない光景だ」
三人に向けて俺はそんなことを言った。
「俺はあのとき、心のどこかでざまあみろと思った。最悪で、最低の人間だ。前も言ったように、親も殺した。そんな俺が怖ければ、ここでついてくるのをやめてもいい」
三人は黙ったまま俺の話を聞いている。
「俺はこれからも人を死においやることがあるだろう。おいやるとわかっていてそんな方法を取るかもしれない。できるだけ無関係な人は巻き込まないようにする。だけど、渦中にいる味方でない者までは関知できない」
今回のように。
彼らは確かに加害者で、狂っていて、彼ら自身の選択によって死んだ。
綺麗事を並べるのは簡単だし、綺麗事を抜きにして救えたかもしれない。
だけど俺は何度この場面に来ても、彼らを救うことはないだろう。
自害を止めず、自殺を見過ごして、彼らの屍を踏み越えて先にいく。
それに、罪悪感などない。相手が嫌いならきっとどこか楽しんでさえ行うだろう。愉悦というものだ。悪徳とも言えるそれを、かつて親を殺したあの瞬間に味わった。
それを正しくないと知っているだけだ。
「俺は弱い。勇者候補なんて単なる飾りだ。全ては守れない。負けるときは負ける。だから」
誰よりも弱い。
「だから、正しくなんてないんだよ」
俺は彼らを殺したわけではない。
だから彼らに対して思うことは何もない。
物語の英雄たちは救えなかった命にグダグダと悩むらしい。
だけど俺は、彼らの死によって、酷い奴らが死んでよかったなどと思える醜い自分に気づかされたところで、なにも気にはしない。
だけど、何より怖いのは、そんな自分を目の前の彼らに否定されることだ。
彼らが俺を、何か神聖視してついてくるならそれは間違いであると今のうちに気づいておいてほしい。
自己中心的で、平凡な人間であることに。
それを改めるつもりはないことに。
「もう一度言うが、俺は最低の人間だ」
アイラが最初に口を開いた。
「何も、変わらないよ。あの日から」
カグヤはいつものように諦めたような顔で、溜息のように。
「知ってるわ、それぐらい。言いたいことはいうし、同意はしないけど。それでもロウと二人で、選んだの」
ロウは最初は目を丸く、そしてニヤリと笑いながら肩を叩いた。
「何か悪いこととかしたか?」
大丈夫、だろうか。
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