旅立ち、国内にて
第24話 ゴブリン討伐依頼 ①
この国で最も南の街にやってきた。
馬車は夜の間も使って寝ながらの移動だ。
着いた時にはすっかり空の向こうが明るくなっていた。
宿屋を取る手間が一日消えたと思えばいいのか、宿屋で寝る機会を一度失ったというべきか。
そのまま一番に
冒険者組合とは冒険者に仕事を斡旋する場所であり、自助組織とも呼べるものだ。王都で登録して説明は受けた。
そのメリットの大半があまり無意味だったのは勇者候補の資格が意外に便利だったからに他ならない。
ギャクラの国境には簡単な防壁がある。それはどの国においても概ね同じことだろう。魔物の数はその中と外で数を大きく変える。内側であれば、馬車で移動したところでさほどの危険性はない。
だからといって全くの危険がないわけでなく、森に採取に入った人間が野生の魔物に襲われて被害が出ることもある。
そういう場合には目撃情報を元にギルドの方へ討伐依頼が出される。
中でも多いのがゴブリンやノアウルフだ。
こいつらは群れで行動することが多い。特に後者は人をエサだと思っている節があり、すぐに討伐依頼が出される。
そういう依頼や、危険な場所への採取依頼などで冒険者の多くは生計を立てる。
半分狩人、半分警備といったところだ。
この街のギルドでも、そういった依頼が出されていた。
依頼者は近くの村だ。村には冒険者ギルドの支部がないため、依頼は近くの街の支部へと出す。
そう、ゴブリン討伐依頼だ。
お馴染みの、冒険者初心者はまずこれから! と言わんばかりの薬草採集に並ぶ有名依頼だ。
もちろん飛び抜けた能力も特殊な力もない俺に、華々しいデビューの場があるなどとは思っていない。
せいぜい歳のわりには、って程度のものだろう。それも仲間の能力でだ。運良く大量発生の巣を見つけて爆撃だとかで儲かる程度だ。
依頼の紙が貼ってある掲示板を見ていると、周りでニヤニヤと下卑な笑いを浮かべて二人の男が噂をしていた。
「なんだありゃあ。冒険者ごっこがやりてえなら近くの草むらでトカゲ相手にやってろよ」
「あれじゃねえか。貴族の坊ちゃんの金で護衛を雇ってする遊びじゃねえのか?」
無理もない。
今の俺たちの見た目といえば、年齢的には中学生、冒険者を始めるにはやや早い。
俺とカグヤこそ腰に剣や刀をさしているが、アイラの装備はあらかた腕輪の中だし、ロウに至ってはいつもどこに武器を仕込んでいるのかわからない。
一応予備の剣や食料、火薬や銃器を含めればそこらの冒険者パーティーなど比べものにならないほどの荷物があるのだが。
無視だ無視。
ここで斬り合いになっても俺は勝てる気がしないし、アイラとロウは殺しかねない。まともに勝てそうなのがカグヤしかいない。
それに初日早々問題を起こせば依頼が受けにくくなる。
しかしなんだか違和感がある。
俺らが実際初心者なことを考えれば、ここで酒の一つでも奢ればあいつらからぽんぽんと情報が聞き出せるかもしれない。
そんな風に好意的に見えてしまうような、そんな違和感が。
と、ここまで思考時間は約三秒。
もしかして、と思ってアイラを見ると意外なことに平然としていた。
出会ったころのアイラは自分に自信がなかったが、最近はバカにされてクラスメイトに言い返すこともよくあった。
今回も二、三言い返そうとするなら、止めなければならないと思ったのだが、そんなことはなかった。
カグヤとロウは言わずもがな。
「怒らないんだな」
「レイルくんのことは私がわかっていればいいから」
いや、そうじゃなくってだな。
まあいいか。
もしかしてクラスメイトに言い返したのもバカにされたのは俺か?
