外伝1

第22話 〇〇の音が聞こえる

 微かなモーター音をセンサーが感知する。

 改めて自らの機構内部に刻まれた、全ての駆動音を抑える術式に魔力を通した。今の今までその手順を忘れていたのだ。こうした迂闊さがあるから、人工知能の進化はほどほどにしておけと創造主が言った理由がよくわかる。

 


 魔物の動きに異変があった。

 その報告を受けて、人間の国を調べてきた。

 滅んだ国の跡地は魔物による爪痕があたりにしっかりと残されており、その原因は判明している。内側で誘引性の強い餌がまかれていた。興奮状況下にあった魔物によって襲撃にあったのだ。それを引き起こした主犯は特定されており、指名手配を受けている。

 人社会について調べることでその理由の根源を排除し、世界の安寧にまた一歩近づく。

 そしてその調査も長い時間の末に完了しようとしている。


 人間種族の国が一つ、ギャクラにおいて個体名キノと呼ばれる私は森の中にあった。

 セルフシステムメンテナンスに一時間、使ったエネルギーが元に戻るまで後二時間。ひたすらにじっと待つ。我らが機体において動かなさいことによる消耗はまずない。

 現在待機している森は比較的脅威となる生物は存在しない。木々が存在し、人間の所有下にある、それだけの地帯だった。


 そんな穏やかな時間も終わりを告げる。

 感知圏内において人型生命体の接近を確認したのだ。見つからぬようにとステルスモードに切り替えた。私が得意とする光の魔法の一つ、音や姿を完全に隠蔽し、安全に待機することが可能となる。

 省エネルギーモードは動かない代わりに、自然回復を下回る消費で魔術を発動可能だ。

 接近してきたのは、人間の中でも幼体と呼べる大きさであり、その肉体に魔力はほぼ感じられない。


 ――故に、十分なはずだった。

 ――故に、反応できなかった。


 動くことのできないスリープモードと呼ばれるエネルギー回復状態。

 動くことのできない加えてステルスモード省エネルギー版。

 この二つが重なればこそ、通常時ならば避けられる不意の出来事に対応できずにまともに食らってしまった。

 原始的な火薬による範囲攻撃。

 全く敵意悪意はなく。

 当然殺意害意もない。

 少年少女はそれを見て呆気にとられた。

 自らの失敗が招くはずの大惨事が、不可視の存在によって食い止められ、粉々に失われるはずだった木々が一部だけ綺麗に残っていたことに。


 それに怯えて逃げぬどころか、それを冷静に分析して警戒の姿勢を示す二人。

 その判断と胆力に敬意を称してステルスを解除した。

 人間の子供として、非常に珍しいことだ。


 ◇


 感知能力は十全に機能している。

 波長の全てを解析し、音、光、魔力と細かに選り分けていく。その中には上位術式によってのみ干渉可能な、魂魄の存在も認識されている。

 目の前の少年少女たちは極端だった。

 一人はわずかながらも、体に馴染むようにして取り巻く薄い魔力。おそらくは魔法の行使には不向きだろう。しかし目を引くのが魂と呼ばれるエネルギーと情報の塊であった。魔法、術の適性はほぼない。しかしその内包するエネルギーは真紅。髪の色と同じ、鮮やかな赤色であった。幼い中に光る意思が、機械である体にさえ伝わる。色がついて見えるというのはそういうことらしい。


 一方、もう一人は魔力は全く感じられない。空気中よりも少なく、そして魔力を動かす魂魄の情報にアクセスする機能が不具合を起こしている。その中に、空間に対する適性が強く確認されている。

 そして魂は灰色に似た――くすみ、淀んだ色であった。だが、それは違和感だった。特異点ともいえようか。他とは別であることがわかる。その態度はいたって冷静だった。


 なんだ、これは。


 痛烈たる才覚ではない。溢れ出る魔力や鍛え上げられた肉体、そうした未来の強者が持つはずのものは何一つとしてない。

 特別というよりは、異質。

 計測を主観の混じりえない方法で行うことを可能とする性能スペックを持つはずの当機体において、こうした不鮮明な結果が出たことに興味を惹かれた。

 機械であれど、一つの人工知能を持つ。その中には主観もしっかりと組み込まれており、今も膨大な情報の処理に寄与している。

 その主観という機能が、能力的には大したことがないはずの子供二人を見逃すなと警告している。

 故に、名乗った。


機械族マシンナーズデアル」


 と。


 名乗るたびに、記憶媒体メモリーから呼び起こされるは懐かしき我が製作者おやの顔。

 これに続くは、世界を救った英雄たちとそれをそばで支えた者、裏側でそれを見てきた者たちの記録。

 今から語るのは、私が生まれるよりも前の物語。

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