第25話 ゴブリン討伐依頼 ②
洞窟に閉じ込められた。
入り口は幾つかの大きな岩に閉ざされて、その光を遮っている。どっしりと構えるそれらは俺らが四人揃ったところで押しても動くことはないだろう。
これは人為的なものだ。
そしてその犯人はおそらく村人だ。
自然に起きた崩落という可能性も考えられないではないが、あまりにも不自然。入る前に大きな岩はなかったし、崩落の危険があるほどにボロボロにはなっていなかった。
これが人為的である、とした理由。
これまで新人冒険者が失敗しているのにも関わらず、再び新人が依頼を受けると聞いても顔色一つ変えない。それはまるで、失敗を望んでいるかのようであった。
通りすがりの盗賊ならば、俺たちを閉じ込めてという悠長な殺し方をする必要がない。たった四人、全員がまだ若い冒険者なぞ襲ってしまえばいい。
そしてこれが、村人を疑う理由だ。
ではこの洞窟に閉じ込めた理由はなんだろうか。
閉じ込めた奴らは俺らに敵意を持っていると仮定しよう。ならば、ここに閉じ込めることで死んでもらいたいということになるか。わざわざ遠回りな方法を選ぶのは、事故に見せかけておきたいからか。
随分と面倒なことを。
脱出に気をとられていると、魔物に襲われかねない。
「とりあえず洞窟探索の前に、まだ食べてなかった昼食にするか」
幸い、アイラに野宿用の荷物は持たせてある。このメンバーだけなら一ヶ月ぐらいは楽に生活ができる。収納腕輪は超便利。
そんなことにはならないようにはするがな。
「探索ってどうしてよ。さっさと出ちゃえばいいじゃない」
カグヤが尋ねた。普通の冒険者パーティーならば、閉じ込められたこの状況に対して絶望するものなのだが。カグヤは俺らが出られることを信じて疑わない。
「お前さ、普通は『どうやって出るの?』って聞かねえ?」
「どうせ出れるんでしょ。あんたはそういう顔、してるわよ」
俺のポーカーフェイスもまだまだか。
いや、そんなことは意識していないが。
「あー出られる出られる」
諦め気味に、はいはいと答える。
「だろうな」
「ロウもかよ。探索するのはだな、ここに閉じ込めた奴らの目的を探るためにとここに強い魔物がいないか確認しておくためだ」
よくわからないところで挟み撃ちになっても困るだろ? と説明すると納得はいったようだ。
「それに、せっかく初依頼の初洞窟だ。ちゃんと冒険していこうぜ?」
「だよな」
「それもそうね」
ロウとカグヤが同意する。
「ああ、そうだ、アイラ」
あまり発言しないアイラの方を向いて呼びかけた。
「この前道具屋で買った魔導具あるか?」
魔法道具、魔法の研究で得られた成果を俗に「魔導」と呼ぶならば、魔法道具は「魔導具」と呼ぶべきだろう。そんな風に言った奴がいたらしい。
アイラに出してもらったのは魔力を込めると光るタイプの光魔法の込められた魔導具。かなり高い。金貨でのお買い物になる。
「カグヤには魔力を節約してもらいたいんだけどな……あ、ロウって魔力あったよな? これは消費が少ないし大丈夫か?」
ぞろぞろと探索していくが、全く魔物が現れない。静かで、暗いだけの洞窟だ。
俺たちを殺すためなら強い魔物がいるところに閉じ込めたほうがいいはずなのに。
「なんだこれ」
俺たちはなんとも奇妙な場所に出た。
その場所は広場のようになっていて、上から光が差しこんでいた。普通の部屋ぐらいの大きさのそこは壁以外には何もなかった。
光がさす穴は少し鍛えた程度の人では登れないところにあり、歯がゆい仕様になっている。
精神的に追い詰めたいのだろうか。
「消していいぞ」
ロウに光を消すように伝える。
灯りはなくなり、上からの光だけが俺たちを照らしていた。
ここに何かないかと調べていると、ちょうど真上の、光の差している方向から声が聞こえてきた。
「ははははは! やはり新人はやりやすいな。どうだね、閉じ込められた気分は?」
そこには村長と村長に付き従っていた男性がいた。ご立派なヒゲを揺らしながら高笑いしている。実に気分が良さそうだ。それに苛立ちそうになるが、落ち着いて聞き返す。
「どうしてこんなことを?」
「いいだろう。教えてやる。我らは神の啓示を受けたのだ。この世界に救いを与えるためには我らが神を復活させねばならない。貴様らはそのための生贄だ!」
あっさりと白状してくれるあたり、親切な犯人である。謎解きがなくて随分と楽になった。
神? 神は神でも邪神だろ。
人を生贄にする神がいるなんて、前世なら鼻で笑ってすごしただろうけど、この世界ではいるかもしれないとだけ言っておこう。
「閉じ込めるならどうしてもっと危険な場所じゃないんだ?」
「クククク……しれたことよ。貴様らにはそこで浄化の作業を行ってもらう。穢れきったその身を断食によって浄化し、その身体を神に捧げるのだ! 貴様らは十七から二十人目の供物となるのだ。復活にはまだ三十人が必要だがな」
アイラは神を信じてはいないが、俺の話を聞いていたからか、彼らの言葉に抗議した。
「そんなのおかしいよ。レイルくんからも何か言ってやって」
「そうだそうだ! そんな少人数で蘇る神がいてたまるか! どうせしょぼい神だろ!」
「煽らないでよレイル」
カグヤからツッコミが入る。
とまあ仲間で漫才を繰り広げてみたところで、向こうは逆上しようとこちらには手を出せない。
そしてただこの状況を打破するだけならば簡単だ。