「それに、レイルくんが言ったじゃん。レイルくんの情報は隠すものだって」
そうだ、情報とは隠してこそ価値があるものと、広げてこそ効果があるものがある。
その取捨選択こそが戦略の一つだと言える。
まあ、俺が情報を流さないのはアイラの武器が一番の理由なんだがな。
「ご忠告ありがとうございます。もしよろしければここの話でも聞かせてはもらえませんか? お酒の一杯でもお奢りしますし、ね?」
そう言うと彼らに近づいた。
当然彼らは呆気にとられた。ぽかんと口を開けて一拍の後、弾けたように笑いだした。
「ぶぁははははっ! なるほど。見る目も気前もいい小僧だな! さっきは悪かった。きっと大成するぜ!」
「ところであんた、貴族の坊ちゃんか?」
「確かに僕は貴族ですが、生まれてから家のお金には手をつけてませんよ。僕にかかったお金は返しきってから家を出ましたので」
「かぶくなあ。あまり見栄ははらない方がいいぞ。名前は何ていうんだ?」
「レイルと言います」
そう言った瞬間、二人がピタリと止まった。
ここまで名前が届いているというのだろうか。俺の経歴が知られていたとしたら。
「なるほど。それじゃあ返せたわけだ」
目つきが鋭くなる。まるで人を値踏みするかのように。
これだ、さっきの違和感は。
最初の見た目で人を判断するあたりや、初心者に凄むあの態度からは似ても似つかない。
まるで頭の悪そうなチンピラと、形容することが致命的な間違いであるかのようであった。
「で、お酒一杯の情報はなんでしょうか。ゴブリンの生態など、本で得られる程度の知識ではないものが嬉しいです。先輩方の豊富な経験からなにかありませんか?」
二人は顔を見合わせて何を話そうか、と目で相談しだした。
「じゃあな、冒険者の心構えでもどうだ」
初心者が先輩に説かれたくない事柄の一つであった。
誰だって精神的なことを会ったばかりの人に説かれたくはないだろう。自分の何を知っているのかと。まるで自分が何もわかっていないのに突っ込んできた馬鹿のようだからというのもある。
何より、先輩だろうが誰だろうが、上から説教してくる相手の言葉を素直に丸呑みしておけというのは精神的に危険ではある。
だが、それを勘違いして死んだ冒険者が何人いることか。
それを選択したことでさえも試しているのかもしれない。
どうせ正しいかどうかは聞いて決めればいい。聞くだけなら損もないだろう。俺はそう判断して頷いた。
「そうだな……お前ら、後ろの黒髪の嬢ちゃんと坊主は大丈夫だが、それ以外の二人だな。武器を持つことだ。今から武器を揃えますよ、って格好でギルドに入れば舐められるな。それに本物の武器の隠れ蓑にもなるしな」
腰元を指差しながらそんなことを言った。
「武器を持つにしても、身の丈にあったものだな。実力があれば弱い武器でもやっていけるし、強い武器は戦えるようになるかもしれない。だがな、実力にあった武器を選ぶ、っていう判断力も実力のうちだ。雑魚がただ強いものを持つのが一番ダメだな。使うぶんにはいいが、襲われやすくなるから隠しておけ。そのためにも隠れ蓑としての分相応な武器がいる」
なるほど。この二人に話しかけたのは正解だった。
確かに実力をさらけ出す必要はないし、俺らの武器はそこにはない。俺たちが本当の武器を持っていることさえお見通しってわけか。弱いやつが強い武器を使うことそのものを否定していない。珍しい相手だ。武人とかだと、武器の強さを自分の強さと勘違いするな、とそう言いそうなものだが。
依頼を受けやすくするためにも、なにより本当の武器を隠すためにもその案はいい。
「ああ、それとだ。さっき見ていたゴブリン討伐だがな、ゴブリンだからといって舐めているとやばいぞ。初心者ばかりだが、今までに二組が行方不明になった。おそらく初心者にありがちなんだが、ゴブリンに気をとられて周囲の環境に気を配り忘れたんだろう。崖か底なし沼とかがあるかもしれないな」
慢心しなければ大丈夫だろうけどな、とも付け加えた。
「ありがとうございます。ちょうど受けようかと思っていたので。とても参考になりました。ではまた」
ゴブリンの巣の近くは危険、か。
いい情報を聞けた。どれほど役に立てられるかはわからないが。
俺は三人のところに戻ると、手を振りながら声をかけた。
「待たせて悪かったな。ゴブリンよりも周りが危険な可能性があるそうだが、ゴブリン討伐を受けてみようと思う。他にぜひ受けたいとかいうのはあるか?」
「いやいや。あのおっさんどもに話聞いてたんだろ。本当は俺がした方がいいのかもしれなかったしな。依頼は別に構わねえぜ」
どうしてそんなことを言うのかと聞けば、ロウはどうやら自分のパーティー内での役割を斥候と思っていたらしい。
確かに、カグヤが前衛でアイラが後衛にあたる。
俺が……えーっと……参謀?
