第18話 そして、物語は始まりへ
俺たちはまず、アイラの家に向かった。
何も言わずに旅立つわけにもいかないからだ。
せっかくだ。アイラの父親に旅に出る許可をもらいに行こう。娘さんを僕にくださいってな。いや、そうじゃない。間違ってないけど殺されそうだ。殴られるのは間違いない。
銃を見せたことはない。だとすればアイラの立場は今もなお、能力値が極端に偏った娘。後継にもなれず、かといって放り出せるものでもない。
案外あっさりいくのではないか。とそんな風に気楽に構えていた。
が、予想に反して難色を示した。
「俺は今、板挟みにあっている。本音を言うとアイラには鍛治の技術なんざ関係なくここにいてほしいところだ」
ヒゲを生やし、俺の父よりは少しがっしりとした体格の親父さん。ザ・職人といった格好だ。
親父さんは冒険者として旅立つ、それに連れて行くという申し出に、いい返事はしてくれなかった。渋り、そして迷った。
月並みに言えばアイラは、愛されていた。娘として、当たり前の愛情を当たり前のように受け取っていた。
「どうしても行くのか……」
冒険者には大きくわけて二種類ある。
国やギルドからの依頼をこなして日々の生計を立てる者。
そして、自分たちで未知の領域を探索し、手に入れた魔物の素材や遺跡の宝で一攫千金を狙う者たちだ。
そして前者の多くは一つの国を拠点にして活動するが、後者は様々な場所に移動する。
言わずもがな、危険が多いのも後者だ。
前者は無茶や油断をしなければ、安定した生活を送る者も多い。
ギルドも分不相応な依頼は受けさせて冒険者を使い潰そうといったことはしてこないらしいし。
そのあたりも説明はした。その上で、危険の少ないように心がけることも。
理解されたかは別として。
「刃物以外の武器を作って試すだけなら、この国にいてもできるじゃねえか」
どうやら親父さんは、アイラが武器を作れないことを気にして俺についていくと思っているらしい。
となると、俺がアイラにつきあって旅に出る、という形で誤解しているのか。だからこちらには敵意低め、と。
アイラと目で訴えかけてきた。アイラの信じる選択があるのならば、それに従おう。俺は信頼を込めて頷いた。
「じゃあお父さん、私が魔物なんか怖くないほどの武器を作れたら許してくれる?」
賭けに出た。
「なんだよ? お前は武器を作るために旅に出るんじゃねえのか?」
「違うの」
「大丈夫ですよ、親父さん。探索型の冒険者ではなく、他の国に移動してはそこでお金を稼ぐだけですから」
それに軍資金は十分にある。
「お前が作った武器ってのはなんだ?」
「私が、じゃなくて半分はレイルくんだよ。私は言われたものを作っただけ」
アイラの親父なら大丈夫だろう。
その裁量はアイラに任せると、アイラは腕輪から銃と的を出した。俺はアイラから受け取った的を置いた。
軽く構え、軽く引き金を。それだけで少し離れたところに置いた的を綺麗に撃ち抜いた。動作も、そして表情すらも最低限。
ごくり、と親父さんの喉がなる。そのまま小さく息を吐いて整えて、アイラの方を見た。その目には怯えも、警戒もない。むしろ微かに笑みが浮かび、それを抑えているようでさえあった。
「こりゃあたまげた。どうなってやがるんだ?」
「お父さんでもこれは教えられない。これで旅に出てもいい?」
まだ返事はない。
俺とアイラを見比べている。
それからもいろいろと説得を試みた。
アイラ自身も、旅に出たい理由を必死に説明していた。
どれほど口先だけで詰め寄っても、彼が父親である以上、簡単にいくとは思っていない。
けれど、俺はアイラが必要だ。一人の人間として。旅にではなく俺に、ではあるが。
「うーむ」
親父さんは顎に手を当てて、ヒゲをなでながら唸った。
お、おせるか? あと一押しだな。
「僕がいろんな経路を調べて、できるだけ安全な道を通りますから」
躊躇っている。
俺は目を逸らすことなく見つめる。
どれほどの時間が経っただろうか。長く思えた一瞬の後、親父さんはパンと手をうち、そして答えた。
「あーもういい! 娘は任せたぞ!」
親父さんは根負けした。
吹っ切れたように脱力し、ガシガシとアイラの頭を撫でた。
よし、これでアイラを連れていける。
◇
アイラの腕輪にできるだけのものを詰め込んだ。食料、水、金属や炭に……今までの自作武器の数々。
次に行くのは王城だ。