あそこで高らかに笑う二人を銃なり魔法なりで殺したあと、腕輪に収納されている道具を使えば脱出は簡単だ。
だがあいつらを殺したことで、戻らないことを不審に思った奴らの仲間が計画の失敗を悟るだろう。
面倒くさいことになってきた。
三人が落ち着いているのがありがたい。
一切手を出す素振りさえ見せない。それは俺のをリーダーとして認めてくれているということである。このような場では指示が出るまで動かない。俺に指示を仰ぐし、それに従う。
だからこそ、俺が決めねばならない。
よし、手はまだ出さない。まだだ。
「七日ごとにここに食料を投げてやる。毒など混ぜないから安心して食べるがいい」
閉じ込めた相手に施しを与える。
これはおそらく俺たちの生存を確認するためのものだろう。
それさえ食べなければ死んだと勘違いして入り口でも開けてくれるのだろうか。
その目は完全に俺らを人としては見ていなかった。羊か何かを見るような、そんな目だった。それこそスケープゴートってか。
言いたいことを俺らにぶつけた彼らは意気揚々と引き上げていった。
俺たちは取り残された洞窟で優雅に食事をとっていた。
そして食べ終えると、上を眺めながら三人に向けて提案した。
「じゃあ、夕方にここを出ようか」
当初は崩壊しないように入り口を爆発しようと思っていたが、話をきいて作戦変更だ。
あいつらに気づかれないようにここを出る。
まだ生きて洞窟にいると思わせておくのだ。
上にある穴に鉤付きロープを引っ掛けた。順番にそれを掴んで上まで登った。脱出するだけならば簡単だ。脱出するだけならな。
あいつらの策は冒険者ギルドの制度を逆手にとったものだ。
冒険者ギルドに登録しても、一定以上の依頼をこなして認められて初めて、ギルド特有の恩恵を受けられる。
自由依頼だけでなく、指名依頼や他のパーティーとの合同依頼を受けられたり、ギルドが営む宿屋や酒場の割引などが利用できるのだ。
さらに実力を示した者は、ギルドからとある勧誘が来る。
そいつらはギルドに雇われる形で毎月一定の給料を貰い、ギルドからの依頼を受けたり、国からの依頼を受けたりする。
もちろん行方不明になれば、捜索隊が組まれたりする。
今の時点の俺らは紙の自由依頼を受けられるだけの新人。そんな俺らでは、行方不明になっても、違約金を嫌って逃亡したと思われるのが関の山だ。
今回のように、突拍子もない話をすれば、ゴブリンを討伐できなかった言い訳のように思われるだろう。
というわけで、村に忍び込んで証拠の一つでも掴もうかと思う。
◇
洞窟の上に出た俺たちは、すぐにその身を隠した。
「どうだカグヤ、風魔法の応用で周囲に人は確認できるか?」
風属性は大気の操作支配全般に適性を持つ魔法の分類だ。
魔法はその得意とする方向性により属性に分けられており、人によって得手不得手を見るのに使われる。
今回はそれを探知に使ったという話だ。風属性の魔法使いはこれが可能である。厳密にはカグヤは魔法使いではないのだが。
「探ったけどいないわ」
「よし、薄暗くなったら村へ突入するぞ」
薄闇が滲む空の下、俺たちは人知れず村へと駆け出した。
農民の朝は早く、必然的に夜も早い。
故に村では誰も外に出ていない。静まり返った家の数々、だだっ広い畑、のどかな風景もいつもと違って見えた。
足音を殺して、何も話さず村長の家である一番大きな屋敷を目指す。
近くに来たところで、ロウが俺の肩を叩いた。
「あー、潜入と証拠のほうは俺に任せてくれないか?」
珍しくロウが主張してくる。
そうだった、こいつの役割は斥候だったな。
屋敷に忍び込むなら一人が中まで入って、残りは援護や撹乱に徹した方がいい。それもロウが失敗したらの話である。
全部が全部、全員でやる必要もあるまい。たまには仲間に丸投げしてみよう。
「よし、任せた」
ロウは学校で常にカグヤといた。
にもかかわらず名前がほとんどの人間に知られていないし、顔も覚えられてはいない。
白髪は特徴的だし、決して内気なわけではない。
そのことからわかることは一つ、ロウは意図的に自分の存在を薄め、隠していたということだ。
どうしてそんなことができるのかとか野暮なことは聞かない。
ただ、静かに立ち回る慎重なロウが、そんな風に言ったのだ。
もしかしたら足手まといかもしれない。
ドキドキしながら待っていたら、一時間も経たないうちにロウは帰ってきた。
「楽勝だったよ。やっぱ村長ごときじゃ警備もザルだな」
そういうと、紙の束を取り出した。
「誰かが後ろにいると思ったから手紙を重点的に探したら案の定だ」
そこには低くない身分を思わせる印が押された手紙が十通ほど。
内容は儀式の手順や、村長たちの信心を褒め自尊心をくすぐるようなもの。
それは見事に誘導されていた。
「ほんと、あっけないなあ。なんの張り合いもない」
俺たちにできることはもうほとんどない。
ここで彼らを襲い、殺した後で証拠をつきつけても手順としては間違っている。一度は捕まるだろうが、それもまあ、正当防衛なら釈放はされるかもしれないか。それでも、ここからは俺たちの仕事ではない。
「じゃあ行こうか」
俺たちは街の冒険者ギルド支部へと向かった。
味気なく、後味の悪くなることが分かりきった事件を終わらせるために。
誰も得をしない冒険の始まりを告げる鐘の音を聞きながら。
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