第27話 草原にて

 風に血の匂いが混じっていた。 

 旅をしているとたまにあるらしい。死んだばかりの魔物や人が転がっているのだとか。俺も書物の冒険譚などで読んだことがあるだけなので、こうして実感するのは新鮮だ。

 人であれば、そして街道沿いであれば、見つけられて弔われることもある。道から外れたところになると人知れず腐っていく。

 いち早く気づいたのはロウだった。鼻をならすとニヤリと笑ってこちらを見たから俺も意識してしまった。

 

 こうした時の対処は二つ。

 死体を探すか、その場から速やかに離れるか。

 血の匂いは魔物を引きつける。死体が討伐対象や有効利用できるものなら、回収できるが欲をかいて魔物に襲われるのも馬鹿らしい。

 

「そうもいかねえみてーだぜ」

 

 ロウがニヤニヤしながら御者台の俺に言ってきた。

 

「これ、俺らの行く先だからな」

 

 風の向きと匂いの強さでどうやら避けられないと踏んだらしい。迂回も考えたが、道を大きく外れるのも魔物に襲われやすくなるのは明白。どちらにせよ襲われるならより短い距離を駆け抜けた方が賢明か。

 

「この調子だと日が沈むより前に着くわね」

 

 傾き始めている日を見ながら、カグヤが見当をつける。

 斥候のロウと近いレベルで鼻が利くってカグヤのハイスペックぶりは相変わらず、か。ロウはロウでカグヤより優秀な部分は確かにあるのだが。

 

「じゃあ魔法で索敵しながら進めるか?」

 

 普段は疲れるから、魔法による索敵は行っていない。

 大抵の魔物は近づく前にロウが察知してしまうのだ。ロウ曰く、気配を殺せるレベルの魔物がゴロゴロいたら今頃危険地帯で通行禁止だとのこと。

 

 カグヤが頷くと、手を前に構えて集中しはじめる。詠唱はいらない。する人もいるが。

 使うのは風魔法だ。匂いというわかりやすい目印がある。

 

 俺は使えないが、この世界ではほとんどの人が魔法を使える。もちろん才能や練度に差があるため、訓練を受けた優秀な者以外は生活に便利って程度だ。戦闘用にまで適性があるのはごく一部だ。

 魔法とは、体力を用い、精神力を上乗せすることで世界に存在するエネルギーを効率的に利用する技術、というのがおそらく近い。たとえば遠くにある剣を、そこまで歩いていって持ち上げて振ることは誰にでもできる。魔法では、歩く動作と持ち上げる動作をほかのエネルギーに任せつつ省略する。

 

 また、魔法には属性がある。

 文献では六属性だとか書かれていた。まあこれも、書かれた時代や書いている種族によって呼び方が変わったり数が変わるらしくって俺が言ったのは現在人間種族が正しいとしている分類だ。

 大抵は得意属性が一つ、少し珍しくて二つある。三つもあれば天才だと言われる中で、カグヤは四属性を使える。地、炎、水、風だ。四大元素と言われるやつだな。使えないのは光と闇らしい。つまり特殊属性。 

 とまあ、このあたりは学園で習ったことを俺の言葉で説明しているに過ぎない。今更なのだが。

 

「位置はわかったわ。この先、緩やかに曲がって丘をこえたところね」

 

 俺が学園で聞いた話と本で読んだ内容を照らし合わせ、前世の知識によって解釈したものとしては風属性とはおそらく「気体の操作」だ。

 カグヤが今しているのは、気体の操作を広範囲に微弱に行うことで、魔法が阻害される感覚によって周囲の状況を探っている。

 

「相も変わらず見事なもんだ。お疲れ様。どうだった?」

「ウルフ型のが八体。雑魚ね」

「それを雑魚だと言えるのはお前だからだ」

 

 たとえ一匹でも、農具しか持たぬ農民からすれば脅威にほかならない。冒険者なら一対一だとまず負けないぐらいか。群れにはパーティーで挑むのが原則だ。

 

「索敵は便利だなぁ」

「ま、私は流石に魔法を使わないと無理よ」

「そこは得意分野の違いってやつだな。俺は魔法で魔物を見つけられねえし」

 

 カグヤの謙遜に対して、妬む様子もなくあっけらかんとロウが返す。

 

「見せつけてくれるね、二重の意味で」

 

 からかいをこめて皮肉げに言うと二人は俺の肩に後ろから手を置いた。

 

「あなたはアイラと仲良くしてればいいじゃない」

「レイルは俺らの中で一番頭はいいんだからそれでよしとしろよ。足りねえ分は補うのが仲間だろう」

 

