第23話 父親たちの

 カンカンカンと鉄のぶつかる音が響く。俺は熱気と煙が顔に当たるのを感じながら、自らの息子たちが鍛治の腕をあげるのに励むのを見ていた。

 物覚えは悪くないし、何よりやる気がある。自分の時のことはとうに忘れたが、この調子でいくならば数年もすれば立派に仕事を手伝わせることもできるはずだ。


 できたせがれどもだ。


 きっとあいつがいなければ俺も忌憚なく褒めてやれただろう。

 あいつとは俺の一人娘のことだ。娘は俺によく似た紅い髪で、妻によく似た癖のある髪が特徴的だ。


 娘————アイラは刃物を作ることができない。


 大規模な鍛治職人の組合ならば、得意分野を分けることもできよう。しかし我が家は一家で営むしがない鍛治場。刃物ができないというのは致命的であった。

 男兄弟に囲まれて育ったせいか、わんぱくな子だったのであまり心配をしていなかった。

 歳を重ねれば、自然と諦めもつくだろう。そんな風にそっとしておくのが無難だと、息子たちにもあまりアイラにいろいろと言わないようにと言い含めた。

 だが刃物以外を作ることにかけては恐ろしいほどに天賦の才があった。

 みるみる吸収していくその成長速度に、後数年もすれば抜かされるのではないかとさえ思ってしまった。俺でさえだ。ましてや息子たちが嫉妬を覚えたのはごく自然な流れであったのだろう。

 息子たちはアイラ本人にあからさまにあたることはなかった。三つも四つも下の妹に嫉妬してあたったともなれば、恥ずかしいだろう。息子たちにもそのあたりの自制心はあったのだ。

 せいぜい外で愚痴っぽくいうぐらいのものらしい。

 アイラはそんな境遇を歯牙にも掛けずに、刃物以外の鋳造技術からなにまで学んでいった。刃物以外ならば兄たちよりも上だろう。

 というか、まだ小さいのだからできなくて当たり前っちゃ当たり前だ。気にすることはないとも思う。

 そんなアイラに一つの転機が訪れた。


 ◇

 アイラはわんぱくな子であった。小さい頃から、時折近所の男の子とケンカして帰ってくることがあった。

 こちらが女の子であることもあり、あまり問題にはされないがその度にその家の親御さんに謝りにいくのは俺だった。それを嫌だとは思わないが、もう少し穏やかに過ごしてほしいとは思っていた。

 親馬鹿も入るが、アイラは顔立ちは綺麗なほうだ。もっとおしとやかになれば、嫁の貰い手も出てきて家を継ぐ以外の道もあるとは思うんだがな。

 たまに落ち込むときもあるが、慰めてやれば次の日にはけろりとしている。

 多分大丈夫だろう。男手一つ、男兄弟とむさ苦しい家庭だけど、なんとか立派に育ててやろう。





 ◇


 そんなアイラが、三歳ぐらいのころに急におとなしくなった。原因はおそらく最近できた友達とやらであろう。

 ケンカを一切しなくなり、聞き分けもよくなった。何より、刃物が作れないことを気にすることがなくなった。今までみたいに、頑張ればなんとかなるとか、そういう強がりのようなものではない。心底どうでもよくなったかのようだった。


「最近偉いな」


 夕食の席でそれとなく探りを入れると、アイラははにかむように答えた。


「ううん。もっと偉い子がいるもん」


 そう言ったアイラの顔は幼子の無邪気さだけではなかった。聡明な知性と、そして憧憬のようなものさえ見えたのだ。

 本当に三歳なのか、とさえ思わせる雰囲気に俺は黙った。

 それと同時に、前よりは感情を隠すようになった。表情はころころと変わらなくなったし、だが無愛想というほどではない。常に平然としている感じだ。自然体なことには変わりない。