なるほど斥候しかいないな。
というかカグヤが万能すぎるんだ。
魔法が使えて後衛にも回れる。剣技で敵わないのに魔法使えるとかもうね。
逆に俺の貧弱さよ。
まあアイラの銃器が一番使いにくい。
前世における銃という武力には、人同士の抑止力としての使い方があった。
お互いがその強さを理解しているからこそ、見せるだけでも脅しになる。この世界では強さが理解どころか存在が知られていない。
殺してもよい低級魔物相手にならば最強を誇る。
逆に人間相手にならば殺すしかない、不器用となるのだ。
「別にいいわよ」
「私もー」
二人の同意を受けて討伐依頼の最低ランクであるゴブリン討伐の紙を手に取る。
受付のお姉さんにそれを渡して依頼を受けることを伝えた。
すると、受付の女性は肘をついて身を乗り出して俺に話しかけてきた。
「貴方、珍しいわね」
その目が俺に対する感情を言葉以上に語る。
どうでもいい情報ではあるが、お姉さんは結構美人であった。ウェーブのかかった緑と黒の間の髪はどことなくワカメを思い出させるのが少し残念ではあったが。でもきっと周りの冒険者に酒とともに口説かれたりするのだろう。
俺は絶世の美少女を見慣れていたため、見惚れることなく尋ね返した。
「何がですか?」
「あの二人よ。粗野な言動が目立つでしょう。それに先輩にお酒を奢ってまで話を聞くっていう判断も、ね」
「粗野、ねえ……周りの見る目はどうもそうではないんですよね……ついでにあなたも」
そう、確かに彼らを見る目は「いつものやつか」というお決まりのあれだ。
だがその眼差しは侮蔑ではなかった。
二十半ばほどの人たちからは尊敬を、そして年配の方からは微笑ましいような目であった。
前のお姉さんもそのことを咎めるような目ではなかった。
「そこまでわかっていて話しかけたのね。それじゃあ話は早いわ。根はいい人たちなのよ。面倒見もいいしね」
それは納得がいく。
為になるアドバイスだった。今度も話を聞こうとは思うぐらいに。
もちろん初対面の人を完全に信用したわけではないが、あれらが嘘であったとしてもあまり向こうには利益がないのだ。
俺たちが武器を持ち歩いたからといって、彼らにいいことがあるわけでもあるまい。
「けど、ちょっと人を選ぶというか……」
「どういうことですか?」
「初心者が来れば煽って様子を見るの。そのときの行動で見るのよ」
ふむ。バカはつっかかってくるし、賢いやつはやり過ごす。中には挑発に乗ったあげく、実力以上の依頼を受けて死にかける。
例外だってたまにはそりゃいるだろうよ。
「前の子なんて誤解を解くのに一ヶ月、先輩として忠告を聞き入れるまでさらに半月もかかったのにね」
やはり彼らは
後進を育てる、という点でお世話になっておいてよかったか。
受付のお姉さんまでグルになって駆け出しの少年少女を騙すこともあるまい。
「大丈夫? 討伐初めての子は竦んで殺せなかったりするけど」
その点だけは大丈夫だ。
うちのパーティーならば、必要となれば人さえ簡単に殺してしまうだろう。それはもうあっさりと、躊躇いなく。
人を殺した俺だからわかる。
そんなことで足手まといになるぐらいなら初めから連れてきてはいない。
「ありがとうございました」
「いえいえ。頑張ってる子は応援したくなるものよ。気をつけていってらっしゃい」
親切な先輩や受付のお姉さんに見送られて冒険者ギルド支部を後にした。
◇
村というのか、集落というべきか。
のどかな畑が広がっている。点々と家があり、申し訳程度の道。それらがぐるりと簡単な柵に囲まれていた。
「ようこそきていただけました」
ゴブリン討伐依頼というのは総じて数が多くなる。ましてや新米がいなくなるほどだ。おそらくかなりの数になるだろう。