 肝心のアイラは面倒なのか、俺に引っ付くようにして寝ていた。魔物が出るというのに呑気なやつだ。索敵ができない俺が言うことでもないが、一番鈍いのではなかろうか。

 

「かーわいい」

「否定はしない」

「ほんとレイルってアイラにベタ惚れよね」

 

 カグヤがニヤニヤとしながら頬杖をついてアイラと俺を眺める。 

 

「二人きりにしてあげましょうか」

「俺たちは俺たちで仲良く魔物退治にでも向かいますか」 

 

 ロウとカグヤは顔を見合わせ、「あとは若いもの同士で……」とでもばかりに馬車を音もなく抜け出した。 

 何が若いものか。中身はもう……と思ったが、俺が前世で死んだのは高校生、そして今の体は少年だ。若い頃を二回繰り返しても、人間なかなかおっさんにはなれないのかもしれない。その理屈でいくと、あの二人も若返っているのだから俺と同じのような気もするが。

 

 二人の戦いを遠くから眺める。

 カグヤの本来の戦い方は刀を使った近接戦闘である。本人もそれを最も好むらしいが、雑魚魔物相手に血で刀を汚すぐらいならと普段は魔法とそこらで買ってきたなまくらを使っている。武器の強さに溺れるな、弘法筆を選ばずといった心構えもあるのだろうか。

 ロウも魔物と戦う時は近接戦闘が多い。投げナイフでの中距離支援も多いが、今回はカグヤのサポートらしい。小刀をもって迫りくる狼を牽制している。

 対峙するはウルフ型と呼ばれる魔物だ。

 要するに名前通り狼なのだが、ゴブリンと同じく種類が多い上に地域によって違いもあるが、四足歩行の獣型、群れを作る、肉食といったいくつもの共通点からひとくくりにされている。もしかしてハイエナやライオンに似た魔物もひとくくりにしてないだろうか。四足歩行の群れを作る肉食獣ぐらいほかにもいるのでは。まあいいか。

 群れの規模は今回のように十を超えないことがほとんどだ。あいつらを倒せばしばらくは出会うこともないだろう。

 カグヤが片手を振るうと、土の槍が地面から生えて数匹の動きを止め、体を貫く。

 怯んだところにロウが切り込む。

 

「俺に出来るのは魔法を解析することだけだな」

 

 基本的に魔力でできることには限界がある。想像力の限界とも言えるし、法則の限界でもある。前世において物理法則が働き、質量が保存されるように。

 もちろん人間やめてますみたいになるとそのあたりも例外があるのかもしれない。例外としか認識できない、が正しいか。

 とはいえ、一般人が星を壊す爆弾を望まないように、例外を必要とするようなことはまず起きない。過ぎたるは及ばざるがごとし。過剰な力は身を滅ぼすというやつか。

 

 だから俺は、その一般的解釈の部分を

 たとえば、魔力を使っていても無から有を生み出す、というのは困難を極める。エネルギーそのものを扱える炎属性で火を出すことはできても、それはあくまで現象を発生させたと見るべきだろう。故に今もカグヤは、地属性の魔法を使う際に地面から土を持ち出して使っている。

 これは魔法においては多くの魔法使いが無意識に行っているが、物事とは意識的に行うのと無意識に行うのでは効率に大きな差が出る。この場合意識して行う方が良い。

 俺たちが学校に通っていた頃、よくカグヤとは魔法の話をしていた。その時にこうした何を意識して行うか、の話はよく出ていた。

 俺には実践が不可能だというのに、カグヤは口だけとバカにすることなく俺の話を聞いていた。参考になる部分を血肉となした。 

 四属性と極めて優れた適性を持ちながら奢ることなく修練を重ねてきた。

 その結果がこれだった。

 

 魔物達はカグヤに近寄ることもできない。

 ロウの支援も優れているが、それ以上に魔法の立ち回りもうまい。魔物と戦うことを生業とする人たちの平均を見ておかないと基準が麻痺してしまいそうだ。

 

 二人は俺たちに強くなれだとか、足でまといなどとは言わない。二人とも戦うのは嫌いではないだろうに、もどかしくはないのだろうか。

 妙な気を回されて、アイラと二人きりだというのにそんなことを考えてしまう。

 

「こうして……気遣われなくたって、な」

 

 アイラの頭を撫でながら、二人の戦いが終わったのを確認しながら呟く。

 

「こっからずっと旅をするわけだしいくらでも一緒にいれるさ」

 

 

 

 

 

 

 

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