 アイラの変化を最も気にしていた兄のテルが質問を続けた。


「何かあったのか?」

「ないしょだもん」

「そうか」


 アイラはぶいと押し黙った。

 それ以上はなんとなく聞けずにその日の夕食は終わった。

 図体がいくらいかつかろうと、こういうところで今は亡き妻に勝てねえんだ。



 ◇


 アイラはそれから、今まで家で過ごしていた時間の大半をどこかに出かけるようになった。

 近所の人の話では、ゴミ置き場をうろちょろしているとか。側にもう一人男の子がいることが多いとも聞いた。

 まだ四歳だ。あまり遠くにはいかないように言っているが、ゴミ置き場ならばまだ許容範囲内か。それよりも男の子が気になるが、無理に聞き出して嫌われるのは怖い。様子見で何も素知らぬふりをしていた。

 すると時々、仕事場を貸してほしいと言ってくる。

 家の中で危険なことは知っておけ。というのが信条の俺としては、窯の熱も、一人で扱う金属の重さも知っておけばいいと許した。





 そんなアイラがある日学校に入りたいと言ってきた。

 学校か。教室は違うが、貴族なども通うのであまりいい感情はないが、鍛治以外の道を見つける、または大きなところで刃物以外を作るなどの道を開くためにはいいだろう。そうでなくとも、見聞を広めるのはいいことだ。


 息子どもは学校には行きたがらなかった。

 国の歴史や剣、魔法について云々語られるぐらいならその時間を鍛治技能の上達に当てたい、金を払ってまで勉強する理由がわからないとも。

 感覚はわからないでもないし、本人らが納得していないのに行かせても身につかずもったいないだろうと無理に行かせることはなかった。

 だが、アイラは行きたいという。理由はなんであれ、行かせてやりたいもんだ。

 金はなんとか工面できるだろうな。

 俺が頷くと、娘は嬉しそうな顔をした。


 兄どもは少しはその扱いの差に怒るかと思えば、全然そういった様子はねえ。

 それが嫉妬からくる、好敵手の鍛治の時間が減る喜びなのか、それとも自分たちが学校に行きたくないから気にしないのか……アイラのやることなすことに関わるのを諦めたのか。


 学校に入ってからのアイラは劇的であった。

 いや、俺らがその真価から目を背けていただけなのかもしれない。

 同じ教室内でもかなり良い成績をとってきやがる。

 にもかかわらず、全く驕る様子がない。

 兄たちはそれも気に食わないようだったが、自分でしたいことを見つけられるのは良いことだ。あまり気にするなと言ってやった。


 友人もできて、刃物のことで落ち込むこともなくなり、毎日が楽しそうな娘を見るたびに顔が綻ぶ。





 アイラを変えたという友人の名前がわかった。レイルという男の子だそうだ。








 ◇


 ある日、人生観を変える出来事があった。

 それは一人の貴族様の訪問から始まった。


 アイラが卒業するまであとしばらくもないなという冬の昼ごろ、俺はいつものように、納品依頼を確認しながら武器の整理をきていた。アイラは学校で楽しくやっている時間帯である。

 そんな静寂を打ち破って息子が走って飛び込んできやがった。


「父さん! 大変だ!」

「騒ぐんじゃねえよ。いったいどうしたってんだ」

「ききき貴族様が!」

「はあ? こんなボロい鍛冶屋に貴族様が来るわけねえだろ!」

「しかも……」


 騒ぐ息子をたしなめようとすると、奥から立派な身なりの貴族様が仕事場へと顔を出した。整えられた髪に、ヒゲを生やしてさえ威厳のある男性だった。俺と同年代か。


「突然の訪問失礼する」


 その時の俺の顔は曲がりなりにも人に見せられたもんじゃなかっただろう。

 薄汚ねえ床を、明らかに磨かれた上等な靴が踏んでいる。


「いえ! そんなことは!」

「先に知らせると息子に勘付かれるのでな。息子が世話になっているようだな……」


 いきなり飛び出した息子という言葉に、まさか学校でアイラが何かやらかしたのか思わず土下座しかけた。


「まさか! うちの娘が……」

「落ち着け。私の息子はレイル。世話になっているというのは脅しや比喩ではない。そのままの意味だ」


 レイル。その名を聞くと複雑な思いがある。

 どれほど慰めても、どれほど励ましても刃物が作れないことを三歳にして才能の限界のように気にしていたアイラを変えた少年。アイラ曰く、賢く、しっかりとしていて、優しいのだとか。