石でできたご丁寧な壁がぐるりと囲む。向こう側には全貌を見るのも苦労するほどに大きな建物があるのだ。敷地も含めて、いったいどれほどの人間が入れるのだろう。学校並の大きさはありそうだ。
ここには何度も来ている。レオンやレオナに呼ばれることばかりだが。
入り口から入ってすぐにレオンに出迎えられた。
「レイルか。今日はどうしたんだ?」
俺は学校で一番の成績で卒業、つまりは学問で首席をとったため、王立図書館への
王立図書館は敷地に面しており、城とつながっている。城の中を通らずに行くことがほとんどだが、きちんと許可証を見せれば通ることもできる。
王立図書館には一般蔵書と秘蔵書、禁書庫があり、俺は一般蔵書までだが――っと話がそれた。
それに王子の級友ということで王城には顔パスで入ることが出来る。つまりレオンに許可をとったりれんらくする必要もないわけで――
だから、レオンと出会ったのは完全に偶然だ。しかし都合は良い。どうせ会って話さなければならないのだから、行く手間が省けた。
「実は旅に出ようと思って」
それを聞いた瞬間、レオンの顔が色を失う。
「何故だ? お前ならこの国でも十分やっていけるだろう? グレイ家を継いだっていい。血筋? そんなもの俺が──」
レオンには悪いが、その反応はすごく嬉しいな。
六年間過ごして、そう必要とされていることが。
「目的があってな」
勘違いを遮るように告げる。
「それはお前にとってこの国を出てまで叶えることなのか?」
「大袈裟だな。またそのうち戻ってくるかもしれないだろ」
「それでも、得られたはずの時間を外に費やす」
「そうだな。それでも答えは肯定だ。生まれた理由を聞きにいくんだから」
ん。これだけ聞くと俺が自分探しの旅にでも出るみたいだな。
間違いではないけど、語弊がありそうだ。
「単に、世話になったやつにお礼を言いにいくだけさ、心配すんなよ」
「あのさ。お前らやこの国が嫌いなわけじゃないんだ。もちろんこの国で頑張れば、楽しく暮らすこともできる。でも……それじゃあダメなんだ」
俺の言葉に黙り込んでしまった。
後ろからはレオナがやってきた。華やかなドレスは普段着らしい。それすら霞むほどに、光を反射する髪と瞳。ゆっくりではあるが急いできたことがわかる。
どうやら今のやりとりを聞きつけたらしい。
それにレオナには、俺が王城に入るとどんな理由であっても通達が行くようになっているらしい。
「お話は聞かせてもらいました。どうしても行くのですか?」
「ああ」
「お前が良ければ……俺の宰相でもなんでも、してもらいたかったのに」
レオンの長兄は王向きではなかったようで、他の国の王女と一年前に結婚が決まっている。だから跡を継ぐのはレオンか、婿を入れて姉が、という話になっている。
最後の一言を聞かなかったように微笑みかける。そこまで俺を評価してくれたことはすごく嬉しい。目的がなければそんな道も良かったかもしれない。
「戻って、きますか……?」
「多分な。旅先でうっかり死なない限りは」
「はあ……いつかこんな日が来ると思っていました」
「こんなって?」
「レイル様は誰よりも自由を求めて、何処かへ旅立ってしまうのではないかと」
「買いかぶりだっての」
そんなたいそうな理由ではない。
異世界に来たし、他の種族も見てみたいとか、神様に会って聞きたいことがあるとか、そんな程度だ。
たまに思うが、レオナは俺を過大評価しすぎている気がする。レオンと同じように喜んでいいとは思うけど。
「大丈夫だよ。もしもよければ、定期的に手紙も出すし。レオナはあまり外には出られないだろ?」
「いつか……再びここへと戻ってきてくださいませ。多分、じゃなくて約束ですよ?」
念を押すその言葉には返事をしない。
無言の肯定ではあるが、確証もなければ、約束もできないのだから。未来に確実はない。ただ、物理的に無理にならないよう努力はするし、精神的な理由で戻ってこないことはないだろう。
こうして、別れをすませた俺らは王に迎えられることになる。
シリカ? この前ぽろっと「俺、旅に出るんだ」と漏らしたら、「あらそうなの? じゃあ旅先で有益な情報あったら手紙と共に送ってね」と軽いノリで返されたので大丈夫だろう。冗談だと思われていないか心配だ。
本当だとわかっていてもあんな反応を返しそうなぐらいにシリカはドライである。友達としては気楽な部類だが。
王様に「勇者候補」という制度を申請した。「対魔族、魔物において、有用な人物であると認められた人間を支援する」制度である。少し説明がざっくりしているのは、厳密にはその条文を知らないからである。視点が変わっただけの話だ。