だというのに目の前の村長は平然としたものだった。
ちょび髭を撫でながらこちらを見定めている。
実力うんぬんとか言われて断られたらどうしようかと考えていたら、
「ではお願いしますね」
とあっさりとお願いされた。
そして目撃された情報を元に、巣であると思われる洞窟の位置や特徴を教えてくれた。
拍子抜けだ。
いや、簡単にことが運ぶのはよい。ゴブリンがどうなるかわからないのにそれ以外で手間を取るなんて勘弁願いたい。
打ち合わせのようなものを終えると、達成条件と報酬の確認をした。
初心者の初依頼、足元を見られるかと思ったが、意外と普通の報酬と条件だった。
「じゃあすぐにでも出発しましょうか」
俺たちは煩わしさから逃げるように村から離れた。
作戦会議を始めた。
とりあえずアイラには小回りの利く銃を出しておいてもらった。オーバーキルにならない程度に軽いものに抑えてもらう。
それぞれ短剣や刀を持ちながら言われた場所まで向かう。
途中に何度かゴブリンと遭遇した。
といっても、二匹のものである。一人に背後を警戒してもらいながら戦闘に。何度か斬りつけるだけで相手はいともたやすく絶命した。討伐の証明となる耳の部位を切り取る。袋に詰めては腕輪にしまってもらう。
そうして辿り着いた洞窟。ここにゴブリンは巣食っているという。
討伐というよりは殲滅依頼であるため、巣の入り口で火を焚いて煙で駆逐することも考えた。
しかしそれは後から討伐証明の耳を回収するのに不便であるし、何より実戦経験が積めない。
「じゃあ入るか」
「明かり用意するね」
「注意事項の再確認だ。カグヤは魔法は使うな。特に火の魔法と地の魔法だ。どうしてだ」
「えーっと、地は崩落の危険があるから、火は酸素を燃やして私たちが呼吸困難になるから」
「正解だ。じゃあアイラ、地の魔法と同じ理由でマシンガンや威力の高い銃器を使うな」
「はーい」
「ロウは……特になし」
「ないのかよ!」
だって魔物相手の戦い方に危険性がないんだもん。
俺たちはだいたい固まって歩き出した。
アイラは真ん中。不意打ちを受けた時に一番死にやすいからだ。
当然気配察知が一番得意なロウと強いカグヤが先頭である。すると俺が後ろとなる。
ところどころ傷のある壁内を眺めながら薄暗い洞窟を歩いていく。
「おかしい……」
後ろの入り口が複雑にいりくねった石壁のせいで見えにくいぐらいになったときにようやく異変に気づく。
「何がだよ」
「ないんだ……なにも」
あるべきはずのものがなにもない。
ゴブリンの生活の痕跡も、戦闘による血糊も、なにより冒険者がここに来た跡が。まるで綺麗に片付けられたかのように。
「今までにもここには冒険者が来たはずだ。新米とはいえ、あの道を間違えようはない。ゴブリンが嘘ならそれだけでも報告に帰るはずだ。それがいない……?」
何かに辿りつこうとしたその瞬間、まるで照らし合わせたかのように後ろで轟音が響いた。まるで何かを落とすような――
「やばい! 入り口に戻るぞ!」
今来た道を慌てて走り抜ける。
気がついてしまった。音の出所に、そしてその原因に。それは三人も同じことだろう。異変を感じ、何も言わずにその後に続く。
嫌な予感がする。
どうか、事故であってくれ。
どうか、気のせいであれと。
この先に待ち受けるであろう面倒ごとに苦いものを覚え、それでもなお目指すは入り口。
しかし時はすでに遅し。
俺たちが入ったはずの入り口であった場所には大きな岩石が幾つも積もっていて、しっかりと外への穴を塞いでいたのだった。
「はぁ、やられたか……」
俺たちは誰かにこの洞窟に閉じ込められたのだった。
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