 親としては嫉妬と、そして感謝が半々である。


「レイル様はたいそう優秀な方だとお聞きしております」

「様付けはいらん。名前を言ってなかったな私はジュリアス。ジュリアス・グレイ」

「ああ、こちらこそ。とんだ無礼を。アイラの父、カントと……ジュリアス様ぁ!?」


 ジュリアス・グレイ、その名は冷酷無比の貴族として知られる。が、妻を亡くしてから再婚をしないことなどからその実態はわからないと言われる貴族だ。

 思わず仰け反るという失態を晒すも、部下の一人も連れずにやってきたジュリアス様は俺をお許しになった。

 いつまでも仕事場で会話するのも貴族相手にどうかと思い、部屋の一つに案内した。


「これを」


 ジュリアス様がそう言って懐から出したのは金だった。

 少なくない金額。それも小市民の俺らだと数ヶ月は遊んで暮らせる金額だ。


「手切れ金ってわけですか」


 そりゃあそうか。貴族様だもんなあ。

 自分の息子がどこの誰とも知れない少女に入れ込んでいらん噂がたつのは防ぎたいんだろうよ。

 ここらが潮時だろうか。アイラには悪いが、レイルとかいう男のためを思うなら身を引けと言って……そう思う俺の脳裏にアイラのときたま見せる笑顔がちらついた。

 断ろう。たとえ合理主義などと言われる貴族相手でも。娘の幸せを願えずして、何が父親だろうか。俺はアイラに鍛冶屋としての刃物以外の技術ぐらいしか教えてやれなかったが。

 そっと金を押し返そうとすると、ジュリアス様は妙な顔をして言った。


「ん? 何を言っている。これは迷惑料だ。愚息がこちらの設備を使っているようだからな。そうして稼いだ金を養育費といって私には納めるくせに、ここに払っていないというものだからこうして養育費として納められた中から一部を支払ったつもりだ。これからも迷惑をかけるかと思うが……」


 は? 勘違い?

 そうか……なんだ、勘違いなのか。

 真冬なのに汗をかいていることに気がついた。窯の火は離れており、むしろ申し訳なくなるほどに寒いはずの室内で汗をかいていたのだ。

 軽く拭って慌てて弁解した。


「め、滅相もない! うちのアイラもレイル様がいることでだいぶ変わりました。助けられているところのほうが多いかと」

「ふむ。そうか」


 値踏みするような目だった。

 息子のレイルという子はどれほどの奴なんだろうな。

 気まずい沈黙が俺ら二人を支配する。重くのしかかってくるのは、互いの身分差とそして相手に対する無知だろう

 ただでさえ丁寧な言葉は使い慣れない。ぶっきらぼうで、男所帯特有の粗野が出てしまわねえように気を張るのは勘弁してほしいもんだ。


「レイル様については話されたりしないのですね」

「レイルのことを、レイルから見た娘さんのことを私が言ったとして、何の意味がある。それを信じるのか? 自分の目で見て判断するといい」


 そう言うとまた会話が途絶えた。

 話すことがないのであれば、帰ってもいいのに。と顔に出すことも出来ずに再び見つめ合う。

 おっさん同士が部屋の中で見つめ合って何が楽しいんだか。

 ジュリアス様はぽつりと新たな話題を出したことで胃の痛くなりそうな時間は終わった。


「……近々、レイルがここに来るかもしれない」


 前から来てるじゃねえか、とは言わなかった。違う意味だからだ。俺の前に姿を現すのだろう。それを察せられないほどに鈍感でもなかった。


「その時、あの子はあなたの娘を連れていくと言うかもしれない。いや、言うだろう」

「黙って許してやってくれとでも?」

「いや、身分を盾にどうこう言うつもりはない。あくまで娘の友人の父親として来ている」


 そう言うと、少し言いにくそうに逡巡していた。


「話を、聞いてやってほしい」

「話、ですか」

「レイルのではない。娘のだ。彼女自身の意思と覚悟を聞いて決めてやってほしい。貴族だから駄目だとか、貴族だから我慢するとかをしないでやってほしいのだ。それが長い目で見て息子の幸せになるだろう」