王様はかなりあっさりとその申請を受理した。
この制度を受ける人が全て強くなるわけではない。
それに、国同士の取り決めで、「勇者候補」の軍事利用は厳格に禁じられている。あくまで、その刃が向けられるのは人間以外だという話だ。故に「勇者候補」は入国許可が出やすいので気が楽なのだ。
だからこそ、国の信頼を得られた者が許可を受けられるのだ。
勇者候補であっても、他国で反逆などを起こせばあっさりと処罰されるときもある。
軍事利用についてはあくまで「国による」であり、魔物を倒すことや勇者の自発的行為が軍事的な意味を持つことまで止められないという抜け穴もあるとだけ言っておこう。
軽い称号だとは思う。ようするに、他国に出入りしやすい冒険者、という身分を保証されるだけなのだから。
ちなみに受けたのは俺だけだ。
許可証が効果を及ぼすのはパーティー単位だから、俺といるアイラは必要ないと辞退したのだ。
だが、援助はさせてもらう、と王様の取り計らいで倉庫に案内された。
扉を開くと、そこにはずらりと刀剣に盾に鎧、斧に槍とありとあらゆる武器が揃っていた。褒賞に授けるための武器類が多い。
ここで好きな武器をとっていっていいと言うのだ。
アイラがいれば全て持っていってもいいが、そこまでしても使いこなせない。
価値ばかり高い宝剣は意味がない。売るのも気がひける。横流ししたなんて評判は良くないからな。もちろん宝剣の中にも優れた実用性を誇るものもある。
「これでいいかな」
一つ、何の飾り気もないシンプルなデザインの剣をとった。
王城の武器庫にあるとは思えない普通の剣だった。兵士に配られるものの余りだと言われても納得してしまうようなそんな剣。煌びやかな武器の中にあって、逆にそれが目に付いた。
使い込まれて手入れもされていて、しっくりと手に馴染んだのを見てそれに決めた。
するとアイラが妙な顔をしてこちらを見ていた。
「それ……選んだの……?」
「ああ、使いやすそうだったからな」
「まあ、自分でいいなら何も言わないけど」
もっとかっこいい強そうな武器を選べ、とでも言いたいのだろう。使いやすいのが一番だ。これでいい。
◇
外へ行くため、馬車へ乗ろうとする。
国境までは馬車が出ないので、あくまで最南の街までだが。
その時のことだ。ロウとカグヤに呼び止められたのは。
「なんだ、お前らか」
「聞いたぜ。水くせえな。どうして俺達に黙って出ていくんだ?」
「連れていきなさいよ」
「言うと思った」
俺はこの二人を連れていくつもりはなかった。
こいつらは夫婦だ。この国に来た時から。いや、来るよりも前から。
きっとそれまでに何かがあって国に逃げてきたのだろう。それぐらいの推測はできた。
だとしたら、冒険には出ない方が良いのではないか。これからはのんびりと過去を忘れて畑を耕して生活するのではないか。そんな風に。
そんな彼らをどうして連れていけようか。
厄介ごとを避けて、安定した第二の人生を歩もうとしてきた彼らを。俺の旅に付き合わせるのか。
アイラはこれからだ。選ぶも捨てるも。
こいつらは、選んだ結果が今だ。
腕のたつカグヤに、ロウもいれば、いろいろと出来る。ついてきてくれるのならば、拒絶する理由はない。それに、頼めばついてきてくれる。そんな予感もあった。言えば付いてくると申し出てくる可能性が高い。それぐらいの予想はついていた。
ただ——
「お前ら……大丈夫か?」
「何がだ?」
ロウは気づかないふりをした。
俺が黙って見ていると、観念したように答えた。
「お前らと一緒にいた方が面白そうだからな。それに、別にあの家にこだわっていたわけでもないしな」
「私はロウと一緒ならどこでも構わないもの」
少しだけ見誤っていたのだろう。
まるで最初からいたかのように、するりと馬車に入り込んできた。
その自然さに、共に過ごした年月があることを改めて知る。
こうして、俺達は集まった。
最南の街へと向かう馬車の中で会話が進む。
「アイラと会うまでの話、聞いてくれるか? 少し長くなるけど」
そして、物語は
「俺は別の世界の記憶を持って、この世界に生まれ変わったんだ」
旅の仲間になるために必要な儀式を始めよう。
煩わしさを、迷いを断ち切るために。
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