 言われなくとも。そう返したかった。

 ただ俺が黙って頷くと、ジュリアス様はほっとしたように立ち上がった。


「邪魔をしたな」

「あっ……」


 引き止めようと思った。

 なんのために?と自問自答してわからないままに言葉を詰まらせる。

 ジュリアス様が振り返った。その口の端に僅かな笑みを浮かんでいる。


「ここに私が来たことは他言無用でな」


 そうして颯爽と立ち去る貴族の後ろ姿に声をかけることもできずに見送った。




 ◇


 そして運命の日がやってきた。

 卒業してすぐに、レイルという少年を連れてアイラがやってきた。

 アイラの話を聞こう。その決意になんら揺らぎはなかった。

 レイルと呼ばれる少年は、見た目だけは平凡な一貴族にしか見えない。適度に身なりを整えて、別にたいそうな剣を帯びているわけでもない。にこやかで、話もうまく、なんら問題がないように思われた。


 何が。何がそんなにアイラを惹きつけるのか。


 俺自身が、このレイルという男に興味を持っていた。

 この年代特有のやんちゃさ、無鉄砲さ、英雄願望の欠片も見当たらない。

 落ち着いた物腰で、どうしたらアイラを確実に連れ出せるかだけを考えていた。

 表面上だけは問題ないが、その実非常に問題児であることをジュリアス様が訪れたあの日から調べてわかっていた。

 経歴だけでは掴めない男だった。


「俺は今、板挟みにあっている。本音を言うとアイラには鍛冶の技術なんざ関係なく家にいてほしい」


 俺の心はほぼ決まっていたとも言える。

 アイラが行きたいなら行かせる、だ。


 だが俺も父親。その心情を慮ってやれたとして、それで、少年の言葉だけではいそうですかというわけにはいかない。

 だがそんな俺の思考を読むかのように、自分が説得し終えるとさっとアイラに譲ったのだ。


「お父さん。私も旅に出たい」

「どうしても行くのか……?」


 普段は無表情で平然としているアイラが、珍しく感情を表に出して必死に訴えかけてくる。

 刃物を作れないことを兄に馬鹿にされても久しく怒ることのなかったアイラが、心配そうにこちらを見ているのだ。

 自分で道をみつけて、それを歩こうとしている。そんな強い覚悟さえ感じられる。


 もう十分か。

 そう思いつつも、最後の悪あがきをした。


「刃物以外の武器を作って試すだけなら、この国にいてもできるじゃねえか」


 レイルとやらは瞬きして俺を見た。

 するとアイラがしめたとばかりに尋ねた。


「じゃあお父さん、私が魔物なんか怖くないほどの武器を作れたら許してくれる?」

「なんだよ。お前は武器を作るために旅に出るんじゃねえのか?」

「違うの」


 横でレイルは俺にいろいろと言ってくる。

 冒険とはいえ無茶はしない、安全な道をとるとか、そんな感じのことだ。


「じゃあいいぞ。お前が作った武器ってのはなんだ?」

「私が、じゃなくって半分はレイルくんだよ。私は言われたものを作っただけ」


 その方が信じられねえけどな。

 どちらにせよ、何も知らねえガキが作った武器なんで安定性に欠けるか脆いかだ。

 むしろ俺相手にその条件を出したことを後悔すればいい。


 するとどこから出したのか、アイラは黒い筒のようなものを手に持っていた。

 レイルが離れて的を縦に置いて戻ってきた。 槍では届かないが、魔法なら届くかといった距離である。

 アイラはさほど魔法はうまくない。おそらく火種ぐらいにはなるかもしれないが、魔導具を使ったところでなんとかなるとは思えない。

 それに魔導具はあまり強い威力は出せない。


 というのに。


 アイラが何かしたかと思うと、筒の先が向いている方向に何かが飛び出して離れたところにある的に命中した。

 当たった的はけたたましい破砕音を響かせてその中心に見事に黒く穴をあけた。


「こりゃあたまげた。どうなってやがるんだ?」


 思わず口をついて出たのは何より疑問であった。

 顔には出にくいし、口調はあまり真剣には聞こえないかもしれないがかなり混乱している。


 ちょっと待て。今、離れたところにあったよな?

 何が起こった?


 そんなことがぐるぐると頭の中を回る。

 尋ねても娘は教えてくれない。


「うーん」


 悩んださ。鍛冶をやって数十年。いろんな武器の話は聞いたことがあるが、今の武器の予想もつかねえ。つまりはアイラたちが開発したってことだ。

 そしてその道具が、恐ろしいものであるという結論に達した。

 確かに射程も、速さも、そして威力も驚異的だろう。

 一対一の対人戦だろうが距離を取れれば負けなしだろうし、軍対軍でも全員に持たせれば負けるはずがない。

 つまりは世界の戦争事情をひっくり返す悪魔の発明だ。

 んなもんを、今、まだ俺の半分も生きていないガキどもが作って持ってきた。


 俺がもしも欲に目が眩むようなことがあれば、この少年を殺してでも奪いとっただろう。

 だがそんなことはできない。しないのではない。目の前の少年が薄ら笑いを浮かべていたからだ。


 理解しているのだ。この武器の危険性を。


 俺が一番怖いのは、そんな機能面のものじゃねえ。あの殺害方法だ。

 聞けば引き金というらしい。たった指一本に力を入れるだけで、何の訓練もなしに人を殺せる。もちろん当てるには技量が必要だろう。だが大量にあれば、向かってくる軍に当たるはずだ。そうなれば腕なんて関係ない。


 そう、殺意の簡略化。


 本来魔法にしろ、武器にしろ、たゆまぬ鍛錬で相手の技量と覚悟を上回り、それを適切に殺意を持って相手にぶつけることで勝利する。

 これは違う。殺意がなくとも、狙って引き金を引くという動作だけで相手を殺す。距離と、才能と技量の差を潰す。

 きっと今見せたのはまだ軽いのだろう。もっと長い距離で、もっと威力の高い弾が撃てるのならば。

 何も感じねえうちに、頭を撃ち抜かれて死んでしまうだろうな。


 アイラが刃物を作ることができないのは、刃物が直接的に人を傷つけるものだからだと思っていた。

 だがそんな甘っちょろい考えは捨てなければならない。

 今アイラが見せたのは、殺意云々をすっ飛ばす最悪の兵器だ。


 そしてそれを示唆したのはおそらく……


「僕がいろんな経路を調べて、できるだけ安全な道を通りますから」


 目の前の少年なのだろう。


 おそらく人生でもかなり迷った。

 アイラが変わったことに感謝はある。

 アイラが行きたいのだから行かせてやりたい。

 そんな気持ちが俺を責める。


 だが怖い。

 アイラが、人を殺すことに慣れてしまわないか。無駄に人を殺すことを愉しみ、力を振るうことに溺れてしまわないかという不安があった。

 アイラがどんな道でも歩きたいというのを止めることで、未来の幸せを奪うのではないかと。

 危険な旅、強力な力、得体の知れない少年と三拍子揃って心配しないわけがない。

 断るのも怖い。

 レイルが、アイラとどのように関わっていくのかがわらなかった。だが断った時に何も手を打たないとは思えない。嫌な経歴が示している。危険な武器を作り、それを隠しながら国からの信頼を得ている。学校では周囲の貴族をものともせずに常に学問の成績は最高であったとか。それでいて何故か旅に出ようとする。

 目の前の少年がただの貴族などではないことを確信していた。


 そんな迷いは深くとも短かった。

 時間にして一瞬。呼吸一拍ほどの短い時間の中で、嫌な汗を流し、ジュリアス様を相手にするときよりも何倍も緊張しながらからからの声で答えた。


「あーもういい! 娘は任せたぞ!」


 俺は負けた気がした。

 というか負けた日だった。

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